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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


【キコニア】神の代理としてゲームを行う

 私の考えている神のパズルについて、図を作ってみたのでどうぞ。(ここから
 初めてこういうの作ってみたがどうだろうか。
 矢印がごちゃついたからいくつか違うパターンを用意してみた。
 中にはまだ披露していない考察がいくつか組み込まれてるけど、まあその内記事に書くと思う。


 まずはPLがGM代理をしているというのを、もうちょい詳しく説明したい。
 前回と前々回は勢いに任せすぎたかなと思うので。


 ジェイデンが神の代理人だというのは、名前が碧玉ということから確定と見ていい。
 それはミャオが言っていた、いつか都雄の前に現れるというプレイヤーがジェイデンだということ。
 ラストの青いジェイデンを見ればそれも頷ける。

 プレイヤージェイデンが、駒である都雄を操り、物語を思い描いた結末まで導く。
 物語を紡ぐという点からすると、これはGM側の挙動と言える。
 だが彼の肩書は「神の代理人」。
 つまり、本物のGMが存在し、そいつは隠居してしまっているということ。

 問題はその代理人はGM側なのか、それともPLなのか。
 GMが駒に自分の代わりをさせるというのが、まず最初に思い浮かべるものだろう。
 私もそうだった。
 しかし、うみねこで戦人がGMを務めたように、GMの去ったゲーム盤ではPLがGM代理を務めることもある。

 それを見定めるには、本来のGMを見つける必要がある。
 GMの役割は、主人公を駒として操り、物語を紡ぐこと。
 物語の主人公は都雄で、その都雄を産みだした母は姿を消し、生者のいない世界の狭間で隠居暮らし。
 これは隠居したGMそのものだろう。
 つまり、フィーアがGM。

 となると、その夫で主人公である都雄を育てている藤治郎は何なのか、という疑問が沸く。
 藤治郎は都雄、即ち物語を監視して、フィーアが連絡をとるところを押さえようとしている。
 物語=ゲーム盤を介してGMと対立しているのはPL。
 さらに、藤治郎は物語の編集について度々語っている。
 それも、自分が編集するのだ、という形で。

 要は、藤治郎がPLで、いなくなったGMの代わりに都雄=物語を育てている。
 その物語を探ることで、いなくなったGMを探し出そうとしている。
 つまり、物語を推理して、その物語を編集し直している。


 藤治郎がPLでGM代理であるなら、それは神の代理人というに相応しい。
 つまり、藤治郎=ジェイデン。
 作者が物語に自分自身を登場させることは、うみねこの八城が前例を作っている。
 同様に、GMが自分の代わりの駒を置くのは、ひぐらしの羽入が自分の代わりの駒として梨花を置き、その物語を紡いだ例がある。
 ベアトリーチェも主の代わりをさせられた駒であるしね。
 要するに、GMがゲーム盤に自分の分身(または、身代わりの駒)を置くのは、なく頃にの伝統と言っていい。
 何もおかしなことじゃない。

 というかそもそも、藤治郎やフィーアという駒自体がGMたちの分身として置かれているくらいだしね。
 そのさらに分身なんて普通だよ、普通。

 分身を増やすということは、関係性を増やすということ。
 藤治郎と都雄が、父と子、作者と主人公という上下関係を示すのなら。
 ジェイデンと都雄は相棒の関係。
 作者と主人公が対等な関係として、共に協力して物語を紡いでいる関係を示している。
 それは、GM代理のPLが好き勝手に主人公を操っているのではなく、主人公を尊重しながら物語を紡いでいることを表している。

 そうだね、作者が記したから物語がそうなったのではなく、主人公(物語)がこうしたいと願ったからそれを採用した、という感じ。
 つまり“注文”を受けたわけだ。
 無論、取捨選択は作者の権限であり、さらにはその提案に作者自身の思惑も混ぜてはいるが。

 さらに言うと、それはGMの代理としてしているのだから、本来のGMも同様に物語を紡いでいるということになる。
 PLがしていることは、GMの模倣だからね。
 要するに鏡写し。



 PLがGMの代理を務めるというのは、うみねこでいうならEP6にあたる。
 つまり、物語内のゲームの進行がもうそこまで進んでいることを示している。
 物語外のプレイヤー、つまり私たち読者は、いきなりそこからゲームを始めさせられているのだ。

 ゲームスタートの案内文にはこうある。
 “本当に長らくおまたせいたしました。”と。
 これはゲーム初心者に対するあいさつではない。
 何度も繰り返しゲームを遊んできた熟練者に対するものだ。

 うみねこのゲームでは、一つずつ段階を踏んでEP6まで至った。
 それでやっとGM代理を務められるまでになった。
 難易度、かなりの上級というのは、GM代理が務まるくらいの上級者向けということなのだろう。

