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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


続・EP8を再読

 黒猫の爪痕。

「もう1つ問題がある。……黄金郷の扉は、外より2人で押さねば閉じられない。」
「外より2人…? どういうことだ…?」
“そこまで言いかけて、戦人は察する。”
“これは、一なる三人の魔女たちの取り決めに違いない…。”

 2人は、19人目の真里亞とヤス、あるいは八城と縁寿か。


「………ミステリーってのはな、騎士道なんだよ。自らの掲げた高潔なルールで挑む、その姿勢を誇るもんなんだよ…。……勝てば卑怯でいいのか、どんなに気高く戦っても負ければ意味はないのか。……勝ち負けじゃねぇだろ…、それでも戦う気高さを誇るもんだろ…。」

 19人目とヤスの物語は、自らをルールで縛り、故に袋小路に閉じ込められたが、それを堂々とゲームのルールに則り抜け出して来た。
 高潔な物語だ。
 そしてミステリーとして全力で挑んでいる。
 ホワイダニットなんて、物語全部を用いていると言っていいほど。
 勝ち負けなんてもはや関係ない。
 この素晴らしさを讃えるところだろう。


「ゲームマスターがいて、駒が揃ってさえいれば。いつかゲーム盤など、また広げられる。ゲームなど、人が二人揃えさえすれば、何だって出来るのだからな。」

 ヤスのプレイヤーがプレイヤーとして復帰したしな。





 八城十八。

「私が書いた原稿より、あなた方のシナリオの方が面白い。ですから、この原稿は御社にお預けするに相応しくありません。……元より、下らなき原稿。無知蒙昧なる読者が、如何にそれを棚に上げて、自身が推理の限りを尽くしたかのような気分になるよう誘導するだけの駄文。」
「それを皮肉と気付き、人の子が自らの愚かさに苦笑する。そんな作品に書いたつもりが、まさか推理小説の扱いを受けるとは。我ながら文才のなさに呆れ果てるというものです。」

 これはベルンのゲームのことだろう。
 真実を探ると、真実を紡ぐの違い。
 ただ一つの解を見つけるだけなら、あれはクイズ。
 主張を戦わせて初めてゲームとなるのだから。


「物語はインクで記す。それが私の不変のルールである。」
「……インクで書いて、同じものをキーボードで打ち直すなんて。……馬鹿な二度手間だわ。」
「ならば、なぜ人の子は、心の中で物語を描き、それをわざわざキーボードで打ち直すというのか。……人の子の二度手間も馬鹿馬鹿しい。」
「なら、あんたは三度手間ってわけだわ。」

 八城の心の中に世界はあり、それを書き記したものを読み手が読む。
 そして、その物語を通して、書き手の心の世界を探るのだ。


「……うまく描けぬ。……人を楽しませる原稿とは、面倒臭いものだな。……何しろ普段、人に読ませるために文字など、書かぬのでな。」

 普段は自分と自分たちのために物語を描いているものな。
 ヤスの物語とかが典型。


“ベルンカステルは小馬鹿にした笑いを浮かべながら、ソファーの上で丸まっている。”
“普段、八城が執筆に没頭している時には、話し掛けることはおろか、気配を感じさせることさえない。”
“しかし、彼女が原稿に飽きたらしいことを察すると、大きな伸びをしながら話し掛けるのだ。”

 二人の日常を見るだけで万感な思いだわ。


「……我に朗読を捧げたる巫女に約束した物語だ。」
「あぁ……。まだ書いてたの。」
「何を書けば、あれは満足するのか。……私にはもうわからぬのだ。」
「……まぁたアウアウが投げ出したわ。……あんたはいつだって、勝手に物語を約束して、最後まで書ききれなくなって投げ出すのね。」

 ヤスの物語もそうだったからな。
 約束して、なのにベアトを殺し、それに蓋をし、その続きをベルンに投げ出した。


「私は老いた。………老いて最初に理解したのは、“知る”ことより“知らぬ”ことの方が貴重であるということだ。」

 戦人に挑むことを決めた前後は若かった。


「私は、退屈から逃れるために、星の数ほどのゲームを、物語を、ハラワタを引き摺り出しては喰らってきた。……しかしいつも、退屈が癒されるのはほんの一瞬で、その儚さゆえに、私は個々の物語を軽んじてきた。」
「……そうね。猫を食らえば、お楽しみは一晩でおしまいだわ。でも生かしておけば、やがては悪態をついたり、皮肉を言ったりするようになるかもしれない。」

 ヤスの物語も、連作だから続いたわけで、一つ一つはどんどん殺してったからなぁ。
 でも、ヤスの物語のように永い時を共にすれば、やがては勝手に動き喋り出す。
 つまり、ベルンのように。


「私は1つの物語を、もっともっと深く長く、楽しむことが出来たかもしれない。……退屈から逃れるために、星の数ほどの物語を食い尽くしてきた私は、そもそも初めから、物語を喰らってなどいなかったのだ。……ただ、殺していただけ。……結局は、それが私をも殺すのだ。」

 19人目とヤスの二人の物語が生き延びるためにやったことは。
 まずペアとなるヤスの物語を殺して猫箱に蓋をして、ペアであるヤスの物語を蘇らせるために猫箱の中で他の自分たちの物語を喰らい、己の身にしていった。
 そして最後に、ペアである自身の物語を喰わせて、ベアであるヤスの物語を蘇らせた。
 始めと終わりが重なる、まるで己の尻尾を飲み込む蛇のような物語。
 うまくいけば、犠牲となる19人目の物語を読み手が生き延びさせてくれるが、失敗すれば己の物語が殺される。


「………ベアトのゲームだって、ハラワタを引き摺り出そうとしたじゃない。」
「答え合わせを希望しただけだ。物語の紡ぎ手であるベアトリーチェには、敬意を表する形としたつもりだがな。」
「………そうね。……わかんないヤツにはわかんない、うまい朗読だったと思うわ。」

 うん、あれはわかってないと使用人のヤスが主体の物語にしか見えない。


「縁寿が、真実を知ることと知らぬことと、どちらが良い物語となるのか、……正直なところ、もう私にはわからない。だから、そなたに再び軽蔑されることを覚悟の上で、……私はこの物語の続きを描くことを、止めようと思う。」
「……止めてどうすんの。」
「私は書かぬ。記すだけだ。……右代宮縁寿が自ら紡ぐ物語をな。」
「また、……そういうことをするのね。」

 かつて、自分で書かず、ベルンに物語を紡がせた。
 その時のように、縁寿に自らに物語を紡がせる。
 再び軽蔑される覚悟というのが、今なら良くわかるなぁ。


「くっすくすくす! ないでしょうね! 1986年に何があったってなくたって! 1998年に生きる縁寿さんには何の変化もない! それが知ることの無意味さです。ですが、1つだけ変えられることがあります。」
「それは何だ。」
「どう生きるかです!!」

 真実を知って、夢や希望を断たれるか。
 それとも、それでもなお夢や希望を捨てないのか。
 選択肢は、知るかどうかだけではない。
 その後の選択が寧ろ本番だろう。


「……知らなきゃ生きてることに出来るの? あんたたちが言う猫箱というのは、死体を隠せば生きていることにしてもいいという、甘えた妄想だけがたった一つのトリック! でもね、隠したって、死んでいることは変わらないのよ…!!」
「遠いお空の国で、いつまでも見守っているなんて、そんなおとぎ話みたいなので私の傷が塞げると、本気で思っているの?! 私は真実の魔女、エンジェ・ベアトリーチェ!! 起こらぬ奇跡を待って亡霊のように生きる日々から、私は真実に至った高潔なる殉教者として生を終えるの…!!」

