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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


EP2の序盤を再読

 本日、二連投、1本目。

 EP2の序盤を、今の私の境地で視てみる。


 最初は紗音と嘉音の過去話から。

 まずは幻想描写が混ざっているので選り分けることにする。
 朗読者は真犯人である19人目。
 語られるのは1にして3つの物語。

 一つは、魔女が魔法で超常現象を起こす物語。
 一つは、ヤスが3つの人格で葛藤する恋の物語。
 一つは、朗読者本人が現実において成した出来事。


 元の真実は、19人目が魔女のふりをして紗音と嘉音と交流したというもの。

 ベアトが退出する時の、魔法で消え去る演出などの、ピンポイントの超常現象の部分が、魔法説の幻想描写部分。
 実際は普通に退出しただけ。
 初対面で魔法で無理やり手を出されて蝶の痣を付けたのは、普通に手を出させて煙管で軽い火傷を付けただけ。
 ベアトが金蔵に視えなかったのは、金蔵がそういうふりをしただけ、本当は金蔵にも視えている。
 これらは結果が伴う魔法。

 夏妃にはベアトの姿が視えなかったという紗音の独白は、結果が伴わない嘘の幻想描写。
 夏妃が協力するわけがないので。


 あとは、紗音と嘉音の家具のことについての台詞。
 これは実際に同じようなことを話していただろうが、誇張されたものに修飾されている。
 ヤスの物語を修飾するために。

 さらに、紗音の、家具から人間になろうという心情は、幻想から人間になろうという黄金の魔女であるヤスの心情が仮託されたダブルミーニングになっている。
 同様に、嘉音の、かつて人間だったが家具になったという心情は、人間として生きれず黄金の魔女の家具となった19人目の心情が仮託されたダブルミーニングになっている。


 具体的に細かいところをあげるとする。

 愛を知って人間になる、というのは幻想の存在であるヤスの目指すもの。
 アダムとイブは知恵の実を食べて、体を無花果の葉で隠すことを覚えた。
 それは自身を視る他人の目の存在を知ったということ。
 うみねこ的に言えば、チェス盤思考を得たということ。
 他人にも愛があることを知った。
 互いに愛し愛され、人間だと認められたい、推理されたい。
 これが事件を起こした動機となる。


 鏡の向こうの世界。
 これは幻想の存在であるヤスにとっては、現実の世界、あるいは、真実の世界。
 その世界へ行くには、真実だと認められる、人間だと認められる必要がある。

 逆に19人目の視点では、鏡の向こうの世界は、ヤスがいる世界のこと。
 その世界へ行くというのは、真実と幻想を一つにするということ、または幻想を現実へと召喚することになる。
 あるいは、幻想と真実を等価交換する、ということになることもあるだろう。


 昨日までと同じ世界。
 ヤスにとっては、誰の目にも映らない幻想としての日々。
 自身を認めてもらうために行動しなければ、絶対に何も変わることはない。

 19人目にとっては、誰にも触れられない現実としての日々。
 何もしないから、誰とも触れ合えない。
 何もしないから、何も変わらない。
 何もしなくても、いつか誰かに認めてもらえる、そんな日が来るわけがない。
 自身を認めてもらうことも、自身の代わりにヤスを認めてもらうこともない。

 認めてもらうためには、何かをしなくてはならない。
 新しい世界へ行くために、古き世界を壊さなくてはならない。
 今まで通りの小さなイタズラでは誰も認めてくれない。
 だから己の世界を壊すほどのことをしなければならない。
 もう二度と戻らないように。
 そして、19人目にとって世界とは、六軒島のこと。


 家具から人間になる。
 19人目が生み出した幻想であるヤスは、19人目が必要な時に呼び出される家具だった。
 それが人間となるということは、19人目が必要としなくても、存在できるようになるということ。
 要は、一人だけに認識される存在から、皆に認識される存在に、存在することが当然の存在になりたい。


 家具の材料となったもの。
 魔女の家具となった19人目は、魔女を認めさせるために働く。
 それは木を切り倒して家具を作るように、人間を材料に家具を作った。
 人間の頃の名前は忘却された。
 今はベアトリーチェという名の家具。
 ヤスというニンゲンのためだけにある家具。

 例えるなら、椅子取りゲーム。
 椅子の数は決まっている。
 新しく“人間”を座らせるために、元いた“人間”が椅子となった。
 それだけ。

 その椅子に名を聞くのは残酷なこと。
 名を取り戻すということは、上に座っている“人間”を振り落とすということなのだから。





 駒戦人が出番じゃないからと寝るシーン。
 19人目視点で解釈すると面白い。
 特に朱志香の台詞。

「自分の人生はいつだって自分が主人公だよ。」
「自分は主役になれないから舞台に上がりたくない、みたいな根性。……なぜだか、すっげえうぜーって思って…。」
「…………まだ、君の出番じゃなかったってことなのかよ。…じゃあ、……いつ君は、舞台に上がるんだよ……。」
“なら、この舞台の主人公は誰だって言うんだ…。”

