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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


咲 読了

 うみねこ咲を読むにあたり、今回はファーストプレイメモを記してみた。

 以下、ネタバレ防止。

















 Last Note 難易度高め。
 今回もゲームでの対戦が楽しめるようだ。

 冒頭、二人掛けのソファーの話。
 どちらか一人としか座れない。これは読者に選ばれるのはどちらか片方のみ、ということへの暗喩か。
 両手で華を保持しなければならないのがプレイヤーのつらいところ。

 ピース登場。
 一体誰の駒なのか。真犯人のなのか、何処かの読者のか。
 どうやらフェザリーヌが主のもよう。
 これは私の予想通り、駒としての真犯人なのかな。
 唐突に笑わせにきやがった。酷い絵面。

 私はだぁれ?
 これをゲームとして問う。
 ならばそれは、解る者には解り、解らぬ者には解らないもの。
 いつも通り。
 さぁ、戦おうか。


 ピースの力は、獲物を丸呑みにして消し去り、その存在に成り代わるというもの。
 なるほど。EP7で紗音の立ち位置にヤスを配置して成り代わらせたやつか。
 “自分”をゲーム盤に配置できないから、その代わりとなる“駒”を現実に存在する人物に成り代わらせる形でゲーム盤に配置して遊ぶ。
 世界の設定の変更。ベアトのゲーム盤の基本。

 大勢に惜しまれながら死ぬのと、誰にも顧みられないで野垂れ死ぬか。
 これがゲームが開催された本質だよな。

 戦人、縁寿、ベアトで3人。
 ピースに飲まれた4人目は、いるなぁ。

 あ、EP1からEP8までに登場していること言っちゃうんだ。
 名前も出てるってことは、名前は真里亞で間違いなさそう。

 動機の告白。
 ゲーム盤はひとつの世界。
 だから他の世界の人物が登場するには、元のゲーム盤のニンゲンを取り除かねばならない。

 ピースがヱリカに似ている?
 まぁ、ある意味同一人物だからな。

 仮想人格、分割並列思考というワードが登場。
 露骨なヒント。

「大馬鹿の寂しがり屋が、それでも精いっぱい、拙くても必死に必死に書き上げたカケラを……、考えるだけ無駄だとか……絶対に言うんじゃねぇッ!!!」
 良いセリフだ戦人!
 言いたかったことを代わりに言ってくれる。そこに痺れる、憧れる。

「……私程度に潰される程度なら、……戦人くんは、あなたには相応しくありません」
「面白ェ。試すか、ババア?」
 ピースとベアトのやり取り。親子喧嘩かな。素が出てるぞ。

「私、なぞなぞ遊びは大の得意なんですよぉ? それも、あなたよりも」
 ピースがベアトに言ったセリフ。
 そりゃそうだろう。EP1~8までの長きに亘る物語を、ダブルミーニングで書き切ることができたほどなんだからなあ。
 駒と主では年季が違うってもんだ。

 しかしピース、凄く喋るな。
 喋りたくて堪らなかったんだろうな。
 ベアトとのやり取りとか、すっごい楽しそう。
 それを見てると涙が出そうになる……。
 って、答え言っちゃったーー!
 ここで親子であることをカミングアウト。
 あっははははは!
 本気で読者を突き落としに来たぞ、こいつ。

 って、あれ?
 明日夢みたいなこと言い出したぞ。
 ミスリードか?
 女二人のいがみ合いは、霧江と明日夢ではなく、ベアトと主真里亞のはず。
 ここまで晒しながら、煙に巻きに来たぞ。
 これはあれだ、明日夢に成り代わりに来たんだな。

 恒例のダブルミーニング。並び立つ真実。
 故にこれはゲームと言える。
 なんだよ。まだ戦えるんじゃねぇか。
 まだこんな隠し玉があったなんてなぁ。

 これで他の読者は皆煙に巻かれて、鵜呑みにするんだろうなぁ。
 なんで毎回毎回同じやり方で思考停止するんだろう。
 自分で考えればいいだけなのにさ。


 ウェルギリアス、設定が真犯人が演じているの確定で笑う。






 読了。
 案外短かった。


 で、今回のゲームの推理だが。
 私は誰? の私の答えは、ベアトの母であり主であるメッセージボトルの執筆者、右代宮真里亞。

 作中で、ピースがベアトを産んだという話からベアトの母ではないかという話になり、2代目ベアトではないと一旦止まり、そこからスライドして戦人や縁寿との関係の話に切り替わってそれ以上はその話題は掘り進めずに終わった。
 そして、ピースは明日夢ということになって、間接的にベアトを産みだしてしまったとなり終わった。

