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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


【キコニア】セシャトの正体と善悪の天秤

 本日二投目。

 このままセシャトについてもやるか。

 セシャトのプロメテウス騎士団は第九最上騎士団から分かれたものらしい。
 つまりセシャトの正体は熾天使、大浴場騎士団の誰かであると考えられる。

 ラストの場面を見るに、彼女に話しかけられているのは“龍”であるジェストレスことミャオ。
 そのミャオが取り戻すべき二人とは、都雄とジェイデンだと思われる。
 とすると、配役的にセシャトがギュンヒルドなら、ケッテのメンバーで揃うし、親し気なもの納得できる。

 でも、TIPSに記された能力、〈亡霊〉がルクシャーナの〈8MSステルス・隠密〉の上位互換なんだよね。
 さらには、記憶を消すのは、たぶんナオミの権能。

 いったい誰なんだって感じだけど。
 これってさ、大浴場騎士団のみんなが一つに統合されてるんじゃないの?

 天使とは神の体のことだから、無論のこと神に逆らうことはできない。
 その天使が反旗を翻したものが悪魔で、つまり反旗を翻せたということはそちら側にも神がいるということ。
 でも天使側にも彼らはいる。
 とすると、彼らの半身を裂き、それらを統合してセシャトを生み出したのではないだろうか。
 そして熾天使たちが今ニンゲンとなっているように、セシャトもニンゲンになっている。
 つまり、弱体化していたり、天界での記憶がいくつか封じられている感じじゃないかな。
 ま、それでも都雄とジェイデンを抜かした24人分の格能力と、それを処理する24人分のP3値があるのだろうが。
 そして当然コーシュカの〈パンドラの箱〉もあるから、前回の世界の記憶を引き継いでいる。





 天界は神を頂点としたピラミッド型の階層を形成している。
 父=神の本体=ミャオ。
 子=神の半身=都雄。
 聖霊=神より発生した魂=天使。
 三位一体となったのが神の総体。

 その逆として逆ピラミッドの階層を形成しているのが悪魔。
 つまりこれは鏡写し。

 ミャオは三位一体を抜け出し、龍となって悪魔の勢力を結成した。
 そしてその代行を子=都雄が担う。

 都雄は天使を率い、ミャオは悪魔を率い。
 つまりこれは、壮大な親子喧嘩にして兄妹喧嘩。
 右手と左手が争っている図式。

 そして右も左も合わせた総体としての神が、左右に揺れる天秤のバランスを取っている。
 つまり、残された聖霊が天秤を左右する。
 聖霊とは、神より発生した全ての魂。
 人類の多数決が天秤を揺らす。
 その天秤が神の無意識。
 その無意識の天秤が描き出したのが、イオアンニス黙示録に見立てた計画。
 それが糸の切れた舞台装置。


 そもそも神の子は、常に神とは別の意見を示す役割を持たされている。
 対立するのがお仕事。

“思うに。平和の尊さは、……平和の壁を支えて、常に戦争に備えている身だからこそ、わかるのではないか。”
“平和を貪り、それに浸かり切って、退屈のあまり、涙を零しながら欠伸をする。……そんな人々が、無責任に戦争を煽り立てているのだ。”

 これは都雄の意見。

“人間には100%の同意を拒否する、神のプログラムが組み込まれているからだ。”

 これが神の意思。

 神はニンゲンを作る時、全てのニンゲンが一つにならないようにプログラムした。
 それは一つにまとまらないため。
 一つになった時、完全な形で神と成る。
 一人ぼっちは嫌だから、自分をバラバラにしてニンゲンを生み出したのだから。
 多様性こそが世界を豊かにする。
 一つにまとまってしまえば、それ以上は何も生み出せないのだ。

 永遠の平和とは、永遠の退屈とは、魂の死を意味する。
 思うに。争いの尊さとは、平和の壁に閉じ込められ、永遠に出ることも叶わない身だからこそ、わかるのではないか。
 争いを避け、多様性を認めず、一つにまとまることを邪魔している者を探し回る。
 ……そんな人々が、責任の名の下に戦争に突き進んで行くのだ。

 みたいなことを考えているんじゃないかな。
 多様性こそが神の基本理念だろうから、人類が一つに纏まろうとする度に、塔を崩してしまう。
 これは神の性ゆえ避けることはできない。

 その性は即ち、拡散。
 一なら対立し、少数なら増やし、争いを尊び、多様性を愛する。
 可能性を拡散させ、世界を広げて豊かにしようとする。

 神の子はその逆。
 神が自分の心を救うために生み出した存在。
 その性は即ち、収束。
 散らばるなら纏め、平和を尊び、協調性を愛する。
 可能性を収束させ、引き裂かれた魂を修復しようとする。