 ヤスの死を隠して生きていることにして物語を紡いできた。
 しかし、死んでいることには違いがない。
 でも、死に方は選べる。
 さらには、後日譚も紡ぐことは可能。
 そして、奇跡は待つものではなく、起こすもの。
 つまり、三択。
 いままで同様、死んだように生きるか。
 あるいは、死ぬために生きるか。
 それとも、死んでも生きるか。


「えぇ。世の中のあらゆる真実に、意味などありません。意味を生み出すのは、結局のところ、人間ひとりひとりの心の中。……一なる真実でさえ、人が異なれば、生まれる意味が異なる! ないんですよ、真実に意味なんて! それでも私が真実に拘る理由はただ一つ!」

 一なる真実を、異なる見方をさせるために、ゲームを行ったと言っても過言ではない。
 真実なんて見方しだいでどうとでも変わる。
 なら重要なのは、どう見るか。

 自分で自分がする見方を決める。
 ルールを課す。
 ゲームをし、それを続ける。
 自分の定めた真実と共に生きる。
 そして、その真実を誰が否定しようとも決して譲らない。
 それが魔女の生き方。


「青き真実!! これがお前の密室の答えだッ!! チェーンの長さ!! お前の密室のチェーンは長く、外部からも開閉が可能であるッ!!!」
“何て馬鹿馬鹿しい答え。”
“しかし、チェーンの絶対なる施錠が、そのまま密室の絶対の保証となると石頭な思い込みがあったなら、これは密室になってしまうのだ。”

 実に馬鹿馬鹿しい。
 EP1当時、そう思ったものだが、EP8を再読して、こっちの方が面白いと思った。

 守破離という考え方がある。
 初心者はともかく教えられた型をひたすら守る。
 それが身に付いたら自分に合ったやり方を探り、型を破る。
 最後に、自分のやり方を見つけ、型から離れる。
 みたいな感じだったか。

 うみねこは、ベルンのゲームは、これに当て嵌めるとわかりやすい。
 ルールを守り、言われた通りのことをして、言われた通りの解を出す。
 これは『守』。
 それに対して、チェーンが長いや天井がないは、『破』。
 『守』もせずいきなり破るのは確かに馬鹿馬鹿しいが、きちんと『守』をした上での『破』はどんどんやるべき。
 卵の殻も破れない真実なんてつまらない。
 それだったら、卵を破ろうとする試みの方が断然面白い。
 そして、自分なりの真実の見方である『離』に至れば一人前の魔女。


「……真実を暴くとは、殺すことと心得るもの也。」
「人は、なぜ殺さずには、生きられないのデス。……遠大なる歴史の中で、あれだけの大勢が奇跡を願いながら、……結局は奇跡の余地を自ら食い尽くし、自らの足場さえ食い破って、奈落へ落ちてユク……。」

 真実を暴くとは、それ以外を淘汰するということ。
 夢や希望すらも。
 人は、夢や希望があって初めて生きられる。
 昨日と同じ今日。今日と同じ明日があるというのなら。
 夢で明日を上塗りして、それを実現しよう。
 あるいは、今日を塗り潰せば、明日が変わるかもしれない。
 だったら、昨日を上書きすれば、今日すらも変えられる。
 より良く生きるために。
 望む未来を掴むために。
 魔女は必要なのだろう。


「人間は、………知るために生きるように定められた、悲しい生き物だからです。」
「…………………。」
「……知ることが、自分の生きる夢や希望を自ら食い尽くすことを意味するなら。………人間は、死ぬために生まれてきたってことになる。……私たちは、生きろと教えられます。しかし、生きて成すことのほぼ全てが、結局は自分を殺している…。」

 真実が己の可能性を殺すなら、夢や希望で真実を上書きすればいい。
 真実を捨てるのではない。
 真実に堪え、夢や希望を諦めず、強い意思をもって未来を生きる。
 それが人なのだろう。


「人は、知ることは出来ても、“知らぬ”ことは出来ない生き物、也……。」
「故に、全知の神は、それが出来ぬニンゲンに代わりて、知るべきことと、知らぬべきことを分け隔てているもの也。」
「…………過ぎた好奇心は、夢も希望も、………殺す。」

 好奇心は猫をも殺す。
 可愛い可愛い猫を生かすために、神は知るべきことと知らぬべきことを分かつ。


「なら、………私たちは生きなければ。」
「……………………。」
「人間の愚かさが、自ら夢や希望を捨て去ることならば。……私は、それを最後の一秒まで信じることを選びたい。」
「…………いい根性だ。」
「私は、幾百万の世界のベアトリーチェたちの、唯一の希望が具現化した存在。……だから私はこんな時でも、みんなの希望でなければいけないんです。だから私はまだこのゲームを、諦めません。」
「……諦めないトハ?」
「最後の一秒まで、奇跡を信じて待つということです。」
「最後の一秒まで、足掻いて足掻き抜こうってわけか。」
「そうですっ。私たちの時だって、あの恐ろしい猫の群れの中で死を覚悟したではありませんか…! でもラムダデルタさんが助けてくれました…! もし、奇跡を信じずに諦めていたら、私たちは助けられる前に、虚無に消えていたに違いない。」
「私が助けたってより、ベルンがあんたたちを殺し損ねたって感じね。あるいは、あの子の気紛れかもしれない。奇跡の魔女の、奇跡的な気紛れってわけね。くすくすくす……。」

 ベルンもラムダもフェザリーヌも。
 全会一致の気紛れ。

 奇跡を待って足掻く者たちに、誰が手を差し伸べるのか。
 読み手でしょ。
 というのが「なく頃に」シリーズのお約束。


「……縁寿ちゃんは、夢も希望もなくしたから、自らの命を軽んじてしまった。………彼女に、どうやったら夢や希望を与えられるんですか。……どうやったら、生きることに意味を見出させることが出来るんですか。」

 それがこの縁寿と戦人のゲームだろう。
 如何にして幻想である戦人を猫箱の外に連れ出せるのか。
 それが縁寿に与えられる夢なのではないか。


「縁寿ちゃんのゲームは、……絶対にこれで終わりません。……必ず、戦人くんの気持ちが通じます。……彼女に、より良い未来を生きて欲しいという気持ちが伝わり、……彼女が自らそれを選択する。………必ず、絶対、そういう物語になります。」

 戦人と共に歩む道。
 それは人の生き方ではなく、魔女の生き方だけれど。
 それが自ら選んだ幸せならばいいのではないかと、私は思う。





 真実の書。

「そうです。神々の物語に記されることがなくとも。……私たちが記す自らの物語の主人公は、常に自分なんです。………それを自覚できるか出来ないかが、魔女とニンゲンを分ける最初の分かれ道。」

 自分の物語を自覚的に紡ぐ。
 自分の物語を好きに解釈して上塗りし、夢を実現するためにあらゆる努力を惜しまず、自分の物語を最後まで諦めない。
 自分の物語を面白くするためには、なんでもする。
 それが魔女。

 果ては、自分の人生を俯瞰したり、異なる分岐する未来を見通してみたり、自分の物語を執筆する者を知覚したり、自分の物語を読む観劇者にアピールしたる、自分の運命を嘲笑ってみたり。
 観劇したり、演出したり、脚本を作ったり、演劇したり。


「じゃあ、あんたにはそれだけの価値が?」
「私ですか?! ははは、あっはっはっはっはっはっははははははは……。」
“気持ちの悪い声で、ヱリカはけたけたと笑う。”
“でもそれが、彼女なりの答えを意味していることに縁寿は気付いている。”
“人は、望んで魔女になりはしない。”
“生きることが出来るなら、人は誰だって、ニンゲンとしての生を全うしたいのだ。”
“……それが、何かの事情で躓くから、……魔女として生きる道が、開かれる。”

 救いのない真実に生きているから、異なる解釈を必要とする。
 他人とは異なる、自分だけの真実と共に生きるのが魔女。
 その真実が死ねば、魔女も死ぬ。
 だから魔女は、その真実を守るために強くならなくてはならない。


