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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


EP7の序盤を再読

 どうやら咲とキコニアの発売が少し延期になるようだ。
 残念だが、推理できる期間が延びると思えば良いことでもあるかもしれない。

 さて、どうもキコニアはとても攻め込んだものであるようだ。
 そして、二度と同じものは描けないくらいのようだ。

 うみねこも、二度と同じものは描けないものだったはず。
 まぁ、どちらも真であるなら、同一人物でも別人であるという、つまり、時期によって描けるものが違うだけであり、どちらも二度と同じものは描けないものなのだろうが。
 うみねこってめっちゃ攻めてたと思うのだけど、それと同等かそれ以上ってどんなのだっていう。

 まぁ、うみねこは対戦席が用意されていて、取っ掛かりを掴めばあとは辿っていくだけ。
 最終的には物語のいたるところで自身のことについて語っているし、難易度はバカ高いけど解いて欲しがっているわけで。
 プレイヤーフレンドリーだったな。

 それがキコニアではプレイヤーの席は用意されていないと。
 ある意味、ひぐらしに回帰したようなものか。
 あれも当初は黒幕に相手にされてもいなかったのが、最後にはプレイヤーに昇格していたわけで。
 まああれだ、推理考察していようと、それだけではプレイヤーではない。
 黒幕と伍する立場にまで登り詰めなければプレイヤー足りえないのだろうさ。
 それが物語の中の駒だろうと、物語の外の読者だろうと。

 つまり問われるのは、プレイヤー足らんとする意思の強さ。
 実に「なく頃に」的だな。
 面白そうだ。


 んじゃ、再読の続きといこう。





“土は土に。灰は灰に、塵は塵に。幻は幻に。そして、夢は夢に。”
“夢とは、寄せては返す波間の真砂に描くもの。”
“それは波が寄せる度に、真っ白に戻ってしまう儚きもの。”
“だから心無き人は、それを描くことを、無駄なことだと嘲笑うだろう。”
“しかしもう、彼女の描いた夢を消す波は、二度と訪れない。”
“彼女が最後に描いた、美しき夢は、もう永遠に消えることはない。”
“さぁさ、思い浮かべてご覧なさい。”
“それは暖かき春の日の、やわらかき午後の日差しが、そのまま陰ることを忘れたかのよう。”
“それはとてもとても、素敵なことなのだから……。”

 第6のゲームでヤスの魂が一に満ち、それがカケラに刻まれて新たな物語が紡がれる。
 即ち、第7のゲームは、初っ端からヤスという夢が全開で襲い掛かってくるという悪夢のようなゲームなのだ。
 が、すでに夢の住人となった人々にとっては、それは真実を明かされているに見えるのだろう。
 永遠に覚めぬ夢は、もはや現実。
 黒く染まったキングは、幻想を自ら紡ぎ出す。
 残された白いマスは足元だけ。
 つまり、足元を注意して歩きましょう、ってことだ。

 まあともあれ、夢の実現おめでとう、と言ったところ。





 ベルン登場。

「くすくす……。……ベアトの猫箱より、もっと大きな猫箱で閉ざしただけよ。理御は、その中で生まれ得る可能性を持つ、一つの駒。」

 ベアトの猫箱より大きい猫箱は、金蔵の猫箱。
 金蔵のルーレットで分岐した未来は多岐に亘りそうだよなぁ。





 楼座の過去話。

「お前は、崖から足を踏み外すことを期待して、そこを歩かせたのか。」

 多分、金蔵はそれを期待してルーレットを回していたと思われる。
 金蔵は九羽鳥庵のベアトにどんな役を期待していたのだろうか。
 19人目と同じように依り代として育てられていたにしては、確実に失敗していると思うのだが。
 自分がベアトじゃないというのは当然であり、その別人のベアトを自分の中に生み出せるか、だから。
 遊び、ゲームのルール、想像力、その辺が足りてなさそう。
 うーん、結果失敗作となったのか、それともそもそもそう育てるつもり自体がなかったのか。
 金蔵のゲーム盤はどんな感じだったのだろう?


