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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


【ひぐらし】神姦し編を考察

 ちょい前にひぐらしをちょっと再考察した流れで、神姦し編を読み返して考察してみた。

 難易度は人外。
 つまり、常人には解けない、解けたら晴れてバケモノということか。


 前の再考察の際の、寄生虫=社会常識を叩き台としようか。

 田村媛命は日本人の脳に感染している、日本人にとっての常識。
 キコニア風に言えば文化。
 これに感染していることで、感染者同士の意思疎通がスムーズとなり、同じ社会を構成している仲間として見られる。

 人は何かを信じなくては生きていけない。
 日本人は“日本社会”を信じることで“日本社会”という世界で生きていける。
 “日本社会”なんて幻想そもそも存在しない、“現代科学”なんて幻想信じられない、とかなったら現代社会で行き辛くなる。

 例えば、日は毎日東から昇るが、それが信じられなくなったら明日から生きていけない、心が壊れてしまう。
 そんな感じ。
 明日を信じられるから今日を生きられるわけで。

 つまり、田村媛命は日本人の脳に寄生する常識で、日本人が皆信じる常識である。
 文化とかルールとかに読み換えても良い。


 となると羽入はそれとは異なる常識を司る存在となる。
 つまり、雛見沢は日本にとって異文化なわけだ。
 そこで私は羽入=真実は二つと考えていたが、もう一人神が登場するのでそれはちょっと短絡的だったかなと思い修正を図ることにする。

 雛見沢から興宮に感染が広がった。
 つまり、常識や文化が伝播したということ。
 外に向けての発信。

 ふむ、うみねこを想起させるな。
 なら雛見沢村を猫箱に閉ざされた六軒島に見立てるか。
 六軒島の中で育まれた独自の物語。
 その物語が六軒島よりメッセージボトルが流れ着き認知された。

 つまり認知=感染。

 例えば、○○の物語を知っている者と知らない者の間では、○○の話をしても通じない。
 そんな感じ。
 でもこれなら複数の物語に感染しているのが普通。
 三柱の神の内、一柱しか脳に居られないという状況とは異なる。



 もう一捻りしてみよう。
 三つの物語が対立し、どれか一つしか読めない状況。
 ……見覚えがありすぎる。
 これってベアトの三つの物語じゃん。

 うみねこで読者たちが最初に認知した物語は、魔法説による物語。
 ベアトが目に見える形で披露してくれたからね。
 これは認知であり、それを真実だと信じるのとイコールではない。
 皆信じてないから根は深く張ってない。
 真実が認知されればすぐ抜かれてしまう。

 つまり、田村媛命=魔法説の物語。
 うみねこ読者全てに認知されている物語にして、やがて抜き取られてしまう真実。


 では羽入は?
 雛見沢という猫箱の中でしか生きられない真実。
 それが猫箱の外に飛び立って感染した状況。

 つまり、これが真実であるとしてうみねこ読者に伝播した物語。
 ヤスの物語こそが羽入に当て嵌まる。

 根の深さ=真実に至るまでの思考。
 考えれば考えるほど根は深くなり、そこから芽が出て花を咲かせる。
 一度根を張った真実はそう簡単に抜くことはできない。
 だってそれだけ思考したんだもんね。


 最後の采は、ベアトが解いて欲しいと願った3つ目の物語の事だろう。
 采と羽入は互角。
 その3つ目の物語が感染しないよう、ヤスの物語で封殺した。

 これは竜騎士さんがインタビューで言っていた、100人中1人だけ正解するように狙いたいというものそのものだね。
 これ、逆を返せば、99人に異なる真実を植え付けると言っているわけだし。

 3つ目の物語が芽を出す前に、2つ目の物語を蔓延させて封殺する。
 結果、3つ目の物語の芽は一つしか生えなかった。
 それが狙いだったのだろう。





 采が感染爆発したIFの世界はまた別の解釈をしよう。
 いや、ほぼ同じ解釈なのだけど。
 IFだからあれは先行体験、つまり脳内でのできこと。


 青い大地に住まう人類の殆どが死亡。
 羽入に感染している少数のみ生き残る。
 これってキコニアに似ているよね。
 少数でも文化を継承する者が生き残れば良い的な。

 とすると、地球とは神のゲーム盤。
 つまり、神の脳内。
 種が辿り着く大地とは人の脳であると言ったんだから、地球の大地そのものが神の脳であっても良いはず。
 こういうのを人外の解釈と言うんだろうね。

