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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


愛なき世界

 本日2本目。

 Tips、クレルの項より抜粋。
『厳密には、ベアトとゲームを擬人化するための依り代である。
 よって、“彼女”という人格は存在しない。
 その意味においては、彼女は人ではなく、道具だと言えるだろう。』



 愛されることで、存在を認められる。
 愛されないということは、人の世に存在していないということ。
 人は愛に生きる。
 では、誰にも愛されない世界とはどんなものなのか?

 愛し愛されて世界を共有すれば、灰色の海さえも色鮮やかに見えるという。
 ならば愛なき世界とは、灰色の世界のことを言うのだろう。

 世界を彩る愛とは、愛ある解釈のこととすると。
 その愛がない世界とは、愛なくとも存在しえるもの。
 即ち、真実。

 フェザリーヌ曰く、真実とは本来中立であり、無味乾燥なもの、だとか。
 真実とは誰かを非難するものでも擁護するものでもない。
 ただそこにあるだけのものだ。
 それは灰色をしていないか?

 一説によれば、愛の反対は無関心だという。
 では広義の愛は、愛や憎しみをも含む、関心のこととなる。
 愛ある世界の外に追いやられたものたちは、誰にも関心を示されない世界に住まう。
 その世界はきっと灰色で、ただ真実だけがあるのだろう。

 愛なき世界の住人に愛を教える者はいない。
 人は教わって初めて、それを知る。
 楼座が兄や姉に悪意をぶつけられて、悪意を学んだように。
 だから愛を知らない。
 だから世界の彩りが見えない。


 そんな中、六軒島に小さな使用人がやって来る。
 彩りの世界に住まう近い年頃の他人。
 近いとは共感しやすいということ。
 想像の翼を羽ばたかせて、自分をその使用人に置き換える。

「世界を変更。“成りたい理想の自分”を使用人に設定。依り代は紗音。
 私は福音の家出身の新人使用人。これから右代宮家で働くことになった。
 私は誰にも知られていないのだから、その設定を引き継がせる。
 辻褄を合わせるために、病弱で隔離されていたことにしよう。
 名前は安田からとってヤス。
 あぶれた紗音は、使用人としてヤスの手本となる友人ということにしようか」

 そうして自分の代わりに使用人の生活をする駒として“ヤス”は生み出された。
 紗音は“ヤス”に使用人の生活を教えてくれる先輩と言えるだろう。
 “ヤス”を介して使用人の生活を味わい、さまざまな感情を知る。
 そうして他者の心を探り、世界の彩りを知った。
 退屈な灰色だけの世界が少し変化した気がする。
 想像している間だけは、自分が本来住む世界のことを忘れられる。

 だけどそれは所詮、一人遊び。
 真里亞のぬいぐるみ遊びと同じ。
 ただぬいぐるみが生きた人間に換わっただけ。
 一方的に相手の世界を知り、だけど紗音の世界には何の変化もない。
 それではもう満足できない。
 愛しているのだから、相手にも愛されたい。
 世界を共有したい。

『一つの物語を共有し共感することで連帯感が生まれる。すると共感は義務となり、それを受け容れることが、共同体に加わる通過儀礼のようになる。』

 だから物を隠した。
 置いてあったはずの物がなくなっている。
 それを紗音は魔女の仕業だと解釈し信じた。
 私もその物語を共有し共感しよう。

「設定追加。物がなくなるのは魔女の仕業。
 魔女はヤスを困らせてその姿を楽しむ。
 ヤスはそんな魔女に抗う。
 それが我等の遊戯である」

 紗音の世界は変化し、魔女という解釈を介して世界の一部を共有した。
 共有する世界の彩りの何と鮮やかなことか。
 通過儀礼は果たされ、いまこそ私たちは友人である。
 物を隠すのも友人の成長を願ってなのだ。
 隙を見せればまた物を隠してしまおうぞ。


 日々は流れ、紗音は熊沢との交流でミステリーを知る。
 友人ならば物語は共有すべきである。
 友人である魔女にも解釈させてみれば、ミステリーの何と面白きことか。
 これは新しい悪戯に使えるのでは?

