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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


Confession of the golden witch

 コミック版EP8内の新しいメッセージボトルである『Confession of the golden witch』の考察をしようと思う。


『叶うならこのボトルメールが誰の目にも触れませんように。
 もしもあなたがこれを読んだなら、どうか私にしかるべき罰を。』


 そんな出だしで始まるメッセージボトルの内容は「犯人・紗音」の自白なのだが、当然私的にはそのようには受け取るはずもない。

 “誰の目にも触れられたくない”のは、これを読めば“読んだ者にとっての真実”が確定してしまいかねないからだろう。
 これまで真実に至る者が出ることを願って幾つものメッセージボトルを流していたのに、そんなことせずとも真実を知らしめるようなことをしたら全て台無し。
 魂で結ばれたい願ったのだから、「目に見える答え」で確かめ合う肉欲塗れの愛などいらないはずだ。

 にもかかわらずこのメッセージボトルは存在する。

 “真実に至っていない者”が読んではならない。
 逆を言えば、“真実に至っている者”になら読んでもらって構わないことになる。
 そしてその内容は、肉欲によって確かめるものではなく、魂が結ばれたことによって確かめられるものでなければならないだろう。
 そのためのゲームなのだから。

 その観点からすると自白は肉欲に当たる。
 そこから“私にしかるべき罰を”解釈すると、“私”とは自白している「犯人・紗音」のこと。
 “罰”とは、その「犯人・紗音」という“幻想”を殺すこと。
 そう見ることができる。

 『Confession』の直後に追加された赤き真実「妾のせいだ。妾がそなたから家族を奪った」もその要素を強調していると見て良いだろう。
 『Confession』が犯人の自白であるなら、そこの赤き真実は犯人を特定するものにすべきだ。
 ニンゲンの犯人として話していると言いつつ、赤き真実ではニンゲンの誰であるか暈す。
 それは、犯人が自白したにもかかわらず、現時点では犯人が誰であるか特定しないことを赤き真実で確定させたということ。
 つまり、未だにゲームは絶賛続行中。

 そう思えば、『Confession』が赤い紙に記されていること、赤い紙に赤い文字は使わない(書こうと思えば書けるが普通はやらない)はずであることは鑑みれば、『Confession』は赤い文字で書き記すことができない、という皮肉であるのかもしれない。


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  1. 2015/01/03(土) 20:27:14|
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フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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