“どれほど長い年月を、楼座は苛まれてきたというのか。”
“今、楼座は初めて。……海を初めて見た時の、あの無邪気な笑顔のベアトリーチェと、再会しているだろう。”
“楼座を許せるのは、彼女だけだ。”
“その彼女と、楼座はとうやく対話を始めることが出来る……。”
「……どなたか存知ないけれど、ありがとう。……彼女は私を、許してくれるかしら。」
「あんたは20年近くもそれを悩んだ。長過ぎだ。彼女はもう勘弁しろと言ってらァ。」
「……そうですよ、楼座叔母さん。あなたが悲しめば悲しむほど、きっと、ベアトリーチェも悲しむでしょう。」
「…………あなたまで…。ありがとう。……私には、私が許されるかどうかわからないけれど。……彼女が許してくれるかどうか、胸の中で問い掛けてみることにするわ。……2人とも、ありがとう。恥ずかしいところを見せて、ごめんなさい。」

 八城は自分を許したのだろうか。
 ヤスに許されたのだろうか。
 私としては、許されたと思うのだが。





 ベルンから観劇者権限を渡される。

「……“観劇者権限”か。………それを元老院の許可なく与えられることは禁じられてるはず。」

 観劇の魔女の観劇は、演出も含まれているから鵜呑みにはできない。
 問題は、どんな脚本に基づいているのか、ということ。


「私の、命令権者です。私は命令に、逆らえませン。」
「その命令権者は誰だ。そいつに交渉する。」
「交渉など、デキマセン。私たチの、命令権者デス。」
「ここへ嘉音を呼べ。……俺は拷問も観劇も嫌ェだ。」

「嘉音を呼べ。お前たちに確かめたいことがある。」
「オ呼ビデ キマセン。ソレデモナ お、ソレヲゴ希望デ スカ……?」
「呼ばねぇなら、お前を“観劇”する。」
「ドウシ テモト仰 ルノデシタ ラ、……特 別ニオ呼ビス、ルコ トモ出 来マ ス  ガ   ?」

「嘉 音ク  ン ヲ、  呼  ンデ マ イリマ  ス ガ。」
「ヨ  ロ シ イデ      ス    カ       ?」

“……チェスの初心者は時に、不注意にも、相手の射線に気付かずに、そこへキングを動かしてしまうことがある。”
“それを容赦なく取っても良いが、……上級者はそれをさり気なく教えてやるべきだ。
“もう一歩、踏み込むと、……取られてしまいますよ、と。”
“これは、……それに、……似る………。”
「……………………。」
“……なるほどな。やはり、か………。”

 嘉音を呼ぶことは可能で、そうしたらあなたの負けですよと教えてくれた。





 金蔵を観劇。

「……ウィラードさま。お館様は遺言を好まれません。生きているうちより、何事かを投げ出すお方ではございません。」
「……だろうな。らしからぬこととは思っていた。」
「生ある限り足掻いてこそ人間であろうが! それを早々に諦め遺言に残そうという浅ましさなど笑止千万!」
「確かに、その方がお前らしい。……死ぬかもしれないから、過去語りを記せと言い出すのは、確かにお前の柄じゃねェ。」

 やはり、メッセージボトルは生きているから出しているのだろうな。


「葬式ってのは、死者のためにやるんじゃねェ。……生きている人間が、死んだ人間への未練を断ち切るために行なうもんだ。……それが、出来なかった。だから、爛れたんだ。」

 ヤスの死体はない。
 第7のゲームはヤス即ち、ベアトの葬式なのだろう。


「………この私が、自らの口より真実を話せる内に、この機会を設けてくれたことを感謝する。……お前はきっと、ベアトリーチェより遣わされた、天の使いに違いない…。……感謝する………。」
「その機会を設けたのはベアトリーチェじゃねェ。どこぞの魔女だ。……いや、どっちも魔女に違いねェ…。」

 成れの果ての別人だけど、多分、同一人物。
 そのベアトの生み出した世界の天界大法院に所属していたから、天の使いなのも間違いない。
 その設定は、金蔵だから知っているんだろうけど。
 金蔵のゲーム盤では、19年前の赤子を、真里亞と理御に意図的に分岐させている。
 つまり、理御の世界の金蔵であろうとも、真里亞の世界のために動くことは可能だろう。
 金蔵ならやりかねん。

