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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


【キコニア】神のパズル~三人の王と天の御座~

 さて、神のパズルにおける各陣営のピースが判明したので、そろそろ三人の王について考察しようか。


 まずは前回のおさらい。
 うみねこの一なる三人の魔女たちが紡いだ一なる三つの物語。
 三人の魔女がそれぞれ紡いだ三つの物語と、それを一つに纏めた一なる物語、計四つの物語。
 その四つの物語がキコニアの四陣営に相当する。

 COUが赤き真実の物語。
 ABNが黄金の真実の物語。
 ACRが魔法幻想の物語。
 AOUがそれら三つを一つに纏めた物語。

 AOUを抜かした三つの陣営のトップエースが、各物語を紡いだ三人の魔女を模倣している。


 そんなところか。


 でだ。
 その三つの陣営のエースは、それぞれの陣営の民を導く王のポジションと言っていい。
 陣営の命運を背負っているという意味で。
 つまり、三人の王だ。

 無論、現状の三人の王は別にいる。
 だから次代の王と言える。

 となると現状の三人の王、嗤いの王、嘆きの王、怒りの王は、各陣営のトップ層だと推測できる。
 ACRは国王、ABNは宗教指導者、COUは歴史ある名家の当主辺り。
 だとすると、巷にある鈴姫の祖父が三人の王の内の一人という考察は合っているかもね。

 赤き真実の心臓にあたる人物の祖父が死亡したことにして暗躍するとか、金蔵を思い出す。
 その辺にも重ねられているのかも。


 さて、三人の王の目的も考察するか。

 四つの物語に相当する、四つの陣営。
 それらが争う理由は、人に受け入れられる真実の物語は一つだけであるからだ。
 神の脳内世界ではそれらは共存できるが、読者の脳内世界へ移住する際、どれか一つしか生き延びられない。
 三つの真実が共存する一なる物語は奇跡がなくば生き残れない。
 よって、実質三陣営での決闘となる。
 これはつまり、うみねこEP6の恋の決闘だ。

 赤き真実の王。
 黄金の真実の王。
 魔法幻想の王。
 その内の一人のみが生き残り、読者と二人で再び世界/物語を生み出すことができる。

 三人の王は、自身を引き継ぐ次代の王を誕生させるに、今の世界を滅ぼそうとしている。
 次代の三人の王の内、誰が生き残ろうとも構わない。
 その誰かが生き延びて、物語を引き継いでもらうことが重要。
 それが三人の王の合意なのだろう。


 とは言え、実際は三人の王と道化師、四人の合意。
 三角と中央の目のシンボル。
 三位一体の図では、三角の頂点の三つの円の他、中央に神を表す円がある。
 つまり、四つの円で構成されているんだよね。
 三人の王が三人の魔女に相当するなら、ジェストレスは一なる神に相当する。
 一なる神は、三つの真実が共存した物語が生き延びることを望む。
 しかしそれは、奇跡がなくば起こり得ない。
 つまりそれを望む彼女は、この場では道化に過ぎないということ。
 誰もそれを信じていないのだから。
 だもんで奇跡は起きないと諦めて、黄金の真実である“子”だけでも生き延びさせようと妥協している。
 ジェストレスという名は自虐だろうね。

 となると、ジェストレスの部下の第九最上騎士団の目的もそれに準拠する。
 スパイも同様。

 そこから分かれたプロメテウス騎士団は、三つの物語が共存する三位一体の物語が生き残るという奇跡に賭けているわけだ。

 つまり、次代の王が生き延びて物語を再建するために、世界を滅ぼす王同士の決闘を行うという点で、黒幕たちは暗黙の合意に達しているのだろう。





 さて、次代の三人の王による決闘だけど、これについて色々想像してみた。

 ラストで鈴姫が都雄と対決していたが。
 ま、これは“子”と“父の模倣”で、“子”が“父”を打ち倒すことの予行であるのだけど。
 それは一先ず置いといて、本来鈴姫が目指していた敵とは誰なのか、からやろうか。

 鈴姫は“赤き真実の王”で“父の模倣”。
 で、“子”である都雄と戦っていたのなら、本来の戦う相手は“子の模倣”で“黄金の真実の王”であるナイマが相応しいのでは?