“本当の兄であろうと、幻想の兄であろうと、……そして私が望む形であろうと、望まぬ形であろうと、私のためにゲーム盤を用意してくれた兄が、死ぬ。”
“いや、死んでいたことを受け容れるだけなのだから、死ぬとは違うだろうが、…………。”
“縁寿は思う。”
“その兄に引導を渡す役目は、自分が引き受けるべきではないだろうか。”
“これは、自らに課す最後の試練なのだ。”
“あのゲーム盤の上のみんなの姿こそが、……縁寿の甘えの具現化なのだ。”
“それを全て、自らの手で否定してこそ、………自分は本当の意味で、真実を受け容れることになるのではないだろうか。”
“いや、それは欺瞞。……自分の心にさえ正直ではない、惑いだ。”
“たとえ幻であっても、………あの、おかしなハロウィンパーティーが温かなものでなかったことには、ならない。”
“……お兄ちゃんは言ってた。”
“あのハロウィンパーティーは、確かに幻想かもしれない。”
“でも、それでも。あのパーティーを通じて、何かを私に伝えたいって………。”

 真実を受け容れるために、自分の中の幻想を殺す。
 それは八城が通った道。
 そして、後悔して取り戻そうと足掻いた。
 それは、幻であろうとも、何か大切なものを与えてもらったからだろう。
 真実に意味なんてない。
 そして、幻想は意味がなければ生み出されない。
 幻想は真実に上塗りされる意味そのものではないだろうか。


「私たちに降伏はない。……出来るのは、一分一秒でも持ち堪えて、奇跡が起こるのを待つことだけね。」
「……うりゅー。奇跡って、何?」
「縁寿が、何かの理由で気が変わって。……ここへ戻ってくる可能性が、何百万分の一の確率で、あるかもしれない。」
「……ふっ。そのような極小の確率の末ならば、それは確かに奇跡と呼べるであろうな。」
「私たちは、縁寿さんの帰りを待つために、ここにいるんです。」
「えぇ。……縁寿さんの帰る場所は、私たちのいるここだけなんです。だから私たちは、最後の一秒まで、ここを守って、彼女の帰りを待たなければならないんです。」

 黄金郷を受け継ぐ者を待つ。
 縁寿を待つ。
 読み手が孵した物語を待つ。
 そして、19人目の真里亞を待つ。


「………そしてあなたもどうか、私たちに力を。」

 ひぐらしでも聞いたフレーズ。
 プレイヤーの、読み手の意思が物語に影響を与える。
 プレイヤーの意思がなければ奇跡は起きない。
 互いに手を伸ばし合わねば掴めない。
 掴めるのは心だろうか。

 泣く頃にシリーズでは、傍観しかできなくとも、観測という行為には意味がある。
 うみねこでは、その観測行為により物語は紡がれ、ゲーム盤に影響を与えてきた。
 そう、書き手と読み手の交互の観測により、ゲームは進んできた。
 だから、これから生まれる物語は、書き手の心を受け取って、読み手一人一人の力で紡いでいく。


「力を貸してくれ!! 俺がお前に最高の物語を見せてやるッ!! そいつを最前列で見せてやるから!! だから力を貸してくれッ!!」

 あぁ、私も見たい。
 人が自らの力で奇跡を紡ぐ物語を。
 それを私の観測の力で解釈し、観劇しよう。


「勘違いしないでくれるゥ?! 私は観客よ、観客!! ベアトに招かれて、そのゲームを見物に来ただけの客人よ?!」
「その私が、何であんたたちのために、命まで賭けなきゃなんないわけぇ?! 縁寿が帰ってきたらハッピーエンド?! 馬鹿じゃない?! 怒り狂ったベルンとその軍勢が、一気に雪崩れ込んできて、ブチっと潰されて御仕舞じゃない?!」
「私がここにいる理由はたった一つよ! それは面白い物語が見られると、そこの理御に啖呵を切られたから!!」
「えぇ、そして、私はもうじき、最高に面白い物語が見られることを信じて疑わないわ…! それは排水の陣でベルンの軍勢と戦って、ひとりまたひとりと散っていく悲しい悲しい物語! 全員に散り際の見せ場がありそうだもんね?!」
「それを間近でもうじき観劇できるのよ?! あんたたちはもうじき、みんな死ぬのッ!! でも私は違う! 私は観客よ、客人よ!! あんたも一緒に死んでくれなんてッ」言われる筋合いはこれっぽっちもないンだからッ!!!」

「…………でもね。……私はあんたたちと違って、……“物語の登場人物”じゃないのよ。……死ねないのよ。……あんたたちが深夜に、クライマックスはこれからだーとか意気込んでるけど。私は明日、月曜でガッコーで、日直で朝は起床が早いワケよ…! 住んでる世界が違うのッ…!! だからさっ、……私をさ、……………………はーーー……………。」

 読み手もまた、自分が読む物語を紡ぐ者である。
 たしかに住む世界は違えども、その世界は、物語は、自身の心の中にあるのだ。
 自分と切り離すことなどできない。
 物語が死ぬ時、心の一部が死ぬのだ。
 だから、己の心の一角を、うみねこのプレイヤーとしての命を賭けて戦わなくてはならない。


「いいえ。私が保証します。日記には真実が記されています。」

 絵羽の日記披露パーティーでの八城の赤き真実。
 現実すらも、自身の物語として記すからこそ、可能な赤。


“その時、縁寿の中には、二人の自分が現れて、同時に自分の体を支配した。”
“一方は、……真実を知るために、自分がすでに代償を支払っていることを知る自分。”
“その自分は、一なる真実の書を前に、わずかの躊躇が心変わりを生み、この土壇場で、自らの手で真実を知ることを拒否するという暴挙に出る前に、その中身を読んでしまおうと鍵を握らせた。”
“もう一方の自分は、……兄や、家族、そして温かく自分を見守ってくれた親族たちへの裏切りの気持ちで、下唇を噛ませる。”
“しかし、震えながらも、ゆっくりと鍵を錠前に近付けていく右手に対しては、見守ることしか出来なかった。”

 縁寿の中の、異なる目的を持つ2人の縁寿。
 真実を見ようとする縁寿と、夢や希望を見ようとする縁寿。


“この日記の中が、私の辛く悲しかった12年の旅の終着点。”
“あの日々を、12年で飽き足らず、まだ続けたいというの…?”
“あのお兄ちゃんたちは、私の心が生み出した幻。……奇跡を未だ期待する、甘え。”
“その二つを天秤に掛ければ、私が選ぶべき道は、一つしかない。”

 ゲームの天秤。
 片方には真実。もう片方には夢。
 両方を持ってゲームから持ち帰る奇跡という、第三の選択肢がある。


「はははは、あっはっははははははははははッ!!! あぁ、わかったわ、あんたの言葉の意味ッ! うふふふふ、あっはははははははははははは!! そうよ、絵羽伯母さん、あんたが犯人よ、あんたが犯人!! それを認めない世界の方が、おかしいのよ壊れてるのよ…!! 正しいのは私ッ、私は赤き真実を、世界の全てをッ、否定する…!!」

「正しいのは私ッ!! 間違ってるのが世界!! 私が記してあげる!! 本当の赤き真実で、私が真実を記してあげるッ!! はっははははははは、あっははははははははははははッ!!」

「記してあげるッ、これが私の記す、真っ赤な真実ッ!! お前たちの世界の真実など、私は受け入れるものかあぁああああああああぁああぁあぁあッ!!!」

 真実を知って、夢を捨てる。
 夢を捨てないために、真実の世界の方を否定する。
 恋の決闘の葛藤。
 どちらもバッドエンド。
 ならばもはや選べる道は決まっているようなもの。