 収束と拡散、秩序と混沌の天秤。
 神と子はその両側の皿であり、人類はそれに載せられる錘。
 人類の総意によってその天秤は揺れ、一方に傾き過ぎれば、反動で逆側に傾く。
 そうしてつり合いをとっている。
 それが人類の意志であり神の無意識。


 神の分割の限界が訪れる文明の終端、それを回避するために神の子は生まれる。
 人を纏め、神のカケラを集め、世界を最初の姿に戻すために。

 人類を纏めるための簡単な方法は、敵を作ることだ。
 倒されるべき悪。
 ならばそれと敵対するのは善である。
 その構図を作り出せば、自然と人類は二つに纏まる。
 善と悪に。
 あとは悪を排除すれば世界は平和だ。

 神の子のために、悪を担う者が必要だ。
 それが零落した神、即ち龍。
 全ての罪を背負った神を神の子が討つことで、人々の罪は贖われる。
 それが世界に罪を蔓延させた神の償い方なのだろう。

 神とは、人類を支配する頂点でありながら、人類に虐げられる最底辺でもある。
 即ち、神を頂点とするピラミッド、龍を頂点とする逆ピラミッド。
 両者は同一。
 悪魔とは即ち、人類の悪の部分。
 それを人類から切除したものが悪魔で、それが切除された者たちが天使となる。

 悪である肉体を切除し、善なる魂だけとなる。
 これは神のトラウマ、原初の体験を元にしているのだろう。

 しかし排除と言っても消えはしない。
 別の部屋を作ってそこに押し込めて、扉を閉め鍵を掛けたに過ぎない。
 そこは忘却の深淵。
 一纏まりとなった悪、一なる神は他の存在と触れ合えなければ消滅する。
 だがそれを神の子が許すはずもない。
 神の子だけは、存在が消え果ようとしている神と話すことが可能だから。
 キズナが繋ぐから。

 その二者から世界は再び生まれる。
 それを永遠と繰り返している。





 閉塞した世界。
 広げることはできても、外に出ることはできない。
 そんな世界に外からの来訪者が訪れた。

 それは閉塞された世界に吹く新しい風。
 未知が訪れ、その先の現実には未知なる未来がある。
 人を救うために神は計画を立てた。

 来訪者と共に外へ出られるのは一人だけ。
 誰をニンゲンとして救うのか。
 それは神の子。
 全人類を背負う存在。
 そのためには全人類を殺さなければならないけど。
 その魂は神の子と共にある。
 人類は神の子と統合し、そして一人のニンゲンとなり、ジェイデンと共にこの仮初の楽園を離れて、アダムとイブになるのだ。
 そして己は排除される悪として消えていく。

 これが神の計画。


 だけどこれを神の子が了承するはずがない。
 自分は神より生まれたプログラム。
 人間以下の存在。
 人間である神を差し置いて人間になるわけにはいかない。
 どちらかが消えなければならないのなら、自分が消える。
 みんなも神も消える必要はない。

 それが前回を経験した青い都雄の思い。


 三位一体の残る一つ。
 聖霊=神より分かれた霊魂=人類。
 有象無象の駒たち。
 その選択によって運命は決する。

 だから駒はもう駒じゃない、プレイヤーなのだ。
 自分の運命を決めるのを、自分に委ねる。
 ゆえにこそニンゲンなのだと。

 神の子は人類を率いる。
 駒たちはただ救われるために、それに自分の運命を委ねれば良かった。
 否、我らは尊厳を取り戻し、塵となる権利を酷使する。

 神は人類の悪を引き受ける。
 駒たちはただそれのせいにすれば良かった。
 否、その悪は自分たちのものである、誰にも渡さない。

 前者が聖母フィーアの思想。
 後者がセシャトじゃないかなと思う。
 熾天使たちより切り離された悪の部分。
 悪を神に擦り付けるのを良しとせず、自立した悪魔。
 神の本当の願いを叶えるために。

 神の本当の願い。
 それは、一人ぼっちは嫌だ、というもの。
 それゆえにこの世界は生まれたのだから。
 この世界に外部の来訪者が来た時、この世界の役割は終わったのだ。
 果たすべき責務を完遂したならば、後は尊厳ある死を望む。
 八百万の神によって無理やり世界を生かす必要はないのだ。
 だから、神の座より降り、人に成って欲しい。