 てなわけで、金蔵を観劇しても、用意された脚本に従ったものだろうことは、疑いようもない。
 金蔵の世界は、金蔵の魔法で修飾してあるだろう。


「私は右代宮家など、継ぎたくはなかった。……私が当主に選ばれたのは、運命のいたずらに過ぎぬのだ。」

「全ては、この足の指のせいだ。足の指が1本ずつ足りなかったなら、我が人生はまったく異なるものになっていただろう……。」

「下らぬ話よ。長老どもは、自分たちの誰も得をしない馬の骨であれば、誰でも良かったのだ。」

 吉兆である6本指の分家の金蔵であれば、どこの馬の骨だろうと良かった。
 つまり、別人であっても構わなかった。


「あれは、……あまりに長い長い、灰色の日々であった。それは私には、今に生す苔のような、気の遠くなるほど長い長い、死んだ時間……。」

“気付けばもう、自らを若者と呼べば、若者たちに笑われそうになる歳になっていた。”
“気が遠くなるような、長くても何も中身のない灰色の日々。”
“それは20年にも及んだ。”
“20年あれば、人は生まれ、志を持ち、社会へ飛び出すことさえ出来る。”
“つまり、……社会人となって初めて人間と呼べるのだとしたら。”
“私は、人間が一人、生み出せるほどの膨大な時間を、……何をすることなく、欲深な老人たちの人形として過ごしていたわけだ。”
“そんな日々は、体を老いさせても、皮肉にも、心は老いさせない。”
“心だけは、小田原に呼び出される直前の、……あの充実した日々を懐かしむ、若いまま。”
“なのに体だけは老いを重ね、いつしか、その乖離は理解し難いほどにまで広がった。”
“だから、鏡に映る、疲れ切った男が、とても自分と思えなかった。”
“いや、本当に自分ではないのだ。”

 当主を受け継ぐ前と後では、別人だと認識している。
 そして、当主として過ごしている時間を全てを別の自分として乖離させ、そして元の自分は昔のままの精神年齢を保たせている。
 全ては別の自分がしたことで、本当の自分は何も成していない。
 故に、何も満たされることはない。
 そして、その年月は、“何か”を産み育んていたとしてもおかしくはない。
 “それ”にいつ名前が付けられたかはわからないが、きっとその名前は、ベアトリーチェというのだろう。


「……理御よ。自ら生きぬ人生ほど希薄で長いものはない。なのに、それはあっという間に過ぎ去るのだ。……心せよ。」
「自ら、生きる人生……。」
「生きるってことは、意思を持つということだ。……殺された日々だったろうよ。」
「そうだ。私は行きたかった。いや、死にたかった。……操り人形はどうすれば死ねる?」
「………………。……糸を、断ち切ることです。」
「そうだ。それが死ぬことであり、生きることであり、……解放だ。」

 これは、金蔵から19人目への、先達からの助言。
 自分と同じような境遇を送らせ、同じように克己を果たさせる。
 全ては自身の魔法を受け継がせるためのマッチポンプ的な何かだろう。


「……同じ死ぬなら、誰かの役に立つべきと思った。……いや、違うな。私には自らの命を絶つ気力さえなかったのだろう。もっともらしく死ねる理由が、戦争だったのだ。」

「幸いと喜ぶ仲間もいたよ。私には逆だった。戦って死ぬという、出来すぎた美酒のヤケ酒が欲しかっただけなのだ。」

 無為に死ぬのではなく、戦って死ぬことを選ぶ。
 その間だけは、本気で生きることができる、そんな形の死を選びたいのだろう。
 その“本気”というのが、黄金や無限の魔法に通じるだろうが。


“嫌だ、死にたくないッ!!
“どうして? あんなにも望んだのに?”
“私はもう、知ってしまった。生きることの、素晴らしさを。”
“彼女が教えてくれた。ビーチェが教えてくれた。”
“彼女と話している時だけ解放された。違う!”
“彼女と話して、私は初めて生きたのだ。生まれたのだ!!”
“生きたいッ。生きたい生きたい生きたいッ!! 死にたくない!!”
“生きて彼女と会いたい、今すぐに!! 会わなきゃ死ぬ、殺される!!”
“………落ち着け金蔵、……彼女だって殺されるかもしれない…!”
“自分が生きても、彼女が殺されたら、それは同じことなんだ……!!”

