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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


黄金の魔法の実現

 続いて「黄金の真実」の生み出し方でも。



 第6のゲームにおいて行われた恋の決闘。
 これについての解釈は、紗音・嘉音・ベアトが同一であるということで、大方一致しているのではないかと思う。

 となると、それ故に、その解釈は『黄金の真実』であると言える。
 さらに、並び立つ真実として、もうひとつ解釈が成り立たなければならない。
 それがアンチミステリーの読み解き方になる。


 では、恋の決闘とは何を表しているのかいえば、今回のタイトルそのものずばり、黄金の魔法が成就する過程である。

 嘉音と紗音が父親について言及していた。
 さて「親」の定義だが、作中では実の親以外にも、「駒」の生みの親という意味で使われている。
 それも恋の決闘と同様に、第6のゲームで。

 この2つの方向性の内、実の親の方は「同一説」の方に繋がるので、もう一方の「駒」の親へ進む。
 そうなると紗音と嘉音は「親」に生み出された「駒」ということになる。
 無論ベアトリーチェも同様だろう。

 その「駒」たちが生み出された目的はと言えば、愛し愛されるためで間違いないだろう。
 ベアトリーチェという「駒」は、戦人に愛し愛されるために生み出されたのだと明言されているのだから。

 では愛されるとは何か。
 考えるまでもなく「愛がなければ視えない」のことだろう。
 さらには第5のゲームで、「推理小説の読者と作者の関係は恋愛に似ている」とも。

 推理することで視えてくる「駒」。
 それは即ち、「犯人」のことだ。


 つまり、恋の決闘における紗音・嘉音・ベアトは「犯人」であり、「犯人」として愛し愛されることを争っていたことになる。

 紗音が「犯人」という真実。
 嘉音が「犯人」という真実。
 ベアトが「犯人」だという真実。

 まだ「同一説」という『黄金の真実』が生まれる前、紗音が犯人でも嘉音が犯人でも説明可能で、どちらの可能性も同時に存在した。
 そして、ベアト即ち「真犯人」が犯人である可能性もまた……

 だが異なる「犯人」を同時に愛することはできない。
 同時に愛せば、それは一人分の「愛」に満たない。
 それでは一人分の「魂」に満たない「家具」でしかない。
 推理どおりに殺人を犯してみせ、破綻すれば打ち捨てられるだけの「駒」。
 だから一人分の「魂」を得るためにあの決闘をしなければならなかった。

 そして、ミステリーを志向する読者は、愛する「犯人」を一人に絞らなければならない。
 愛し合う2人で「世界」を生み出すために。



 ……さて、それでは以上を前提に黄金の魔法が実現する経緯を説明しよう。

 「犯人」は3人。それらを愛する「読者」も3人。

 紗音を犯人だと考える自分。
 嘉音を犯人だと考える自分。
 ベアトを犯人だと考える自分。

 その内、ベアトを犯人だと考える自分は不在である。
 故に決闘を行うのは紗音と嘉音の2人となる。
 あとは、自分が考える「犯人」を信じるだけ。

 そして、ロジックエラーの密室において、嘉音の可能性が否定され、「同一説」によって残った紗音が「犯人」として残った。 

 「幻想」は「真実」に昇華され、黄金の魔法は成就した。
 あとはこの「種」に水をやり、肥料をやり、決して倒れることのない大樹にまで育てれば良いのだが、それはまた別のお話……


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  1. 2013/12/22(日) 01:14:54|
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フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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