『それにしても、我が友が親切に忠告しているというのに、耳を貸さぬとは不愉快なヤツらよ。我が友を蔑む言動の数々、妾に対するものと受け取らせてもらおうぞ…!』

 友を助けるために、トリックを使いそれを魔法で飾り立てる。
 あぁ、我は我にして我等なり。
 これは魔女の犯行であり、同時にヤスの犯行であり、……そして、私の犯行なのだ。
 ニンゲンには解くことのできないミステリー。
 一つの真実を土台に、複数の平行世界の創造。
 魔法があれば無限に世界を広げられる。
 これが魔女の悦楽なのか。
 想像の限りのトリックを試したい。

『使用人ごっこは、もうやめる。………世界を、変更。』

 紗音以外の世界に羽ばたき、世界を広げる。
 様々なことを知り、作り、遊んで、この魔法世界を成長させよう。
 そして、魔女を認めさせる。
 自分が生み出した世界は最高なのだ、それを認めさせよう。


 そして時は流れ。
 今こそ妾の魔法の世界は完成した。
 だから我が友である紗音に、この世界を共有し、もう一人の主にしてもいいのだぞ。

 だが紗音は島に訪れる子供たちと遊ぶことに夢中。
 同じように島の中しか知らなかった紗音が、知らぬ間に世界を広げていたのだ。

『我は、いつの間にか紗音がそのような新しい世界を生み出していたとは、知りもしなかった。』

 自分の生み出した世界より、他の世界に夢中になる紗音。
 ここからはEP6の東屋での譲治の昔話と重ね合わせて読み解くとわかりやすい。



『譲治はつまり、いくら自分が優秀であっても、魅力ある人間として認められていない、ただの電信柱扱いであることに、ようやく気付いたというわけだ…。』

 自分が生み出した魔法世界には全てがある。
 それは何よりも素晴らしい理想郷だから、皆もぜひ共有すべきだ。
 でもニンゲンには理解できないだろう。

 魔女だと認めるだけで、その世界の一端だけでも共有できる。
 皆、魔女を認め、怪談の話でもちきりだろう。
 だから、そなたもどうだ?

 そんな風に調子に乗っていたら、紗音たちは子供たちの世界に夢中。
 特に、戦人との世界に。
 そう、自分は、誰にも見向きもされない電信柱に過ぎなかったと気付いた。

 だから嫉妬した。
 紗音を夢中にさせる世界を。

『僕に魅力がないのは、(中略)………いつも一歩逃げている自分の臆病さにあったんだ。
 僕は、それを克服するために、生まれ変わる決意をしたよ。
 ……初めて自分の殻というものを理解し、それを打ち破ろうと誓ったんだ。
 その意志が挫けそうになる度に、……あの日のことを思い出してバネにした。……君たちが僕を忘れて楽しそうに遊んでいた、あの日。そして、僕に好意があると決め付けている君の瞳に、僕が映ってなかったことをね。
 ………誓ったんだよ。今度こそ、本当に君を振り向かせて、その瞳に僕を映してやりたいとね。……それが、実は君に恋をした、一番最初の感情。』

 お前を振り向かせて、お前の瞳に、自分の姿を映してやりたい。
 これまでのような魔女を認めさせるなんて遊びのゲームじゃない。
 本気のゲームで挑み、自分の全てを認めさせてみせる。

『自分の可能性の限界を確かめたい。その到達点の頂に、君と一緒に至りたいんだ。……そこからの眺めは、僕以外の誰にも見せられないものになる。』

 本気のゲームを作る。
 自分の可能性の限界まで。
 その到達点にお前と一緒に至りたいんだ。
 そこからの眺めは、自分以外の誰にも見せられないものになる。
 それだけの魔法世界を築き上げた。



 話を戻そう。
 紗音と戦人の恋。

『それは妾の知らぬ感情。持たぬ感情。
 如何なる望みをも叶えられる、我が魔法を以ってしても。
 如何なる望みをも叶えられる、我が理想郷を以ってしても。
 得ること叶わなき、……焼けるように熱く、………なのに狂おしいくらいに抱きしめていたい、理解できない感情。
 理解できるのは、妾がどんなに大魔女であっても、それを生み出せないこと。
 それは、誰かに与えられなくてはならないこと。』

 心の交流。
 二人で世界を共有し、共に世界を作る。
 ……そんな相手は、自分にはいない。
 得られない。与えられない。
 誰かに与えられたい。
 その感情をもっと知りたい。