 真実が一つである時、赤き真実にとって黄金の真実は不倶戴天。
 なので、ナイマが鈴姫の敵であるのは自然だと思うのだ。

 とりあえずそうだと仮定して進めよう。

 だとしたら、なぜ鈴姫はナイマを敵視しているのか?
 鈴姫は、仲間の命を死を背負う、とか言っていた。
 そして都雄と戦っている時、鈴姫は一人だった。
 そこからCOUの仲間は全員死亡している可能性がある。

 要はナイマに仲間を全員殺されたのではないか。
 ナイマは“黄金の真実の王”だから赤き真実を殺し尽くすというシナリオはありうる。
 そしてスパイであるルクシャーナに後押しをされ、COUの仲間の死を背負い“赤き真実の王”として覚醒をしたという流れじゃないかな。


 次はそのナイマについて想像しよう。
 ナイマは“黄金の真実の王”で“子の模倣”だ。
 だからかナイマの両方の人格の、都雄に対する好感度が高い。
 “子の模倣”である男らしい方の人格にとって、“子”である都雄は同属で、信頼するに足るものだろう。
 無垢な方の人格は“父”に当たるので、そちらにとって“子”は憧れの対象。
 だから都雄に対する高い好感度は自然なことじゃないかな。

 ナイマの2つの人格は、ひぐらしの羽入と梨花の関係に似ている。
 梨花が表に出て、羽入が頭の中に引っ込んでいる感じ。
 羽入は“父”で梨花は“子”に当たる。
 無垢なナイマのキャラは羽入にそっくりだし。

 で、そのナイマはどうしたらCOUの仲間を殺すことになるのか?

“ナイマが愛した仲間を全て全て、私が1人で守ってやらあ!!! ナイマの仲間を……、撃つヤツは………もう仲間じゃねえぇええぇえッ!!!”

 この言動から推測するに、もう仲間じゃないから。
 この“もう仲間じゃない”というの、ひぐらしの圭一を想起させるね。

 祟殺し編で仲間を見限った圭一は、一人で暴走し、敵を排除すれば解決だと安易な選択を選び、その末に雛見沢という世界が滅びた。
 圭一が守ろうとした沙都子は“父”だ。
 その沙都子の兄の悟志は“子”で、沙都子をいつも守ってくれていた。
 その悟志が失踪し、圭一は兄代わり、“子”の代わりになろうとしていた。

 つまり、“父”を守ろうと“子”が暴走する、という構図は容易に想像がつく。
 無垢な方のナイマを守ろうと、男らしい方のナイマが暴走する姿が視えるような。
 その暴走を、スパイである無垢な方のナイマが誘導するのだろうから、ね。

 とは言え、ナイマを、黄金の真実を管理するスタニスワフがいたら、この暴走を許さないだろう。
 だからきっと、その時、スタニスワフは死亡しているだろう。
 その後ナイマがCOUの仲間を殺すことを考えれば、容疑者はCOUにいるスパイであるルクシャーナの可能性が高い。

 ちなみに、サラーサット・スユフの三人をひぐらしのキャラに喩えると、薬が投与されるナイマが沙都子、薬を管理するスタニスワフが入江、その補助をしているナオミは鷹野。
 凄いピッタリだよね、このパズル。
 ピッタリ過ぎて鷹野にあたるナオミがスパイでも良いような気がしてくる。

 その場合のシナリオは、ナオミがスタニスワフを殺し、それをCOUの仕業だとナイマを騙し、自身も死んだことにするというもの。
 ひぐらしで鷹野が入江を殺し、沙都子と圭一がL5になっていく祟殺し編の焼き直し。
 雛見沢症候群の感染爆発に見立てられる預言があるんだよね。
 キコニアでは青い都雄が預言した、医療8MSのバイオハザードによる知能と理性の低下だ。
 これだとナイマの結末は、祟殺し編の吊橋のシーンに行き着きそう。
 無垢な方のナイマが守ろうと頑張っていた男らしい方のナイマを突き放していなくなり、男らしい方のナイマはひとり三陣営の決闘で生き残ってしまい、発狂して死ぬ。

 うわ、最悪。
 何が最悪って、それを容易に想像できるのが最悪。
 こっちのパターンの方があり得そうな気がしてきた。
 さらにその場合、そのナイマの死の運命をなぞったのが青い都雄なんだよなと思うと、もうね。
 ホント最悪。


 最後のリーテバイルは“魔法幻想の王”で“聖霊の模倣”。
 この王は他の二人の王のために消えるのが役割だから、派手に戦って派手に散って、ACRの陣営を滅ぼすんじゃないかな。
 ま、想像に過ぎんけど。
 死ぬという結果は分かるけど、それまでの過程が正直分からん。

 魔法幻想という謎を暴くのは読者の役割。
 だからジェイデンがリーテバイルを殺すんじゃないかと想像したり。
 都雄は相棒であるジェイデンとも殺し合うみたいだし、その理由になったりしないかなって。