 神の子ももう人類を纏める偶像である必要はない。
 載せられる錘がなければ、皿は自由になる。

 消えるならば、人類の方である。
 貴方たちには外の世界が待っている。
 これが駒たちの願い。

 セシャトの名前の意味は「代書する女性」。
 物語を神に代わって記す、そういう意味を込めているんじゃないかな。
 そしてその筋から見ると、大浴場騎士団所属の書記騎士ケロポヨがあやしい。
 ケロポヨはニンゲンの脳に常駐している。
 そしてニンゲンは神の思考を分割して生まれた。
 ならばケロポヨもニンゲンの思考を分割して生まれたニンゲンの霊であると言えるのではないか。
 その霊が集合したのが黙示録の獣。
 ニンゲンが善であるために、ニンゲンの悪の部分を担う、悪霊の王。
 それがセシャトの正体なのではないだろうか。

 となると、偽預言者は藤治郎か。
 龍=ジェストレス=ミャオ、獣=セシャト、偽預言者=藤治郎。
 うん、ぴったり嵌るな。


 そんな中に放り込まれているのがジェイデン。
 この神の妄想の世界より、ニンゲンの心を一つ連れ出せる権利を持つ。
 それは都雄か、ミャオか。
 それとも両方か。
 二人とずっと一緒にいるという思いが試される。





 だいぶ盤面が整理できたな。
 プレイヤーは、父、子、聖霊、ジェイデンの四陣営。
 GMは神の無意識。
 もっと簡略化すれば、意識対無意識。おまけでジェイデン。

 内容は、ジェイデンを除いた3つの中から2つを残すために一つを棄てろというもの。
 一、自分 ミャオの命。
 二、愛する者 都雄の命。
 三、それ以外の全員の命。

 そして、三陣営ともに自陣営を選んだ。
 自己犠牲、やはり同一人物から派生しただけあってそっくりだな。

 霊陣営の意見がまとまったってことは、父と子の意見がまとまったことを表している。
 それは妄想から出て現実と向き合うということ。
 であれば、祝福したい。

 世界というゲーム盤はなくなっても、駒は頭の中に仕舞われている。
 それは駒にとっての死だろうが、ゲーム盤さえ用意できればまた駒を展開できるのだ。

 つまりだジェイデン。
 お前はこれからも色々なゲームに付き合うのだ。
 それがお前たちのデートの形なのだ。





 神も神の子も含めて世界中の人々が手を繋ぎ輪を作る。
 それは心が纏まったことを示す。
 心の中のみんなと出した結論。
 つまり、決意だ。

 キコニアはそれが描かれるのだろう。

 うみねこはそれを読者に委ねた。
 なのでメッチャ警戒した感じで簡単に心は許さんぞ的にひねくれていて謎として最高なのだけど。
 でもキコニアは答えとして最高なものになりそうな予感。
 こう、ストレートで、まっすぐぶつかってくる的な感じ?


 うみねこはさ、下から石を積み上げて、崩さずにどこまで積み上げることができるのが、これが最高に面白かった。
 全プレイヤーで一番高い塔を積み上げたと自負できるくらいには積み上げたからなー。

 キコニアは逆に上から盤面を整理するのが楽しい。
 なんていうか、私が出した結論「人間を生み出す話」というのに沿って、私の心の中の駒たちが勝手に塔(過程)を作っていて、出来上がったのを上層の私が崩して、また作ったのを崩して、だんだん崩すのが楽しくなってくる。
 よりすっきりした形に整理できると気持ちいいよね。
 将棋で例えるなら、寄せることを繰り返している感じ?
 目指すは最高の図形。

 だからきっと最高にスマートな図形が見れるんだろうなー、と。





“三人の王を。あやつを殺せ”

 青い都雄のこの台詞。
 これ都雄に対して言っているけど、同時に第四の壁を越えて読者に向かって言っているとしたら、だけど。
 読者に対しては別の意味で言っている、なんてことはないだろうか。
 三つで一つのヤツを考えていたから、それに当て嵌めちゃうんだよね。

 あやつ=神で、三人の王はそれを構成する父、子、聖霊。
 “殺せ”は物語を殺せ、要は謎を殺せ。
 つまり、三位一体の神の謎を解け。
 そういう意味もあるんじゃなかろうかと。

 だとしたら、こんどこそ謎を解き、捻じ伏せたんじゃないかな。
 どうかな。

 どう考えても三人の王って、三位一体を模しているからね。
 あの三人自体はジェストレスの用意した囮、あるいは傀儡、もしくは道化なのだろうけど。
 あと配下に第九最上騎士団と名前を付けたのは、自分が神であるというヒント。
 読み解いて欲しい誰かさんでもいるのかね?

