ベアトリーチェの微笑み
前に書いた通り、作中で金蔵が語った魔法は、ベアトの無限の魔法と同一である。そこから金蔵がベアトの魔法の師匠であると考えられる。
金蔵は無限の魔法を使い、全ての可能性を想定して計画を立て、金を儲けた。
それが右代宮家復興の原動力。
そして、金蔵の望みはベアトリーチェの微笑を見ること。
それは悪魔のルーレットに打ち勝った先にある奇跡。
そのためにも、ベアトの無限の惨劇が必要だった。
そのためにも、ベアトの依り代が必要だった。
『私は右代宮家など、継ぎたくはなかった。……私が当主に選ばれたのは、運命の悪戯に過ぎぬのだ。』
『欲深な長老たちは、お互いの利益ばかりを主張し合い、新しい当主を選び出すことさえ出来なかったのだ。まるで、沈み行く船で、新しき船長は誰かと議論するような愚かさよ。』
『全ては、この足の指のせいだ。足の指が1本ずつ足りなかったなら、我が人生はまったく異なるものになっていたであろう……。』
“嘉音”は足の指が金蔵と同じく1本多かったせいで、右代宮家の長老たちによって、死んだ右代宮金蔵の代わりに“右代宮家当主右代宮金蔵”を継承させられた。
それは“嘉音”という存在がいなくなったということ。
『あれは、……あまりに長い長い、灰色の日々であった。それは私には、岩に生す苔のような、気の遠くなるほど長い長い、死んだ時間』
『そんな日々は、体を老いさせても、皮肉にも、心は老いさせない。
心だけは、小田原に呼び出される直前の、……あの充実した日々を懐かしむ、若いまま。
なのに体だけは老いを重ね、いつしか、その乖離は理解しにくいほどにまで広がった。
だから、鏡に移る、疲れ切った男が、とても自分だと思えない。』
“金蔵”の役割をこなすことだけを求められ、それに従うだけの日々。
演じている“金蔵”と本当の自分である“嘉音”はどんどん乖離して行った。
それが20年にも及んだ。
『気付けば。いつの間にか、知らぬ妻がいた。』
『妻を愛してなかったし、かといって毛嫌いもしなかった。
……どうでも良かったからだ。
子供を何人か儲けるが、それも妻を愛していたからではない。
気付いたら、勝手に生まれていた。
……それだけだ。
全てが、どうでも良かった。
いや、違う。
……全てが、私でない誰かに決められ、私はただ従うだけ。
それが、右代宮家の当主という、………仕事だったのだ……。』
そして、いつの間にか“金蔵”に妻ででき、子もできた。
でもそれは“金蔵”にであって、“嘉音”には何の関係もない。
妻も子も見ているのは“金蔵”であって、“嘉音”ではない。
だから、“嘉音”にとっては、どうでも良いこと。
全てが、“私”ではない誰かに決められ、“私”はただ従うだけ。
それが“右代宮家当主金蔵”という、仕事だったのだ。
『あぁ、このまま自分は静かに殺されるなと、うっすらと感じていた。』
『生きるってことは、意志を持つということだ。……殺された日々だったろうよ。』
『そうだ。私は生きたかった。いや、死にたかった。』
“嘉音”は意志を持たなかった。“金蔵”として従い、“嘉音”を殺された日々。
“嘉音”は生きたかった。いや、死にたかった。
死を求めて戦争に赴いた。
そして、運命に出会った。
“嘉音”が求めていたのは死だ。
それも自らの手で死ぬのではなく、運命がもたらす死を。
ああ、だから作ったのだ。
己に無限の死をもたらす、悪魔のルーレットを。
そして、絶対の意志によって悪魔のルーレットに従い、死ぬ。
様々な形で死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。
当時の六軒島基地は、それを作り出すに絶好の舞台だったことだろう。
欲望を煽る黄金。限定された空間。ちょっとしたことで暴発する人々。通訳できるのは金蔵のみ。
そこからどんな幻想でも生み出せる。その幻想を利用した計画を幾らでも生み出せる。
何もかもが揃っていた。出来すぎなくらいに。
だから夢を思い描いた。己の無限の死を。
それは、“嘉音”の願いを、意志を叶えるための、たった2週間の、生きた日々だった。
ああ、だが何の因果か生き残ってしまった。
絶対の運命によって、無限に死ぬはずだったのに。
だから、これは“奇跡”。無限の魔女ベアトリーチェの微笑み。
天は己に生きよと言ったのだ。
だからそれに従おう。絶対の意志で。
生きるとは、自分の意志を持つこと。夢を持つということ。
絶対の意志で思い描くに相応しい夢とは何か?