 想像するに、多分、ビーチェとの会話で解放されたのではない。
 ビーチェを依り代として、己が生み出したベアトリーチェと対話することで、解放されたのだろう。
 金蔵が生み出した“永遠の淑女”という卵が、ビーチェという依り代を得ることで、孵化した。
 つまり、金蔵とビーチェの会話に、嘉音(真)とベアトの会話を修飾していた。
 通訳は金蔵とビーチェの2人だけであり、その2人の会話を操れば、日本人側とイタリア人側の両方に幻想を植え付けるのは簡単。
 つまり、金蔵(偽)こと嘉音(真)は、ビーチェとの会話を通じて、虚偽の世界を構築していった。
 そしてその果てに、現実世界に虚偽の世界を現出させた。
 それがこの惨劇。
 自分が全力で生きるために、そして、ベアトを全力で生かすために。
 自分の命の全てを賭けたルーレット。


『迎えが来るまでの数日間でいいから。……の方は、叶えられないということさ。』
『………え? どういう意味?』
『君をさらう。……そっちを叶えることにした。』

 幻想を外に持ち出す。夢の続きを見るために。
 19人目もまたこの道を歩む。


『……あなたと同じく私も、あなたが居てくれる限り、生きることを許される屍。……あなたがいなくなったら、私は今すぐにでも死んでしまう。』
『死なせない。』
『本当に?』
『絶対に。』
『取ってね、責任。………だってあなたは、私をさらったんだから。』

 主と駒との関係であることを匂わせる台詞。




「これまでに聞いたどのベアトリーチェも、殺されてなどいない。…それを、俺たちが“殺された”ことにしようとしている。ベルンカステルにとっては、これこそが本当の葬儀なんだ。」
「…………誰も“殺された”ことを知らない。それを、私たちが暴こうとしている?」





 真里亞を観劇。

「“見よ、乙女が身篭って男の子を産むであろう。その名はインマヌエルなり”。……真里亞はもし男の子に生まれていたなら、それが名前だったかもしれない。」
「マタイ伝1章20節。」
「違うよ、23節。20節は“かくて、これらを思い巡らす時、御使いが夢に現れて言った。ダビデの子、ヨセフよ。妻マリアを迎えることを恐れるな。その胎に宿る者は聖霊によるものなり”。」

 19人目の名前は、真里亞。
 一人で子を産むがために。
 ならば、その子であるヤスは、インマヌエルということになる。


「ベアトは宇宙を生み出す最小の人数を、2人だと言った。私はこれを、両親がいないと子は成せないという意味だと感じた。……その時、私は思ったの。ベアトは魔女だけれど、ニンゲンから生まれた魔女なんだ、って。ベアトは聖霊の子じゃない。」
「でも、私は違う。ママだけから生まれた。聖霊から生まれた! ………ベアトは、私と一緒じゃなきゃ宇宙を作れない。でも私は、“神は我らと共にある”。私1人でも、聖霊とともに宇宙が作れる!」
「ベアトは私を原始の魔女と呼んだ。そしてやがては、1人で全てを生み出せる造物主になれるよと言ってくれた。私が1人で、無から有を創造する! それをベアトが無限に膨らませる! 縁寿はそれを受け継ぎ、語り広げる魔女の使徒だった!」
「一と無限は大きく違う。だからベアトは偉い。でも、無と有の前には、一も無限も同じ有でしかない。私は世界で一番の魔女、うぅん! 世界で一番偉い、造物主になることを約束されていた子…!」
「マリアージュ・ソルシエールは、そんな私を温める卵の巣! 私は、右代宮真里亞!! 神と共にある真里亞!!」

 インマヌエルの名の意味は“神は我らと共にある”。
 神と共にあるヤス。
 実に運命的。
 だから、19人目の真里亞は、神すなわち造物主を目指した。


「つまり、1986年の六軒島で、ベアトリーチェに実際に会えたのは、郷田を除く使用人4人とお前と南條の、合計6人だけだったということか。」

 19人目は隠れて住んでいたわけで、源治・熊沢・南條はその協力者だろう。
 厳密には金蔵の協力者なのだが。
 ので、19人目が自分の代わりに魔女を認めさせ、魔女として姿を現わすことへの協力、今のところは真里亞の前に姿を現わす時に協力してもらっているのだろう。
 3人とも、隠れ住んでいる19人目のことを憐れんでいるだろうから。

 紗音と嘉音はEP2であった通り。
 真里亞の次のターゲットとして、その目の前に現れたのだろう。


“自分を認識出来るニンゲンを少しずつ増やし、島の全員に自分を認めさせることが、ベアトリーチェのゲーム、ということに違いない…。”

