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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


【キコニア】始まった時にはもう、終わっている

 今回はめっちゃ短い。


 ひぐらし礼、うみねこ咲を見て思ったけど、キコニアって始まった時にはもう終わっているよね。

 私の考えるキコニアって、うみねこを下地としてPLがGM宛に紡いだメッセージで、母と子が一緒にいられることこそがハッピーエンドだとGMの心に届けるまでを描くゲームなんだけど。

 ひぐらしで“子”は“母”と共にいられる世界を選んだ。
 そして“母”は“子”と共に人として生きるために戦うことを選んだ。
 うみねこでPLと戦い、そのPLがキコニアのシナリオを書いたということは、そのPLも“母”と“子”が共にいられる世界を望んでいるということ。

 この時点でゲームに関わる三者の意見が一致しているので、“母”と“子”が共にいられる世界が紡がれる結末に辿り着くことは決まったと言っていいだろう。

 キコニアはその結末に辿り着くまでの過程を描いた物語だから、始まった時にはもう終わっているんだよね。
 もはやセレモニー。


 PLがシナリオを紡いでいると言ったが、そもそもその上層には本物のGMがいて物語を紡いでいると思っている。
 PLはGMが取り込んで既知としている、つまりすでにPLのメッセージを受け取っている状態。
 よって、キコニアの物語はそれを示すためのセレモニーなのだと思う。

 内外にそれを示すための「式典」。
 それを祝うための「祭り」。

“予告される惨劇は、計画か妄想か、未来か現実か。”

 私の答えは、セレモニー。


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  1. 2020/07/04(土) 20:04:21|
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プロフィール

フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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