“それを、あのビルの屋上のような高さにあるベルンカステルのバルコニーから見下ろしたなら、……それは美しい、真っ赤な押し花に見えただろうか。”
“見えまい。何も。”
“世界を拒否してたった一人死んだ、孤独な少女の死など、……世界の誰も、気に留めないように。”

 同じように、たった一人で死んだ孤独な少女がいた。
 知っていれば、見えていれば、手を差し伸べずにはいられまい。
 世界の誰も気に留めないのならば、見えた私が手を伸ばすべきなのだ。


「……私は、あんたを生かそうとした。……でもあんたは、6歳より先の未来を、生きようとしなかった。………だからあんたは12年を掛けて、やっと、元の場所に戻ってきた。」

 19人目は、ベアトを殺したあの日あの場所へと戻ってきた。
 自らの尻尾を飲む物語は、自身を飲み込み消えるのだ。





 八城幾子。


「大飯喰らいが、良き料理人になれるわけでもない。推理小説を読み散らすことが、良き推理小説家であることを保証するわけでもない。そういうことです。だからこんなものは、道楽に過ぎません。」
「……誰にも見せない小説を書くことは、本当に楽しいですか?」
「かつては楽しかった。……かつては。」
「今は?」
「そなたに感想を得ることが楽しい。………とりあえず、一章を書き終えました。お茶を用意させるので、また読んで感想を聞かせてもらえませんか。」

 19人目の真里亞は、自分のために物語を紡いできた。
 そういう意味では、推理してもらうために作られた今の物語の方が例外と言えるのだろう。
 しかし、感想をもらうのは嬉しいだろうな。
 そのために、全てを賭けた全力の物語を作ったりもしたことがあるくらいだから。


“推理小説は、読むのも書くのもきっと同じ。”
“自分ひとりだけじゃ、つまらない。”
“誰かと一緒に、世界を共有して初めて、……何か大切なものが広がるのだ。”

 その誰かを探すための物語であり、その誰かを蘇らせるための物語だった。


「……十八のプロットがあればこそです。……この作品の前には、私がこれまで書き溜めた原稿など、ちり紙の価値さえない。……書きながらも、私が世界で一番最初の読者であることの興奮。……こんな経験は初めてです。」

 19人目の真里亞の物語の作り方もこんな感じなのだろうか。
 ヤスが物語を紡ぎ、それを真里亞が膨らませて記す。
 そんな感じじゃないかと思ったりするのだが。
 一人で作る物語が退屈なら、二人で作る物語であるはずなのだよな。


「……………………。……えぇ、そうね。あんたも悪いし、私も悪いわ。……でも、お互い罵り合うのも馬鹿馬鹿しい。……だって、私は未来の魔女。あなたは過去の魔女。……未来に生きる私は、その魔法で未来を築くべきなのよ。……私たちはともに何らかの責任を負うけれど。それを責める資格はどちらにもないわ。」

 未来を生きる。
 どんな魔法で。
 どんな物語で。
 それが問題だ。


「魔女は、二人でなければ宇宙を生み出せぬ。……未来のそなたは一人だが、……本当に、大丈夫か…?」
「えぇ、大丈夫。……私はもう、一人じゃないもの。……私は、生きるわ。……みんなと一緒に。そして、未来に生きる。マリアージュ・ソルシエールの魔法を伝えるために、生き抜くことを誓うわ。」
「真里亞お姉ちゃんの魔法は、私でさえ救ってくれたもの。………魔法を必要としている人たちは、もっと大勢いる。それを正しく伝え、ひとりでも多くの人々を救うことが、……マリアージュ・ソルシエールの最後の魔女の、私の使命なんだわ。」

 19人目とヤスのように二人でなければ宇宙は生み出せない。
 縁寿の二人目は戦人。
 縁寿として、魔法を伝える作家として生き。
 それと共に、“戦人が十八として生きる世界”を守り紡ぐ。
 とか思ってるのだが、どうなのだろう。


“ニンゲンは、“知る”ことは出来ても、“知らぬ”には戻れぬ、悲しい存在。”
“彼女はもう、知っていしまった。”
“それは残酷で、恐ろしくて、……希望という名の奇跡さえ許さない無慈悲なものだけれど。”
“……それでも彼女の握り締める手には、一粒だけカケラが残った。”
“家族の、愛。”
“それだけを思い出し、握り締めていれば、………きっと、縁寿は生きていける…。”
“あの日の、虚空へ踏み出す一歩を、踏み止まれる……。”
「それに、六軒島の猫箱は、まだ完全に開かれたわけじゃない。……お前が中身を覗いちまっただけの話だ。だからお前が、自ら蓋となれ。」
「そして今度はお前が、猫箱の中のみんなを守るんだ。俺や親父や霧江さん、いとこのみんなや叔父さんたち伯母さんたち。祖父さまや使用人のみんな。……幻想の住人のみんなをな。」
「……………うん。……今度は私が、……みんなを……、守らなきゃ………。」

 この縁寿は、19人目の真里亞に重なる。
 愛だけを手放さず、それだけをただ守る。
 確実に同じ道を歩んでいるんだよな。
 金蔵から魔法を継承したように、縁寿に魔法を継承させようとしているんだろうけど。


「どーしてかなんて知らないわ。でも、とにかくあんたは、図書の都に入れる鈴を、2つ持っている。よって、あんたたちの仲睦まじいやり取りを、これ以上見ている必要がなくなったわけ。」
“二人はそれぞれ鈴を握り締め、見つめ合う。
「最初っから。今回のゲームは、あんたたち二人のものだわ。……ただ、対決するプレイヤーには若干の変更があったみたいね。」
「……あんたたち二人が競い合うゲームじゃない。……猫箱を巡って、蓋を閉ざそうとする戦人と縁寿と、……それを開こうとするベルンとの戦いだわ。縁寿は、ベルン側から戦人側にチームを変更した。それだけの話。」

 現実で一なる真実の書の公開を止めた。
 問題は、ゲーム盤でそれを止めるのは誰か。
 要は、十八は、縁寿か、戦人か。
 それを競うものだったが、縁寿が戦人側に回った。
 つまり、十八が戦人だとする物語が紡がれる。





 大船団の包囲。

「これで、素晴らしき朗読への恩には充分であろう、人の子よ。……はて。……物語を紡いでいるのは誰なのか。……私がそなたに? それとも、そなたが私になのか。………ふっ、……ふっふっふっふっふ。」

 物語の紡ぎ手が二人いるなら、それは合作。
 それが19人目の真里亞が求めていたものなのかもしれない。


「生贄よ。……ベルンは猫だから、逃げる獲物は追うけれど、逃げない獲物は殺す。それも、ネチネチといたぶってね!」

 生贄の三択。
 縁寿は、縁寿として生きる真実の世界。
 戦人は、戦人が生還するという虚偽の世界。
 ラムダは、それらの世界を観測して推理するプレイヤー。

 選ぶまでもないだろう。
 2つの物語を生かすために、プレイヤーである自身を生贄に捧げる。
 望むのはハッピーエンド。
 自分の推理を認めさせるために、どちらかの物語を生贄に捧げることなどできはしない。
 つまりは自己満足。
 だがそれで良いのだ。
 それで私の心が満たされるのだから。


“雪崩れ込む圧倒的な数の山羊の軍勢は、津波のよう。”
“立ち尽くす黄金郷の住人たちは、砂浜に忘れられた砂の城だ。”
“波と砂の城では、戦いにさえならない。”
“立食パーティーのバイキングに殺到する、食欲旺盛で無慈悲な山羊たちの、……これは宴なのだ。”

 EP7の冒頭で、もう永遠に消えないとか言ってたぞ。
 まぁ、あれは結末で、これは過程。
 さらに言えば、あれは八城の世界のことであり、これはそれを受け継ぐ縁寿の世界なのだけど。





