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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


エピソード4 前編

 エピソード4において、事件前の金蔵の死が確定し、その分の島に存在する人間の数が減らされた。
 金蔵の死については、読者が勝ち取ったものであるという。

 だが本来、事件前の金蔵の死は、19人目のXのための一手だったはずだ。
 それからすると、金蔵の死は勝ち取ったものではなく、妥協の産物にすぎない。
 金蔵の死について勝ち取ったのだから19人目のXは諦めろと、そう諭しているわけだ。

 それはつまり、“金蔵の死”は取らせるために置かれた駒であるということを示している。
 それをそのまま取るということは、敵の思惑に乗ってしまうことになる。
 金蔵の死については赤き真実で宣言されている以上、取るしかないのだが、そのままの形では取りたくはない。
 敵の思惑を超えなければならないと思うからだ。


 当主と共に金蔵の名を継ぐという手掛かりから、皆が知る金蔵は、金蔵という名を持つが金蔵ではない可能性が出てくる。
 それを採用すれば、金蔵の死を認めながら、金蔵という駒を保持できる。
 存在する人間の数は金蔵の分減らされたので、金蔵という駒は存在しない人間として島にあることになる。
 19人目のXもまた、存在しない人間として駒を置くことができる。

 これによってベアトが提示した人数制限も越えられる。
 私はそうやって打ち破ることを選びたい。


 そんなわけで19人目のXで、エピソード4で追加された第1~3のゲームの赤字を抜けようと思う。


■第1のゲーム

●第二の晩 客室のチェーン密室

 戦人の言うとおり、密室内に隠れていた。

●第五の晩 嘉音の死

 露骨に嘉音を怪しめ、さあ取れと言わんばかりの一手。
 当然、その思惑には乗ることはできない。

全ての生存者にアリバイがある! さらに死者も含めようぞ!! つまり、島の如何なる人間にも死者にも、嘉音は殺せなかった!

 これらのことから、“全ての生存者+死者=島の如何なる人間+死者”ということが解り、さらには“全ての生存者=島の如何なる人間”ということも解る。
 よって、“生存者”でも“死者”でもない人間なら、“島の如何なる人間にも死者にも”含まれず、犯行が可能と言える。

●第九の晩 夏妃の死

夏妃は他殺である! 身元不明死体は一切なく、生存者も全員がアリバイがある!
夏妃を射殺したのはトラップじゃなく、ちゃんと銃を構えて引き金を引いてしっかり射殺したのよ!

 “生存者”が生きている全ての人間であれば、“身元不明死体を用いて死亡を偽装して生きている者”も“生存者”に含まれるはずだ。
 だが含めていたのなら、態々“身元不明死体は一切なく”などという部分を加える必要はない。
 このことから、“身元不明死体を用いて死亡を偽装して生きている者”は“生存者”には含まないと解釈できる。
 “生存者”ではないのなら“死者”だであると解釈すべきなのだろう。

 さらには、夏妃を殺した犯人は、夏妃殺害時は生きていた。
 にも関わらず、犯人は“生存者”には含まれていない。
 “生存者+死者”の中に犯人がいるとするなら、犯人は“死者”に分類されているということになる。

 生きているにも関わらず、“生存者”には含まれない。
 そうであるなら、“生存者”とは“生存しているとされている人間”で、“死者”とは“死んでいるとされている人間”と定義されていると解釈できる。
 それは“生存しているとされている人間”+“死んでいるとされている人間”-金蔵=“ゲーム開始時に島に存在している人間”ということだ。
 つまり、“島の如何なる人間にも死者にも”含まれない人間とは、“存在していない人間”であるということ。

 その解釈なら、“生存者”でも“死者”でもない人間であるなら嘉音を殺害することが可能であると言える。
 夏妃殺害も同様。


■第2のゲーム

●第一の晩 礼拝堂の密室

真里亞の鍵は、真里亞受領後から翌日の楼座開封の瞬間まで、誰の手にも渡っていない!!

 “真里亞の鍵”が“礼拝堂の鍵”ではないのなら“礼拝堂の鍵”を使って密室にすることは可能。
 エピソード4で示された手掛かりの中に、真里亞の自宅の鍵がある。
 過去の回想の中で、真里亞は所持していた自宅の鍵をなくしてしまっていた。
 それはつまり、真里亞は普段、自宅の鍵を所持しているということを示している。
 “真里亞の鍵”が“真里亞の自宅の鍵”であるなら、誰も“真里亞の鍵”を持ち出していない。
 楼座が持ち出したのは“礼拝堂の鍵”なのだから。

●第四~六の晩 夏妃の部屋の密室

楼座がマスターキーを管理して以降、それら全ては一度たりとも彼女の手を離れていない! 夏妃の部屋を開錠した時に戦人に貸し出した際を除いてね。

 管理して以降の話なので、管理する前なら犯人はマスターキーを使用できた。

マスターキー全ては楼座が管理した!

 管理「した」のであって、管理「していた」ではない。
 それはこれまで管理「していなかった」可能性があるということ。
 つまり、夏妃の部屋の事件発見時、譲治のポケットから鍵を入手したことで、『マスターキー全ては楼座が管理した』ことになった。


■第3のゲーム

●第一の晩 連鎖密室

マスターキー5本は全て、5人の使用人の懐よりそれぞれ発見された! 個別の鍵は死体の傍らの封筒の中に! つまり、連鎖密室にかかわる全ての鍵が、連鎖密室内に閉じ込められていたわけだ!! ドアの隙間だの窓の隙間だの通気口だのッ、そんなところを使って密室外から鍵を戻すことなど出来ぬぞ!!