 19人目の人生の舞台の主人公は自身ではない。
 “自分は主役になれないから舞台に上がりたくない”、というのは19人目の本音なのだろう。
 19人目が舞台に上がったのはEP7。
 それも朗読者の役で。
 19人目の舞台の主人公はヤス。

 全編に渡って物語を朗読していたのは、19人目。
 姿はなくとも、舞台の中央で朗読していた。
 その意味では、ずっと登場しているんだよなぁ。





 霧江の来客ベアトの思惑分析から抜粋。

「………今日の今日まで、彼女が訪れることが伏せられていた以上、彼女は私たちに何らかのサプライズを与える目的があった。」
「でも、今日の今日まで訪れることを伏せていたということは、事前に知らせることで、対応を打たれたくなかったと言えるかもしれない。ということは、彼女の目的は、対応を打たれると不利になるものらしい。」
「ふぅむ。…つまり、奇襲狙いという時点で、敵は真正面からの正攻法では勝てんっちゅうことを意味するわけやな。道理や。絶対勝てる切り札は堂々と切るに限るで。回りくどい切り方は、むしろ切り札を曇らせるもんや。」
「……結論から言うと、…皆さんがご執心の、遺産問題に直接、もしくは間接的に絡む相当のサプライズが突きつけられると予想されるわね。…おそらく向こうは、そのインパクトだけでこちらを圧倒できるつもりでいる。」
「……しかし、その何かは、相当のインパクトを伴いながらも絶対ではない。」
「つまり、……そこがこちらの付け込む余地というわけねぇ。」
「つまり、相手のペースに飲み込まれるな、っちゅうことやな。」
「…結局のところ、非常にシンプルな結論よ。相手が何を切り出そうとも、焦らず冷静に対応する。……交渉術の初歩の初歩じゃない。これじゃあ、相手の思考を読めたとはとても言えないわ。」

 魔女のゲームは結局、表向き“犯人はヤス”で決着した。
 それを霧江の論法に当て嵌めてみる。

 “犯人はヤス”が絶対の真実であれば真正面からの正攻法でやるべき。
 迂遠なやり方で真正面を避けてきた時点で、絶対には程遠い。
 EP6のインパクトだけで真実になろうとしている。

 対応方法もそのまま当て嵌まる。
 相手が何を切り出そうとも、焦らず冷静に対応すればいい。


“だからこの島では、どんな機関が発行した証明書を見せようとも、全て虚偽だと言い張れる。真実を証明することが不可能なのだ。”
“ならばつまり。……今のこの六軒島には、真実など何もないということなのか。”
“……支配しているのは「虚偽」だけということなのか。”
“それはまるで、……真実で作られた人間の世界から、…虚偽という異界に切り離されたような錯覚。”
“人の世から隔絶し、人ならざる世に切り離された島に、……人ならざる世の存在が訪れる。”
“あの不吉な笑みを理解するのに、…私のチェス盤思考は大きな前提を間違えている気がする。”
“私は相手を、自分たちと同じ「人間」だと仮定して推理した。”
“……しかし、今のこの島がそうであるように、彼女もまた人ならざる存在で、人間の価値観など通用しないのかもしれない。”

 この点を“鏡の向こうの世界”の点と結びつけてみる。

 鏡によって対面する世界は、真実の世界と虚偽の世界である。
 よって、真実の世界に行って人間になりたいという、紗音が住む世界は虚偽の世界である。

 そして相手は、自分たちと同じ「人間」ではなく、人間になりたい真実になりたい「虚偽」である。
 なので人間の価値観では通用しない。





 家具から解放される日の話からいくつかピックアップしてみた。

「必ず去らなければならない世界なのに!!」
「黄金郷には救いがある。僕たちはそこへ辿り着き、人間を手に入れるんだ。そして姉さんと二人で、人間としての人生を歩みたいんだよ…! そうすれば、本当の恋だって、……できるかもしれない!」
“だが、かつての紗音と嘉音は、黄金郷へ辿り着けようとも、生贄にされようとも、どちらにせよ家具の役目から解放されるものだと思っていた。
 …だからつまり、家具である自分たちにとって、儀式は必ず解放を与えてくれるものだった。”
「その魔女が、姉さんだけは見逃すと約束してくれたんだよ!! 姉さんだけは絶対に黄金郷へ行けるんだ!」
「……私だけ? 嘉音くんは?」
「僕は、……魔女のゲームで充分さ。…あいつの魔手なんて掻い潜ってやる。………僕は無力じゃない。わずかの確率を、無理やり掴み取ってやる…。」
「僕たちの生なんて、所詮は仮初じゃないか。…本当の人生を始めるために、……僕たちは黄金郷へ辿り着こう。そして、…人間を手に入れよう。」
「僕は、……もう家具は嫌だ……! ……絶対に、人間になってやる……。…こんな苦しみから、……絶対に………!」