 魔法説のベアト、姉ベアトについてはその通り。
 雛ベアトが生まれてからは少し異なる。
 戦人に認めさせたいのは、姉ベアトの方ではなく、雛ベアトの方に変わったのだから。
 そして、それを主が諦めたことでまた切り替わる。
 戦人に認めさせるのは物語の中で、現実ではメッセージボトルを読んだ読み手たちに認めさせる方向へ。


“……しかし、戦人の好むチェス盤理論によるならば。”
“己が存在を認めさせたいベアトリーチェとは即ち、認めさせねば、存在を持たない人物だと言える。”

 雛ベアトは、戦人に認められなければ存在できない、存在しない人物。
 主は、認められずとも、存在している人物。
 そして、雛ベアトを認めさせるために、魔法を用いる。

 この時点で、雛ベアトが単なる別の人格でないのがわかる。
 主とは異なる過程を経て結果に至る、平行世界の向こう側の存在。
 つまり、現実に肉体を持たず、平行世界に肉体を持つ存在。
 要するに、主とは別の肉体を持つという“設定”。


“………宇宙を生み出す最少人数は2人。”
“しかし、産むだけなら1人でも出来ると、真里亞は言った。”
“しかし、真里亞は2人目を欲した。1人で産んだ世界を育てる2人目を欲したのだ。”
“産んでも育まねば、死んで消えるから?”
“……宇宙を、ベアトリーチェに置き換えてみよう。”
“ベアトリーチェを生み出す最少人数は2人。”
“しかし、産むだけなら1人でも出来る。”
“しかし、その1人は2人目を欲した。自分が産んだベアトリーチェを認める2人目を欲したのだ。”

 姉ベアトの2人目に選んだのが、真里亞。
 雛ベアトの2人目に選んだのが、戦人。


“ベアトリーチェを生み出した1人は、2人目に認めさせようとして、真里亞をその2人目に選んだのだ。”
“古戸ヱリカの心ない推理を待たずとも、ティーカップの魔法は手品だとわかる。”
“反魔法の毒素の話を鵜呑みにした真里亞は、魔法に対し、目を閉じたのだ。”
“相手が目を閉じてくれれば、どんな手品だって魔法に出来る。”

 今回の第7のゲームのヤスの話を鵜呑みにした読者は、目を閉じたのだ。


“1人でベアトリーチェを産み出すことが、卵を産むことと考えるなら、1人で産んだだけでは、妄想と同じ。卵の中も同然だ。”
“2人目に認められて初めて、殻を割り、現れる。”
“2人目に卵を温めてもらって、初めて、現れる。”
“真里亞に認めさせることで初めて、ベアトリーチェは孵化し、雛が誕生したのだ。”
“なら、ベアトリーチェとその魔法大系とやらを育むマリアージュ・ソルシエールは、まるで巣だ。”

 戦人に認めさせることで、孵化し、雛が誕生した。
 なら巣は、作者と読者たち、ゲームのプレイヤーということになる。


“卵自体は、すでに“最初の1人”に産み出されていた。”
“そして、真里亞と出会うまでの間に、殻の中で千年の貫禄を持つ“キャラクター”を充分に熟成させた。”
“そして真里亞に認めさせることで孵化し、………六軒島の魔女は、初めて姿を持った。”
“恐らく、この瞬間こそが、……1986年のベアトリーチェの誕生した瞬間なのではないか。”

 つまり、犯人ヤスは、第6のゲームで読み手側のプレイヤーが認めることで、初めて姿を持ったことになる。
 そして、その雛を立派に育てるのがプレイヤーの仕事。


「……魔女に願わねば、取り戻せない世界だと。お前はもう、思っているのか。」
「うん。ママは大好き。やさしい。いつまでも一緒にいたい。永遠に。」

 戦人によって孵化するはずだった世界。
 だが戦人は来ない。
 だからその世界を取り戻すために、ヤスは“魔女”に願った。
 そして“魔女”はそれに応えた。
 可愛い“子”の願いを叶えるために。





 朱志香を観劇。

“ベアトリーチェ。”
“お前はどうしてそんなにも、自分の存在を、自分以外の全員に認めさせたかったのか?”
“全員が認めた虚構は、真実となるから?”
“その時にこそ、ベアトリーチェという存在は認められ、ニンゲンになれるから?”
“なら、全員に認められる以前のベアトリーチェは、ニンゲンに満たない。家具だ。”
“家具は、どうしてニンゲンになりたがるのか?”
“前回のゲームで、そのテーマが語られていた気がする。”
“資格を、得たいからだ。”
“家具には、*が出来ない。だから、*をする資格が欲しくて、ニンゲンになろうとする。”
“……………………。”
“非常にシンプルな話だ。”
“……そもそも、雛ベアトが誕生した理由がそのまま直結する。”
「…………………。……なるほどな。……わかってはいるが、複雑だ。」
“人の心を、……蔑ろには出来ねぇな。”

