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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


エピソード6 前編

 第5のゲームでは、ヱリカは犯人の駒であり、作者の駒であると考察した。
 それはつまり、メッセージボトルを書いた人物が犯人であり、ヱリカという駒を作り出したということ。

 それに対し、第6のゲームでベアトは、エピソード3~6は八城十八の書いた偽書であると返した。
 それはつまり、ヱリカを生み出したのは八城十八であり、メッセージボトルを書いた犯人ではないという主張だ。

 なるほどそうきたか。
 ならば私は、メッセージボトルを書いた人物と偽書を書いた八城十八は同一人物であると主張せねばならないな。
 やっと姿を現したな、お前が犯人だ!

 これぞコミュニケーションの醍醐味というものだろう。


 まぁ、戯言は置いておいて。


 第6のゲームは、探偵を鼻に掛けるヱリカに対する意趣返しとして偽物の事件を起こしたところ、ヱリカが本当に殺してしまったというもの。
 死んだふりをさせないために、殺し直したのだとか。

 しかしその理屈は、第5のゲームで死んだふりを許してしまった故のもの。
 それを認めることは、ヱリカが他のカケラを何らかの形で認識していることを認めることになる。

 そんな人間は現実にはいない。
 故にファンタジーだ。空想の中のキャラクターだ。
 ならば、空想を現実に実現すればいい。

 現実の人間が考えた計画という名の空想。
 その空想に従い絶対の意志で現実に事件を起こす。
 それは現実が空想に支配されたということ。

 計画(空想、妄想)を実行するとはそういうこと。
 架空のキャラを演じるとはそういうこと。
 犯人にとって、事件とは劇なのだ……とは第7のゲームの先取りか。


 ちなみに、ヱリカがベアトではない場合は、そのファンタジーを許すのはGMがベアトではないから、とでもすべきだろうか。
 今回のゲームで八城も登場したので、オリジナルのメッセージボトルと偽書では作者が違うから、でも良いだろう。
 GMがベアトではないから、作者がベアトではないから、ヱリカを登場させることができた。
 よって、ベアトの殺人とヱリカの殺人は関係ない。

 だから、殺人犯であるヱリカの動機を考えるよりも、ベアトである紗音と嘉音が同一だからできた戦人の密室脱出トリックを考えようよ。
 ……と、誘導する声の幻聴が聞こえてきそう。

 逆を言えば、作者であるベアトと八城は同一人物であるなら、ベアトの殺人とヱリカの殺人は関係あることになる。


 第6のゲームは、もはや告白であるという宣言に恥じないゲームであったと思う。
 ヱリカが犯人は自分だと自白し、そして自分は存在しない人間であることを明かした。
 そしてそれは、ヱリカを犯人だと絶対の意志で保証した作者である八城十八が犯人であるという告白でもある。

 が、同時に。
 異なる人格たちの決闘による、同一説の告白でもある。

 そして、並び立つ真実の内、真に愛するものを決める恋の決闘なのである。

 だいたいこの辺は既にやったので割愛。
 とりあえず補足を幾つかやりたい。

 



 同一説を黄金の真実として生み出すには、これまでの6つのゲームで徐々に同一説であっても構わないという環境を作らなければならない。
 犯人は使用人であるとか、死んだら死体が出ないとか、幻想描写で恋愛について語ったりだとか。
 色々あるが大前提として、紗音と嘉音が戦人の前では一緒に現れないというものがある。
 これはそうなるように使用人のシフトを組めば可能だ。
 4日はそれで、5日は事件に対応する動きを想定し、戦人の前で一緒になる前にどちらかを殺して死体を隠せばいい。
 あるいは死体を見ることがない状況を作ればいい。


 同一説における動機、戦人に対する恋心の根拠として、『また来るぜ、シーユーアゲイン。きっと白馬に跨って迎えに来るぜ。』という昔の戦人の言葉を覚えていることがあげられる。
 この言葉を覚えている理由として、紗音は記憶力が良いという設定になっていた。
 しかしこれとは逆に、紗音は物覚えが悪く、メモを取るようになったという設定がある。
 これは窓を閉めたはずなのに開いていたことや物を置いたはずの場所とは違う場所に物が置いてあったことなどについてのこと。

 “物覚えが悪い”ことを真とすると、“記憶力が良い”というのは偽。
 “物覚えが悪い”のに、戦人の言葉は覚えていた。
 それは特別なことだったから。
 今もなお恋心を抱いているから。

 と、そんな理屈になると思う。
(ちなみに、“物覚えが悪い”ことの根拠となる事例が自作自演の場合は、“物覚えが悪い”ことが嘘となり覚えていることの特別感が失われてしまう。)

 逆に、“記憶力が良い”ことを真とすると、“物覚えが悪い”というのが偽。
 記憶通り、窓はちゃんと閉めたし、物も置いたはずの場所に置いていたことに間違いはない。
 なら、紗音が閉めた窓を開けた“誰か”がいて、紗音が置いた物を別の場所に置き直した“誰か”がいる。

 と、そういうことになる。
 見方によって真実は異なる顔を見せる。

 他にも、第2のゲームでの紗音とベアトの愛についての問答から、動機は恋愛であると見ることができる。
 しかし、これを恋愛=推理と見ると、“肉欲”とは見て触って確かめることができる“答え”を求めることであり、“純愛”とはそのようなことをせずとも結ばれればそれで完成するものとなる。
 これはそれぞれ怒りと悲しみであり、ゲームの目指すところ。


 ついでに18人目のXの動機に関する描写もやっておこう。
 
 譲治が紗音に告白したセリフ、
『あの日、僕を無視して遊んでいた君たち、……いや、君への復讐が。いつの間にか、本当の恋心に変わっていたんだ。』
 それと密室に閉じ込められた人物の独白、
『……きっと、向こうの部屋にみんな集まってるんだ。
 ……自分だけがたった一人、こんな寂しくて薄気味悪い部屋に閉じ込められている…。』


 これは意図的にシンクロさせているのだろう。
 どちらも自分の存在を無視されて、他のみんなは楽しく過ごしているのを見ていることしか出来ない、というもの。
 密室はロジックエラーに陥った戦人の状況と重なる。
 そして、ロジックエラーによる地獄はGM特有のもの。
 かつてベアトも味わったものだろう。
 そしてそれ故に、それらの心情の描写はベアトの心情そのものであることだろう。

 何らかの理由で仲間外れになり孤独を味わっていて、その復讐がやがて恋になった。
 恋する相手は戦人。
 つまり、戦人に恋する前からすでに復讐は始まっていたことになる。
 そしてそれは、戦人に恋する前から孤独だったということでもある。





 ひとつの物語があり、そこから読み解ける表の解釈と裏の解釈がある。
 その表と裏をすり合わせなければならないGMの苦労が偲ばれるゲームだったように思う。


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  1. 2014/03/01(土) 22:28:56|
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フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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