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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


魔女の家具/犯人の駒

 本日2本目。
 犯人という駒というのをもう少し掘り下げたい。
 イコール妹ベアトなのでEP6を振り返ってみる。



『真里亞における、さくたろうが、その駒の最たるものであっただろう。』

『お姉ちゃんの内面世界という名のゲーム盤では、確かにさくたろうは存在していて、お姉ちゃんと常に寄り添っている駒だった。
 現実の世界では、ただの布と綿のぬいぐるみであっても、お姉ちゃんのゲーム盤では、それは他の駒と何の区別もない、立派な1つの駒なのだ。』

 駒は内面世界に存在していて、他人には基本的には見えない。
 内面世界であるゲーム盤に顕現するには依り代が必要。


『……世界でたった一つのぬいぐるみという依り代が失われたからだ。だから、駒の存在条件が崩れ、真里亞のゲーム盤では復活することが出来なかった。……そなたが、その存在条件を再び満たしてやったからこそ、さくたろうはゲーム盤に蘇ることが出来たのではないか。』

『そう。依り代が無事である限り、何度でも蘇ることが出来る。それが駒の命というものだ…。』

 駒は依り代、即ち存在条件を満たなければ死に、満たせば蘇る。


『私の可愛い、ベアトリーチェ………。
 誰にもあなたの姿は見えないけれど。
 でも私にだけはあなたが見えるよ。
 そしてあなたも色々な人に愛されれば。
 きっとみんなにも姿が見えるようになっていく。』

 妹ベアトは“お母様”によって生み出された駒。
 よって、“お母様”の内面世界に存在していて、他の人には見えない。
 しかし愛されれば他の人にも見えるようになる。


『お兄ちゃんが好きなら、慕うのも尽くすのも、自分自身でするべきだわ。
 それをどうして、……“彼女という駒”を生み出し、自分以外の存在にやらせるの……?』

 妹ベアトは“お母様”の代わりに、戦人を愛し、戦人に愛されるために生み出された。
 愛がなければ真実は視えない。
 ならば、妹ベアトとは「真実」の擬人化ではないのか。
 そして、その「真実」は“お母様”の代わりに愛されるべく生み出されたことになる。


『例えるなら、“自分の代わりに食事をしてくれる駒”くらい、無意味な存在。』

『でも、恋と食事だけは、他人に代わらせる意味など、絶対にない。』

 だがミステリーにはある。
 犯人は自分の代わりに殺人を行う「犯人」を欲するだろう。
 それが探偵が推理することを組み込んだトリックである。


『……観測者なき結果は、無限の過程を持ち得る。…それを、たった一つの可能性でしか捉えられないニンゲンには、何も想像することが出来ない。』
『しかし、魔女の可能性を信じられる者には、魔女のイタズラを想像することが出来る。』

 観測者なき結果は、無限の過程を持ち得る。
 その無限の可能性の中には、ある犯人――仮にAとしておこう――の可能性も存在する。
 “犯人A”の可能性を信じられる者には、“犯人Aの犯行”を想像することが出来る。
 さらに膨らませれば、“犯人Aの動機”まで想像できるだろう。


『ニンゲンが、自ら確率をゼロに閉ざす“諦め”を、魔法によってそこだけを取り除く。
 諦めないニンゲンには、どんなにわずかであっても、達する可能性がある。
 そしてそれは、確信すればするほど、高くなる。
 紗音が黄金蝶のブローチに強く願い、その効果を確信し、……譲治に気に入られるために、小さな努力を積み重ねただろうことは、想像に難くない。』
『信じる力が、魔法になる……。』
『そして、それを信じさせる者が、魔女だ。』

 黄金蝶のブローチの魔法を、
 恋→推理、紗音→妹ベアト、に変換し再解釈。

 本当の真実は、信じる者がいなくても真実として存在する。
 現実にいる人間もまた同様。
 だが幻想の中にいる人間は違う。
 信じる者がいないのなら、存在しない。
 信じてもらう努力をしなければ、信じてもらえる可能性はゼロ。
 諦めなければ、どんなわずかであっても、達する可能性がある。
 信じてくれると強く願い、戦人に気に入られるために、小さな努力を積み重ねた。
 信じる力が、魔法になる。
 だから信じて謎を作る。
 そして、自身の存在を信じさせる者である妹ベアトは魔女。
 

