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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


【キコニア】バベルの塔

「この世界は、基礎の段階ですでに欠陥の生じた塔のようなものです。……このまま高くし続ければ、いつか必ず崩れて、大勢がもっと不幸になる。それも、高くなればなるほどに、もっと大勢が」
「……一刻も早く。欠陥を取り除き、塔を立て直すべきなんです」
「私はこの世界が、どれだけ醜く歪み、人が人を搾取し続けるおぞましい構造をしているかを知りました。……私は幸運にも、恵まれた生活を得ているけれど。……だからといって、無視してはいけない。……これは、力を持ったものの、責務なんです。……欠陥を取り除く力を持った者に課せられる、………人を遥か天上から俯瞰する者の意思なのだと、……信じています」


 これはクロエの台詞だが、そこで塔の話が出てくる。
 この塔はバベルの塔のことだと思われる。
 ひぐらしでもバベルの塔の話は出ていた。

 ――バベルの塔。
 人類の言語が一つだった頃、諸民族が協力して天まで届く塔を造ろうとした。
 それを見た神は怒り、塔を壊し、人類の意思が統一できないように言語をバラバラにしたという。

 要するに、人類を一つに纏めること、またはその上での一大事業の完成、それが天上から俯瞰する者、神の意思であるとクロエは言っているわけだ。


 バベルの塔についての私の考察は前に書いたが、もう一度書こう。

 キコニアにおける神が生み出した人類は、執筆者が生み出した物語たち。
 神の魂=人類の魂の総体であるならば、神自身の物語=神が紡いだ無数の物語の総体。
 無限の物語によって築かれた、天に届かんととする塔の如き巨大な物語。
 このバベルの塔のような物語は、人類が、物語たちが一丸となって築かなくては完成しない。

 こんな感じ。
 とりあえず、何でそんな物語を作ったのかという動機を、うみねこVerとキコニアVerの両方でやっていきたい。





 まずはうみねこVer。


 何故執筆者はそんな堆い物語を作ろうとしたのか。


 まず第一の理由はコンプレックス。

 自分の人生の物語の主人公は自分自身。
 その自身の物語が、人間として生きていない、みすぼらしい物語であると執筆者は考えている。
 だから人並みの、人以上の物語に成りたいと願った。

 その為に取った手段が魔法。
 理想の自分、理想の主人公を思い描き、それを演じる、その物語を演出する。
 自分の人格に他の人格を足すことで、知識や経験を足す。
 自分の人格に、同一だが異なる自分の人格を増設することによる、自身の物語の拡張。

 最初に生み出したのが「ヤス」。
 やがてヤスはプレイヤーに昇格し、対等な相手として共に物語を紡ぐことになる。
 二人が生み出す無限の物語は、二人の要素を受け継いだ同一だが異なる物語。
 原型である二人の物語を親とすると、それらは子や孫となる物語。
 それは孤独な執筆者にとって、まさに家族だったのかもしれない。


 第二の理由は、執筆者にとって物語を紡ぐことこそが生きることだから。
 自分の人生を生きていなかった執筆者は、「ヤスの物語」や、二人で共に紡ぐ物語たちを生み出すことで、初めて“生きた”。
 それこそが自分の人生であり、「自身の物語」なのだと。
 ヤスやみんなと共により豊かに生き、豊かな物語に育てていった。
 それは誰にも読ませることのない物語。
 自己満足のための物語だった。

 だったのに、いつしかその輪に外の人間を加えたくなった。
 物語は誰かに読んでもらうもので、謎は誰かに解いてもらうもの。
 人は誰かに人だと認めてもらえなければ人に成れない。
 誰かに読んでもらうことで物語は完成する。
 バベルの塔の最後のピースとして、その“誰か”を欲した。


 第三の理由は、生み出した物語が何よりも大切なものだったから。
 「ヤス」は執筆者の灰色の世界に彩を齎してくれた救世主。
 恩人であり、子供であり、親友であり、好敵手。
 他にも様々な物語で、様々な関係を結んできた。
 執筆者にとっての光。
 失えば暗い灰色の世界に戻る。
 どれほど大切なのかは言葉では尽くせないだろうね。



 これを元にキコニアVerもやろうか。





 脳を取り出して巨大サーバーに繋ぐ魂の楽園。
 そこでの永遠に耐えられずに人類の精神は絶滅した。
 唯一の生き残りである神を残して。

 話し相手もおらず、変化のない日々を永遠に暮らす。
 それに精神が耐えられるはずもない。

 ひぐらしでは、その永遠の退屈の結果として生じた人格たちのことが描かれたことがあった。
 それと同様に、話し相手もいない環境に置かれた結果、神は話し相手を自ら作り出したのだ。
 それが“子”の人格。
 パラレルプロセッサーの始まり。

 それは傍から見れば、“子”の写真を壁に貼って話し相手にしているように思えるだろう。
 だがそれこそが神にとっての救いだった。
 相手に話しかけることで、相対的に自分自身が明確になり、自己の安定に繋がる。
 話し合うことで、一人では達しえなかった結論に辿り着く。
 即ち、新しいものを生み出すことが出来た。