 じゃあAOUもやろうか。

 AOUはこれまでの三つの物語が一つに纏まった物語。
 三位一体の神が所属する。
 “父”はミャオ、“子”は都雄、“聖霊”はギュンヒルド。

 この3人が本格的に争くのは、それの模倣である次代の三人の王の決闘が終わってからだろう。
 次代の三人の王の決闘は、天におわす三位一体の争いを招くための雨乞いだから。
 三陣営のガントレットナイトたちは、“三位”のそれぞれのピースだろうから、そのピースを全て回収することで本来の姿を取り戻し、“三位”の決闘が始まるんじゃないかな。

 その時、“父”ミャオは“龍”ジェストレスとして、“子”都雄は“子羊”として、“聖霊”ギュンヒルドは“獣”セシャトとして戦う。

 どうせならピースは全部使い切るか。
 ジェストレスが率いるのが第九最上騎士団、セシャトが率いるのがプロメテウス騎士団。
 ならば“子羊”都雄が率いるのは、残る聖櫃騎士団じゃないかな。

 聖櫃、契約の箱、あるいは聖人の棺なのかも。
 契約の箱には十戒が刻まれた石板が入っている。
 十戒、ノックスの十戒。
 神との契約。
 それらの要素は黄金の真実の心臓を縛るもの。
 黄金の真実の王である都雄に相応しいモチーフではある。

 となると当然、聖櫃騎士団はABNのガントレットナイト、第九最上騎士団はCOUの、プロメテウス騎士団はACRのに分類できる。

 これで7人が三組揃った。
 つまり、ミャオとCOUの6人で、七つの頭を持つ赤い龍。
 ギュンヒルドとACRの6人で、七つの頭を持つ獣。
 都雄とABNの6人で、七人の御使い。

 LOTOの二人はラムダとベルンを模倣した駒だから、物語間の争いを管理する立場。


 ん~、グレイブモウルの3人のピースが残っちゃったけど、これどうしようか。
 そもそもこの3つのピースは“三位”に振り分けて良いものなのだろうか?

 ウォーキャットの本来の3つの駒、ミャオ、都雄、ギュンヒルドは三位一体の神を三つに分割したピースだ。
 分割され、相争う様相を表している。
 箱の中で生き残りを賭けて戦う猫だ。

 となると、別に三位一体の“一体”としての様相を表すピースがあっても良いのではないかなと思うのだ。
 一なる神は本来、三つの物語を同時に紡いでいる。
 つまり、三つが共存できる奇跡を望んでいなければならない。
 グレイブモウルのシンボルは、「墓穴に埋まることを止め、三人一緒に天を目指す」というものじゃないかな。

 “父”は確かに神の人としての心を表している。
 しかし一なる神はその人の心から切り離され、全てを俯瞰する極致にある。
 どれか一つの真実に拘らず、“三位”を等しく見下ろしている。

 最下層の家具から最上層の神へと引き上げられ、物語の全てを自由にする権利と、その物語で行われる全ての罪を負う責務を持つ。
 あらゆる人格を生み出しそれを演じることが可能であるがゆえに、自らの顔を失った無貌の神でもある。
 箱の中にあらゆる災厄の運命を詰め込み、最後に奇跡という微かな希望を隠した。

 顔がないとは人格あるいは感情がないということ。
 神の心は三つに分かれている。
 神のパズルは、失われた神の顔を取り戻す、蘇らせる、作り直す、そんな試み。
 つまり、私はだぁれ? ということ。

「あなたは本当は、誰なんですか……?」

 このクロエの台詞はそういう意味なんだろう。
 だとすると、リリャの返した台詞にも何か意味がありそう。

「訓練時に、ムカつく教官の脇を掠めてやろうと思ったら、突風で角度狂って、将校殿ごと3人をミンチにしちまって、銃殺刑と引き換えにギローイの機材になって、心も魂も売り渡した、……リリャ・ヴィリヤカイネンだよ……ッ」

 3人。……そうか、“3人”か、ふーん、なるほど。
 これは完全に見立てだね。

 三位一体の物語を完成させようと高望みをした結果、三つの物語全部が水の泡。
 その罪のためにその三位一体の物語は墓穴に埋められた。
 心も魂も分割され、それぞれの物語の機材とされた。

 そういうことだろうね。


 リリャという名前は、ラテン語のliliumに由来するとか。
 つまり百合だね。
 そして粘土から作られた人間の女。
 そこからアダムと共に神が土から生み出した最初の女であるリリスと関りがあると考えられる。

