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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


【キコニア】「偏執狂的=批判的」方法

 先日覚えたばかりの言葉を使ってみる。

 サルバドール・ダリの作品または思想は、キコニアのモチーフに使われているものの一つ。
 そのダリが開発したのが「偏執狂的=批判的」方法だとか。

 あるイメージを執拗に眺めていると全く別のものに見えてしまう現象を用いた絵画技法。
 ひとつの物に複数のイメージを重ね合わせ、見方によって異なる物に見える「ダブル・イメージ」。
 同じ形態を異なる物に変化させて繰り返したりする「形態学的なこだま」など。


 う~む、なにやら「なく頃に」で覚えがある感じだね。

 分かり易い所では、同じ描写を繰り返して読者に考えてもらうというもの。
 これは特に「うみねこ」で顕著だった。
 「ひぐらし」の鬼隠し編の主人公の主観異常は、主人公から見た世界のイメージと客観的に見た世界のイメージが異なるという「ダブル・イメージ」。
 綿流し編も犯人を双子のどちらにするかで、異なる事件に見えるように作られていた。
 「うみねこ」は全編そんな感じで、見方によって異なる犯人、異なる事件、異なる世界が重ねられていた。

 つまり、竜騎士さんはダリに影響を受けて、絵画ではなく物語で、一見ひとつの物語に見えるが、実際には見方によって複数の物語が見えるように作っているんじゃないかな。


 さらには、同じゲーム盤から派生した「~編」を繰り返し、「形態学的なこだま」的な連作の物語にして、異なる運命に派生しながらも一つに収束する運命を俯瞰的に眺められるようにしていた。
 「~編」のひとつひとつがカケラで、そのカケラを繋ぎ合わせて一つの大きな世界を作り上げようと挑戦していたのだろう。
 これはさらに「ひぐらし」「うみねこ」「キコニア」などの別作品に渡って、規模を広げて繰り返している。
 それを分かり易く表しているのがスターシステム。

 同じイメージのものを執拗に繰り返すというのはまさに「偏執狂的」で、それによって様々な視点から「批判的」に物事を根源的に吟味する。
 シュールレアリスムは夢や無意識を表現することで、見た夢の断片を記述したりするもの。
 ダリはさらに関係のない物を重ね合わせたり、矛盾したものを同居(「固い」と「柔らかい」とか)させたりした。

 一つの物事を様々な角度から見ることで理解を深め。
 本来関係のないものを重ねることで、その中に同じものを見て新たな関係性を作り。
 本来同居することのないものを同居させることで新たな世界を切り拓く。
 それって実に「なく頃に」的。

 竜騎士さん、ダリをめっちゃリスペクトしてるんだろうな。

 
 「うみねこ」において「永遠に覚めない夢」とか「人より多くの夢を見させてくれる」などの記述があるように、夢と真実を重ね合わせる、夢を真実に昇華させる、複数の真実の世界を作り出す、ということをやっているんだよね。

 しかもそれを“ゲーム”としている。
 作者が夢から物語を紡ぎ、それを読者が見て色々解釈する、そして同好の士と話し合ったりする。
 シュールレアリスムの活動的な、グループで色々な意見を出し合う、そんな感じなのかも。
 そうやって新たに発想を生み出し、世界を開拓しているわけだろう。


 私がイメージする「うみねこ」は、濃い霧の中に隠れた島。
 見る度に姿を変え、実は双子島だったり三つ子島だったりする幻想的な島。
 幻想的でありながら、ロジックによって三位一体となっている物語は見る度に姿を変える万華鏡のよう。

 それに対して「キコニア」は、SFで科学っぽいんだけど、どこか宗教的で文化的で、こう感性に訴えかけているような。
 宗教とSF、神と人、意思とプログラム、現実と仮想現実、人から生まれた人間と人から生まれていない人間、男と女、生と死、滅びと再生。
 そんな本来同居できないものを一つに同居させている。
 相反する世界を同じキャンバスの上に置いて一枚の絵画にしたような感じ。
 複数の世界を表現するというスケールのデカさ。
 そしてそれを一枚の画布の中に閉じ込めようとしている。

 こう、凄い挑戦的な試みだと思うんだよね。
 私の教養が足りないので上手く表現できないだけども。


 ダリは異なる作品に同じ物を頻繁に登場させたりするらしい。
 ひとつの物のイメージをそうやって広げ膨らませているのだろう。
 「なく頃に」のスターシステムもそう。
 それは「ひぐらし」から「うみねこ」、そして「キコニア」へと繋がる文化と歴史。
 それを引き継いだ物語であり絵画。

 「ひぐらし」「うみねこ」「キコニア」がひとつに重なり。
 同じ真実の別の側面である、赤き真実、黄金の真実、魔法幻想が並べられ、加えてそれらが一体となった真実もそこに並べられる。
 そして、それら全てをひとつの絵画に纏め。
 その上さらに、作者が纏めたものと、読者が纏めたものを重ね合わせ。
 最終的にはそれすらも一つに纏めようとしている。

 私にはそう見えるのだ。

 執拗に、偏執狂的に、繰り返し一つのものを色々なものに重ね合わせていく。
 ひとつのイメージを広げ膨らませていくようで。
 そこにある真実を、心を様々な形で露わに曝していくようで。
 自罰的で、救済的で。
 内へと回帰しようとしながら、外へと脱出するようで。
 過去へと戻りながら、未来に進むような。
 人の矛盾した心が、ゆえにバラバラになり、また一つになる。
 そんな世界。

 現実には矛盾は同居できず、人の心の中のみ矛盾は同居できる。
 だからそれは夢の世界。




 そんなイメージかな、自分で言っててよくわからんけど。
 私は芸術は素人だから良く知らんし、適当に書いてるだけだから。

 とりあえず「なく頃に」のゲームは、異なるイメージを組み合わせる、ある種の積み木遊びだと思うので、色々なイメージを組み合わせてみると色々と楽しめるのだろうね。
 正解とか間違いだとか、そんなのとは関係なく。
 互いに意見を言い合うというのがこのゲームなのだから、ゲームの製作者も自身とは異なるものを並べてもらうだけでもうれしいんじゃないかな。
 ナカオボウシさんが書いた赤いカエルのようにね。


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  1. 2020/05/23(土) 20:08:08|
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プロフィール

フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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