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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


魂と命の価値

 本日、二本目。

 真犯人の価値観は明確に、魂>肉体。
 人間とは魂であり、肉体はその檻でしかないと見ているのではないかと思われる。

 人=魂、人≠体。

 EP7で示された、真里亞は外見ではなく中身で判断する傾向が強いという見方。
 これは真犯人にも当て嵌まる、それもそれ以上に強い形で。
 人と物理的接触が制限されていた真犯人は、肉体を不要とする魂での交流の道を歩んだ。
 肉体の有無に関わらず、魂の有無によって存在を認識する。
 それはつまり、ニンゲンと幻想の住人は魂的に等価ということ。
 区別はつくが、平等に扱われている。

 だがそれは、肉体を軽視することに他ならない。
 場合によっては、魂が手に入れば肉体はどうなってもいい、と極端に走ることもあるだろう。
 だから真犯人――八城はあの時、大切な人たちの魂だけを手の中に握り締めて、新たに旅立つことができた。
 大切な人たちの肉体の死を踏み越えて。

 つまり、真犯人は二番の愛する者(ベアト)の魂を生贄に、自分の魂とそれ以外の全ての人の魂を救う選択をしたのだろう。
 無論、これがルーレットが指し示した目であっただろうが。

 だが知っての通り、八城は未来において後悔する。
 物語を殺さずにおけば、もっと一つの物語を楽しむべきだったと。
 過去の真実を重んじるあまり、未来の可能性を殺してしまったと。



 謎についてもそう。
 魂の結び付きを重視する。
 真実に至り、それを自身の傍に寄り添わせることで満足する。
 だから自身の真実についてもそれに倣う。
 真実に至った誰かの魂に寄り添わせてもらえれば満足。
 それが愛の形だと信じているのだろう。

 物理的接触よりも心の交流にこそ価値を見出す真犯人らしい。



 蘇らせることもまたそうである。
 蘇らせるのは肉体ではなく魂。
 それは魂が蘇れば満足という価値観ゆえ。





 そもそも真犯人の最愛が幻想のベアトリーチェであることからして、魂=命という価値観なのは明白。
 では真犯人にとってのベアトとは、ヤスとはどのような存在なのか想像してみたい。


 真犯人にとって、理御は異なる運命を辿ったIFの自分。
 ならヤスは、表裏が合わさった世界の裏側にいる自分。

 自分が何かをすれば、常に結果を同じくする別の何かをするもう一人の自分。
 何をするにもいつも一緒で、何をするにもいつも話し合って決めている。
 自分が守らなくては消えてしまう、儚い真実。
 共に生き、共に育ち、共に語り合い、共に永遠を誓い合った、最愛の存在。
 右手と左手のような関係。

 ひとりは島で隠されて育ち、ひとりは幼い身で福音の家から島へやってきた。
 ひとりは幼い使用人に悪戯をし、ひとりは使用人生活の中で魔女に出会う。
 そして、ふたりは共に魔法を使い、魔女に目覚める。
 時は経ち、ひとりは恋を応援し、ひとりは恋を知った。
 ひとりは一なる三人の魔女となり、ひとりは三人の人格を生み出す。

 紗音が譲治と結ばれて島を出れば、この幻想は崩れ去る。
 一人を失い、二人で作り上げた世界が壊れる。
 だから新しい世界を生み出すために、代わりとなるもう一人を求めた。
 世界を共有し、ヤスを認めてくれる存在を。
 それを戦人に、または島の外の見知らぬ誰かに求めた。

 それは真犯人にとって、ヤスが何にも換えられない存在だったから。
 全てを犠牲にしてでも取り戻したい最愛だったから。
 何も持たない自分が持つ唯一のものだから。
 自分の全てだったから。
 何もかも奪われる運命にあって、それだけは譲れないものだった。

 愛を奪われ、愛に苛まれ、それでもなお抱いたこの愛だけは手放さない。
 そんな気持ちだったのだろうなぁ。
 うみねこの歌詞のほとんどは、ベアトが戦人へ向けてではなく、真犯人からヤスへ向けてのものだろうからなぁ。


 真犯人のヤスへの想いは、EP4で描かれた真里亞のさくたろうへの想いに重なる。
 満たされない現状。
 生み出された親友。
 引き裂かれ、失われた愛する者。
 心の中で何度も殺す黒き魔法。
 壊れた世界。
 その代わりとなる世界を求めた。

 そして2人で引き篭もった黄金郷で、縁寿がさくたろうを蘇らせ、喜ぶ真里亞を祝福するベアトが浮かべていた表情。
 喜び、怒り、哀しみが入り混じった。
 それは、魂の片割れを失ったもの同士、それを取り戻せたことを喜び。
 世界が壊されることを怒り。
 世界を共有するものが失われることを哀しむ。
 そんな感情だったのではないかと思う。



 いまさらだがベアトの2つの心臓についての考察を訂正する。
 犯人と共犯がそうだとしていたが、どう考えても真犯人とヤスがそうである。
 その2つの心臓が揃うことで駆動するのがベアト。
 ヤスとはそれだけ重要な駒だったのだろう。

 謎を出すためにヤスが生み出されたのではない。
 ヤスがいたからこそ謎が生み出されたのだ。
 ここを勘違いしてはならないだろう。
 私はその辺がブレていたから、それを胸に刻んでおきたい。


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  1. 2018/09/29(土) 20:13:45|
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フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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