ああ、それは無限の運命。無限の死を生み出す悪魔のルーレット。
それを打ち破る奇跡を、もう一度見たい。
無限と奇跡を知る“私”だからこそ想い描ける夢。
それこそが“私”が人生の全てを賭けて叶えるに相応しい夢だ。
“私”はあの2週間の生きた日々が終わることに、未練を感じていたに違いない。
だから死にたくなかった。
知ってしまったからだ。生きることの、素晴らしさを。
それを無限の魔女ベアトリーチェが教えてくれた。
あの生きた日々を、もっと味わいたいと願った。
だから、奇跡が起こった。“私”の意志が奇跡を起こした。
『君に会って私は初めて生きた。生まれた。ならば私は君が死ねば再び死ぬ。』
無限の魔女が死んだ今、“私”は再び死んでいる。
ならば、再び生きるために、ベアトリーチェを蘇らせよう。
そして、もう一度、ベアトリーチェに奇跡を見せよう。
だから微笑んでくれ。
まずは“私”の代わりに無限の運命を作り出す、無限の魔女の依り代を用意しよう。
無限の惨劇を生み出す“動機”。
その“動機”を与える環境。
そうだ、真実を、愛を求めて得られぬ地獄に、魔女の依り代を落とそう。
最上級の苛めっ子を生み出すには、まずその子を苛めればいい。
その後にその地獄から引き上げて力を与えれば、人を地獄に落として苛める苛めっ子の出来上がり。
理御と名付けた子を夏妃に育てさせる。
夏妃にその子は男だと騙せば、育てることを選んだ時にその嘘は発覚する。
故に、男だと信じたままであれば、それは育てぬことを選んだということ。
“私”は運命のルーレットに絶対の意志で従う。
育てないことを夏妃が選べば、その子を地獄に突き落とそう。
地獄に突き落とされた子は、長じて無限の魔女ベアトリーチェになるだろう。
そして、与えよう、全てを。
惨劇の舞台となる六軒島を。見立て殺人のための碑文を。遺産を争う親族を。検死をする医者を。命令に従う使用人を。身代わりとなるスケープゴートを。隠し黄金を。魔女伝説を。猫箱に蓋をするための爆弾を。“私”の生死すらも。
そして、ミステリーを作り、実現するのだ。
無限の運命で閉ざし、そして、その果てに奇跡を見せてくれ。
ああ、“私”にもう一度ベアトリーチェの微笑を。
夏妃が理御を育てた時は育てた時。絶対の意志でそれに従おう。
選ばれた運命に従い、新たな計画を立てよう。
その未来でも必ず惨劇が起こる。
起こしたいという“私”の絶対の意志ゆえに。
良い計画が思いつかなかったら、爆弾で全てを吹き飛ばそう。
絶対に吹き飛ぶのであれば、吹き飛ばなかった時は奇跡。だから思いついた計画に魔力が宿る。
ああ、ならその計画は夢を叶えるに相応しいものに違いない。
だから、“私”は六軒島の運命を猫箱に閉ざす。己の夢を生み出すために。
ベアトの猫箱は、“私”の作った猫箱の中で作り出される。
だから、ベアトの猫箱が作られなくても、“私”の猫箱からは出られない。
誰も逃がさないし、誰も逃げられない。
何故なら、お前たちは“金蔵”を見て“私”を見ないからだ。
“私”の真意を理解できないから、止められない。止まらない。
夢が叶うその時まで。
ベアトが愛を求め愛に生きたのなら、金蔵は夢を求め夢に生きた。
前回は偶然揃っていたものを、今回は時間と手間をかけて準備した。
その手間が半端じゃない。
ミステリーを現実に再現するのにはロマンがある。
凡人なら虚構の劇にでも仕立てるくらいだが、一線を越えた奴はロマンのためには犯罪をも犯す。
だが、そのために犯人まで用意する奴なんて前代未聞過ぎる。
六軒島は金蔵の夢を叶えた、正に夢の島。
さすが金蔵! おれたちにできない事を平然とやってのけるッ そこにシビれる! あこがれるゥ!
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- 金蔵についての補足 (2014/01/25)
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- 共犯者 (2014/01/18)
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プロフィール
Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。
ライフワークは造物主探し。
だいたい土曜夜更新予定。
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