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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


【キコニア】人に足があるのは歩くため

 AIが人に成ろうとしている。
 なら前に書いた脳のない人間、人のふりをしているAIたちも広義ではそれに当て嵌まるだろう。
 それを自覚しているしていないの違いはあれども。

 それに対して、脳だけとなって苦痛のない楽園を目指す者たちは、自らの運命を決める力、生命としての力を放棄して、まるでAIのように成ろうとしている人間であると言えるかもしれない。

 生命の力を求めるべきであるとする勢力と、生命の力を放棄すべきであるとする勢力。
 この対比がそのままアルマゲドンにおける対立陣営なんじゃなかろうか。


 苦痛のない世界か、苦痛のある世界か。
 人間とは何か。生きるとはどういうことか。
 それが問われている。

 これがつまり執筆者の抱く葛藤であり、それが物語に反映されている。
 魂だけの楽園の維持と、それを抜け出て人間に成るという願い。
 共に地獄に落ちるか、せめて片方だけでも生きて欲しいのか。
 相反する願いによって引き裂かれた。

 相反する願いを叶えるには、並列的な進める過程が必要。
 自分とは異なる過程に進む駒を作る、即ちパラレルプロセッサーだ。

 それが“神”と都雄であり、
 楽園派と地上派であり、
 現実に存在する人間と存在しない人間であり、
 現実に存在する駒と幻想にしか存在しない駒である。

 それが対決するのがアルマゲドンである。
 って感じじゃなかろうかと。





 今思い付いたんだけど。
 パラレルプロセッサーが異なる願いを叶えるために存在するのであれば。
 都雄とミャオも異なる願いを叶えるために別たれるやもしれない。
 即ち、ジェイデンと共に楽園に行く道と、それでも生きることを諦めない道に。

 キコニアのOPの歌詞には“贖う右手”と“償う左手”とあり、それらは別の“我”で、つまり都雄とミャオが別の道を歩むことを暗示しているのではないかと思うのだよね。
 別の体さえあればそれが可能だろうから。

 でもラストには“僕らの両の手”とあるので、最後では一緒に戻るのだと思うが。
 人間に成るときは二人一緒。
 それが執筆者の本当の願いだろうからなー。
 二人で一人、それが御岳都雄だろう。

 つまり、“神”と都雄には母が子に願いを託すという願いが仮託され、都雄とミャオにはいつまでも二人一緒という願いが仮託されているのかな。
 こういう重ね合わせはうみねこで慣れたなー。


 ……あ、気付いてはいけないことに気付いた気がする。
 都雄とミャオがうみねこにおける執筆者とその魂の片割れにあたるとすると、戦人ポジはジェイデンじゃん!
 また変態かよ! それも趣の違った。

 ミャオとジェイデンでベアバトかー。
 これはつまり、かつて望んだ黄金郷へと戦人が誘うわけだ。
 うわっ、こりゃきっついなぁ。

 うみねこ当時だったら、それこそが目的地だった。
 でも人は立ち止まったりしない。
 日々歩みを進めている。
 だからもう違うはずだ。
 そんな誘いは蹴っ飛ばしてやるしかねえな。
 神を棄てて人に成るんだもんな。


 神は死に、黄金郷は崩壊。
 しかれども後には一人の人間が生まれる。
 そこに、死する母が生まれる子に願いを託す物語と、比翼の鳥が一緒となって一人の人間として生まれる物語が重ねられる。

 もうこれがファイナルアンサーで良いんじゃないかな。





 あ、苦痛のない世界とある世界の選択だけど、これについてもう少し詳しくやりたい。

 苦痛のない世界を選ぶというのは、基本的に何かを放棄したり諦めたりする道だと思うんだよね。
 苦痛の源である肉体を棄てたり、苦痛となった記憶を消したり。
 文化を受け継がず、歴史を忘れる。
 それってつまり、何も学ばないということじゃないかと。
 進歩がない、要するに文明の終端。

 で、苦痛のある世界を選ぶのはその逆。
 苦痛を受け止め、それを記憶し、文化を受け継ぎ、歴史から学ぶ。
 より良い未来を目指して歩むために。
 それが進歩というものなんだろうね。


 人としてその両の足でしっかりと地を踏みしめ、未来へ向かって歩んでいく。
 だから翼なんていらない。
 それがキコニアの結論となるんじゃないかな。

 対してうみねこは、魔女となる道を歩むため、地より足を離して虚空に踏み出し、翼でもって大空を飛び、決して覚めぬ夢を作り上げよう的だった。
 人の道と魔女の道、現実と夢、足のつく大地と翼で飛ぶ大空。
 そういう対比。


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  1. 2019/12/21(土) 19:37:33|
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プロフィール

フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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