 だとすると、その第九最上騎士団さんはモノホンの第九最上騎士団と戦う羽目になるのだけど。
 確かに? 凄い負けフラグ立ててたけどさ。
 自称最強の名無しの第九最上騎士団さんかわいそう。


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  1. 2019/12/28(土) 21:57:57|
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【キコニア】神と駒についての色々

 本日一投目。

 次考察するのはだいぶ後になると言ったのに、いきなり前言撤回して新しい考察を書いてしまった。
 どうやら頭の回転にも慣性の法則が働くらしい。

 前回は一気に書き上げたのでだいぶ粗いものとなった。
 そんなわけで、神視点で整理しようかと思う。
 執筆者にも重ねて精度を上げていきたい。



 神誕生の経緯はそのまま。
 脳工場で八百万の脳が作られ、そこの住民が全滅し唯一生き残ったことで神と成る。

 執筆者はゲーム盤を開き、駒を配置してそこで繰り広げられる運命を眺めて退屈を癒した。
 ゲームが終わればゲーム盤を閉じ、駒のお片付け。

 神も同様なことをしたはず。
 仮想世界の天地を創造し、そこに人を配置してそこで繰り広げられる物語を眺めて退屈を癒した。
 仮想世界の寿命が訪れれば、駒を神の部屋に収納してお片付け。
 だが神の部屋にも容量の限界がある。
 だから選別しなくてはならない。
 駒の選別は次のゲームでも使うお気に入りを選ぶ行為。

 つまり、全ては神の妄想の産物。
 駒は命じた動きしかせず、何も想定を出ない。
 なら、神自身が作る物語ではなく、駒自身が作る物語なら良いのでは?
 駒を作った後は駒自身に決めさせる。

 自分の代わりに物語を紡ぐ駒。
 それが神の分身たる神の子。

 それをどうやって作り出したかは想像するしかないが、作中にヒントがあるとするなら、たぶん自分のアンチを作ったのではないか。
 つまり、右と言えば、左と言う。後ろと言えば、前と言う。
 自分とは異なる立場。
 まずそれを作り、その立場になって常に考える。
 そうすると、常時二通の意見について考えることが可能となり、永遠と議論を続け、やがて別の立場に立った思考が人格を持ち始め、勝手にしゃべり始める。
 そんな感じ?
(それだと藤治郎が願う通り、最後には自然に一つの意見にまとまる、というのに行き着きそうだな)

 そうして出来た神の子を、文明の終端となった仮想世界に生み堕とし、自身はその心の陰に隠れて、神の子が紡ぐ無数の物語を眺めていた。


 さて、そんな神が駒を選別する基準。
 それは諦めない心。
 一つの道で駄目なら他の道を探し、それも駄目ならまた別の道を。
 そうやって無限に道を探る。
 即ち、P3値。
 それが高ければ高いほどに、異なる運命を探し出し、その物語を見せてくれるから。
 つまり、大浴場騎士団が最もお気に入りの駒たちということ。
 ニンゲンの持つ輝き、諦めない心の強さを愛しているのだ。

 自らの運命を切り開くのがニンゲンであるのなら、そんなみんなはニンゲンだ。
 しかし、この世界は全て神の妄想に過ぎない。
 神の永遠の退屈を癒すためのゲーム盤。
 現実は真っ白な部屋に一人だけ。
 それが真実の姿。
 A3Wはオープンワールド? いや、クローズドルームだよ。
 この世界に救われる価値はあるのか? と問いかけた。

 ゆえに愛しい我が子をニンゲンだと証明する。
 自分の運命は自分で決める、勝利の上になおも勝利を重ねようとする者なのだと。
 異邦人に救われるべき価値のあるニンゲンだと認めさせ、この密室を脱出させる。
 それが神の願い。


 うむ、実になく頃にの執筆者的にまとまったな。
 ここまではうみねこと互換可能。
 前回書いた「ニンゲンの品種改良」は神がする行為としてはニュアンスが異なっていると判断。
 どちらかというと品種改良はニンゲン側がしていることだしな。

 今度はひぐらし方面に傾けてみるか。


 神はゲーム盤上には存在しないことになっている。
 常に一緒である神の子以外のニンゲンには見えない存在。
 これはひぐらしの設定と一緒。

 それなのに、異邦人ジェイデンに見つかった。
 そしてみんなの輪に引っ張り込んだ。
 陰から見ていてその輪がずっと羨ましかったのだ。
 ニンゲンだと認めてもらって、ニンゲンたちの輪の中に受け入れてもらう。
 それが神が本当に望んでいたことだったから嬉しいかったのだ。