『心だけが、人を殺せる。
 そして、人が殺されたなら、心を探らなければならないんだと。
 彼はそう言った。』

『ミステリーだけに、限らない。
 人は誰だって、何にだって、心で動いている。
 それを察することが、人との交流、……いや、心の交流なのだ。』

 そんなことを言うならば、自分こそを推理して欲しい。
 心を推理して欲しい。
 なら心を推理できるようにしなくては。

 それは自分の心と本気で向き合うということ。
 鏡に映った自分自身を直視し続けるということ。
 鏡に映った自分は嫌いなのにもかかわらず。
 それは自分を解体する作業。
 6年が千年に感じる、永遠の拷問。


 ストップ!
 ここが核心だと勘が告げている。
 しっかりじっくり考察せねば……!




 よし、やろう。

 人は誰にだって心がある。
 逆を言えば、心こそが、人であるということ。
 それはつまり、異なる犯人の真実を生み出したら、それぞれの心が別である、ということか?

 我こそは我にして我等なり。
 我等は我であった。
 だが別人なのだ。
 心も、感情も、記憶も、別。


 真犯人――ここではクレルと呼ぼう。
 クレルは何も持っていなかった。
 何も知らなかった。
 そこで“成りたい理想の自分”を作り、それを他人に投影。
 想像の翼を広げて、他人の世界を知ろうとした。

 チェス盤思考、相手の立場に自分を置いて考える。
 鏡に自分を映すようなもの。
 だから相手の姿が“自分”に引きずられてしまう。
 しかし、クレルには自分というものが無いに等しい。
 だから相手の姿をそのままの姿を映し出した。
 と思われる。

 そして様々な世界に羽ばたき、色々なものを知り、感情を得て、共に成長してきた。
 ずっと大切にしてきたもう一人の自分。
 そうして19年間、自分というものを積み上げてきた。

 それが幻想と真実によって引き裂かれる。
 アイデンティティの崩壊。

 追加Tipsラムダデルタ卿による回想記を抜粋。
『運命に翻弄されるのがニンゲン。愚かで哀れで、何も生み出せない。
 ……しかし、足の下には踏みしめる大地がある。そしてその大地は決して裏切らず、生涯、奈落への墜落の恐怖に怯えることなく暮らすことが出来る。
 運命を生み出すのが、神々。そして造物主。全知で全能で、全てを生み出す。
 ……しかし、全てを生み出し、全ての制約から解放されているということは、足元に大地という制約すらないことを意味する。
 全ての制約を完全に失った存在は、……全てを手にする代わりに、それらの“意味”という制約すら失う。……生死の概念すらなくなり、存在の意味さえもなくなり、……ゼロの域に達する。あるいは、転落する。墜落する。崩壊する。雲散霧消する。』

 人間は、自分の経験や記憶を、自分のものだと疑う必要もない。
 自分という制約より自由となった場合、それらの経験や記憶は、何かの拍子に瓦解するものとなる。
 他人の視点で世界を見てきたがために、得てきたものは他人の経験、記憶、思考、価値観に過ぎない。
 今まで築き上げてきた“自分”の大部分を受け持つ、ヤス=ベアトが否定されるということは、“全てを持った自分”が“何も持たない自分”に転落する。墜落する。崩壊する。雲散霧消する。

 ベアトを殺して島を出た八城は、この造物主の道を歩んだ。
 自分を持たないが故に、他者の思考、解釈を思考の杖として使い、それを巫女と呼んでいる。

『……退屈から逃れるために、星の数の物語を食い尽くしてきた私は、そもそも初めから、物語を喰らってなどいないかったのだ。……ただ、殺していただけ。……結局は、それが私をも殺すのだ。』