“『創世記』1章27節のくだり「神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女にかたどって創造された」(アダムの肋骨からイヴが誕生する前の節である)から、アダムにはイヴ以前に妻がいたという伝承が生まれた。この発想は、創世記2:21のイヴがアダムの肋骨もしくは脇腹から造られたという記述との矛盾を解消しようとするものであったと考えられる。
 リリスがアダムの最初の妻であるとした中世の文献は『ベン・シラのアルファベット』で、8世紀から11世紀ごろにかけて執筆された(著者不詳)。それによれば、アダムの最初の伴侶となるはずであったリリスは、アダムと対等に扱われることを要求し、同じく土から造られたのだから平等だと主張してアダムと口論となった。リリスは神の名を叫んで飛び出し、紅海沿岸に住みついた。
 アダムは神に、リリスを取り戻すように願った。そこで3人の天使たちが彼女のもとへ遣わされた。セノイ、サンセノイ、セマンゲロフという3人の天使たちである。天使たちは紅海でリリスを見つけ、「逃げたままだと毎日子供たちのうち100人を殺す」と脅迫したが、リリスはアダムのもとへ戻ることを拒絶した。天使たちがリリスを海に沈めようとすると、リリスは天使たちに答えて、「わたしは生まれてくる子どもを苦しめる者だ」、ただし「3人の天使たちの名の記された護符を目にした時には、子どもに危害を加えないでやろう」と約束したのである。”
――ウィキペディアより


 人間であるアダムと対等の権利を求めたリリスは、うみねこ的に解釈するなら人間以下の「家具」である。
 人間と対等である権利を認められなかったリリスは紅海に住み、一日に百人の子を生み、それを失う苦しみを与えられた。
 これは人間として認められなかった「家具」が、長じて海の近くに住まう「執筆者」八城となり、物語の中に「一日に百人の子を生み、それを失う苦しみ」を味わっていることに重ねられる。
 そして言うのだ、「わたしは生まれてくる子どもを苦しめる者だ」と。

 人間だと認められずに苦しみ、神に反逆して自ら神になろうと目指して物語を紡ぎ、しかしそれが達成できずに物語の中で子を生み出しては失い続ける。
 確かに“リリャ”という名は「執筆者」の一面を表すに相応しい。

 リリスは「夜の魔女」、アウロラは「夜明け」で女神の名でもある。
 長く苦しい夜が明ける。
 魔女から女神となる。
 アウローラという名はそのような意味が込められているのだろう。

 というか、EP6のDawnは黄金の魔女の「夜明け」。
 そこで初登場の八城の魔女名が「夜明け」。
 黄金の魔女に夜明けを齎す者であり、黄金の魔女が夜明けとともに表す姿でもある。
 これは正体バラしているようなもんじゃん。
 さすが告白なだけはあるな。


 というわけで、“三位”の争いでグレイブモウルの三人がどういう役割を果たすのかは分からないが、その争いが終わる頃に真の役割があると思われる。
 そう、長い長い夜が明ける頃、明けの明星が昇る前くらいに。
 ヨハネの黙示録では、子羊が明けの明星なんだよね。
 子羊が天に上った後、夜のヴェールの奥より夜明けの女神が姿を現す。
 これは楽しみだ。


 “母”は、自身を駒としてゲーム盤に置いてその駒を倒させようとしていると同時に、それとは切り離してGMとしてゲーム盤を俯瞰してもいる。
 ゲーム盤上の“母”は“子”と共にあった幼い頃のもので、ゲーム盤から切り離されて俯瞰している“母”は老いて隠居した身。
 そうだね、例えるなら、ジェストレスとフィーアの様なもの。
 同じ存在だったのに、片方は老いて隠居し余生を送っている。
 とすると、グレイブモウルの3人はパズルで組み立てるとフィーアになるのかな。

 さらに神の三位一体を表すジェイデンとミャオを入れ替えたウォーキャットを加えると、ちょうど7人。
 これで神の七つの霊も揃うのかな。


 あ、あとコーシュカの死の預言もあった。
 〈パンドラの箱〉=神の計画だとすると、都雄がその計画/運命を打ち破るという暗示なのかも。
 思い付きに過ぎないけど。





 神の三位一体の、三位がウォーキャットで、一体がグレイブモウル。
 それは理解できた、だが部外者が一人紛れ込んでいる。
 ジェイデンだ。

 ウォーキャットは父子聖霊。
 だから本来はミャオ、都雄、ギュンヒルドのはず。
 その三位が一体となって神と成る。

 なのに、そこにジェイデンが配置されてしまえば神には成らない。
 だとすると、“父”ミャオの代わりにジェイデンというピースが配置されているのにも明確な意図があるはず。