『紗音も嘉音も、駒である君ももちろん!!』
『あなたたちはみんな家具! 魂が一人分に満たないから人間以下ッ!!』

 駒である妹ベアトも家具。
 裏を返せば、これらの紗音と嘉音も駒であるということ。
 信じる者がいなければ存在しない幻想。
 だから人間以下。


『ゲーム盤の外の存在の死だ。さくたろうの話で続けるなら、この場合は、真里亞の死だ。』

『死だけではない。興味や関心の喪失でも同じだ。……真里亞がぬいぐるみ遊びを卒業すれば、ゲームのプレイヤーとしての真里亞は死ぬ。』

 駒はプレイヤーに愛されなくなると死ぬ。
 人間以下の駒を愛するのはプレイヤーということになる。

 つまり、
 “紗音という駒”を愛する「譲治」は、“紗音という駒を愛するプレイヤー”である。
 “嘉音という駒”を愛する「朱志香」は、“嘉音という駒を愛するプレイヤー”である。


『“二人の愛を貫くために、一人の命を自らの手で捧げよ”。』

 第一の恋の試練。
 プレイヤーとその駒の愛を貫くために、一人の命を自らの手で捧げよ。

 この時、人間側プレイヤー視点ならば、犯人である駒に被害者である駒を取らせる。
 即ち、犯行が可能であると推理する。
 まぁ、犯行可能か考えずに、印象だけで犯人を決め付ける方がいるので。

 またGM視点の場合。
 駒に犯行可能なようにゲームを作る。
 つまり、実際にゲーム盤で駒に殺人をさせるテストプレイ。
 GMを務める覚悟を問うているのだろう。


『“寄り添いし二人を、引き裂け”。』

 第二の恋の試練。
 それぞれのプレイヤーには、それぞれの愛する駒が寄り添っている。
 これを宇宙を生み出すために二人しなければならない。

 人間側では、愛する駒を一つに決める決闘。
 GM側では、プレイヤーに愛される駒を一つに決める決闘。

 “寄り添う二人”が推理したプレイヤーと推理された駒であるなら、“引き裂け”とはその推理が破綻することを指す。
 つまり、GMは嘉音をゲストハウスの密室に閉じ込めて、嘉音の駒の可能性を破綻させるということだ。


『いいえ、わかりなさい。これは、………本当に人を愛することが出来るニンゲンが、誕生する瞬間。』

『どちらが勝とうとも、……どうか祝福してあげて。……今、彼らの、………家具としての日々が、終わる。』

 プレイヤーから真に愛される“犯人”を生み出すために、他の全ての“犯人”を破綻させる。
 他全てが破綻することで、真にプレイヤーを愛する“犯人”が誕生する。

 愛されるためには、まずは愛さなければならない。
 真に愛されるには、まずは真に愛さなければならない。
 推理されるためには、まずは謎を作らなければならない。
 故に、GMは他の犯人の幻想の余地がない謎を作った。

 結果、一つの真実が生まれた。
 姉ベアトと妹ベアトが合わさり、一なる自分になるように。
 破綻した嘉音の犯行を吸収し、紗音を依り代としてヤスが誕生した。

 誰の目にも見える魔女が顕現。
 こうして召喚の儀式は成された。


『姉の一番の目的は、大きな魔力を得て、反魔法の毒に怯えなくてもいいほどの大魔女に復活すること。
 その為に彼女は、夜な夜な屋敷を徘徊しては、魔力を回復し、ニンゲンたちの反魔法力を軽減する努力を繰り返していた…。』

『ふっふっふ、これこそが大魔女へ至る道なのだ。千里の道も一歩から。その一歩は、解せぬ者の目には時にあまりにみすぼらしくも見えよう。しかし、これは偉大なる一歩なのだ…!』

『“今、この廊下には、誰もいないのだ”。なのに、こうして鍵が開き、……窓が、開く。……それが、どれほどの奇跡であり、魔法であり、……そして我らが存在する証であるか、……わかるか?』

 第6のゲームの恋の決闘で大魔女に至るなら、それまでのゲームはそのための準備というところ。
 そのためにこれまでのゲームで“誰もいない廊下で鍵を開けること”を繰り返した。

