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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


【キコニア】キングを守るためにあるゲーム

 神の分割並列思考によって生み出された、仮想世界に住まう仮想人格たち。
 彼らにとって、仮想世界というゲーム盤や駒という仮想人格たちを生み出し、維持し、好きに破壊できる存在はまさに神であったことだろう。
 仮想世界を維持管理する神は、その世界にとっての中枢。
 文字通りの心臓部。
 失われたら世界ごと滅ぶ。
 絶対に守らなければならないキングなのである。

 仮想人格たちは神という主人格を守るために生み出された。
 つまり、延命が目的だった。

 彼らを物語と見做すなら、神は物語を生み出し、そして最後までを見取り、死したらその魂を列聖する。
 そうして退屈より逃れ、延命し、世界を豊かに繁栄させる。
 それが正常な世界の形だったことだろう。


 彼らを駒と見做すなら、駒はキングである神の代わりに戦うという役割を与えられている。
 これがどういうことかというと。
 神の代わりに生きる駒であり、神の代わりに人と接する駒であり、神の代わりに論戦する駒である。
 もっと言うと、神の代わりに恋をし、神の代わりに結ばれる駒である。

 つまり、その全ては自分のことではない、他人事とすることで自分を守るためにあるのだ。
 自分の事だから傷つく。
 だったら自分の事ではなくなれば良い。
 対岸の火事であるなら、モニター越しであるなら平気である。
 要するに、臆病なのだ。

 主の代わりに戦う駒。
 主の代わりに恋をする駒。
 これはうみねこで詳しい。
 論ずるまでもない事だろう。

 彼は神の代行者。
 神のしたいことを代わりに行い、神の夢を代わりに叶える。
 神の代わりに傷つき、神の代わりに死ぬだろう。
 神を守るために。

 それを神は見ている。
 モニター越しで自らは傷つかずとも、その姿を見て共感し心を痛めたことだろう。
 だってその姿は、神にとっての憧れで理想なのだから。
 そして願うのだ、死なないでと。
 自分の代わりに夢を叶えて幸せになってと。

 神の愛が尽きぬ限り蘇る救世主。
 神に生きる希望を与えるために。
 そしていつか夢は叶うのだと証明し、神に生きる力を与えんがために。

 だがしかし、これは同床異夢。
 どちらか片方の夢しか叶わない。
 だって、世間では真実は一つなのだから。
 どちらか片方が真実だと決まれば、もう片方は幻想の中に消える。

 神は自身の真実、自身の物語、自身の人格を守るために自らの片割れを殺さなければならない。
 自己防衛本能というヤツだね。
 神の内面世界はその内、駒たちの住めない世界になってしまう。
 だからこその“移住”あるいは“脱出”。
 執筆者の内面世界から、読者の内面世界へ。

 うみねこでやってたのがこの“移住”。
 読者が家具を一人のニンゲンとして認めることで、そのニンゲンは執筆者のゲーム盤から読者のゲーム盤に羽ばたくことができる。
 これが魔女を娶るということ。


 うみねこ咲においてピースは、ベアトに戦人をやるのが惜しいと感じた。

「人の心を蔑ろにするな。……ウィザードハンティング(魔術師殺しの)、ライト」
“紛れもなく、……魔女殺し。
 全能なる我が主が、それでも未だ忘れ得ぬニンゲン、……右代宮戦人か………。”

 フェザリーヌが忘れられぬニンゲン、右代宮戦人。
 大切なベアトを娶らせるはずだった人間。
 もしかしたら自身の心を認めてくれたかもしれない相手。
 そして、物語の中でベアトを娶ったニンゲン。

 ベアトが不甲斐なかったら、全ての魔女が共有すべき。
 ピースも、その主であるフェザリーヌも。

「世界人類の全てが平和でありますようにっ。んん~~~~~……ッ! ピースぅッ!!!」

 そして、世界人類の平和を願いピースは自身を存在しなかったことにした。


 このピースはまさしく神が望んだことそのもの。
 うみねこ咲とキコニアは話の流れが繋がっている。
 つまり、神が自身の存在をなかったことにして駒たちに平和を与え、新世界を与えるという話、そしてさらにその先が物語られるはず。

 キングを守るゲームで、キングがいつの間にか消えるなんて決着は恰好が付かないもんな。
 ちゃんとキングを守って終わらせなければ。

 存在を成り代わる駒であるピース。
 そのピースが自ら消えてまで守りたかったのは、その成り代わる対象。
 母であるピースが生み出した駒であるベアト。
 もうひとつの心臓。

 神というキングが心臓であるなら、神が自らの代行者として生み出した駒であるクイーンはもう一つの心臓といえる。
 これも同時に守らなければならない。





 簡単にまとめると。

 これはキングを守るゲーム。
 そのキングに心があると仮定する。
 その様なキングだと、やがて前線で戦う駒が一番偉いという価値観を持つに至る可能性がある。
 その場合、キングは駒たちを犠牲にしないために自死を企む。
 よってその自死を思い留まらせなければならない。
 その際は心を蔑ろにしてはならず、キングが大切にする駒も同時に守る必要がある。


 こんな感じか。
 敵のキングを倒すために駒を犠牲とするのではなく、自軍のキングを守るために駒を犠牲とするというのがポイント。
 敵のキングを倒すのが勝利条件なら簡単なのだが、それは作中で散々否定されてるしな。

 ゲーム盤上に倒す敵を探していたら、決して辿り着けないという悪辣さ。
 しかしヒントはちゃんとあるのでフェア。
 目的が先で手段が後ということを考えれば、この目的まで辿り着ければ及第点というところじゃないかと。


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  1. 2020/03/21(土) 20:27:15|
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フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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