 考えられるのは、ジェイデンを“父”のピースとして使うこと。

 前に作者と読者が両親で、物語は子供というのをやっただろう。
 母である作者が子供である物語を生み出し、その子供を父である読者に引き渡し、読者はその物語を子供として育てる。

 母と子の関係を“三位”に当て嵌めると、魔法幻想をゲーム盤として、それを介して子と母がゲームをしている関係。
 言うなれば、母子聖霊の三位一体。
 これが本来の姿。

 “母”即ち“聖母”が規則的に分裂している。
 つまり、サルバドール・ダリの『ラファエロの聖母の最高速度』、というわけかな。
 ガントレットナイト=神のパズル=聖母の最高速度。

 ヒンズー教においては、上向きの三角形は男性原理を、下向きの三角は女性原理を表す神聖なエネルギーを象徴するのだそう。
 下向きの三角にプロビデンスの目をあしらったあのシンボルは、女神を表しているのかもしれない。


 次は読者に物語を引き渡した後。
 母である作者は姿を消し、母の立ち位置に読者が父として入る。
 魔法幻想をゲーム盤として、それを介して父と子がゲームとして遊ぶ。

 作者が作った物語を、読者が再解釈する。
 それはつまり、母と子の物語を、父と子の物語に再構築するということなのではないだろうか。
 違和感あったんだよね、うみねこまでは母と娘の話だったのに、キコニアでは父と息子の話になってたから。

 “子”の視点から見れば、“母”の脳内世界から脱出して、“父”の脳内世界という新天地に入植する。
 そんな感じになると思う。

(以降、“父”はジェイデン、“母”はミャオを指し示すものとする)


 つまり、神のパズルから“母”のピースが欠け落ち、代わりに“父”のピースを当て嵌め、パズルを完成させようという計画だ。
 今こそ言える。
 これこそが神(母)の計画だ。

 読者を神に昇格させ、自分はその世界からフェードアウトしようとしているのだ。
 それが罪の償いだと言うのだろうか。

 このままだとジェイデンが神に成ってしまう。
 いや、分かる。
 ジェイデンがラストで都雄の先回りしていたのは、望みを先読みして叶えるという神としてのムーブなのだろうな。

 GMが神ならば、それと対戦するプレイヤーもまた神の領域に至らねばならない。
 GMが全てをその掌の内に収めるなら、プレイヤーもまた全てを掌の内に収めなければならない。
 そういうことなのだろう。

 そして“子”にかまけて自ら(母)のピースを見落とさせようとしているのだろう。
 だがそうは行かせない。

 ジェイデンの能力は〈ウォーキャットの両爪〉。
 それは「神の左腕」をジェイデンが代替するということ。
 それは神の代理人となることを意味する。
 「右腕」である都雄だけで十分なのに、ジェイデンまで一緒に撃つから無意味にオーバーキルになる。
 これは魔法幻想を殺すのに、黄金の真実のみで十分なのに、赤き真実まで繰り出してオーバーキルするという意味。
 つまり、赤き真実を手放さない限り、自ら消えようとする“母”の計画は阻止できる。

 そして欠け落ちた“母”のピースを見つけ出し、元の位置にはめ込む。
 藤治郎が元妻を探しているのは、それに重ね合わせているのだろう?

 そして弾き出された“父”のピースは、LATOの所に収まる。
 LATOは四つの物語を管理する上位世界。
 下位世界をゲーム盤として遊んでいた魔女は二人。
 そこに“父”が加わり、これからは三人で遊ぶ。
 ロッテからケッテへ。
 これで全てのピースは3で揃った。
 神のパズルはこれで真の完成。
 父と母(兼妹)と子(兄)、家族が皆揃ってハッピーエンド。
 そういうことでしょ。

 あ~、スッキリした!