 縁寿の選択。

“ラムダデルタとベルンカステルが激しい戦いを繰り広げる度に、二人の間に宇宙が生まれるのだ。”
“ビッグバンが起こり、宇宙創生が起こり、……いくつもの銀河が生み出されては消え、生み出されては消え。”
“そしてビッグクランチを起こし、宇宙が終焉したかと思うと、間髪を入れずにビッグバンが起こり、再び宇宙が生まれるのだ。”
“それはまるで、神々の遊びだ。”
“二人の魔女は、宇宙を生み出しては壊しを繰り返して、まるで創造主同士が、自分の宇宙の正しさを証明しようと戦っているように見える。”

 互いが主張する世界を生み出し破壊する、魔女たちのゲームの本質。


「ちょっぴり、負けてあげちゃおっかなぁって気分になったの。……でもやめたわ。あんたと一つの宇宙になっちゃったら。ベルンは二度と、私に愛を囁いてくれないもの。」
「………そうね。……私、釣った魚に餌はあげない性質だもの。」
「知ってるわ。だからベルンは美しく輝くのよ。……思わせぶりな仕草を見せるのに、決して誰にも媚びることはない、気高い猫の女王のように。」

 互いの世界を並列させることで、永遠にゲームは遊べる。
 愛し合うことができる。
 自分と同じ意見を言うニンゲンって、駒と何が違うのか。
 異なる意見を言い合える。
 だからこそ、互いを対戦相手だと認めることができる。
 永遠に交わらぬ平行線。鏡の向こう側。コインの表と裏。
 永遠に手に入らぬからこそ、美しく輝く夢。


「来いッ、ヱリカぁあああぁああああああ!! 貴様に我が最後の決闘の名誉ッ、くれてやる!!」

“黄金郷の最後は、地獄の業火と、乱れ飛ぶ黄金の破片で、灼熱の赤と無常の黄金に彩られていた。”

 ベアトを殺すのは19人目の真里亞、即ちヱリカ。
 赤き真実と黄金の真実がぶつかり合い、黄金郷は崩壊した。


「黄金郷は終わるだろう。妾も果てるだろう。だがッ、我らが確かにここにあった事実は、誰にも消せぬ!! 縁寿は至った! 未来の魔女は、使命と希望を持ち、もうじき旅立つだろう!! すでに我らは成し遂げている…!!」

 受け継がれる物語。
 受け継がれる世界。
 受け継がれる魔法。
 継承者さえ確保さえできればこっちのもの。


“誰も生きて、残れない。そして、救えない。”
“それが、滅ぶということなのだ。”
“虚無の海に落ち行く仲間たちは、最後に頭上を見上げ、願う。”
“黄金郷が確かにここにあったことを、黄金郷の主が、刻んで残してくれることを願っている。”

「此処こそは我らが黄金郷!! 無限と黄金の魔女ベアトリーチェ、此処にあり!! 我らは散れど、それは敗北にあらず!! そなたが生き証人となれッ。その胸に、妾の切っ先にて我らの証ッ、刻み付けてくれようぞ!!」

 黄金郷の主は、19人目の真里亞。
 その胸に、黄金郷の皆がいた証を刻み付ける。


“フェザリーヌ・アウグストゥス・アウローラ。……伝説の大魔女。”
“魔女の域を極めすぎて、造物主の域にまで達し、………至ってはならぬ境地に触れ、死の病に没したと伝えられていた。”
“しかし、彼女は生前に飼い猫を魔女にしていた。”
“その魔女は、主を退屈という死の底より束の間だけ蘇らせることの出来るカケラを求め、永遠にカケラの海を彷徨うという。”
“……そして、猫は主を蘇らせた。”
“至ってはならぬ境地に触れた神域の魔女を、蘇らせた……。”
“魔女たちがニンゲンをゲーム盤の駒と嘲笑って、上層世界から見下ろせるように。”
“彼女もまた、魔女たちの領域さえも、ゲーム盤の駒と嘲笑って、さらに上層の世界から見下ろせる。”“……どれだけ上層の世界に至れるかが、魔女の強さだとしたら。”
“彼女は、至ってはならぬ最上層に触れながら、生きて帰ってきた、……神の国より生還した魔女なのだ……。”

 魔女は、自身の世界に所々魔女の闇を生み出し、そこに異なる運命を垣間見る。
 だがフェザリーヌは、並行世界を垣間見るだけでは飽き足らず、その虚偽の世界を現実に生み出そうとした。
 自分の生きる真実の世界を生贄に捧げて。
 世界を生み出すために、自身が踏みしめる足場を崩さねばならぬ、造物主の業。
 それはつまり、自身の死を意味する。
 そして、残された猫は、カケラを集めて主を蘇らせる物語を紡ぎ出した。

 真実の世界側から見ると、主が猫を蘇らせるために物語を紡いでいるように見え。
 虚偽の世界側から見ると、猫が主を蘇らせるために物語を紡いでいるように見える。
 だから要は、両方から支え合っているのだ。
 その二本の柱の上に、神の世界はある。

 魔女のゲーム盤は、誰かによって解釈された世界。
 魔女は、世界を好きに解釈する存在。
 その魔女たちを観測し、ゲーム盤に並べるのが、神。
 世界の観測者である魔女たちを戦わせて、生み出す世界を決める、これは神のゲーム。


「………さて、ここから、このような最期に至るまでの激しい戦いを執筆せねばならぬのだが。……今の私は卿も見ての通り、少々酔いが回っている。……その部分は、今度改めて時間を設けて、じっくりと執筆することにする。」

 結末を定めてから、それに至る過程を紡ぐ。
 それが過程を修飾する魔法の作り方。


“確かに、ベルンカステルの姿を捉えようとすることは、水に映る月に嫉妬して、石をぶつけるように無意味だろう。”
“いくら石をぶつけたって、水面の月を砕くことは出来ない。”
“しかし、戦人は打つ。打つ。何度も何度も。二度と水面に月を許さぬつもりで。”
“激しい石礫が水面を割る。水面の月を砕き、水面そのものを叩き割り、……底さえも剥き出しにして、……全てを穿つ。”
“絶対の意思が、奇跡を穿つ。”

 水面に映る月は、ベアトの比喩。
 数多のベアトの集合体がベルン。
 水面に一石を投じたとしても、水面に映った向こう側の世界に干渉はできないかもしれない。
 だから無意味だと諦めるのは簡単。
 諦めずに信じて投じ続ける。
 そうすれば、それは日課となる。
 やがては、石を投じることが対話となる。
 意味なんて勝手に生まれる。
 意味なんて好きに生み出せる。
 だから決して無意味ではない。
 幻と共に生きるとはそういうことなのだろう。

 後、水面に一石を投じるというのは、読者が物語に干渉する様にも通じる。
 逆に、物語が読者に干渉する様にも。
 幾千幾万の言葉を投げかけても、読者の心には届かないかもしれない。
 しかし、いつか心を届けることができるかもしれない。
 そう信じて、長い長い物語を描いてきたのだろう。
 さて、私はその心を受け取れたのだろうか。


“……一度はみんなの死を受け容れながらも、……一なる真実の書でそれを見たはずなのに、それでも、…………ほんのちょっぴりくらいは、…………奇跡を信じても………いいんじゃないかな、……って…………。”

 戦人が生きている余地は辛うじてあるからな。


「だから、……何だ。………未来に生きるお前に、過去の俺たちが、何の意味がある。………縁寿。お前は何の魔女だ。」
「………え。」
「俺たちの生死なんか、お前にはまったく関係がないだろ。」
「そ、そんなことない…。生きてて欲しい…!」
「違う!! 生き死にを、お前は越えられるだろ!!」
“縁寿は何を言われているのか、わからない。”
“だから絶句して、兄が何を伝えようとしているのか、必死に考える。”

