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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


咲 お茶会について

 以下、ネタバレ注意。

















 お疲れ様会でぶっこまれた没キャラ3人の最期の一人、ウェルギリアスについて考えてみたい。
 おまけの様にさらっと出たけど、これがきっと推理を吐き出させるためのヤツではないかと思う。
 なぜなら、ヤツがいるはずのない19人目だから。
 そして、ヤツはEP2時点では登場することが可能だったから。



 まずはEP2時点では登場するつもりだった点から。

 EP1が出た時点で真相は定まっている。
 定まっていないのは、どう謎を展開していくかの部分。
 真相に辿り着かせるための手段の部分が可変可能なのだ。

 作中でも書かれていたが、神の領域ではなんでもありで、それゆえに創作し辛い。
 お題を設けることで創作はしやすくなる。
 つまりはルール。
 現実的に人間である真犯人に可能な方法で。

 自分の代わりとしてゲーム盤にベアトリーチェという駒を置いた真犯人は、そのゲーム盤にウェルギリアスという駒を置くことが可能だったということ。
 そしてそれは、ルール内で可能なことでなければならない。
 そのルールを破ればなんでもありとなってゲームは破綻する。

 それこそが今回のゲームに置いて致命的な部分なのではないかと思う。


 続いて19人目として登場できたという点について。

 18人しかいない島に、未知の19人目が現れるのは本来ファンタジーだ。
 よってそれをミステリーで解釈しなければならない。
 魔法を、人間に可能であるものにしなければならない。

 人間の執筆者には執筆可能なのは当然。
 問題はゲーム盤の犯人に可能な魔法なのかだ。

 人間が起こした事件を、魔法で修飾するのではない。
 魔法を修飾するために、人間が事件を起こすのだ。
 まずは計画ありき。

 ヱリカも19人目なので、本来はしっかり説明付けなくてはならないのだけど。
 奇跡的に、あるいは執筆者が勝手に、で済まされてしまっている。

 だが、ヱリカの奇跡的な偶然だと片付けたとしても、誰かの隠し子という設定のウェルギリアスは意図的に登場することになる。
 つまり、それが真犯人の意図で計画可能か、真犯人以外の意図でそれを真犯人が想定できて計画可能なのか。
 18人しかいない島に19人目を登場させる方法を、人間に可能な形で説明しなければならないのだ。

 それができなければ推理は破綻。
 ピースに誓ったとおり、あの言葉ごと吐き出さなくてはならないのだ。


 であるのにもかかわらず、皆深く考えもせずそんなものかとスルーされるんだろうね。
 いつものように。
 もう何も言うまい。


「バーロー! 真実は、いつも2つ。愛がなければ視えない」

 このセリフ、ネタっぽく言っているけど、本気で言っていると思うぞ。
 これがベアトのゲーム盤の真相であり、絶対のルールである。
 あれだけ愛がなければ視えないと言われ続けてきたのに、このセリフを本気で受け止めない。
 茶化してスルーするんだろうから、救われないなぁ。
 なんで没キャラ集をやったのか、その心を一度探るべきだろう。

 異なる意見がなければ議論は成り立たない。
 議論するからゲームになる。
 読解によって作者の言いたいことを探ることは間違ってはない。
 だがしかし、それによって一つの意見に収斂するのでは、ただの読書に過ぎない。
 あえて異なる見方をすることで、ゲームになるのだ。
 異なる意見を立てて議論をし、その果てに認め合うことで、真実は並び立ち世界は広がる。
 終わらない議論があっても良いと私は思う。

 皆答えを求めすぎているのでは?
 答えを出してしまえば議論は終わる。
 猫は死ぬ。

 猫を生かすためには、出された答えとは異なる答えを出せばいい。
 私はゲームの対戦者として、常に異なる答えを出す責務を感じている。
 それこそが対戦者としての資格ではないかと。

 “真実は常に2つ。愛がなければ視えない”

 我らは両端からそれぞれ天秤を保つ。
 愛のために。

 
 キコニア成分多めになってしまった。
 というか、キコニアがうみねこ成分多め。


 あとウェルギリアスの能力についてもやろうか。

 真実や状況証拠を望むようにパッチワークして、自分の望む推理で世界を確定させる力。
 真実の切り貼りだけで一片の嘘も混ぜずに如何なる真実も自在に生み出せる。

 とのことだが、それはつまり赤き真実に反しないでもう一つ真実を作ることが可能だということ。
 パズルのピースを組み合わせて一つのパズルを作っても、それで終わりじゃない。
 同じピースを使ってもうひとつ作れるのだ。

 つまり、もう一度最初から推理しろってこと。


 ついでにピースの能力についても。

 我らの告白において、出された料理には切り捨てられた部位があること、そしてそれを察することもできない読者が大部分であることが語られた。
 これってつまり、ピースの能力そのものだよね。
 切り捨てられ、存在を忘れ去られ、出された料理に存在を成り代わられた。
 ラストノートの前に我らの告白が入っているのはそのためだろう。


 異なる角度から眺めたり、異なる真実を組み立ててみたり、まだまだうみねこには遊ぶ余地があるのだ。
 だから皆も遊ぼうぜ。


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  1. 2019/10/12(土) 20:09:44|
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プロフィール

フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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