 精神の延命のためには未知を発見することが必要だった。
 神はそれを見つけ出してくれる“子”に縋った。
 それはまさしく、藁にも縋る思いだっただろう。
 それは対処療法的で根本的に解決するものではなかったが、溺れているのだから掴めるものならば何でも良かった。

 そもそも根本的な解決とは、魂の牢獄となった楽園から解放してくれる外からの助けである。
 それがなかったから、“子”に縋ったのだ。

 よって、“子”は神の世界にとっての救世主。
 その“子”と共に生み出した人類は、神にとっては孤独を埋めてくれる家族。
 家族に支えられて自分は在る。
 神は自身を、“みんな”の総体であると定義した。
 誰一人取りこぼさず、誰一人余さずに“自身”を組み立てる。
 それが神のパズル。
 それがバベルの塔。





 さて、もう一度クロエの台詞を見てみよう。


「この世界は、基礎の段階ですでに欠陥の生じた塔のようなものです。……このまま高くし続ければ、いつか必ず崩れて、大勢がもっと不幸になる。それも、高くなればなるほどに、もっと大勢が」
「……一刻も早く。欠陥を取り除き、塔を立て直すべきなんです」
「私はこの世界が、どれだけ醜く歪み、人が人を搾取し続けるおぞましい構造をしているかを知りました。……私は幸運にも、恵まれた生活を得ているけれど。……だからといって、無視してはいけない。……これは、力を持ったものの、責務なんです。……欠陥を取り除く力を持った者に課せられる、………人を遥か天上から俯瞰する者の意思なのだと、……信じています」


 バベルの塔、神のパズルは神の視点のもの。
 パズルのピースである人類が知るはずのない情報。
 それをクロエは知った。
 どこで?
 無論、コーシュカからだろう。

 〈パンドラの箱〉で記憶を引き継いでいるコーシュカは、アバターより解放された純粋な思考である聖霊、またその専用のアバターの時の記憶を持つ。
 故に、人類より一段上層からの視点で思考が出来る。

 やはりクロエがリリャを殺したのは、アバターから解放するためなのだろう。
 そうなるとギュンヒルドもコーシュカらそれを知らされてそうだな。


 世界の搾取の構造の根本原因は、神の延命のために生み出される命。
 そのために子供が粗製乱造されている。
 世界の末期だから消費速度が激しいのだろう。
 根本的に解決するには、巨大サーバーという魂の牢獄から脱出する必要がある。

 基礎の欠陥は、人類の原罪であり神の悪夢、脳工場。
 誰かから受けた仕打ちは、誰かにし返さないと晴れない。
 復讐の連鎖。
 この罪を人類は神より受け継いでしまっている。
 終端にて顕現するこの悪夢は、愛する人類にそれを強いてしまう神の咎。
 抑えきれない衝動。
 故にそれを忘却の深淵に封じているのだ。

 クロエは、この原罪を取り除くことが神の意思であり、力持つ自分たちに課せられた責務であると考えている。
 悪夢を消し去る、それは確かに神の意思にして思想。
 それを忠実に果たそうとは、神の忠実なる駒である第九最上騎士団に相応しい。

 青い都雄の台詞を引用しよう。


「……あはははは。さっすがは殺人プログラム」
「いい感じで、愚かな人類は滅ぶべきなんだーっていう、三人の王たちと同じ思想に染まっていくね。チューリップの球根から芽が出て、チューリップの蕾が出来ましたーってくらいに、当たり前にね」
「お前の思い通りになんかさせないよ……」
「……必ず必ず、お前というプログラムを、削除してやるからね……」


 まさしく根は同じ。
 神という根より出た芽からは、神と同じ蕾ができる。
 出てくるのは神と全く同じ思想。
 災害ユートピア。
 全人類を一つに纏め平和を受け取らせるために、災害を起こす。
 そして、悪を排除すれば残るのは善のみである。

 しかし第九最上騎士団が知れるのはそこまで。
 まさか神がその悪夢を背負って消えようとしているとは思ってもいないだろう。
 神が消えることと引き換えにバベルの塔を完成させようとしているとはね。

 神の計画は狡猾で圧倒的。
 善対悪という分かり易い構図にして、全人類を善側に誘導。
 敵も味方もどちらも神の駒。
 神の意思で悪を滅ぼし、神は悪を背負い打ち倒される。
 つまりこれは壮大な茶番だ。
 全員がそれを望む、人類も神も全てが。
 だからこれは約束された絶対の運命。
 ……実際、準備までは完璧なんだよね。


 レアの台詞を引用しよう。


「これより、警告を無視して侵攻を続けるACR軍に対し、祝福されし平和活動を開始します。彼らが悔い改めるならば、神は必ずや彼らの命も魂も救うでしょう。海に消えるのは悔い改めることを最後まで拒絶した悪魔の子だけです!」