 紗音の死体を園芸倉庫の奥に置き、探偵である戦人の目に触れないことに賭け。
 戦人に嘉音の死体を目撃させないよう、ボイラー室で嘉音を即死させず。

 朱志香の部屋で嘉音の死体を消失させ。
 最後に密室の中で紗音が自殺したように見せ掛け。

 魔女の姿をした犯人に譲治が紗音を生き返らせるよう縋ることを覆い隠した描写で、紗音が生き返ったことを暗示させるストーリーに仕立て。

 再度、嘉音の消失と紗音の自殺がありえる形を作り出し。

 戦人は探偵でありその視点は信用できると確定させ。
 その上で探偵が見ていないことを利用したトリックでヱリカをやり込める。

 全てはヤスが存在する証を残すため。


『このゲームはフェアだ。
 魔法で起こしたと主張する不思議な事件を、魔法以外で説明するのが目的だ。
 それが出来ないなら、ゲームじゃない。
 即ち、ヱリカの言う通り“魔法以外で成し得なければならない殺人”というわけだ…。』

『“魔法は、自らの手で成し遂げられることしか、出来ない”、ということ…、か。』

『……このルールを見破られたら、魔女に勝ち目はなくなるわ。……だから、それを見破られる前に、相手を屈服させなくちゃいけない。……長引けば長引くほど、……そしてヒントを与えれば与えるほど、……魔女は圧倒的に不利になっていく…。』
『また堂々巡りの思考。
 ……どうしてベアトは、負けるまでゲームを長引かせたのか。』

 長引かせれば不利になり負ける。
 なのになぜ魔女はゲームを長引かせたのか。

 それは、長引かせるほどに魔法を信じる下地ができあがるから。
 そしてその魔法は、“魔法以外で成し得なければならない殺人”をクリアした魔法なのである。
 故に、“魔法以外で成し得なければならない殺人”に気付いた者にだけその魔法は掛かる。

 だから実際は、ゲームを長引かせるほどに、人間側が不利なのである。
 北風と太陽だ。
 強制的に屈服されるのではない。
 自ら推理するように仕向けて信じさせれば良いのだ。
 そうすればニンゲンは魔法に掛かっていることにすら気付けない。


『奇怪な何かが起これば、それは全て、黄金の魔女の仕業…。
 そういう“魔女の居得る環境”こそが、ベアトリーチェ自身。』

 妹ベアトが愛する資格を持つ一人の魂を満たす存在となることで、家具からヤスというニンゲンとなった。
 そして、事件が起これば、それは全てヤスの仕業。
 そういう“ヤスの居得る環境”が成立し、それを依り代として容易く顕現できるようになった。


『ゲームは、消えるだろうな。……だが、俺はもう、魔法を完全に理解している。……だからお前を、ゲーム盤の外へ連れ出せる。………それが、お前の望みだったはずだ。』

 作者のゲーム盤にいた“ベアト”はそのゲーム盤を飛び出し、プレイヤーのゲーム盤で、プレイヤーに寄り添う駒となる。






 ふむ、取り合えず、今回の考察で恋の決闘周りの考察を修正せねば。

 恋の決闘の部分の妹ベアトは、隠された“本当の真実”の表れだと思っていたが、妹ベアト自体は“代わりに愛される真実”であり、さらにEP6を通したテーマもそれで統一されているだろうし、恋の決闘の所も“代わりに愛される真実”で決定。
 妹ベアト自体が“隠された本当の真実”を仄めかしているので、“本当の真実”を表す駒をおく必要はない。
 恋の決闘は“本当の真実”を殺し、真に愛される“代わりの真実”の誕生を描いている。

 だとすると、EP4の最後のベアトの台詞である「私を殺して」の解釈も変わるな。
 「私は誰?」は、“19人目のX”。
 「私を殺して」の“私”も“19人目のX”。
 つまり、“本当の真実”を殺すことを求めている。
 よって、“代わりに愛される真実”を愛してほしいメッセージは出題編ですでに出ていたというわけだ。

 これは凄まじいな。
 ということは、得意気に真実を暴いていた私は大失敗じゃないか。
 確かに私はミスリードさせようとする意図には気付いていた。
 けれどミスリードというのは普通、真実を隠すための手段でしかない。
 だからそれが目的だったと本気で思うわけがない。
 それに気付いたのはEP6になってから。
 だが、それが本気であるとEP4ではっきりと示されていたとは……。
 これは完敗だ。
 新作前に気付いて良かった。