 幻想は過去の中に見るのではなく、未来の中に見るべき。
 真実の世界が、虚偽の世界とは関係なく存在できるように。
 虚偽の世界もまた、真実の世界とは関係なく存在できる。
 戦人なんて、新しく生み出せばいい。
 まずは戦人が未来に生きていると決め付け、それからそれに至る過程をじっくりと作り出してから修飾すればいい。


「世界中全てが死んだって言ったって…。………私だけが世界でたった一人信じるのよ…。……お兄ちゃんは生きてる。そしていつか、……きっと私のところへ帰ってきてくれる。」
「そうだ。……お前がその希望を失わない限り、……潰える奇跡なんてない!」

 重要なのは、自分が何を信じるのか。
 何を信じ、どんな物語を紡いでいくのか。


「みんなは永遠に私と共にあるわ。誰が赤き真実にて何度殺そうとも。……私はそれを拒否する。私の元に何度でもみんなは蘇る。………私は反魂の魔女エンジェ!! 私の世界は、お前の赤き真実では傷一つ付けられない!!!」

 赤き真実で構成された世界と、黄金の真実で構成された世界は、まさしく別物、平行世界である。
 よって、赤き真実で死んでいようと、黄金の真実で生きていることにできる。


“縁寿の、………いや、縁寿と、その一族たち、仲間たちから一斉に、黄金の軌跡を描く放射線が広がる。”
“それはベルンカステルの大蛇たちを描いていたものと同じもの。”
“しかし宿す輝きは黄金。”
“そしてそれはうねり、巨大な一つとなり、両翼を得た鷲の姿となる。”
“もう、片翼じゃない。”
“黄金の鷲が、縁寿の絶対的意思によって、未来へ羽ばたく翼を得る。”

 現実と夢。
 世界を越える両翼が揃った鷲。
 現実で一手進めれば、それに追随する形で夢が形成される。
 夢で一手進めれば、それに合わせる形で現実を作り上げる。
 互いの未来のために互いを必要とし合う関係。
 互いのために生き、未来を切り開く。
 それは誰にも否定できない真実。


“ベルンカステルは黄金の鷲には抗わない。抗えない。”

 ベルンには黄金の真実を否定することだけはできないだろうさ。


「こ、……こんな……。こんな99.9999999があるの…?! あ、赤き真実さえ、……通じないなんてッ!! 何なのよ、黄金の真実って!! 赤き真実に打ち勝てる黄金の真実って、一体何なのよ……!!!」
「信じる心よ。……それは“私たち”の総意。……私たちが認めて共有した真実の前に、お前の赤き真実など、何も貫けたりはしない。」

 縁寿の世界を構成する全員の総意。
 全私が泣いた、みないなのと同じような感じ。
 自分の真実、自分の世界を揺るがせるのは、自分だけ。
 故に、全自分が揺るがない限り、世界を揺るがせるものなどいない。
 自分ひとりでは駄目なら、心の中にいる皆にささえてもらえばいい。
 つまり、世界対世界で拮抗を作り出す感じか。

 ゲーム盤に置かれた駒たちは、自分が生み出して自分の心の中に置いたもの。
 駒たちはプレイヤーたる自分にしか守れない。
 そして、プレイヤーとしての自分を生かすのは駒たちしかいない。
 ゲームを続ける限り、プレイヤーは生き続ける。
 永遠に終わらぬゲーム。
 一生を掛けて臨むにたるゲーム。


「……安心なさい。私の真実に傷一つ許さないように、あんたたちの真実にだって、私は傷一つつけないわ。」

 世界同士を拮抗させ、平行世界を築くのがゲームの目的。


「我が巫女は打ち破られた。そして、その命を奪わなかったことに感謝する。………見ての通り、あれは私を退屈させぬための可愛い飼い猫。あれが死んでしまっては、私も退屈するのでな。」

 迂遠な言い方。
 私には、何よりも大切だって言っているに聞こえる。





 魔法ルート。

「右代宮縁寿はさっき、ここから落ちて死んだわ。……ここにいる私は、魔女のエンジェ。……生きるわ。魔女として。」

 魔女として生きる。
 それは人としての幸せを捨てるということ。
 魔法で紡ぐ物語の方を優先するということ。
 自身の心はその物語に込められているから。
 物語を通じての心の交流。
 それで心を満たす。
 それが魔女の幸せなのだろう。


“二人は縁寿が姿を消した扉の左右に立つ。”
「縁寿。……あなたの未来に幸あれ。」
「俺たちは、必ず一緒になれるからな。」

 自身を依り代として幻想を降ろす。
 それは一緒にいるということ。

 永遠の平行線。
 一度も交わることはないけれど。
 離れていくことは永遠にない。


「…………私も縁寿も、同じ真実の魔女でした。……なのに、私と彼女の、何が違ったのでしょう。」
「………………何だろうな。」
「私は、真実に堪える魔女でした。…でも、その真実に背を向けました。……しかし彼女は、真実を知った上で、なおも彼女の真実を信じる魔女でした。………もし、彼女の方が、真実の魔女に相応しいなら。………私は、何の魔女だったのか、わかりません。」



「妾は行けぬ。……妾は黄金郷の主よ。ここを出ては行けぬ。」
「残って何になる。」
「行って何になる。」
「生きよう。」
「………生きれぬ。妾はもう、数え切れぬほどの世界で、数え切れぬほどの罪を犯した。妾が殺した命の数が、罪の数が、多過ぎる。」
「俺たちの世界では、何の罪も犯しちゃいないさ。」
「いいや、………そんなことはないぞ。」

 この戦人とベアトは、19人目の真里亞とヤスが重ね合わされている。
 ヤスという幻想は、六軒島の中でしか生きられない。
 それを19人目の真里亞はどうにかして生きさせようとした。
 ヤスが犯した罪は、虚偽の世界でのもの。
 よって、真実の世界でのことではない。
 唯一真実の世界で犯した罪は、自身の存在によって19人目を殺してしまうことだろう。


“戦人は、すぐに海へ飛び込みました。”
“だから、戦人は間に合いました。”
“まだ魔女の姿を見ることが、間に合いました。”
“魔女は戦人を見上げ、薄っすらと笑っていました。”
“言葉は、聞こえません。”
“でも、はっきりと聞こえました。”
“言ったろ、戦人。”
“妾は極悪な魔女だから、罪など償わぬと。”
“生きてなど、償わぬと。”
“戦人は必死に、言葉を返しました。”
“でも言葉は全て、泡となって吐き出されるだけでした。”
“漆黒の闇へ沈み行く彼女を、戦人は懸命に追いました。”
“そして、…………その手が、…………届きました…………。”
“愚かな戦人よ……。”
“せっかく島を生きて出られたのに……、そなたはそれを投げ出すのか……。”
“………俺はお前を、離さない。”
“気持ちは嬉しいぞ。”
“だが、……妾は幻想の住人、そしてそなたはニンゲン。”
“帰るべき世界が違うのだ。”
“妾は幻想へ帰る。”
“そしてそなたも自分の世界へ帰るがいい。”
“どんどん、周りは真っ暗になっていきます。”
“息苦しくなり、頭やッ実がいたくなります。”
“戦人の指が、……少しずつ、解けていきます。”
“そしてとうとう。”
“二人の指は、……離れました。”
“その途端、……戦人は上の、光の世界へ。”
“そして魔女は下の、闇の世界へ、……より強い力で引き裂かれていきます。”
“魔女は、戦人の体が眩しい海面へ向かって浮かんでいくのを見て、安堵しました。”
“さよなら。戦人。”
“……そして、ありがとう。”
“戦人の体が光の世界へ、点となって消えたのを見留め、……魔女はゆっくりと目を閉じます。”

 ヤスは19人目の真里亞に人として生きて欲しかった。
 だから自ら死を選んだ。
 現実の存在は現実に。
 幻想の存在は幻想に。
 それがあるべき姿なのだと。

 EP7のベアト殺しを、ヤス視点で見るとこんな感じなのだろう。

 だが19人目は12年を経て、もう一度猫箱の中に飛び込んだ。
 そして恋の決闘。
 しかしこのヤスは死を選んでいる。
 よって、そのペアである19人目の真里亞の物語は光の世界へ。