 そんなわけで、我々読者にはゲームの席は与えられていない。
 物語内のPLとGMがどんどん勝手にゲームを進めて行くのを、訳も分からず右往左往するしかない。

 要は、GMのシナリオと、GM代理のシナリオ、その2つを読み解ける上級者にしかプレイヤーの席に座ることが出来ないというわけ。

 逆を返せば、うみねこのゲームを十分に理解できていれば読み解けるということでもあるけど。



 そんなわけでうみねこのゲームを振り返ろう。

 まずは初歩。
 GMがゲームのシナリオを作り、それを物語にしてPLに渡す。
 これはPLに対するメッセージだ。
 PLはその物語を読み解いて自分なりの真実を構築する。

 この際、GMの構築した世界と、PLが構築した世界は鏡写しの関係になる。
 PLが構築した世界はPLの主観で歪んでいるが、それはGMの構築した世界を写し取ったものである。
 さらにはGMの構築した世界も、GMの主観によって歪んでいることを留意せねばならない。
 その歪みを理解できなければ、GMの視ている世界を理解できないのだ。

 ここまではいいよね。


 では基本と行こうか。
 うみねこのゲームは連作となっている。
 GMが謎を出し、それをPLが解いて終わりではない。
 それを受けてGMは、次なる一手として追加の謎を出す。

 これはPLが構築した世界を、さらにGMが写し取ったということ。
 PLが歪めた像を写し取り、自身の世界に招き入れた。
 つまり、GMの世界ver2である。

 歪んだ像とは幻想のこと。
 その歪みを読み取り理解したGMは、PLがどんな幻想を抱いているか理解し、それをさらに拡大しようとする。
 PLが作った幻想に形を与え、PLの世界を侵略する先兵として送り込む。

 その幻想の先兵は、元はPLが作った幻想。
 だからPLは簡単にそれを自身の世界に招き入れてしまう。
 そうして、PL自身の幻想が拡大した姿で戻り、幻想が住まう領域を開拓し拡大させていく。
 これがPLの世界ver2である。

 こうしてゲームを繰り返し、その度に世界をアップデートし、その末にPLの世界に幻想で満たせばGMの勝利。
 PLは幻想とは知らずにそれを真実だと信じ込んでいるのでそれ気付くことはできない。

 こうなりたくなくば、PLは自身の世界に対する幻想の駒の侵入を防がなくてはならない。

 これは逆も言える。
 PLがGMの世界の真実を読み取り、それを駒としてGMの世界へ送り込む。
 GMは新たな謎を出すことで、その駒たちを追い返そうとする。
 追い返されずに真実を開拓し、GMの世界を真実で満たせばPLの勝ち。

 問題はPLが、自身が勝ったのか負けたのか容易に判断が付かないということ。
 どっちの状態だろうと、自身が勝ったと思っているのだから。


 さて、だとすると、PLとGMがどちらも勝ちを目指して一致協力する手というものが存在するのが分かるだろう。
 ということで、応用だ。

 この図のように、PLの繰り出す青き真実とGMの繰り出す黄金の真実が一致している形だ。
 PLの使っている青き真実の駒は、実はGMが使っている黄金の真実の駒であったならどうだろう。
 黄金の真実は、もちろん赤き真実ではない。
 自分の他に誰かに認めてもらうことで初めて真実に昇格することができる幻想だ。
 それをPLの青き真実で補強してもらう。
 これぞ「Gold in Blue」。
 GMはPLの世界を黄金の真実で満たすことができ、PLは青き真実をGMの世界に満たすことができる。
 これぞウィンウィンの関係。
(ちなみに、両者とも相手の領地への侵略ではなく防衛を選んだ場合、PLは幻想の侵入を防ぎ、GMは真実の侵入を防ぎ、国境線が膠着状態となることを繰り返す。これが並び立つ真実の作り方。)


 都雄くんはフィーアお母さんの子供で、藤治郎お父さんの子供でもある。
 本来敵である2人が協力することで生まれたのが君だ。
 子はかすがいとは良く言ったものだね。

 都雄は強力な駒だ。
 PLにとっては、GMの世界の幻想を全部ぶち壊すことのできる駒で。
 GMにとっては、PLの世界に入植を果たし、そこに民を導く駒だ。
 GMの紡ぐ物語の主人公で、PLの紡ぐ物語の主人公でもある。

 鏡写しの世界とはよく言ったもの。
 キコニアの世界は、その鏡写しの世界を一つに纏めたもの。
 GMの紡ぐ物語とPLが紡ぐ物語が入り混じり、さらにはどんどんバージョンアップを繰り返す世界。
 二人で生み出している世界なのだ。


 では最終問題。
 PLとGMの共同作業の末に、GMの世界が滅び、PLの脳内世界(新しいエルサレム)へと都雄と率いられた民が移住したわけだけど。
 どうやったらGMの世界を救うことができるの?