 ベアトは虚構のキャラクター。
 誰かに認めてもらわなければ、存在できない。
 物語は、読まれなければ意味がなく。
 謎は、解かれなければ意味がなく。
 真実は、信じられなければ意味がない。
 ならば、虚構のキャラクターは愛されなければ意味がない。
 生まれた意味を果たす。
 それが駒に与えられた目的。

 人の心は蔑ろに出来ない。
 なら、家具に心はあるのか。
 蔑ろにするのか。
 はたまた、家具を生み出した主の心を蔑ろに出来るのか。

 まあ、つまるところ、どうあろうとも、ウィルにはヤスの心を蔑ろにはできない。
 だから、ヤスを犯人として謎を解いて、ヤスの葬儀をすることになった。
 19人目の真実に至っていようとも、それを暴くことはできない。
 ウィルは多分、そこまで至っていると思うなぁ。


「二重人格! あぁ、そいつは多分、ぴったりな表現だろうな。あるいはそれが、真里亞にとっての理想の人格だったのかもしれない。」
「自分のなりたい、“もう一人の自分を生み出す”、の話か…?」

 19人目にとってそれは、異なる運命を辿った自分。
 福音の家で育ち、六軒島で使用人として暮らしているのが、ヤス。
 夏妃に認められ、右代宮家の一員として暮らしているのが、理御。
 そんな感じで。


“それはかつて、朱志香が嘉音に語った話だ。”
“人は誰でも、自分を本当に好きになれる、もう一人の自分を生み出すことが出来る、という話。”
“……確か、第2のゲームの冒頭で語られた言葉だったと思う。”
“今にして思うと、ずいぶん面白いことが、ずいぶん早くから語られていたものだ…。”

 うん、これが核心だからな。


「誰だって、自分が本当にありたい自分があるんだ。でも、なれない。……生活やしがらみの中に今の自分がいるからこそ、今の自分を変えるなんてこと、出来やしないんだ。」
「そうだな。自分を変えるとは、環境も変えるということだ。……それは容易なことじゃねェ。」
「だから、私は今の自分はそのままに。……本当になりたい自分を、もう一人、生み出すことを思い付いたんだ。」
「良家のお嬢様であることを強いられ、窒息しそうな日々に。お前は、なりたい自分を見出した。」
「だからって、家で破天荒は出来ないさ。母さんに怒鳴られるのがオチだぜ。……だから、そうした。家にいる、大人しく親の言うことを聞く私に加え、……本当になりたい私をもう一人、生み出したんだ。」

 19人目は、なりたい自分になるために、異なる境遇の自分であるヤスを生み出し、それを並行世界の中で叶えた。
 現実ではみんなの中に入れず、会話もできない。
 でもその並行世界では、使用人のヤスとなって、みんなの中に入ることが出来る。
 それは、密室(比喩)の中で閉じ込められて暮らしている19人目にとって、解放だった。

 それは現実の体験ではないけれど、疑似的に人としての生きることを体験できる。
 学びは、真似び。
 ままごとはただの遊びじゃない。自分の立ち位置を変えて、人間関係を学ぶことが出来る。


「真里亞は、何かの権威になりたかったということか。」
“それは、幼少から脱皮したいと願う少年少女なら、誰もが思うことだ。”
“何かを覚えて、親に褒められるのは悪い気はしない。……しかし、そのことについて、親がすでに知っていることがわかると、馬鹿にされたような気持ちにもなる。”
“初めて九九が出来た時、親はきっと褒めてくれただろう。”
“しかし、心無い親は、じゃあ11×11は知ってる? とか、16×16は知ってる? などと意地悪な問題を返してくる。”
“そんな時、子供は九九を覚えた達成感は失われ、何をしても親を越えられないことに、深い落胆を覚えるのだ…。”
「だから真里亞が、誰も知らないオカルトに関心を持ち、その知識を深めていったのは容易に想像できる。……多分、真里亞にとっての理想の自分というのは、みんなに尊敬されるオカルトの権威の自分なんだ。」