 となると、神の脳内に寄生している人類は、ゲーム盤に置かれた駒である。
 つまり、神の脳内に住む幻想の存在。

 3つ目の物語は赤き真実に相当する。
 よって赤き真実に感染した駒は死ぬ。
 眠るように死ぬのだから、采は駒の肉体を損壊させるものではない。
 肉体以外の死。
 それならうみねこ的に思考停止による魂の死がある。
 生き残れるのは羽入に感染した者のみ。

 羽入は2つ目の物語、それは黄金の真実に相当する。
 赤き真実で否定されても、黄金の真実によって蘇る。
 それは赤き真実でも思考停止せず、思考を続けられるということ。

 結論。
 赤き真実が蔓延すれば、黄金の真実以外の幻想は全て死ぬ。





 采の口癖はチョー。
 チョーと言えばラムダデルタ卿。
 采はラムダデルタの系譜に連なる駒でありプレイヤーなのだろうね。
 つまり、神側の系譜。3つ目の物語派。

 羽入も神を模した駒、神側の系譜だけど、神の子側の系譜である梨花を擁護する駒なんだよね。
 神の子の物語は2つ目の物語。

 神は2つ目の物語と3つ目の物語の両立を狙っている。
 その神の2つ目の物語側を担っている面が羽入で、3つ目の物語の物語を担っている面が采。
 ついでに言うと、神の一つ目の物語を担う面が田村媛命。

 つまり、元来神は三相一体の女神で、その三つの面を分割して生まれた神々が田村媛命と羽入と采というわけ。
 彼女らは下層の駒たちを支配するプレイヤー。
 駒たちの脳内に寄生する思想/物語を率いる長。
 さらに上層の三相女神からすると、下層で自分の仕事を任せる駒に過ぎないわけだけどね。
 つまり、中間管理職なわけだよ。

 彼女らが神の脳内の勢力バランスを担っている。
 さらには、神の脳内より飛来して読者の脳内に辿り着き、読者の脳内の勢力バランスも担っている。



 てなわけで、かなり上層から見下ろしてみたけど、どうだろうか?
 これで私もバケモノの仲間入りかな。





 細かい点についてもちょっとだけやろうか。


 采が二階から圭一たちを助けたシーン。
 地上は下層のゲーム盤、二階は上層のプレイヤー層。
 GMが駒をゲーム盤から退避させたことを示しているんじゃないかな。
 駒の魂を回収し、次のゲーム盤に送るために。
 つまり輪廻転生。またはループ。
 運命の逃亡者である駒たちをGMである主が助けている図なんじゃないかと。

 その采が圭一たちと共に行く図。
 駒たちに護送されてGMのアバターである駒を進めていく。
 そんな感じのスゴロク。
 そんな感じで2つ目の物語と3つ目の物語を同時に進めている。

 沙都子が采に扮して囮となるシーン。
 2つ目の物語が囮となることで、人目に付かずに3つ目の物語がゴールイン。

 ピンチに現れ、最終的に采を脱出させる富竹は読者枠。
 それも梨花が奇跡的に見つけた、奇跡を体現している読者枠。

 采の逆を言いかける癖は、常に表裏反対の物語を語っていることが癖になっているから。
 物凄く捻くれた天邪鬼。

 食い尽くすことだけが唯一の楽しみ。
 采のこれは、猫の二番目の楽しみ方。
 生きた猫を愛でて楽しんだら、次は殺して腸を食らうのみ。
 物語を殺して楽しむ。
 赤き真実は、物語という幻想を殺す。
 そして次の物語へ。

 羽入がさくたろうの着ぐるみを着る。
 これは2つ目の物語がさくたろうと同様であるという暗示だろう。
 つまり、イマジナリーフレンドの物語ということ。
 ギャグにさえ意味を込めてくるから油断ならない。


 だいたいこんな感じでしょ。





 もうちょいやるよ。

 地球=神の脳内としたが、羽入と采は宇宙より飛来した。
 そこに設定の齟齬が出来るので、もう少し説を発展させようか。

 神である執筆者の世界のイメージはカケラの海。
 そこにおいてカケラは星。
 つまり地球は無数のカケラの内の一つとなる。
 要するに、神の脳内にある無数にあるゲーム盤の一つに過ぎない。
 よって、宇宙から飛来したというのは、他のカケラからカケラの海を渡って来たということ。