 あとはラストのラッシュに当て嵌めるだけ。

 コーシュカの新しい自分を始められる喜びのシーン。
 次の世界へ記憶や人格を引き継ぐ。
 それは肉体の死が魂の死を意味せず、魂は輪廻転生し延命し続けるということ。
 しかしそれは、魂が移住する先の人格を圧し潰し、体を乗っ取るという罪でもある。
 ゆえにコーシュカは罪人として機材とされているのだ。
 人間には一つの世界しかない、しかし異なる世界を認識できる魔女は人間より上位の世界に生きている。
 人間でありながら魔女の世界を垣間見るコーシュカは、例外的な人間であると言える。

 が、異なる世界を俯瞰的に見るというのはプレイヤーにとっては当然のもの。
 四陣営を監視するLATOの二人は、その上位世界の魔女を模した駒だが、模しているだけの人間だから、その能力はない。
 上位世界があるよ、というヒントというだけ。
 今のところは。

 そんなわけでゲーム盤を見下ろすPLとGMだけは繰り返す世界の記憶を保持している。
 そして、ゲーム盤上にログインしている。
 その数はPLとGMの2人。
 即ち、“父”と“母”。
 その2人が使っているアバターが藤治郎とフィーア。

 そのフィーアはかつて駒として使われていた。
 それは前回の世界でのこと。
 先行体験、シミュレートされた世界。
 そこでのフィーアは駒であるミャオだった。
 駒を止めるため、自分の代わりに駒となる人格を生み出した。
 それが今のミャオ。
 フィーアの分身。
 そして駒を止めたフィーアは、ゲーム盤から退場、即ち隠居することにした。
 これはゲーム盤から切り離され、不干渉の立場である傍観者となったことを示す。
 運命の傍観者にて観劇者、そして研究者。

 そのフィーアと対となるプレイヤーが藤治郎。
 先行体験にてフィーアが駒だったように、藤治郎も駒として使われていた。
 そこでは藤治郎はジェイデンだった。
 今の世界ではフィーア同様、駒の立場をジェイデンに譲り、PLの化身として暗躍している。
 フィーアが放棄したGMの代理を務めながら、PLとして物語の各陣営の情報を集めている。
 そしてその情報を操ってGM代理として災厄を起こしている。
 彼はゲーム盤(都雄)を監視してフィーアがGMとして干渉してくるのを待っている。

 この2人がゲーム盤にとっての神の立場。
 さらに、隠居した一なる神であるフィーアに代わり、三位の人格が代わりにゲームを回している。
 それが“母”ミャオ、“子”青い都雄、“聖霊”セシャト。
 この3人は前回の記憶を持ち、ゲーム盤に干渉する魔女の立場。
 世界を跨いで記憶と人格を保持できる存在。

 それ以外の駒が、ゲーム盤に縛られた者たちで、肉体が持つ記憶しか持たない。
 唯一奇跡の脳を持つコーシュカだけが記憶を持ち、次の世界へ記憶を持ち越せる。

 シミュレートされた世界は、“母”のピースが欠け替わりに“父”のピースが嵌ったパズルが完成させた世界。
 よって青い都雄は、“子”を生き延びさせるために“母”が失われる世界が完成することを阻止するために“子”を消そうとし。
 セシャトは“子”と“母”のために、どちらにも後悔が残らないようにちゃんとした決闘を行わせようとしている。
 シミュレートで“父”としてパズルを完成させた藤治郎(ジェイデン)は、今回の世界では“子”の父親の立場に配置され、シミュレートの結果とは異なる“母”の本当の願いを叶えようとし。
 そしてフィーアは赤き真実の心臓を持ち去って隠した。


 ジェストレスがガントレットナイトの誰かを追いかけているシーン。
 ジェストレスは“龍”。
 “龍”が追いかけるのは“聖母”。
 “聖母”が“母”なら、“聖母”はミャオ。
 ミャオはジェストレスだから、つまり自分を消そうとしている。

 これは鏡写し。
 青い都雄が自身の存在を消去しようとしているように。
 ジェストレスもまた自身の存在を消去しようとしている。
 それは大切な相方に生きて欲しいから。
 でないとその相方を殺してしまうから。
 その前に自己を消滅させなければならない。

 一つの肉体の中で、異なる願いを持つ2人の人格を持つなら、それは一人分の魂に満たしていないということ。
 だからその片方の存在を廃棄することで、やっと一人分の魂を満たす人間として生まれることができる。
 つまりミャオは自身の存在を廃棄して、都雄を真なる人間として生み出そうとしている。
 これが産みの苦しみと悩みのために泣き叫ぶ“聖母”なのだろう。

 産みの苦しみを味わう“聖母”を保護するために穴が開く。
 そこは“忘却の深淵”。
 フィーアのいる地の底。底なしの淵。
 聖櫃騎士団の研究所。
 地上は“存在する者”の世界。
 それが元々存在しない幻想であろうとも、“存在していることになっている”のであればその条件を満たす。
 逆説的に、生きていようとも“存在していないことになっている”なら、地上にはいられない。
 つまり、“忘却の深淵”は存在がなかったことにされたモノが行き着くところ。
 要するに、ゴミ箱。
 廃棄される予定のモノが一時的に置かれる場所。
 ギーロイ研究所で廃棄されたモノたちが落ちる場所。
 フィーアの研究所はその地下にあるのだろう。
 そう、要は青いガントレットナイトたちは廃棄されたガントレットナイトの生まれ変わり。
 存在しなかったことにされたモノの成れの果て。

