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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


ルールXYZ

 追加TIPSでベルンカステルが話したルールX・Y・Z。
 それを私なりに解釈すると、ルールXは絶対、ルールYは無限、ルールZは黄金となる。


 ルールXはベルン曰く、
ラムダデルタは、このゲーム盤に私は“絶対”に勝てないと豪語している。
 その時点で、逆説的にルールXは判明しているの。本当に馬鹿な子ね。
 つまり、物語が常に6月20日から始まるようなもの。恐らくこれが、ベアトリーチェなる魔女の心臓部でしょう。

とのこと。

 ラムダが絶対であると保証したということは、魔法的に考えれば絶対の意志であると認めたということではないだろうか。
 ベアトリーチェの心臓とは、推理によって至れる核心部分。
 この物語はベアトの意志によって生み出された。
 よって推理すべきは、ベアトの意志。
 その意志が気紛れであるならば、推理は不可能だろう。
 しかし、その意志が強固で絶対であるならば、それは変更不可能であり、至られれば命を握られたも同然となる。

 ベアトの絶対の意志によって、事件が引き起こされ、ゲーム盤が作られ、物語が生み出された。
 つまり、全ての根本こそがこのルールXというわけだ。


 続いてルールY。
 ベルン曰く、
なるほど、だとするとこのベアトリーチェという魔女は確かに面白い。
 私もあの子も、そして貴方も知らなかった世界を、彼女は切り拓いている。
 それを魔法の根源とする、ルールY。
 ラムダデルタも少しは触れたようだけれど、彼女の域には到底及んでいない。
 もしこれこそを魔法と呼ぶならば、ベアトリーチェを除き、私たちは誰一人魔女などと名乗れないに違いないわ。
 その意味において、自らの魔法体系を組み上げた彼女は、魔女としては初心の部類に入りながらも、その域は魔女をすでに凌駕して、…貴方の域にまで踏み込み掛けていると言えるかもしれない。

しかしそれにしても、実に面白い。このルールYこそが、魔女ベアトリーチェの存在そのものではないかと見ているの。
とのこと。

 絶対の意志、即ち、絶対の魔法なら、何度繰り返そうとも“必ず”殺す。
 しかしベアトは、異なる順番、異なる方法で異なるゲーム盤を作り、そこで百殺している。
 絶対の意志によって運命は“必ず”に収束するはずなのに、絶対の意志によって生み出された結果が百にすることが可能な魔法。
 百の結果を生み出すルーレット、それがベアトが組み上げた魔法体系である無限の魔法、ルールY。

 起こり得る全ての偶然を想定し、その全てに対応できる計画。
 それは1%の確率で起こるカケラを百個を束ね1とした計画。
 これが計画できたら人類最高峰と認めるのも吝かではないのかもしれない。

 ラムダも少し触れたよう~というのは思うに、ひぐらしのルールX、それも真犯人が意図した部分、鷹野の研究ノートのことではないだろうか。
 ランダムで偶然を引き込むルーレットの役割を持ち、引き起こしたい結果を大雑把には想定していて、それを見て愉しんでいる。
 が、想定が甘すぎて掌から出てしまうことを許してしまい、場合によっては大誤算となる結果すら生み出してしまっている。


 そして肝はルールZ。
 ベルン曰く、
私は取り合えずこのルールZを、真相から煙に巻く、迷路的な存在だと仮定してみた。
 つまり、ルールXとYに私を近付けまいとする迷路ね。
 私の力は、百年を掛けて迷路の全ての分岐を確かめて地図を書き上げるのに似ている。
 つまり、どんなに複雑な迷路であろうとも、いつかは必ず攻略できるということ。

つまり、……地図を書いていくことが意味のない迷路。
 例えば、ぐにゃぐにゃと常に形を変える不定形の迷路とでも言えばいいのか。

……概念では理解できるの。でもルールとして捉えようとすると、全く理解ができない。
 だってルールとは本来、不変なものでしょう?
 不定形なるものがルールであるなんて、私の知る常識を超えている。
 固体でなければならないのに、液体のような一面を持つなんて。……まるで水銀ね。
 水銀はラテン語で“生きた銀”。 そして不老不死に通じると信じられ、錬金術師たちの研究対象として珍重された。
 皮肉ね。つまりはまさに、彼女の自称する魔女や錬金術につながるということ。
 このルールZが解けない限り、……いいえ、解けないからこそ、ベアトリーチェはまさに魔女であるということ。

とのこと。

 ルールXとルールYから生み出されたのがベアトのゲーム盤。
 ルールXは、絶対の意志を持った人物が意図した通りの事件を実現させるというもの。
 つまり、その人物ができることしかできない。
 それが“絶対”のルール。

 ルールYは、その人物が意図し実現できる事件の数を無限に増やすというもの。
 それだと迷路の数を増やすことしかできない。
 つまり、1つのゲームにつき、1つの迷路、1つの答え。
 そしてその迷路の形はルールXにより絶対不変だ。

 にも拘らず、それが不定形であるのなら、その迷路はルールXとYによって生み出された物ではないということ。
 迷路とは入り口と出口が繋がっている、つまりその2つを繋ぐ道こそがロジック。
 そのロジックが変更可能であるなら、そのロジックは真実ではなく虚偽。
 幻想の迷路だから真実であるルールXとYに近づけさせないことができる。

 虚偽、幻想、即ち魔法。
 魔法を信じさせるのが魔女。
 幻想を信じさせることで真実から遠ざけることができる。
 故に、ルールZが解けなければ、ベアトリーチェは魔女ということになる。



 ルールXは、作者は絶対に解けるような物語にする。
 ルールYは、犯人は全ての偶然を想定してそれに対応した事件を起こす。
 ルールZは、GMは過程を修飾するロジック(魔法)を構築して信じさせようとする。
 でもって、ルールYの無限創造とルールZの魔法実現を合わせて無限実現としたのがベアトのゲーム。


 出題編ではルールZによってアンチファンタジーが並列し、ルールXとYに近付くことを妨げていた。
 散ではルールXが保証されたが、それだけではルールYとZは解らない。
 ルールYとZによって、真実と幻想を切り分けることが可能となる。

 ルールXとZにより、ベアトは常に引っ掛けようとしてくる。
 それを思考の杖とすれば、騙されずに済む。
 Aであると疑わせたいのならば、疑わせたくないのはAではないものである。
 常に逆の箱に真実は入っている。

 ルールXとYにより、ベアトは全てを想定したゲームを作っている。
 それを思考の杖とすれば、想定外のことが起きるわけがないと判る。
 真実なら想定可能であるならば、想定不可能なら幻想である。
 後はどのように想定したのかを考える。

 その2つが、私が使った思考の杖。


 ゲームとして見るなら、ルールXはゲームをするという絶対の意志。
 それがないならゲームにならず、勝敗は無効となる。

 ルールYは魔女の敗北条件、ルールZは魔女の勝利条件を作り出す。
 そうすることでどちらにも勝ち目がある公平なゲームとなる。

 これら3つのルールがゲームを成立させる最低限の要素と言えるだろう。





 思うに、誰が犯人だと思うのかを訊ねるより、ルールをどう考えているのかを知る方が、どういう推理をしているのかを把握しやすいのではなかろうか。
 これまで魔法だトリックだと長~く書いてきたが、3行で十分だった気がしないでもない。


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  1. 2014/04/19(土) 23:24:34|
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フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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