 これは即ち、終わったゲーム盤からの移住。
 肉体は古いゲーム盤と共に失われ、新たなゲーム盤の駒の脳に寄生する。
 魂の新しい依り代。
 異なるゲーム盤の記憶を持つ人格を擁する、パラレルプロセッサー。

 ひぐらしでは移住者である彼らの人格は眠っている。
 起きだせば依り代である駒の人格は壊れていく。
 異なる世界の記憶や異なる人格など許容できないから。


 簡単にひぐらしのゲーム盤間で説明しよう。
 鬼隠し編から祭囃し編まで同一規格のゲーム盤だが、厳密に言えば全部ゲーム盤は異なっている。
 鬼隠し編のゲーム盤が終われば、魂は回収され次のゲーム盤に移住する。
 だが次のゲーム盤の駒にはすでにちゃんと人格が宿っている。
 だからその原住民の人格を守るために、移住してきた魂の人格や記憶は眠りにつくわけだ。

 そして時折奇跡的な確率で前のゲーム盤の記憶を起こしてしまうことがある。
 それが罪滅し編の圭一。

 さらに言えば、原住民の人格を殺しているのが梨花。
 現住の梨花と移住してきた梨花は脳内で並列して、平和の壁に遮られているわけだが、それを移住してきた梨花側が壁を押し倒して、現住の梨花の人格を圧し潰した形。


 それがさらにひぐらしやうみねこといった別のゲーム間でも行われている。
 時系列的には、主によるベアトの殺害でゲーム盤が崩壊し、その移住先としてひぐらしのゲーム盤を作成し、それが終わって再びうみねこのゲーム盤を復元して帰って来た形。


 これがキコニアまで進むと人格間の共存に成功したパラレルプロセッサーが少数ながらも存在している。
 魂が進化していっているのかもね。
 異なる人格を許容できるということは、異なる世界を認識できるということ。
 それは両方を俯瞰できる上位の階層に魂が移行したということ。
 そのさらに先が肉体からの解脱。
 肉体に依らず魂を維持することができるようになれば、神と一緒でも魂は潰れないようになるのだろう。

 神が自身の魂を眠りに就かせているのは、他の人格たちを守るため。
 全てが偽り仮初のゲーム盤において、神は唯一の真なのだから。
 真の輝きは全ての幻想を打ち倒してしまう。
 黄金の真実を抜かしてね。

 神と共存できる魂にまで育てる。
 それもまたゲームの目的なのだろうから。


 ま、それは置いといても、一つのアバターの中で複数の魂が共存できるということは省エネに繋がる。
 魂の数に比して体の数を減らす、うみねこ的人数削減術。
 リソースを食う、現実に等しいアバターなんて削減するに限る。
 複数の人格を纏めて一つの体に放り込めば良いのだ。
 即ち、魂の移住だよ。

 それは数多の人類を住まわすことができる神のルームの模倣。
 複数の魂が共存できる極小の世界、極小の宇宙。
 つまり、神に次ぐ神の子のルームは、人類の新たな移住先最有力候補。
 最終的には神の子のルームに皆住むようにというのが神の計画だろうし。
 というか“父”の計画か。


 自身の内に異なる魂を宿すパラレルプロセッサー。
 それは神のみ可能だった。
 うみねこのゲーム盤においては、神を模した駒である神の子ヤスのみがそれを模して複数の人格を宿すことができていた。

 それがキコニアでは何人いるのパラレルプロセッサー。
 神の子都雄の遺伝子解析に予算をたくさんつぎ込んでいるんだっけ。
 幾度の世界で繰り返した研究の成果がこの人数かな?

 やはり神の魂と共存できるという点で神の子の魂は特別製。
 赤き真実は幻想を掻き消す。
 唯一、黄金の真実を例外として。
 その黄金の真実にまで昇華したのが神の子の魂。
 それを研究して他の魂にもそれを実装、感染させたいのだろうか?
 全ての魂が平等で、何一つ欠けることのない楽園、黄金郷か……。


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  1. 2020/04/19(日) 20:17:20|
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フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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