 そこにフィーア、即ち“神”が住んでいる。
 三人の王が三陣営の王であるなら、残るAOUに四人目の王がいなければおかしい。
 AOUは3つの物語が一体となった物語。
 そこの王は即ち、三位が一体となった“神”である。
 ヨハネの黙示録に見立てるなら、奈落の主にして、ルシファーを千年閉じ込める天使であり、アバドンまたはアポルオンなどと呼ばれる者。
 あるいはその名は、場所そのものの名なのかもしれない。

 “子羊”都雄が真に誕生するために、“聖母”ミャオは存在を廃棄される。
 都雄の魂と分離し、肉体ごと廃棄され、奈落の底、タイムカプセルの中で千年の眠りに就く。
 あるいは、肉体が左半身と右半身に切り分けられるのかもしれない。
 そしてその廃棄所で“子羊”は再臨する。
 “母”が廃棄され、代わりに“母”が廃棄した“物語”たちが“子羊”と共に蘇る。
 世界の反転。
 「ある」ものが「なかった」ことにされ、「なかった」ものが「ある」ことにされる。
 隠れていた“神”、あるいはその“代理人”より与えられた「青き真実」の体を得て。
 「赤き真実」を葬り、「黄金の真実」に栄光を与えんがために。
 だから青いガントレットナイトは、青い体に黄金の装いをしているのだろう。


 それから引き出しのあるミロのヴィーナスだけど。
 たしかそのヴィーナスっていくつも引き出しがあるはずだけど、テキストでは胸元の引き出しが飛び出すんだよね。
 その位置には心臓がある。
 これはつまり、赤き真実の心臓(それ相当の叡智)の隠し場所ってことなのだろう。
 それを“父”藤治郎が見つけ、“母”フィーアが小気味よく笑う。
 つまりはそういうことだよね。


 あとこれも。
 セシャトがこれから千年眠ろうする人物に話しかけるシーン。
 相手はミャオ=ジェストレスで、呼び戻すべき2人とはジェイデンと都雄。
 で、セシャトが取り出したものは、藤治郎が先ほど引き出しのあるミロのヴィーナスから見つけ出した叡智。
 それはつまり、“母”がその心臓を取り戻したということであり、“父”が真実の最奥に至ったということを知らせるもの。
 だというのに、パズルは“父”を中心としたものに再編纂されようとしている。
 だからセシャトは2人を呼び戻せと言っている。
 両方が手を伸ばさないと掴めない。
 “母”側からも手を伸ばさなくてはならない。

“常に目を覚ましていなさい。
 その日その時がいつ訪れるか、あなた達にはわからないのだから”
――フィーア・ドライツィヒ

 だから、今すぐに目を覚まさなくてはならない。


 可愛い都雄に語り掛ける母のシーン。
 都雄のアバターの母はフィーア。
 “母”の人格はフィーアのアバターから都雄のアバターへ移動。
 都雄に語り掛けているのは“母”であるミャオ。
 都雄は“父”と対戦するために生み出された駒。
 “母”が操り、“父”側に立って共に“母”を討たせるための駒。
 そうやって悪夢を生む“母”自身を消そうとしている。

 ついでに言うと、フィーアから都雄へとインストールされた人格は、“母”ミャオ以外にも青い都雄がいる。
 大本の“神”を表す駒がフィーアで、そのフィーアがシミュレート結果を予言として持たせて送り出した。


 最後のジェイデンは、これまでの考察から“父”なる神となる。
 なんとかこれに繋げられるのはないか探したらあったわ。

“その後、わたしが見ていると、見よ、開いた門が天にあった。そして、さきにラッパのような声でわたしに呼びかけるのを聞いた初めの声が、「ここに上ってきなさい。そうしたら、これから後に起るべきことを、見せてあげよう」と言った。
 すると、たちまち、わたしは御霊に感じた。見よ、御座が天に設けられており、その御座にいますかたがあった。
 その座にいますかたは、碧玉や赤めのうのように見え、また、御座のまわりには、緑玉のように見えるにじが現れていた。”
――ヨハネの黙示録(口語訳)4:1~3


 ジェイデンの名は翡翠から来ている、という考察ツイートを見た覚えがある。
 それを参考に探したら見つけた。

 ジェイデンという名は、宝石のジェイドから来ている。
 英語では、硬玉、軟玉、碧玉等の総称としてジェイドを使っているとか。
 よって、天の御座にいる者は碧玉、即ちジェイデンである。