 PLは脳内の都雄と新しい物語を紡ぎ、ハッピーエンドなんだろうけどさ。
 残されたGMはどうするのさ。
 うみねこで残された宿題はこれだよね。

 例えるなら、読者は砂場に誘われて、そこで好きなものを作って遊んでいる。
 一人で遊んだり、他の読者たちと一緒になって遊んだり。
 そうして満足して帰るわけだけど。
 砂場に誘ってくれた子はどうしたの? ということ。

 自分の楽しさを追求するだけじゃなく、相手の感じている楽しさを理解しようとしなければならない。
 自分も楽しんで、相手も楽しませて、相手に楽しませてもらって、そうやって一緒に遊べると思うのだ。

 ま、一緒に遊ぶには暗黙の了解とか、合意とかを形成していかなければならないのだけど。


 キコニアではその残された課題を解決するためのゲームなのだろう。
 ま、超有能なPL、超天才ジェイデン様の手によって解決するんだろうけどさ。
 でもキコニアは雨乞いなんだよね。
 つまり、さっさと席に着けという。

 席に着いたらまずはジェイデンの模倣から始める。
 神の代理となって神のシナリオを進める。
 その物語こそがGMとの接点なのだから。
 都雄こそがGMをこのゲームに繋ぎとめる楔であり、二人の仲を取り持つ鎹。

 で、ジェイデンで主人公側を動かすのと同時に、藤治郎で敵役側も動かす。
 物語を動かすのは、敵と味方の両方を動かす必要があるわけで。
 つまり、茶番的なマッチポンプなわけだけど。
 GMは敵味方の両方を動かし、PLに味方側を動かさせ、敵側を打ち倒させる。
 それがGMの思惑。
 つまり、打ち倒される敵側を探れば良いということが判る。


 ま、だいたいそんな感じでやっていくわけだ。


 あとは、神のシナリオと、神の代理のシナリオを分離する必要もある。
 神のシナリオの上に代理のシナリオが上書きされているわけだから。
 本来の神のシナリオと、神の代理人のシナリオが異なることは、セシャトの台詞からも想定できる。

「でも、いいの? ……それって、筋書きにある……?」
「さぁ。その程度で狂うようじゃ、……神のシナリオも情けないってもんです」


 これは大浴場騎士団結成が神のシナリオにはなかったことを示す。
 そして、大浴場騎士団結成が神の代理人のシナリオであるということも。
 神のシナリオはGMの意図によるもの、PLはその意図を尊重しつつ、自分の意図も加えている。

 ここから両者の思惑もだいたい理解できる。

 GMは争い合うことになる異なる陣営同士が仲良くなり心を残すことを望んでいない。
 争い、ひとつが生き残れば良いと考えている。

 それに対してPLは争うことになる陣営同士が一つに纏まることを望んでいる。

 これはつまりメッセージだ。
 PLからGMへの。

 GMがGMの世界の駒たちに雨乞いをさせて、空の向こうの異世界にいるPLに要請するように。
 PLがPLの世界の駒たちに雨乞いをさせて、空の向こう(キコニアでは地の底)の異世界にいるGMに要請している。

 こういう物語に変更した方が良いのではないか? という提案。
 ゲームのルールに則った見事なアプローチだ。
 最終的な決定権はGMが持っているのだから、その心に訴えかけるのは正着だと言える。

 そして神の代理人のシナリオを、さらにバージョンアップを果たしたGMのシナリオが超えて行くことを望んでいる。

 これはあれだ。
 母が自分の子供自慢したから、それに対してさらに父が自分の子供自慢をし返して、さらに母にそれを超えた子供自慢をさせようという感じ。
 その子供って全部都雄なんだけどね。
 ホント、子はかすがいだよ。



 凄いよなジェイデンは、「一緒に遊ぼう」という一言を言うために、あれだけの物語を書いているんだから。
 私なんかは読み解くことはやれるが、物語を書くことはできないからな。
 素直に尊敬する。
 これはもう超天才ジェイデン様だと認めるしかない。

 読者に重ね合わされるポジションだから、共感しやすいと同時に、見る目が厳しくならざるを得ないのだが、ここまで突き抜けてくれるとな。
 ジェイデンは尊敬すべき男だよ。うん。
 ちゃんと相手の目線に合わせてコミュニケーションを取れるんだもんな。
 相手の土俵、つまりゲーム盤に上がり、対等であると示して信頼を勝ち取り、GM代理まで務めるまでに至るって凄いことだぞ。
 戦人が譲治を兄貴と呼んでいたように、ジェイデンの兄貴と呼びたいくらい。

 でPhase1って雨乞いだから、それジェイデンパイセンのデモプレイなんすよね。
 プレイヤーはこの神レベルを求められてるとかマジっすか。パネェ。
 普通のゲームだったらこのレベル、仮想的とはいえ物語を作ることを要求されるとか、頭おかしいんじゃないかと思うけど。
 なく頃にだしな、もしかしたら想定の枠内なのかもしれないこともないこともなきにしもあらずなのかもね。

 ま、子供(物語)を生んでちょっと経ったら工場(ジェイデン)に任せるとかそんなことしないけど。(推理の変更で廃棄してきた数々の物語から目を逸らし)
 とりあえず次回にでもヨハネの黙示録を参考に物語を見立てて行こうかね。
 でも物語の考察の変更って、物語の方からダメだしされたって感じで、都雄ちゃんに叱られているのに重ね合わされているのかも。
 やっぱ子供(物語)から教わることって多いよな。


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  1. 2020/05/09(土) 20:19:06|
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フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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