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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


戦人の約束と罪

 本日、一本目。

 動機も深いところまで推理できたので、戦人の約束にファイナルアンサーを出そうと思う。

 事件の6年前、戦人は紗音と約束した。
 内容はEP7で描かれたとおり。
 真犯人との間には何もない。
 ただ真犯人がそれを盗み見ていて信じてしまった。


 当時、真犯人は13歳。
 六軒島を出たことがない箱入り娘で、さらに島の住人にも隠されて育った真性の箱入り箱入り娘なのだ。
 年齢に比べて純粋で無垢だった真里亞が、約束は絶対に守るものであると信じていたように。
 真犯人もまた純粋にそう信じていたことだろう。

 物理的に人と交流できなかった真犯人は、心の交流を理想として描いていた。
 だから、他人を心の中に招いて、擬似的に心の交流を想像して己を慰めていた。

 満たされなかったからこそ、心の交流、魂の絆、愛、それらに憧れ、理想化し、神聖視していたことだろう。
 人と交流できない真犯人にとって、人と人との間で結ばれる約束は、決して切れない絆に見えたのではないか。
 そして、心を探るミステリーを標榜し、心を蔑ろにしないことを信念とした戦人は、自分の心を受け取ってくれるかもしれない希望を託すにたる者に見えたことだろう。

 だから約束を守って島に帰ってくる戦人に、自身の作った謎を出そうと決意した。


 まあ戦人にとって、そんなことは知らないし、忘れていることですらない。
 が、知ってしまえば、戦人の主観においてこれは罪だろう。

 信じた真実を決して手放さない。
 心を蔑ろにしない。
 それが戦人の信念である以上、それを罪と認めないわけにはいかない。

 罪だと認めない戦人は、戦人ではない。
 肉体は同じだろうと、それは信念を捨て去った男に成り下がった別人だ。
 戦人が己の信念を貫くなら、罪を受け止めて進むしかない。


 そうであるなら、真犯人が戦人を信じ続けた理由もわかろうというものだ。

 戦人の信念は、戦人の魂の根幹部分と言って良いだろう。
 心の交流を神聖視する真犯人は、人の心や魂を大切にする。
 その魂を、己の魂に迎え入れるくらいだ。

 戦人の信念を信じず否定することは、真犯人にとって戦人の魂を殺すも同然の行い。
 それをすることだけはできなかった。

 真犯人にとって、戦人とは猫箱に入った猫だった。
 戦人が帰ってきて、昔のままの戦人であることを証明するか、昔の戦人は死んだことを証明するか、どちらか判明しなくては、進むことも戻ることもできない。
 戦人の魂を殺すのか、自分の魂を殺すのかの選択。
 進退窮まってしまった。


 6年が経ち、純粋で無垢なベアトがあんな捻くれた魔女に。
 そして結果はご存知の通り。



 蛇足を付け足すなら。
 偽書の中の戦人は、EP5と6で己の罪と向き合った。
 それはつまり、真犯人は戦人の魂を守り続けていたのだろう、と推測できる。


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  1. 2018/09/29(土) 18:02:30|
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フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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