“そして奈落の世界へ落ち行くことに、永遠の孤独の世界に、全てを委ねました。”
“その時、………彼女は、感じました。”
“そんなはずはないのです。”
“だって、戦人はもう、遥か彼方で点になっているのに。”
“でも、それは戦人でした。”
“魔女を追ってきた、戦人でした……。”
“逃がすかよ。お前は俺だけの、黄金の魔女だ。”
“………馬鹿戦人……、……馬鹿戦人…………。”
“お前が望む奈落になら、俺も一緒に落ちよう。”
“そこが虚無の世界ならば、お前と一緒に消えよう。”
“だが、消える最後の瞬間まで。”
“………お前は俺のものだ………。”
“二人は互いをきつく抱き締めました。”
“……もう、運命は二人を引き裂こうとはしませんでした。”

 それでも飛び込んだ19人目の真里亞は、新しいヤスの物語を蘇らせ、それを光の世界へとやり、自身は闇の世界へと沈むことを選んだ。
 恋の決闘は、100:0にするというもの。
 片方を光の世界へ、もう片方を闇の世界へ引き裂く。
 それを二組行った。
 そして100:0と0:100を、100:100と0:0に振り分けた。

 光の世界へは、現実の19人目の真里亞と、蘇らせた新しいヤスの物語が。
 闇の世界へは、古いヤスの物語と、新しいヤスの物語のために死んだ19人目の真里亞の物語が。
 地獄の席をリザーブしたと言っていたが、それは古いヤスの物語の隣という意味なのだろう。
 まさしくこれは、死んだ方のヤスから見たEP7。
 19人目の真里亞が煉獄を潜り抜け、地獄で待つヤスの許に辿り着く物語。


“二人は一つとなって、……奈落へと沈んでいきました……。”
“そして、何も見えない真っ暗な世界で、……ぽっと、輝きました。”
“それは温かな、黄金の輝き。”
“それは、黄金の薔薇でした。”
“それがふわりと、………純白の無垢な砂の敷き詰められた世界に、辿り着きます。”
“そこには、白い砂に半分埋まった、……小さな箱が。”
“それは、静かな海の底で安らかに眠る、ベアトリーチェの猫箱。”
“その上に、ふわりと、……黄金の薔薇は舞い降りるのでした………。”
“それは、深い深い海の底のお話。”
“真っ暗な真っ暗な暗闇の中に。”
“……ほのかに輝く、黄金の薔薇が眠っているという、とてもささやかな物語。”

 これが神が綴る黄金の真実。
 忘却の深遠の底、猫箱の中で眠るヤスへの手向け。
 ヤスの物語の最期を飾るエピローグ。
 共に奈落に落ちて消えるルート。





 お茶会。

“細やかな、そして尊厳ある者にしか読めぬ情報密度の極めて高い言語が、ぎっしりと書き込まれている。”
“その言語の一文字は、ニンゲンの世界での書籍数冊に匹敵する情報量を持つ。”
“それによって、ぎっしりと書き上げられた原稿用紙が、これほどに積み上げられているのだから。”
“……彼女はきっと、何か一つの世界を、書き切ったに違いなかった。”

 魔女的数字の盛り方ではあるが、一文に何重もの意味を持たせているのは確か。
 こっちの頭がおかしくなりそうな程に。
 大雑把に言って、3つの物語があり。
 使われなかったミスリードを膨らませた物語、まあ種のままで終わった物語も合わせればどれほどになるのか。
 そして今回の再読で読んだ絡み合う物語を終わりまで。
 まさしく一つの世界を書き切ったと言える。


「どこまでを描けば、果たして物語を書き切ったと言えるのか。……私の、物書きとしての長年の悩みだ。……ニンゲンの冒険は物語としてとても面白い。しかし、どこまでが冒険で、どこからがそうではないのかが、私をしても、未だによくわからぬのだ。」
「……すでに没した私の旧友は、ニンゲンの人生は、初めから終わりまでが全て冒険であり、筆を置くところなど存在しないと言ったが。……私はそうは思わぬ。筆の置き所というものがあると思う。物語は、適当なところまでを記し、その後の余韻や感想は、観劇者に委ねるべきだと思う。」

 すでに没した旧友とは、ヤスのことを指すのだろう。
 人生は冒険は、ゲームの度に生き残ってきたこと。
 まさしくヤスの人生とは、冒険で構成されていると言えるだろう。
 そして、物語として生み出された以上、その物語の結末まで描かれることを望む。

 幼き日の遊び、ニンゲンになることを望み切磋琢磨する日々、独り立ちするために争い、愛し合い一章を共にすることを誓い、愛する者に生きていて欲しいと死を選び、愛する者を殺したことを後悔し蘇らせようと半生を捧げ、愛する者の面影を重ねて謝罪して大往生、忘却の深遠に落ちる愛する者の許へ辿り着く。
 ヤスの物語における、ヤスと19人目の真里亞の結末までの物語。
 望み通り、きちんと終わりまでを描いた。

 でも生きている19人目の真里亞の物語はまだ終わらない。
 いや、19人目の真里亞はヤスと共に死んだのかもしれない。
 だからこれは、かつて19人目の真里亞だった人間が新しく生きるための物語なのだろう。
 あるいは、19人目の真里亞が天国へと旅立つという物語。
 つまり蛇足。


「……つまり、物語は適当なところで猫箱にしまうべきなのだ。……猫箱を巡っての長き物語なのだから、その終焉も最後までを記さず、猫箱にしまってしまうのが良いのではあるまいか…?」
“フェザリーヌは、自分以外に誰もいない書斎で、……誰にともなく、そう語る。”
“もちろん、誰かが相槌を打つわけもない。”
“しかしフェザリーヌには、それが聞こえたらしい。ウンウンと頷くと、にんまり笑う。”
「わかっている。もう少しだけを書き足し、そこで筆を置こう。……それで、そなたとはお別れだ。」
“フェザリーヌが、少し暗くせよと指を掲げてくるくる回す。”
“すると、書斎の明かりが、ゆっくりと消えていく……。”
「ほんの少しだけ休ませてはくれぬか。……その間は、我が猫、……もとい、我が巫女にお相手をさせよう……。」

 フェザリーヌが休み、その間、ベルンが相手をする。
 これは、この後、ベルンの朗読によって虚偽の世界が紡がれるということだろう。
 つまりゲーム。
 それを引っ繰り返して真実の世界を紡ぎ、それによって二つの世界を拮抗させるという。

 だとすると、姿が見えない話し相手は、読み手のプレイヤーということになる。
 それも真相に至っている。
 真相とは、二つの真実が永遠に一緒にいることを誓うというもの。
 プレイヤーは、その仲立ち、あるいは立会人。
 さらに魔法を選んだなら、それを祝福することを選んだということ。
 つまり、猫箱にしまうことに同意したというのも同然。

 そして、入水エンドは、死んだヤスとそれを追いかけた19人目の真里亞の物語のエンド。
 まだ生きている方の二人の物語のエンドが残っている。
 それは、これからも生きていくというものになる。
 つまり、謎はこれからも生きていく。
 その余韻を読者に残して。


「じゃあいい? そのごま塩の中身をざらっと出して、お箸で、ごまと塩に分けなさい。」
「はい、我が主!! 私の華麗なるお箸さばきを、どうかご覧くださいっ!!」
「えぇ、がんばってね。……終わったら、ちゃんと袋に戻しておくのよ。」
「………あんた、またそーゆーことしてイジメてんの?」
「遊んでるのよ。失礼ね。」