 どうやら紗音と嘉音は、今いる世界から去らなければならないらしい。
 真実の世界から去らなければならない、虚偽の世界の住人だからだろう。

 儀式で死ぬのは、人間の世界の住人。
 その世界の嘉音が死なずに黄金郷に辿り着くと、虚偽の世界の住人である家具の嘉音は「人間」を手にいれると。
 要するにだ、黄金郷は読者の心、そこに辿り着くことで、真実と虚偽が融合して一人の人間となるということだろう。

 家具の紗音と嘉音は、魔女のゲームのために生み出された駒であり、ゲームが終われば解放されることになっていた。
 現実で人間の紗音が譲治に恋をしたことで、それに合わせて家具の紗音にも“恋”の設定が与えられた。
 “恋”即ち“心”を得たから“人間”になりたいという“望み”を得たわけだ。
 そういう“設定”。

 現実で人間の紗音が譲治に恋をしたことで、恋の決闘というシナリオが組まれた。
 19人目にとっての1にして3人の魔女に合わせるために、ヤスにとっての1にして3人の魔女を作る必要があるので。
 逆を言えば、紗音が恋をしなかったら、恋の決闘というシナリオは必要なくなり、よって人間嘉音は消えることはなく、黄金郷にて人間嘉音と家具嘉音が融合し、家具の嘉音は「人間」を手に入れることができた。

 恋の決闘のシナリオルートに乗ったことで、紗音が人間紗音と家具3人を合一することで一つの魂を満たす「人間」になることは確定した。
 それが紗音を見逃すという、ベアトがした約束。
 それはつまり、人間嘉音が消失し、家具嘉音が、嘉音という一人の「人間」になれないということ。

 だがわずかの確率で、「人間」を無理やり掴み取ることができる。
 読者が“犯人はヤス”とは別の真実を推理することで、人間嘉音を消失させずに黄金郷へ迎え入れてくれるかもしれない。


 そしてそれらを通して、“ヤス”が「人間」になりたいという動機を提示している。





 晩餐前の金蔵。

「…うむ。この部屋を、今日まで十重二十重の結界で厳重に包んだ。………あれのルーレットが私を選ぼうとも、必ずや弾き返す。…そして生き残り、黄金郷へ辿り着く内のひとりは絶対に私となるッ…! ……私を冥府へ連れ去ろうとする死神どもの来訪をも拒もうぞ…。」

 金蔵も生きて黄金郷に辿り着くことを望んでいるということは、逆を言えば、人間金蔵が消失する可能性があるということ。
 即ち、金蔵は死んでいると認識されるリスクを負っている。
 金蔵を冥府へ連れ去ろうとする“死神ども”とは、金蔵の死亡を信じる読者。

 ルーレットが金蔵を選んだら、ヤスは「人間」を手にし、金蔵は「死亡」する。
 それを弾き返せたら、金蔵は「生存」し、ヤスは「人間」を手にできない。





 おまけ。
 晩餐時の料理の蘊蓄での絵羽の台詞。

「…そういう意味で言ったんじゃないわよぅ。話の一部分だけ抜き出して、勝手に加工しないでくれるかしら。」

 幻想描写のヒント。







 再読すると設定が細かく作られているのがわかるなぁ。


 猫箱の中の真実と虚偽の入り混じった世界は、19人目の心の中にある。
 心の中の舞台で演じられた劇。
 劇にて語られた台詞は、魔女の台本によるもの。
 その劇を観客に見えるようにしたのがメッセージボトル。

 19人目はその舞台の中央で朗読者の役をしている。
 朗読者は舞台の上にいるが“いないもの”として扱われる。

 観客は皆、主役を見に来ているのだろう。
 しかし中には、朗読者を見にやってくる奇特な客がいても良いだろう?
 私が見に来たのは、ラブストーリーではなくミステリー。
 そしてミステリーの主役といえば語り部、即ち、朗読者のことなのだから。


 ちなみに朗読者の存在については、EP1のお茶会で示されているのでフェア。


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  1. 2019/05/25(土) 18:59:19|
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フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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