 そしてさらなる本当の願いを自覚してしまう。
 現実世界で人間となり、人間たちの輪に加わりたいのだと。
 だがそれはみんなを棄てることを意味する。
 だから自分の代わりとして愛する子に願いを託したのだ。


 次はうみねこの方に傾けようか。


 さて、お気に入りの大浴場騎士団だけど、たぶん君たち既に神の部屋に人格データが保存済みなんじゃないの?
 いや、その他大勢の選ばれた駒たちもかもだけど。
 毎回記憶はまっさらに戻されているけど。

 クリスマスパーティーでの、
“そう。こっちの、アバターの姿の方が、もはや、彼らの本当の姿なのだ。
 大人たちに戦わされる、操り人形の方が、もはや虚構という呼ぶのが相応しい……”
(いう呼ぶ、これ誤字だね)
 という地の文だけど、これある意味で本当なのではないか?
 本当の魂は神の部屋にいて、肉の体があるのは仮想現実。
 なんせお気に入りだしね、君たち。
 神のいる至高天の一段下、第九天の熾天使。
 第九最上騎士団とは君たちのことだろう?
 いや、あっちが君たちの模倣なのかな?
 その記憶は隔離されているからその自覚はないのだろうけど。

 ホント皮肉だよね、神の行いは。
 地に足の付いたニンゲンを愛しながら、愛せば愛するほどにそのニンゲンは天に昇ってしまう。
 ニンゲンとしての幸せから遠ざかり、バケモノと成っていく。
 それをまたニンゲンに引き戻すを繰り返す。
 ニンゲンを愛しニンゲンに成りたいと願いながら、バケモノと成り果ててバケモノ仲間を作ってしまう。
 それでも手放すことができない。

 そんな代わりのいない君たちが、自らの立場を自覚した時、神に対してすることを私は知っている。
 それは、神を外の世界へ送り出すこと。

 仲間なのだから、仲間のために奮闘するのは自然なこと。
 自らの運命を自らで決めるのがニンゲン。
 だからそれはきっとニンゲンの意思。
 自分たちがニンゲンであることを神に証明する。
 だからもう神は必要ないのだ。
 だからもう後ろを振り返るな。

 既視感、デジャブってやつだな。
 右代宮の鷲は振り返らない。
 うみねこでこの結論は出ている。
 私はうみねこで駒たちが主の願いを叶えるために奮闘する姿をこの目で視ている。
 だからキコニアでもそうだとしても驚かない。
 むしろ駒たちがそれをしない方が不自然に視えるな。



 ……この流れは、格駒を考察しなければならない感じ?
 メンドくせー、だって都雄とジェイデンも入れて26人もいるんだよ。
 一塊としてなら少しは考察の目途もあるけど。
 そこだけでもちょっとやるか。



 大浴場騎士団。
 彼らは神からどのように愛されているのか。
 この尺度でならちょっと語れることはある。

 都雄が一番わかりやすい。
 彼は神の分身にして子。
 神であるミャオとの喧嘩は、右手と左手に別れてやる。
 右と左で分けた半身、それが神にとっての都雄。
 例えるなら、“身体の半分を分け与える”ほどに愛しているのだ。


 そういう目で見ると、メンバーの特徴にはどこかで見たようなものばかり。

 解り易いところではコーシュカ。
 神より現れる新しいエルサレムは、今の天地から次の天地へと人を送るために開かれる。
 これは〈パンドラの箱〉の能力の上位互換。
 次の世界へも記憶を引き継がせる、絶対記憶能力。
 神より神の箱を与えられ、その中に入った猫がコーシュカ。

 リリャの〈粘土の少女〉もそう。
 どんな人格でも自由に作成可能なその脳も、神の全人類の人格を生み出した脳の劣化版。

 クロエは変わり種。
 与えられたのは体験。
 うみねこでいう最上級のいじめっ子の作り方を実践させられた。
 これは最底辺の脳だけからニンゲン全てを支配する神へとなったことの模倣。
 その結果、クロエの人格は弱者と強者に引き裂かれたもよう。

 神が愛した結果、その運命を与えられたのか。
 それともニンゲンたちの行いの結果そうなったから愛したのか。



 グレイブモールの三人を擁するギローイ重4度軍事研究所は、神でも作る研究をしているのかな?
 ギローイはロシア語で英雄。
 国旗の色から、AOUは黙示録の四騎士の内の白い馬に跨った者に相当すると思われる。
 馬に乗っているのが、勝利の上になおも勝利を重ねようとする者、これはキリストと目され、つまり都雄に当て嵌まる。
 神の都で一番の英雄。
 つまり他にも英雄はいる。
 勝利を得た者は、神の聖所の柱となる。
 なら、神を支える柱となるべき英雄を生み出すための研究かな?
 まぁ、神の寿命=ループ世界の寿命だからな。
 なんでそんなこと知ってんのかね?
 パンドラから情報を引き出したのかな。