 違和感しかない。

 “母”という関係は、血の繋がりや戸籍関連以外でも、うみねこでは主と駒の関係にも使われている言葉である。
 この主と駒の関係に言及しないのはおかしい。

 さらには、ベアトを高みより見下ろし、慈愛に満ちているという部分。
 作中では、母が子供を見下ろす視点であると説明付けた。

 これにも違和感。

 うみねこでは存在の高低は、存在の階層として実際に存在している。
 その話題を避けるのもおかしいのだ。
 駒より高次元にいるのは主であり、自身が生み出したものだから自らの子供のように愛している。
 それで説明が付くのだから。

 最後に根本的なことだが、駒は主の代わり。
 主であるフェザリーヌの心を推理するのが本筋。
 なぜフェザリーヌはピースと言う駒を送り出したのか。
 それは成り変わられて消え去った人物のことを考えて欲しいから。

 ピースの能力は確実に執筆者側。
 執筆者が描く下層のゲーム盤の設定を変更する力。
 ゲーム盤上の主を消し去り、それに成り代わる駒。

 自分の生き様や名声、努力。
 生涯をかけて残し、誰かに受け継いでもらいたい大切な何か。
 そんな自らの尊厳を消し去る動機。

 それは、自らに成り代わりゲーム盤に置かれる駒に、尊厳を与えるため。
 母が娘に抱く愛情ゆえ。

 母の愛は誰にでも理解できる動機だろう。
 そしてまた、尊厳を残せない無念もまた、誰にでも理解できる動機だろう。

 つまり、自らの尊厳を取り戻してゲーム盤に上がるために真に殺さなければならない相手とは、ベアトのこと。
 ベアトの心を、尊厳を無視して。

 自らの尊厳を取り戻すには、娘の尊厳を奪わねばならない。
 ゆえに、それをせずにゲームを終えたのだ。

 娘のために消え去る母の愛について考えよ。
 そして、その忘却の深遠に消え去った心を取り戻して欲しいという願いを聞け。
 それがLast Note。
 存在の残り香。


 んー、良い感じに締められたのでここで終わりたかったが、もう少し書こうか。


 とりあえず、この私の推理を妨げているのは、“私はこうして駒の魔女になるまで、あなたの名前も存在さえも知りはしなかった”の部分。
 まぁ、言い逃れは可能だけど。

 駒の魔女は、ゲーム盤に置かれる駒として生み出された。
 そのゲーム盤は、戦人に推理してもらうために作成した。
 そして、ゲーム盤が作成され始めたのは、明日夢が死ぬ前のこと。
 つまり、縁寿が生まれる前のこと。
 よって、駒の魔女になる前に、縁寿の名前も存在も知らないのは当然と言える。

 真犯人の本来の想定では、5年前の親族会議にやってきて、そこで用意していたゲーム盤を披露して、ベアトを産み出すつもりだった。
 それが明日夢が亡くなったことで運命が狂った。
 修正に修正を重ねてできたのが、1986年のゲーム盤。

 つまり、明日夢が亡くならなければ、ベアトを早く産むことができて、誰も死なずにすんでいた。
 作中の明日夢が亡くなっていなければ、というのは間違ってはいないのだ。
 ただし、煙に巻いたけど。

 その本来のゲーム盤では、明日夢は生きていて留弗夫の妻であり続け、霧江と縁寿は六軒島にはいない。
 ベアトが産まれたことで、その依り代たる紗音は晴れてお役御免。
 紗音はベアトと共に戦人の許へと羽ばたいていけばいい。
 金蔵の企みである1986年の猫箱は破綻。生きる意味を失う。
 金蔵死亡で源次もお役御免。

 はい、辻褄合わせ完了。
 その世界では、ベアトは願いを叶え、それを見た主は自分もと奮起して一人のニンゲンとして表に出てくる。
 そんな世界だったのだろう。

 今は無き夢の残り香。





 今回のゲームも面白かった。
 こんな角度から謎が出されるとは思わなかったなぁ。
 どうやったらこんなゲームが作れるのか。

 母娘の話は本来、ど真ん中ストレートだと思うのだが、なんでこんな変化球に?
 謎を出したと思ったら、すぐさま勝手に解決。
 何か良い話で終わって、読者は納得して感動して思考停止。
 イイハナシダナー。

 おい、ゲームしろよ。

 たぶん、きっと、おそらく、絶対に、誰一人として考察しようともしないだろうから、さきにツッコミ入れといたよ。
 世の中ホント、他人の考えをそのまま受け取るだけの1bit人間が多いこと。
 とはいえ、でもやっぱ期待したいよなぁ。

 あ、キコニアはまだ途中だからまた今度。
 発売直前に母娘についての考察をしておいて良かったと思った今日この頃であった。


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  1. 2019/10/05(土) 21:02:28|
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フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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