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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


観劇者権限

 ウィルがベルンに与えられた観劇者権限。
 それによって劇を見ることが出来た。
 ならばその劇を作った者は誰なのだろう?
 そして、本来その権限を持っている観劇者とは誰なのか?


『ノックス第9条、観測者は自分の判断・解釈を主張することが許される。』

 観測者は自分が見た真実を、好きなように解釈した主張を提示しても良い。
 魔女はその主張を“目に見える形”で提示する。
 それがブラウン管裁判でGMがしていること。
 つまり、観劇者の見ている“劇”とはそれのことだ。

 戯曲の魔女は、真実を基に戯曲を作り、それを劇として見せる。
 そして、観劇の魔女はその劇を見る。
 その劇に加えられている“主張”。
 それが俗に言う“幻想描写”だろう。

 それに対して観劇者は、ノックス第9条によって自分の判断・解釈を主張することができる。

 これがブラウン管裁判であり、ベアトのゲームの根幹だ。


 さて、GMが劇を見せる戯曲の魔女であるであれば、その対となる観劇者とはプレイヤーのことに違いない。

 そして、GMがベアトであればPLは戦人であるのが当然だ。

 ……が、そうだろうか。
 そんな当然のことは、観劇者権限などというもので改めて提示するほどのものではないのでは?
 今、第7のゲームだからこそ提示したいものであるはずだ。


 ウィルに観劇者権限を与えて解かせようとしていたのは、ベアトリーチェ殺人事件。
 殺せる者は2人。理御とベアトを演じていた者。
 理御については作中で説明されたので、問われているのはベアトを演じていた者だ。

 ベアトを生み、演じて、謎を出題した者。
 謎とは即ち、ミステリーだ。
 魔法を“目に見える形”で主張した場合、それは人に可能な形でなければならない。
 劇を目に見える形、戯曲として文字で書き起こすことで、人に可能なことに納まるのだ。
 即ち、メッセージボトルの作者こそが大元の観測者なのだ。

 そして、その対となるメッセージボトルの読者こそが大元の観劇者。
 即ち、プレイヤーだ。



 真実と幻想が入り混じった劇。
 それは我々読者が見ているものそのものだ。
 メッセージボトルがそれを読んだ者に当てられたものなら、そのメッセージボトルに描かれた劇はその読者が観劇者であるということ。

 解くべき謎を劇として見る権限。
 それは謎を推理する人間側のプレイヤーに与えられた権利だ。
 それがなければ推理することもできはしない。

 劇の出演者であるウィルは、その権限を与えられたことでプレイヤーと同等の権利を得たのだ。
 即ち、見た劇を“自分の判断・解釈を主張”する権利を。

 戦人もまた同様だ。
 劇中の登場人物である戦人は、劇中劇を推理していく。
 読者にこのようにゲームを行うのだと教える役目を負っているのだ。


 観測者が観測したものが観測者の真実。
 犯人であるベアトは、無論、事件の真実を知っている。
 知っていて、魔法殺人であるという解釈を主張し、それを戦人に見せてゲームを行った。

 同様にウィルは、金蔵などの観測者の解釈した主張を見せられた。

 そして、それらを作者が文字で記し、我々読者は劇という形で見ているというのがうみねこの構図なのだろう。


 要するに、観劇者権限を提示した意図は、うみねこの物語を見ている大元の観劇者は誰かのか、という問い掛けを浮かび上がらせるものであり、同時に、その観劇者に劇を見せている大本の観測者は誰かのかを問うもの、ということなのだ。



 うみねこの物語は全て“劇”。
 信用できる記述などない。
 しかし、“劇”を見せたかったのは確実なことだ。
 そして、そこに意図があることもまた確かなことだろう。

 さらには、第7のゲームで観劇者特権と同時に、それを与えられた“心を蔑ろにしない”探偵ウィルが登場したことも合わせて考えれば。
 要するに、観劇者は心を蔑ろにしないように、観測者の意図を探れと言いたいのだろう。


 さて、観測者の真実とそれを覆い隠す観測者の主張があるなら、その2つは明確に異なり、故に主張は真実から目を逸らさせるための手段であることが解る。
 そして、真実から逸らそうと企てているのなら、それはGMとして勝ちを狙い続けているということの証左でもある。
 だからその逆側にこそ真実はある。


 真実から逸らそうとすることは、真実を指し示すも同然の行いである。
 故に、うみねこは推理可能である。
 だからこの主張を覆してみろ。
 それが第7のゲームで言いたかったことじゃないだろうか。





 散ではミステリーvsアンチミステリーをやった。
 第5のゲームでは、下位世界で犯人が誤った真実を作り上げる様を、その上のメタ世界視点で俯瞰し。
 第6のゲームでは、メタ世界のゲームで、GMが並び立つ真実を構築する様を、その上の観劇者視点で眺め。
 第7のゲームでは、観測者が作った劇を観劇者に見せる様を、外側から第三者視点で見てみた。

 こう並べると解り易いように段階的にヒントを出していることが見て取れるなぁ。


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  1. 2014/10/11(土) 21:38:32|
  2. アンチミステリー
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フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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