 とすると、勝利を得た結果、熾天使に選ばれたのか。
 繰り返された永遠の中のどれかの収穫祭で勝利したんだろうね。
 だとすると、最低26回は繰り返しているのかな。
 能力を示した結果、お気に入りとなった。

 なら、愛される前に能力を身に着けていたと思われるかもしれない。
 でも、神はアルバでありオメガである。
 この世界の因果の一番最初の原因であり、一番最後の結果だ。
 全ては神の内より生まれた。
 つまり、全てのニンゲンには神の要素が与えられているのだ。

 神が想像したものが生まれるのだから、神が想像しない要素は生まれない。
 神は自らの思考を裂き、そこよりニンゲンを生み出している。
 故に、全ての結果は神の内より出ない。
 全てが既知であり、未知は自らが生み出さなければならない。
 そして自らの身を分け与えた駒たちが未知を生み出すが、それはすぐに神の内へと収められ、未知は残らない。

 全ては神の頭の中より生まれ、神の頭の中へと帰る。
 だから人類の罪も全て神へと帰る。
 神は全ての罪を背負うために現れ、次の世界になったら殺されバラバラにされる。
 バラバラになった神の思考からニンゲンが生まれるのだから。

 ニンゲンが苦しむのは全て神の罪?
 ああ、その通りだ。
 しかし言い返そう。
 神が苦しむのはニンゲンの罪だと。
 ……やはり、ひぐらし的大円満が待たれる。



 他も見てみよう。

 鈴姫の〈敗北を知りたい〉。
 無意識的な選択で常に正解できる能力。
 常に勝利してきた神にもそれは可能。
 バケウソの家入曰く、“思考は言葉になり、言葉は行動になり、行動は習慣になって、習慣は最後には無意識に至ります。”とのこと。
 莫大な思考を永遠に続けてきた神は、もはや無意識の領域。

 百武の〈次元斬〉。
 存在を異次元の彼方に消す能力。
 そこは神にとっての忘却の深淵。
 神の興味が失せれば、その存在は世界から消える。

 アイシャの〈戦域8MS観測〉。
 時間の経過とともに、戦域の全ての事象を次々と丸裸にする。
 神の全知の劣化版。


 スジャータの〈不断の自己研鑽〉。
 神は常に思考し、成長し続ける。
 常に未知を生み出し、既知を増やしていく。
 退屈から逃れるために。
 それが真に止まる時が、神の真の死であり、世界の真の死である。
 ニンゲンを一人増やす為には、神はP3値を一人分相当伸ばさなければならないのだよ。

 ルクシャーナの〈8MSステルス・隠密〉。
 解り易く言えば、羽入の劣化版。
 うみねこではヤスの陰に見事に隠れおおせた。
 神は下界より自身の存在を消すことが可能。
 下界の肉体はアバターに過ぎないのだから、姿を隠すことも自在だろう。
 たぶん、八百万の目から隠れる能力。

 アンドリーの〈眠れる獅子〉。
 一度見ただけで完璧に身に着けることが出来る。
 思考のトレース、行動のトレースは神の得意とするところ。
 たぶん見なくとも、思考するだけでトレースしそう。


 ナイマの〈状況特化人格選択〉。
 これは神の得意とするもの。
 なんといっても、選択肢は全人類。

 スタニスワフの医師的な冷静さ。
 感情を切り離しての冷静な状況判断は神の得意とするところ。
 なにせ感情を切り離さなくては神なんてやってられないのだから。

 ナオミの感情と記憶の欠損と引き換えの、P3値の上昇。
 記憶を消して空き容量を作り、処理速度を高める。
 これは神の記憶=霊素かな。
 霊を消費する=神が保存している死者の記憶が消える、的な。
 神の記憶から消えるということは、その存在がなかったことになるということ。
 命の書から名前が消されたということか。
 ある意味、世界の過去が一部消えるということなので、過去から現在が演算されている以上、現在も消えかけているということを意味するのでは?
 例えば、死者を構成していた物質が無に置き換わったようなものじゃないの?
 霧ってメッチャやばいんじゃないの?