 他者の世界、物語を食って成長した自分は、これまで自分が物語を殺してきたように、物語として殺される。
 これは正に、かつての八城の死因そのものであることだろう。


 EP8のラスト、十八こと戦人の台詞。
『私は、右代宮戦人の記憶を持っています。……ですが、それが自分のことと、思えないという、脳の病気なのです。』
『それは、自分が自分でなくなるという恐怖だった。
 頭の中に、見知らぬ男の記憶がいっぱいに広がり、自分を塗り潰しそうになるのだ。』
『辛く、恐ろしい日々でした。………自分が、知らぬ人間に頭の中を侵食されていくかのような…。………今日、明かりを消して眠ったら、自分という私は、もう二度と目覚めず、明日の朝からは、私の体を乗っ取った違う男が生活を始めるのではないか。……そんな恐怖が、数え切れぬほどの夜に、私を苛み続けました…。』
『ですが、駄目だった。……私は私、…八城十八なんです。……頭の中に、どれほど右代宮戦人の記憶が溢れようとも。……それは私には、他人の記憶なんです。………私には、右代宮戦人を受け容れることは、出来なかったんです………。』
『それでも、彼は戦ったのです。………自分の中に右代宮戦人がいる以上、あなたに会うのがその義務ではないか。そう想い8、彼は何度も、…二人の自分の狭間で戦ったのです。』
『あなたと会うことで、私は死ぬのではないか。……そう、怯えたのです。……しかし、私は今、ここにいて、あなたとこうして普通に会話をしています。……だから、後悔しているのです。………もっと、早く、…………私はあなたに、……会っておけば……。……あなたも、……私の中の右代宮戦人も、………こんなにも長い年月、苦しまなくて済んだだろうと思うと、……それが、……申し訳なくて………………ッ……ッ……。』

 これはそのまま、クレルとベアトの葛藤として読み解ける。

 かつて一つだった自分が、別人として引き裂かれる。
 愛を欲したがために、自分を殺さなくてはならなくなった。

『……そんな中にもわずかにあった、喜びの日々。
 それらが次々と蘇っては、………消えた。
 美しかった記憶の全ては、……もうベルンカステルの赤き真実で、……打ち砕かれてしまって、………粉々の破片になって散らばり、…ちくちくと両手いっぱいに刺さって、……悲しみの血で真っ赤に濡らす…。
 ………それが、悲しみと真実の、赤。』

 これはEP5の幻想法廷で犯人だと決定した時の夏妃。
 クレルの心境に重なる。

 本当の自分は何も持っていない。
 他人の経験や感情、思考や解釈を共有することで、自分もそれを得ていたと思い込んでいただけ。
 それはつまり、頭の中に他人を住まわせてきたということ。
 だがしかし、その者こそが過去の自分の全て。
 自分はいったい誰なのか。
 何も持たない空の器が自分なのか。
 その肉の器を満たしていた夢こそが自分なのか。

 どちらが生き残るべきなのか、わからない。
 そもそも自分とは何だったのか、かわらない。

『人に魔法を掛けるのは容易い。そして人の魔法を信じることも、そう難しくはない。もっとも難しいのは、自らに魔法を掛けることなのだ。』

 自分に掛けたは解けかけて、もう一度掛け直すもの難しい。
 それを掛けてくれる他人を。
 自分という猫箱を確定するための他人を求めた。
 かつては戦人に。
 今はメッセージボトルの読者に。

『さぁさ、思い出してご覧なさい。そなたがどんな姿をしていたのか。』

 戦人は間に合わず、運命をルーレットに委ねた。
 ベアトが選ばれれば、みすぼらしい自分の全てを生贄に捧げてベアトの顕現を目指す。
 自分が選ばれれば、ベアトを殺し未練となる全てを断ち切って島を出て行く。


『…………明日夢さんは気の毒だったが、……生まれてくる子を考えれば、これは偶然のタイミングだったかもしれんね。』
『まるで明日夢が、……それを知って、自分から舞台を降りたかのようだ。………俺が明日夢を殺したのか…? ………だとしたら俺は、……いつから殺してたんだろうな…。』

 この留弗夫と蔵臼が話していることは、ベアトリーチェと戦人に重なる。
 「明日夢」は、クレル。
 「生まれてくる子」は、ベアト。
 「俺」は、戦人。
 これが戦人の罪。


 EP8のラストの孤児院。
 十八から戦人が抜け出し黄金郷に迎え入れられるシーン。
 これもクレル(八城)とベアトを鏡写しとしたシーンだろう。

 即ち、ベアトリーチェとの別れである。

『この物語を、最愛の魔女ベアトリーチェに捧ぐ』





 うん、心を掴んだ手応えがある。
 よしよし。大収穫だ。
 久々の悦楽は堪らないな!
 変な笑いが込み上げてくる。





 話を戻そう。

 戦人と紗音の様子を見て、恋という感情を知りたくなった。
 紗音の心を探り、それをトレースし、自分のことかのように感じることで、その感情を知ろうとする。
 さらにそれを知るためにも、友人のためにも、恋の応援をした。
 戦人が来なくなったあとも。
 たぶん、紗音が寝ている間に枕元に立って慰めていたと思われる。
 今のは夢なのだ、起きたら覚えていないのだ、的な。