 19人目は、ミステリーと魔法の権威になりたかった、と言ったところか。


「私は、こんな時の真里亞を、そうだと思ってる。……いや、本当の自分が、普段の自分を塗り潰してしまったと言うべきかな。」
「私も、そういうのちょっと覚えが。……深層の令嬢に憧れて、病弱な自分になれたらいいなと思って、咳する真似ばっかしてたら、悪いクセになって。」

 19人目もそう。
 日々がヤスに塗り潰されて、本来の自分はほったらかし。
 ヤスと玩具を夢中で遊び、本来の自分という玩具を押入れの中で埃を被せている状態。
 それが過ぎ、自分の魂の一部になってしまった。


“………真里亞は、日常では満たされない何かを得るために、ベアトリーチェと自分の中に何かを見出したのだ。”
“ベアトリーチェと、黄金郷に行くのが、……真里亞の、願い?”

 19人目は、人間として生きたかった、人間として認められたかった、人間として満たされたかった。
 ヤスを生み出したことで、偽りとはいえ人間として生きた。
 でもそれは現実では誰とも共有できない、関係を築けない、認められない。
 だから、認めさせることができる、魔女に夢中になった。
 受動的から能動的に変わったわけだが、魔女だと認められても、それは人間として認められることではない。
 ならばと、一人の人間として認めさせよう、推理されようするが、ヤスの人生の物語を紡ぐのに夢中で、本来の自分の物語を紡いでこなかった。
 だからまずは、ヤスが人間と認められる物語を紡いだ。
 そうすることで、ヤスの物語を紡ぐ執筆者としての自分の物語を綴った。
 ヤスの一歩後ろにいて、その背中を追って歩く、それが自分なのだと。

 つまり、ヤスと共に黄金郷に行くのが、19人目の願い。



「………もしもし?」
『うー! ベアトリーチェ、こんにちは…!』

 夜に「こんにちは」はないので、電話の真里亞の声は録音。





 お前が犯人だ。

「そうなる。………しかし、ややこしいことに、この礼拝堂は今、猫箱の内側の世界だ。その犯人という名の猫は、生きた猫と死んだ猫の2匹がここに、同時に存在している。」
「……本当にややこしい。さっぱりですが、先を促しましょう。つまり、犯人が2人いると仰りたいので?」

 猫箱の中には、犯人が2人同時に存在する。
 つまり、これまでのゲームも猫箱なので、犯人は2人同時に存在している、というヒント。


“もはやそこが、彼女の座るべきところとでも言うように、……ベルンカステルは祭壇に腰掛けた姿で現れる。”

 死んだベアトリーチェとは、ヤスのこと。
 そしてベルンはヤスの成れの果て。
 生きながら死んでいる亡霊の如きもの。
 よって、ベアトの棺およびその祭壇はベルンの居場所として相応しいと言える。


「何処か、じゃねェ。……明白に、ベアトリーチェの血を与えられている。その証拠が、数多の世界で理御にしか与えられない、銀の指輪だ。」

 金蔵が愛したベアトが、現実の存在ではなく、虚偽の世界の存在であるならば。
 実際に血が繋がっているかは重要ではない。
 重要なのは、そうであるかのように信じさせる幻想。
 それを生み出す意思。

 ミステリーの犯人は、出自や境遇が運命的であればあるほど、魅力的となる。
 金蔵とベアトリーチェの子である、という“設定”の方が面白い。
 悲劇に彩られ、犯人の動機は、劇的となる。
 だから、それを修飾した。

 銀の指輪は、その幻想を修飾するための、依り代に過ぎない。
 だから出自はどちらでも構わない。
 境遇が同じであればそれでいい。


「知りたいわよねぇ…? 自分が、あるいはひょっとしたら辿ったかもしれない運命なんて。」

 それがまさしく物語の始まりだった。


「いいなら、始めよう。……誰も急かさない。………お前の葬儀が終わるまで、ベルンカステルは永遠に時間を閉ざしてる。心の整理に必要な時間は、無限にある…。」

 ベアトを殺した犯人は、ベアトを演じた者である。
 これはベアトの葬儀。
 ならば、“お前の葬儀”の“お前”とはベアトのこと。
 つまり、犯人として呼び出されたのはベアトであって、ベアトを演じた者ではない。


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フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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