 全ての鍵を閉じ込めていて使用不可能であるのなら、犯人は内側から施錠して密室にしたことになる。
 しかし、それではエピソード3で提示された赤き真実、『室内には犠牲者しかおらず、それ以外の人物は室内には存在しておりません。』があるので、犠牲者以外の犯人が内側にいることは不可能。
 犯人が外側から施錠するには、密室内に閉じ込めてある鍵を持ち出さなくてはならない。

 鍵と共に密室内にいることと、鍵と共に密室の外にいることを、同時に満たすことは不可能。
 同時には不可能なら、時間差があるなら可能ということだ。

 連鎖密室を発見後、客間の扉前から外に出て窓を割るまでの間、誰も客間の扉を見ていない。
(正確には、全員で窓側に回ると想定していた、ということだが)
 その間に、客間の中にいた犯人が扉を開けて外に出て、客間の鍵を使って施錠したとする。
 それならば、魔法陣のアピールによる密室発見時は、鍵と共に密室に閉じ込もっていて、窓を割られて密室が破られた時は、犠牲者以外は室内にはいない、と言えるだろう。


 とは言え、この行動は密室を作るためだけなら、必要がない動きだ。
 発見者からすれば、最終的には外から鍵をかけられて密室にされるのだから、中に隠れるという行動は、密室を作るという目的からすれば余分な行動と言える。
 この行動は赤き真実を作るためだけのものだ。

 つまり、プレイヤー及び読者に犠牲者以外には密室を作れないと推理させるための行動だということ。
 純粋な遊びの部分と言える。

●ゲストハウス 譲治の脱出

譲治はゲストハウスの階段を降りてはおらぬ。
外部へ通ずる窓も扉も全て内側より施錠されていたぞ。
しかもそれらの施錠は全て、外側からは不可能!
ならば譲治の兄貴が窓より脱出後、誰かがそれを施錠すればいい!

 これは戦人の推理どおりで良いと思う。
 が、それだけなら、わざわざ赤き真実を使う必要はない。
 エピソード3の情報だけで手掛かりは十分だし、内部の人間が鍵を掛けたというのは下位世界の生き残りの統一見解と言っても過言ではなかったはず。

 なので私は、解っていることだろうけどさらに考えてくれ、というメッセージとして受け取った。
 施錠は外側からは不可能だから犯人は外にはいない、と思わせたいのではないか。
 譲治は蔵臼たちとは違う所から外に出ている、というのが重要ではないか。

 ……そんな取っ掛かりから推理していったわけだが、推理の内容は前回の「エピソード3」で書いたとおりだ。
 省略させてもらおう。





 さて、ベアトはエピソード4において、これまでのゲームを振り返って赤き真実を提示してきたわけだが、これは読者にもう一度考えて欲しいから提示してきたのだろう。
 問題は、読者の推理を否定して、もう一度やり直せと言っているのか、へこたれずに貫くことができるのか試しているのか、どちらなのかということ。

 並び立つ真実という観点から見れば、当然、ベアトはどちらも同時に思っていることになる。
 それらの違いは、赤き真実によって否定されたのか、それとも赤き真実を用いて間違っていると主張されたのかだ。
 前者なら間違いを認めやり直すしかないが、後者ならそれは魔女の主張でしかないのでそれを認めることは魔女に勝ちを譲るようなもの。
 他者の主張によって揺らがないようなほどの強固な意志を持たねばならないのだと思う。

 これは赤き真実と青き真実のルールが表している。
 魔女側は赤き真実によって可能性を否定し、人間側は赤き真実に反しない可能性を青き真実によって提示する。
 その後、魔女側が青き真実を否定する赤き真実を提示できなければ、人間側の勝利。
(尤も、本当は赤き真実で否定できるのにあえてそうしない場合は、本当は魔女側の勝ちなのだが。
 人間側からすれば、試合に勝って勝負に負ける、という感じだ。)

 故に、人間側はただ赤き真実を抜ける可能性を提示すれば良いというものではない。
 次なる魔女の一手で否定されないものにしなければならないのだ。
 そのためにも魔女の意図や思惑を読まなくてはならないだろう。

 魔女側にも赤き真実によって否定できるものとできないものがある。
 そのため最初の手番で、否定できる青き真実に誘導したいはず。
 私なんかはそう読んだわけだ。

 とは言え、否定できないものでも、否定しているかのように見せかけることはしてくるはずだ。
 そこで、間違っていると主張されてもなお信じることができるのかが試される。
 そのためには信じるための根拠が必要になる。
 だが客観的な証拠、つまり物証がないこのゲームでは、状況証拠を積み上げていかなくてはならない。
 点と点を結んで線とし、全ての点を結ぶほどに、強固な“信じる”という意志にすれば、揺らぐことがない真実が出来上がる。
 
 まあ、それができても、正解かどうかは保証されないのだが。
 しかし、他者の主張で揺らぐようでは、後から出される真実によって容易く魔法に掛けられてしまいかねない危険性がある。
 北風に吹かれれば飛ぶようだったり、太陽に照らされれば脱いでしまうようでは他者にコントロールされてしまうので、服を脱ぐならそれらとは関係なく自分の意志で決めるべきだろう。


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  1. 2014/02/15(土) 21:44:18|
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フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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