 そして時が経ち、紗音が戦人を信じることができなくなった。
 その傷を癒すために、新しい使用人嘉音を手配。
 まるで姉弟のような絆を育み、新しい世界を築いて欲しい。
 そして戦人への恋心を自分が預かる。
 戦人に己という謎を出すために。

 たぶんこの時は、謎を解いて自分に至ったのなら自分の恋が実り、紗音だと至ったら友人である紗音の恋が実る。
 そういうどちらの結果だろうと満足する、というだったものではないかと思う。
 もし恋心を忘れなかったら返す的なことを言っていたので。

 真里亞と交流を深めて、魔法世界を広げる。
 名を付けることでイメージを深めると教わった。
 ベアトの人間の姿に名を与え、具体的な設定を深めていく。
 己が身より引き剥がすかの作業。

 碑文を解いたという結果が同じであるならば、過程は虚飾されたもの。
 クレルが隠れていることを承知で、源次はヒントを与えた。
 金蔵が死んだのは幻想。
 碑文を解いた動機は、悪魔のルーレットが誰かに碑文が解かれることを選んだ時のため、その仕組みを知るため。
 あと黄金を自分の自由に使うため。

 というかそもそも碑文の最後の部分はクレルが作った気がしてならない。
 つまり、碑文を解く必要もなかった可能性。
 その場合、源次の洩らしたヒントは、その“結果”を残すためにそうしろと命じられたのだろう。
 幻想修飾、お疲れ様です的な。

 そして2年の空白。
 どんな葛藤があったのかはもう書いた。


 愛なき灰色の世界。
 その世界を色鮮やかにする魔法。
 愛を得んがための克己。
 真実を映す鏡に己を曝し、灰色の世界に苛まれる。
 愛は灰色の世界に住まう片翼の鳥を照らすことができるのだろうか?




 思えば「うみねこ」では愛についての描写に他に、克己の描写も繰り返し描かれていた。
 「うみねこ」の一つに“克己”であるのは間違いないだろう。
 この物語は、クレルの克己の姿を記した物語なのだ。

 これを受けて前々々回の考察を撤回。修正。
 戦人に己の全てを曝け出す謎を作る決意をする前は、気付いて欲しいと思っていたが逃げていた。
 誰にもわかるまいという傲慢は、そんな相手にはまともにぶつからないという逃げでしかない。
 人間として成長できない環境にあった、温められなかった卵だった。
 故に魔女として成長の道を辿ったわけであるが、そこで人間として成長する決意を抱かせてくれた男がいた。
 それが戦人である。
 戦人によって、自分の本当の願い、理想に気付いた。
 理想の相手、運命の王子とは、戦人の後に求めたものだ。
 戦人こそが理想の相手だと信じた。
 初恋だった。
 自分を変えた生涯忘れられない男だったことだろう。

 まぁ、それが本当の恋愛感情かはかわらないが。
 恋愛感情に限りなく近いものであったのは確かだろう。
 自分の姿、自分が生み出した世界の全てを晒す、精神的な交流の果てのプラトニックな愛。
 これは恋愛に含めていいのか。
 寧ろ恋愛に収まるものなのか。
 恋愛以上の何かではないのか。
 だがまあ、相手を強く求める感情は、恋と形容するほかないだろう。

 後、猫箱から取り出すのは、どちらか片方ではなく、一挙に両方である、で決定だろう。
 両方会わせて一つの魂であるのだから。



 「うみねこ」は真犯人の後ろ向きな感情から生まれた物語だという印象が強かったのだが、今回で見事に引っ繰り返った。
 前向きに生きていくという強い決意がなければ生み出されなかった物語。
 時間の経過と共に、後ろ向きが滲み出てくるが、前を向きたい、くらいになったが、やはりこれは前を向くための克己の物語であり、希望に向かうための物語だったのだ。


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  1. 2018/08/18(土) 23:23:54|
  2. うみねこ咲へ向けて
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プロフィール

フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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