 そしてたぶん、赤瑪瑙がミャオなんだろうなぁ。
 赤瑪瑙はその赤い色から”心臓=魂”のシンボルだとか。
 これが引き出しのあるミロのヴィーナスに入っている叡智なのだろうね。






















【悲報】超天才ジェイデン様、神の代理人になるwwwww【朗報】

 くそウゼェェェwww、絶対に調子に乗ってるだろwww
 絶好調で文字通りの有頂天w
 お前がw神だw
(ちなみにwwwwwとは、【数学】《略記》which was what we wanted(これが示したかった結果である))

 誰だよ、ジェイデンを代理人にしたの?w
 いや、知ってるけどさ。
 要はうみねこEP6で戦人がGM側をやったのと一緒だろ。
 もうそこまで進んでるとか、読者は周回遅れになってるじゃん。

 読者はPLの席に着こうとやっきになっているのに、その席はすでに座る者がいて勝手にゲームを進めている。
 それもGM代理をするまでに。
 これは痛快なトリックだ!
 まだ誰もPLの席に座っていない状態でゲームが始まっていると思い込んでいた。
 本当に読者にその席が与えられていないとは!
 PL・GM間の関係性や事情を推理しなければ辿り着くこともできない。
 はは、ホントたまんないなあ!
 うみねこEP6でPLがGM代理したことあるし。
 ちゃんと“代理人”と名乗っているし。
 これはフェアだよね。

 あぁ、私は本当にジェイデンを甘く見ていたんだなぁ。
 GM一強の世界観だと思っていたからそれ以外を無意識に下に見ていた。
 ジェイデンはPLに相当すると考えていたが、GMと対等になるにはまだ時間がかかると思っていた。
 すでにGMと対等でも何の不思議もないのに、その可能性を全く見てなかった。
 これは私の驕りだな。
 GMとPLが対等で二強であるという世界観は、読者がプレイヤーとなって初めて成立すると思い込んでいた。
 その驕りが引っ繰り返されるのも、まったく痛快なものだな。

 神の代理人によって永遠にオモチャにされるっていうの、読者が考察を変更して再構築する度に世界が滅ぼされるという意味なのだろうけど。
 セシャト、となりとなり。
 そいつがルパンだ。
 隣にいるそいつが神の代理人を名乗るバケモノの同位体だから。
 シリアスなシーンがコメディに変わっちまったじゃねーか。
 絶望がどっか行ってしまった。
 もはや希望しかない。

 勝ったな、風呂入ってくる。


 ジェイデンがゲーム盤の駒なら、藤治郎はプレイヤー兼GM代理。
 ミャオがゲームの駒なら、フィーアは隠居したGM。
 ま、それもさらに上位から俯瞰できるから、実際のPLとGMの姿を模した駒なんだけどね。
 だからこそ、藤治郎もフィーアもゲーム盤の上に置かれている。

「僕によって編集される、聖イオアンニスの黙示録の最新バージョンには、そう記されているからですよ」

 これは“父”藤治郎の台詞。
 これもまた「編集する=神」を示唆するものだろう。
 さらには初版を記述した者が別にいるというのも示唆している。
 そしてその上に神の代理人のシナリオを上書きしようとしていることも。
 つまり二重構造。
 「神のシナリオ」と「代理人のシナリオ」が絡み合い一つの物語を生み出している。

 初版と改訂版。
 それは同じ物語でありながら、異なる意図より紡がれている。
 プレイヤーである読者は、物語の中のPLの意図とGMの意図の2つを探る。
 そうすることで物語を紡いでいる「執筆者」と対等なところに立てるんじゃないかな。





 ジェイデンが神の代理人だとすると、鈴姫の死のシーンの考察を修正した方が良いかも。
 鈴姫が目指した敵はジェイデンだろうな。
 これは次回にやろうか。



 ちなみに、嗤いの王、怒りの王、嘆きの王がそれぞれどの陣営の王なのかだけど。
 私のイメージでは、嗤いの王がACR、怒りの王がABN、嘆きの王がCOUかな。

 ACRは魔法幻想だから、魔女が嘲笑うイメージ。
 ABNは黄金の真実だから、主の代わりに怒るイメージ。
 COUは赤き真実だから、ただただ嘆いているイメージ。

 人間は真実が一つしか見れないから、そういう反応を示すのだろうと。


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  1. 2020/05/02(土) 21:00:48|
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フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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