 人類の魂を救うため、神は悪魔となって海(忘却の深淵)に消える。
 助けを拒絶して。
 神に従い、神を悪魔として殺す。盛大な皮肉だな。
 人類にこの言葉を贈ろう。

“平和を譲歩で買ってはならない。相手は売り物になると知ってしまう”
――ピッコロ・マキャヴェリ


 何を対価として平和を購うのか、自分の頭で考えるべきだろうね。
 思考停止は負けなんだよな。

 今度は都雄の台詞を引用する。


「世界をぶっ壊す前に、自分で自分の頭蓋骨をぶっ壊せば、お互いウィンウィンなのにな、何でやらねぇんだろうなッ」


 神の頭の中に人類は住んでいる。
 頭蓋を壊すことは人類諸共に死ぬことを意味する。
 どちらも負け。勝者なし。
 人類を勝たせるために神は策を練ったのだから。

 とりあえず人類にはこの言葉も贈ろう。


“チェスは愛だ。相手の差し手に、相手が籠めた以上の愛を読み取る”
――ジャック・へイン・ドナー



 相手の指し手に愛を視よ。
 さすればどれほど自分たちが愛されているか理解できるだろうさ。
 愛と引き換えに平和を手に入れてどうする。
 両方得るべし。
 ラブ&ピース!

 最後に青い都雄の台詞を引用しよう。


「水の汚れを取り除く方法はいくらでもあるだろうけれど、……8MSは取り除けない。8MSは八百万に宿る神々なのだから。神は、取り除けない」


 神は取り除けない。
 それが結論だろう。
 神こそが基礎にして要。
 それを抜かして何が完成するのか。

 換骨奪胎。
 神の存在を消し、神に成り代わり、神の積み上げてきた全てを自分のものとして上書きする。
 神が自ら消えることで、人類に与えられる平和(ピース)。
 子に打ち倒され乗り越えられることが親の喜び。
 しかし、そうして生まれ出ることが郭公の幸せなのか。
 先に立った後悔。
 それがあの青い都雄だろう。

 神の計画は、絶対の執行を約束する先取された未来の先行体験。
 故に未来の都雄の後悔も先取される。
 我は我にして我らなり。
 そうして新しく加わった人格、それが青い都雄。
 想定され、すでに定まってしまったがゆえに、もうその枠から出ることはできない。
 “大人”になってしまった都雄。
 まだ定まっていないから、枠の外に出る可能性を残しているのが“子供”。
 それが今の都雄。





 ループと先行体験に違いはあるのか。
 ループしているのは仮想現実。
 つまり、シミュレーター上のこと。
 先行体験もシミュレーターで行ったシミュレート。
 基本的にどちらも同じ。

 そもそもキコニアにおける現実とは、巨大サーバーの外の世界のこと。
 その中でのことは、まだ確定していない猫箱の中の出来事。
 孵る前の卵。
 何が生まれ出でるのか定まっていない。
 そういう意味では、生れ出るまで全てがシミュレートと言える。

 そうなると外部因子であるジェイデンが例外となる。
 外部の目は卵の中身を確定させるもの。
 バベルの塔を完成させる最後のピース。

 そのジェイデンが現れたことで、神はバベルの塔完成の計画を立てるために最後のシミュレートを行ったはず。
 そのシミュレートは、神即ち“父”が“子”に討たれ、“子”を中心として人格/物語が編纂されるというもの。
 そこから青い都雄、先取された“子”の後悔が生まれた。
 そして同時に、“子”のみを選んだジェイデンの人格もシミュレートされ、その人格を生み出しているだろう。
 それが藤治郎。
 “子”を生みだすための父親の役を期待された駒。
 そして自分が消える時に、共に最後までいてくれることを期待した駒。

 藤治郎は、ミャオが思い描いたジェイデン。
 ミャオの頭の中にいる駒の一人。
 他の駒は全て“自分”だけど、その駒だけは“他人”。
 自分の思い通りにしか動かない駒ではなく、意に反することができる人間。
 事前にどれほど想定しても、未知を起こす可能性を捨てきれない。
 だって神は未知を期待しているから。
 それを他人が生み出してくれると信じているから。
 想定を超える、それは奇襲。
 ジェイデンを模した藤治郎もまたそれを得意とするだろう。
 だから奇跡の目が出る可能性は常に存在する。
 神がそれを期待するがゆえに。
 

 神の想定を超えることができるのは、他人そのものであるジェイデン、その他人であるジェイデンを模した駒藤治郎、そしてそれらと神が共に生み出す“子”の三人。
 神一人で“子”を生みだしている時は想定を出ないけど、想定を超える他人と共に生み出せば、自身の想定を超えるニンゲンになれるということだろう。
 いや、藤治郎は想定されてしまいもう枠から出られないのかもしれない。
 しかし、未知のための布石を置くことは可能だろう。
 後は若者たちがそれを使って未知へと羽ばたいてくれれば良い。

 神は駒たちのバックアップから力を得る。
 その駒の中に他人を模したものがいる。
 ならそれは他人から力を得ているというjことにならないだろうか。
 それで奇跡を起こすという物語だと美しいな。


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フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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