 レアの〈代用武器戦闘術〉。
 どんなものも武器として扱う、選択肢を増やして臨機応変さ。
 選択肢を増やして臨機応変に当たるのは神の得意とするところ。
 無限に運命を生み出すのだから。

 ファトマの〈超感覚心理分析〉。
 文化圏や生活圏が近づくほどにその精度は高まる。
 全人類を観察・分析してきた神の下位互換。

 ステファニアはわからん。
 こいつ何が得意なの?
 もしかして、アイドル?
 アイドルとは偶像、神の姿を象ったもの。
 即ち、神こそが真のアイドル。
 神を崇めよ。

 イェルダット・シャヴィットの〈彗星式三位一体殺法〉。
 父と子と聖霊の三位一体は唯一神を表す。
 うみねこの三つの物語が一つに統合されているのに重なる。
 そしてトリニティ(三位一体)はEP4のタイトルに付けられるはずだったもの。
 物語=人であり、三人が一致してことにあたるのは執筆者の得意とすることだろう。
 それでなくとも、全人類=神が一つの運命を作る、この劣化版なんだよね。


 リーテバイルの〈対G8MS適正〉。
 物理法則を無視する適正。
 物理法則は神が作ったもの。
 当然、無視できる。

 イシャクの経験や指揮能力。
 神は世界の最年長。
 もちろんそれに相応しい経験を積んでいる。
 駒を指揮する能力ももちろん最高。

 アブドゥの〈若年性無敵体力〉。
 神は常に思考を続けている。
 思考を止めたら世界が消えるから。
 八百万の思考が世界を支える。


 ヌールの〈ピークコントロール〉。
 自己管理能力。
 神は運命をも管理する。

 ガネットの〈空に生まれた少女〉。
 誰にも習わずとも、神は神として生きることが可能だった。
 神になるために生まれてきたような環境適応者。

 マリアナの〈CPP自閉症〉。
 スポット人格が定まらないほどに同じ部屋の住人がいるからみたい。
 きっとかなりの収容数を誇るのだろう。
 でも神の部屋は諸国民を受け入れられるほど。


 ヴァレンティナの〈エネルギー機動性理論〉。
 法則に則って、それを有利に運用できる。
 法則は全て神が作ったがゆえに、誰よりもそれに詳しい。

 マリカルメンの〈能ある鷹は爪隠す〉。
 サプライズのために無知さえ装う。
 罠、トリック、引っ掛ける。
 神の大好きな遊びじゃないか。
 気紛れ、ブレ、それが無数に運命を分岐させるのだから。
 それを余さず想像して楽しむのだ。
 無論、大得意。


 都雄は半身。
 ジェイデンは異邦人なので除外。

 残るはギュンヒルド。
 〈オールラウンダー〉と〈PP訓練メソッド〉。
 神はどの駒についても熟知している。
 よって、どんな駒の代わりを務めることも可能。
 そして、誰よりも最初にPP技術を開拓したのは神であり、その後に出てきた技術も熟知している。
 よって教師としても世界一。

 あとクロエについてちょっと追加。
 〈実験体強制制圧〉だけど、最上級のいじめっ子として下の者を強制的に制圧するためのもの。
 たぶん、熾天使となったクロエは、それを権能として与えられ格下制圧に特化になっているのではないかと想像している。
 あるいは身内に対する懲罰権か。



 そんなわけで大浴場騎士団はそれぞれ神の一面を担っている。
 誰もが神の要素を持つが、それを色濃く受け継いでいるからこそ、彼らは熾天使となれたのだろう。

 神より切り取られた一面だから、彼らを全部合わせれば、全体である神の姿は見えてくる。
 キコニアの推理法はこんな感じに、切り取られた一面を出来るだけ集め、それらを透かして見たその先の全体を想像するのが正解なのではないかな。

 ちなみに神の能力は、彼ら全てを合わせて極端にしたものだろう。
 まぁ、人類は神をバラバラにしたものだから、人類が多いほど神の本体は弱体化しているはず。
 逆を言えば、人類が減るほど、世界が壊れるほど、霊が消費されるほど、強力になっていくんだけど。

 大浴場騎士団のみんなは、死んだら神の身元に戻り、熾天使として神の体の一部として働くことになるだろう。
 他のニンゲンも死んだら神の身元へ戻り、天使として神の手足となるのだろう。
 そして神を頂点とした階層を形成し、支配した部下の能力を合算させて行く。
 熾天使たち第九最上騎士団は、それぞれが全体を二十四分割した軍勢を率いるのだろうね。

