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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


恋愛のような推理

 咲に向けて、犯人であるクレル(19人目のX)と金蔵について何本か書こうと思う。
 これまで何度も書いたこととほぼ同じ内容になると思うが、自己満なので。
 というわけで早速。


 少し疑問に思ったのだが、真犯人は本当に戦人に恋心を抱いているのだろうか?

 表の犯人であるヤスは、確かに戦人に恋心を抱いている。
 ミステリーを用いて恋愛成就しようとしていたくらいだ。

 しかし裏の真犯人は、恋愛のような推理を求めていただけだ。
 読者と作者の対決は、互いを信じあえなければ成立しない、という様を恋愛に喩えただけであって、それはイコール「恋愛感情を抱いている」になるわけではない。

 だが私はなんだかんだ言っても、真犯人は戦人に恋心を抱いていると思っていた。
 戦人とベアトはそれだけお似合いだったからだ。
 しかしそれは恋心を証明するものではないし、保証するものでもない。
 ただ私がそういうのが好みであるというだけなのだ。


 推理して得られるのは真実であるべきだ。
 推理という冒険を経て、真実というお宝を得る。
 だが、そのついでに女も得てどうするのだ。
 いやまあ、それが冒険活劇の王道ではあるのだが……。
 ミステリーとして純粋であるのであれば、不純は必要ではない。

 魔女は肉欲を批判した。
 それは純粋な愛を求めたからだろう。
 肉体を介さず出会い、肉体を介さず交流し、肉体を介さず結ばれる。
 即ち、紙面上のやりとり。
 メッセージボトルが生みに流され、はたまたネットの海に流されたのもそのため。


 EP7の描写を振り返ろう。
 紗音の戦人への恋心は、ベアトリーチェが預かった。
 その時、「我」が世界を再変更。
 ベアトリーチェを「あなた」と呼び、「あなた」に語りかける。

『これであなたはようやく、痛みと引き換えに、恋を知ります。
 さぁ、これが、新しい世界の設定。』

 この台詞は、痛みを押し付ける罪悪感よりも、成長を喜ぶものかのよう。
 自らの代わりに愛されるための駒が、立派な犯人に成長するために「戦人への恋心」という設定を欲したのだ。
 設定に深みが増すほどに、その駒の人間味が増す。
 TRPGで言うところの「設定が生える」というヤツだ。

 自らの代わりに愛される駒に必要な要素は3つ。
 フーダニット、ハウダニット、ホワイダニット。
 それぞれの裏表を合わせなくてはならない。
 動機である「恋愛のような推理」を引っ繰り返して「推理を用いる恋愛」。
 それを仕掛けるために、ぜひともその「設定」が良かった。
 関係のない点と点を繋げて意味を作り出す。
 それは正に運命的なものだったのだろう。

 しかし、その設定が仕えない状況に陥ったら、異なる設定が用いられたはずだ。
 ヤスの依り代は、「ヤスが居ても良い環境」。
 それが崩れればヤスという駒を使うことはできない。
 異なる動機、異なる犯人、異なるトリック。
 それらを用いたゲームとなったことだろう。

 例としてはコミックの『うみねこ紫』。
 ベアトが用意したゲーム盤であるにもかかわらす、“犯人ヤス”の駒が置かれてもいない。
 それでもゲームは可能。
 “駒のベアト”は別の犯人の姿にプロモーションすれば良いので。
 このようにヤスの駒は必要ない。

 なぜならば、ゲームを介してコミュニケーションを取ることが「目的」だからだ。
 「駒」はそのための手段でしかない。
 使用可能な条件下でしか「駒」は必要とされない。
 それが「駒」というもの。
 どれほど愛着がある駒だろうと、使われない時は使われないのだ。

 “ヤス”は戦人のために生み出した駒。
 つまり、それ以外の駒による殺人は、戦人以外に向けたものであるということ。
 戦人への恋はベアトに託し、捨て去った後のことだろう。
 そして、メッセージボトルを海へと流し、運命の王子を待った。

 “運命の王子”=“理想の相手”。
 これは俗に言う、恋に恋した状態だろう。
 そしてそれは、推理で“私”の存在に気付き信じてくれる人のことだろう。
 六軒島に来る人物の中で、その条件に近いのが戦人だった。

 つまり、恋した相手は“運命の王子”であり、その条件として“謎を推理して真実に至る”ことを課し、目を付けられたのが戦人だった。

 こういう経緯だったとすると、場合によって戦人でなくても良かったということになる。
 無論、結果として戦人を選んだし、その思いは何年にも亘って熟成されたのであるが。
 だが、その“運命の王子”というのは、恋の相手というより、推理の相手なのだ。
 相手は異性に限ってはいないだろう。

 まぁ、恋愛の形は千差万別、そういう特殊な恋愛観だったのかもしれない。
 そういう精神の触れ合いが至高の恋愛である、とか。
 恋人や伴侶……、肉体的に結ばれるのではなく、魂で結ばれるので、魂の恋人、魂の伴侶というべきか。
 それらを求めたのだろうが、別に魂の友や魂の好敵手でも良いのでは? とも思う。


 あ~、要するに、確かな絆を結びたかった。
 その絆に何と名を付けるべきか。
 恋愛とか友情とか他の何かか。
 まぁ、複雑だな。
 あえて名を付けないのもありだね。

 私にはこんな結論しか出せない(汗)
 恋愛には疎いのだ勘弁してくれ……。


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  1. 2018/08/11(土) 18:31:31|
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フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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