 19人目の物語とヤスの物語に振り分け、その後ひとつに戻す。
 イジメのようで、これは遊び。





 裏お茶会。

“私たちは恐らく、何度もすれ違ったのだろう。”
“その内の一度でも結実して、出会えていたなら。”
“……私の人生は、まったく違うものになっていただろう。”
“でも、それが運命なのだ。”
“神様は、私たち兄妹が再会するには、数十年の時間が必要だと判断されたのだ。”

 まさしく物語を記す神がそう判断したのだろう。


「辛く、恐ろしい日々でした。………自分が、知らぬ人間に頭の中を侵食されていくかのような…。………今日、明かりを消して眠ったら、自分という私は、もう二度と目覚めず、明日の朝からは、私の体を乗っ取った違う男が生活を始めるのではないか。……そんな恐怖が、数え切れぬほどの夜に、私を苛み続けました…。」
「………彼も何度かは、それが自分の正しい記憶であると受け容れようと努力したのです。……自分は右代宮戦人であると、何度も念じ続けました。」
「ですが、駄目だった。……私は私、…八城十八なんです。……頭の中に、どれほど右代宮戦人の記憶が溢れようとも。……それは私には、他人の記憶なんです。………私は、右代宮戦人を受け容れることは、出来なかったんです………。」
“……「右代宮戦人」はそう言い、……目頭を真っ赤にしながら俯いた。”

 これは新しい人生を始めた八城と、ヤスと共にいることを誓った真里亞が混在しているということだろう。
 同一人物といえど、八城は未来に生き、真里亞は過去に生きている。
 もはや別人なのである。


「それでも。………私は、いつか。あなたに会わなければならないと思っていました。……正直なところ、私は昨夜、一睡も出来ませんでした。………あなたに会うことが、恐ろしかった……。」
「………………………。」
「あなたと会うことで、私は死ぬのではないか。……そう、怯えたのです。……しかし、私は今、ここにいて、あなたとこうして普通に会話をしています。」
「……だから、後悔しているのです。………もっと、早く、…………私はあなたに、……会っておけば……。……あなたも、……私の中の右代宮戦人も、………こんなにも長い年月、苦しまなくて済んだだろうと思うと、……それが、……申し訳なくて………………ッ……ッ……。」
“かつて「右代宮戦人」だった彼は、そう言いながら、嗚咽を漏らした。”

 この縁寿に当て嵌まるのは、真相に至ったプレイヤーが孵した「物語」かな。
 その「物語」は、必ず19人目の真里亞が生きていると信じていた。
 ベアトのゲームは本来、ヤスと19人目の真里亞がニンゲンになるために行なわれるはずだった。
 それはつまり、真里亞として生きるためのゲームだったということ。
 ならばそれは、真里亞が蘇り、今の八城が消えることを意味するのではないかと恐怖した。
 しかしそれは杞憂だった。

 まあそりゃそうだ。
 過去が肯定されたからって、今が嘘になるわけもなし。
 ただ、過去に決着をつけただけ。
 過去の思い出は苦しいものばかりではなく、楽しいものもいっぱいあった。
 だから過去は振り返らず、未来を見据えて行こう。
 ……というのは、もう物語の中に書かれているな。


 縁寿が招待した孤児院は、言ったプレイヤーが共に生み出した黄金郷。
 つまりこちらは、19人目の真里亞の未練が、ヤスの待つ黄金郷へ迎え入れられるという、共に天国ルート。

 要は、読み手が至っていなければ、奇跡は起こらず、共に地獄エンド。
 読み手が至っていれば、奇跡は起こり、共に天国エンド。
 という差ができるということ。
 プレイヤーの責任は重大だ。

 まぁ、私のゲームでは、真里亞とヤスの物語はハッピーエンドを迎えたわけだけれども。
 その物語はまだまだ続く。
 八城とベルンの物語もまだまだ続き、この後も色々な物語を生み出していくんだろうなぁ。








 そんなわけで、プレイヤーの観測により物語は紡がれる。
 それは時には、消え行く物語を救うことがあるかもしれない。
 そうでなくとも、プレイヤーの数だけ物語は生まれた。
 つまり、19人目の真里亞とヤスは子だくさんということ。
 もう誰にも知られることも顧みられることもない物語ではなくなった。
 多くの子や孫に囲まれて老後を過ごす。
 譲治と紗音の将来の夢の話が何を意味していたのか、ようやくわかった。
 それが叶ったというわけだ。
 良き哉、良き哉。







 手品ルート。

“過去の物語なんて、どのようなものが紡がれたって、描かれたって、……未来の私の物語には、何の影響もない。”
“私は振り返らず、未来だけを見て生きることを誓った。”
“その誓ったことに意味があるなら、あれは断じて白昼夢じゃない。”
“それに私は、あの寄り道の長い旅の中で、たくさんのものを持ち帰っている。”



「未練よ。………古い殻を、私は脱ぎ捨てたの。」
「懐かしき六軒島を前に、心機一転ってわけですかい。」
「……違うわ。右代宮縁寿っていう、ニンゲンをやめたってことよ。」

 魔法ルートは、人間の縁寿ではなく魔女のエンジェとして生きるルート。
 つまり、魔女として、人間の縁寿の物語を紡ぐということ。

 それに対して手品ルートは、縁寿という存在を捨て、別の人間として生まれ変わるルート。



「私、新しい人生を、これから踏み出そうと思うの。」
「すでに踏み出してますぜ。」
「そうね。……右代宮家の面倒臭いのを全て売り払って、どこかに寄付でもしたら、綺麗サッパリ清々するわ。それで私は、右代宮縁寿という殻を、全部脱ぎ去れる。」

 この縁寿はプレイヤーが孵した物語なので、“右代宮家の面倒臭いの”というのは黄金郷の黄金のことで、それを捨て去る選択をしたルートになるのだろう。


「あなたという猫箱の中に、買収されて裏切ったあなたと、裏切ってないあなたの2人が共存しているわ。……その片方の、裏切ったあなたを殺す方法は?」
「よ、よせ…!! 撃つな……!!」
「猫箱ごと、あなたを撃ち殺せばいいんだわ。」

 真実は2つあるから猫箱の中にしまっておこうというのが魔法ルート。
 手品ルートは、黄金の真実などどうでもいいから、本当の真実を殺すために、猫箱ごと殺すという選択。

 要は。
 真実が一つならあえて二つにして、猫箱の中の猫を生かして、これからも物語を紡いでいこう。
 どうあろうとも真実は一つなのだから、猫箱ごと猫を殺し、物語を殺して終わらせる。
 の二択。
 後者は物語を殺す選択。
 だから、物語である自身を殺し、新しい物語となることを選んだ。
 そしてその道は、どんどん物語を殺していく道。
 逆に言うと前者は、物語を生かしこれからも楽しむという選択と言えるだろう。


“彼女は、……生き残る。”
“彼女を殺そうとする、巧妙に編み上げられた陰謀の渦から、……きっと生き残ったのだ。”
“……縁寿は舳先へ戻ると、その強い風に正面から向かい合い、さらにその先の未来を凝視する。”
“主を失った船は、無限の水平線へ向けて、真っ直ぐに真っ直ぐに、どこまでも進む。”
“その先に、彼女が本当に辿り着きたいと願う真実があると、祈りながら。”

 猫箱にしまうということは、黄金の真実を生かすということ。
 それは見方によっては、本当の真実を殺すということになる。
 つまり、プレイヤーの紡いだ本当の真実に至った物語が殺されると危惧し、その陰謀から生き残こらなければならないと思ったわけだ。
 黄金の真実によって殺されるバッドエンドを迎える前に、真実に至ったとしてグッドエンドを迎えて自身の物語を終わらせたいのだ。
 縁寿という物語も猫箱によって生かされている。
 だから、縁寿という物語を殺すために、猫箱ごと殺した。
 そして、縁寿という物語は終わり、新しい物語が始まる。
 ……そんな感じ?


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フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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