 そして、サブタイ「悪魔の結婚式」の途中。ロジックエラーの密室について。

『………いいえ。……考えて欲しいのです。読み手の、あなたにも。』

『あなたなりの、意見が。……推理が欲しいのです。……それを先に私に話してくれたら、……この続きの原稿をお渡ししましょう。』

 本気で“代わりの真実”を作り上げると信じることができたなら、この時点でやろうとしているトリックに見当をつけることができたのだろう。
 あ~、もったいないことをしたなぁ。
 私は当時、それ以外の全員から金蔵抜かれたし金蔵で行ける行ける簡単じゃん、と余裕ぶっこいてたんだよな……。




 あともう少しやろう。

 恋の決闘の譲治と朱志香がプレイヤーを暗示しているとすると。
 事前からプロポーズをして愛を貫き世界を敵に回す決意を固めていた譲治は、信じるべき真実に出会いそれを全力で守る決意をしているプレイヤーを表している。
 対して朱志香は、決着の時が来てやっと決意を固めたプレイヤーを表している。


 譲治vs絵羽の戦いや格言はベアトのゲームのことと解釈。
 全ては絵羽(出題者)に学ばせて(推理させて)もらっていた。
 譲治(読者)は絵羽(出題者)の掌から出ることは叶わない。
 という主張と、その支配より自立しようとすることを描いていた。

『馬を水場に連れて行くことは出来るが、水を飲ますことはできない』
 プレイヤー(読者)を対戦席に連れて行っても、推理させることはできない。
『子に釣竿を買うな。一緒に釣りに行け』
 謎だけを与えるな、一緒にゲームをしろ。
 これは戦人とベアトの対戦を見せて、読者も出題者とゲームをしよう、と誘うこと。
『学問に時間を費やし過ぎることは、怠惰に過ぎない。全ての木に一撃ずつ加えても、一本の木も切り倒せはしない』
 言われたことを推理しているだけでは怠惰に過ぎない。
 最低、一本切り倒してこそ推理したと言える。


『しかし朱志香が信じぬというなら、破綻の最後だけ語ろう。……嘉音は使用人を辞め、この島を去る、永遠にな。』
『君は島を出て想い人を探す旅に出るだろうね、しかしそれは決して報われない!』

『想い人を失ったあなたはその時、気付くわ。想いを遂げる試練を逃げた、あの時の自分が憎いって!』

 これは“犯人嘉音”がゲーム盤から永遠に去ること。
 そしてその時、“犯人嘉音”を愛するプレイヤーは、戦わずに失ったことを後悔する。
 もはやそれ以上“犯人嘉音”を推理することはできないのだから。
 失う前にもっと確り推理していれば良かったと。


『でも私が勝ったら。……君と島を忘れて、ここを永遠に出て行く。』

 “犯人紗音の駒”が勝てば“犯人嘉音の駒”のことは忘れられる。
 そして島を出る、つまり“お母様”のゲーム盤を飛び出し、愛してくれたプレイヤーのゲーム盤に住まう。


『何しろあのベアトリーチェは、戦人に尽くしたい、好かれたいという感情から生まれたらしいじゃないですか。そんな魔女が生み出した世界で私が、……戦人を、娶り、穢すッ、辱しめるッ!! くすくすくす、くっくくくくくくくくくく!! あぁ、わかります。恋焦がれる人を奪われる苦しみ、よぉくわかります!! 私はついに、それを与える側に回れたのですね…!!』

 これはヱリカのセリフ。
 ヱリカはベアトと創造主を同じくするだろう駒。
 ベアトが愛し愛されるために生み出された駒なら、ヱリカは憎み憎まれるために生み出された駒だろう。
 罪なき人物の真実を暴いて冤罪を着せる駒。

 ベアトとヱリカは同じ“本当の真実”を覆い隠す“代わりの真実”を生み出すための駒。
 しかし、その動機が異なる。
 ベアトは愛で、ヱリカは悪意。
 即ち、白き魔法と黒き魔法。
 それぞれ“お母様”から託されたのだろう。

 もしヱリカが領主となったら、作られるゲーム盤は悪意と憎しみに満ち溢れたものになっていたことだろう。


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フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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