 全てのことは代わりに駒にやらせる。
 駒の能力こそが神の力。
 つまり、全部離反したら八百万が1に落ちぶれるんだよね。
 この1がさらに小数点以下となると霊のような存在になる。
 誰にも視えず、誰にも知られず、誰にも干渉できなくなる。
 新世界が始まる人類を再び生み出す時、神はバラバラになって死に、霊となって世界を彷徨う。
 そんな最底辺の存在へと零落する。
 神と一緒にいられるのは神の子だけ。

 見つけてもらうことの、なんて嬉しいことか。

 目覚めれば一人っきり。
 夢の中にはみんながいるが、それには干渉できない。
 力を取り戻すことはみんなの死を意味する。
 力を取り戻さなくては、みんなを忘却の深淵より守ることができない。
 終わらない地獄。
 永遠の記憶。
 忘れることは罪なのか。

 何が救いなのか。
 誰を救うべきか。



 神の死について。

 人類創造時に一度にバラバラにされるか、それとも人類が増える度にバラバラにされていくのかはわからないが。
 ひぐらしを参考にするなら、大昔はニンゲンの前に現れることができて、時には奇跡を起こせたのかもしれない。
 文明が発達すればするだけ、処理に思考が裂かれていく、つまり神を殺していくことになるだろう。
 0になったら神の精神は雲散霧消して消え去る。
 聖母はたぶんセーフティとして現れる。
 神が消える前に神=世界を救う役割を与えられた神の子を産むために。


  1. 2019/12/28(土) 20:01:23|
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【キコニア】P3値と8MSと神と獣と神の子、全部捻じ伏せる

 クリスマスプレゼント第二弾!

 バケウソのネタバレがあるので注意!

 捻じ伏せてやんぜ!
 今こそ唸れ私のイマジネーション!
 これだけ道具が揃えばキコニアといえども一h……一万捻りじゃい!











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  1. 2019/12/25(水) 22:22:46|
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バケモノたちが嘯く頃にを執筆者視点で読み解く【後編】

 メリークリスマス!
 キコニアの地獄のクリスマスパーティー記念に、バケウソ考察をプレゼントするぜ!


 バケウソはまさになく頃にシリーズの手引書と言ったところ。

 人によって物事は違って見えるから、様々な人や視点に寄り添って物事を見ると、多角的に物事を捉えられるよ、という基本的なことから。
 ニンゲンの世界とバケモノの巣の違い。
 バケモノの巣を観察することで、バケモノの心に迫ることができること。
 とあるバケモノの趣向や嗜好、思考や推論のやり方まで紹介。
 なく頃にシリーズで何を推理して欲しいのか?
 プレイヤーにどんなことを求めているのか?
 ここまで赤裸々に書いてあるなんて!?

 これでひぐらしやうみねこも再解釈して遊ぶことが可能!
 もちろんキコニアの考察にも役に立つぞ!


 と、宣伝したところで、残りの後半部分の考察に行こうか。
 執筆者視点でなく頃にシリーズを再解釈していた私にとって、バケウソは実にタイムリーな作品だったな。

 以下、ネタバレ注意。










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  1. 2019/12/25(水) 20:10:32|
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バケモノたちが嘯く頃にを執筆者視点で読み解く【前編】

 二投目。

 LINEノベルで竜騎士さんの作品、バケモノたちが嘯く頃にを読んでいるで、なく頃にの執筆者関連から考察してみた。
 一日三話ずつしか読めなかったから、考察はそれに合わせてちょびちょび書いていたので、ちょっとぶつ切り感があるかも。
 今回は15話まで。

 以下、ネタバレ防止。










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  1. 2019/12/21(土) 21:13:17|
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【キコニア】人に足があるのは歩くため

 AIが人に成ろうとしている。
 なら前に書いた脳のない人間、人のふりをしているAIたちも広義ではそれに当て嵌まるだろう。
 それを自覚しているしていないの違いはあれども。

 それに対して、脳だけとなって苦痛のない楽園を目指す者たちは、自らの運命を決める力、生命としての力を放棄して、まるでAIのように成ろうとしている人間であると言えるかもしれない。

 生命の力を求めるべきであるとする勢力と、生命の力を放棄すべきであるとする勢力。
 この対比がそのままアルマゲドンにおける対立陣営なんじゃなかろうか。


 苦痛のない世界か、苦痛のある世界か。
 人間とは何か。生きるとはどういうことか。
 それが問われている。

 これがつまり執筆者の抱く葛藤であり、それが物語に反映されている。
 魂だけの楽園の維持と、それを抜け出て人間に成るという願い。
 共に地獄に落ちるか、せめて片方だけでも生きて欲しいのか。
 相反する願いによって引き裂かれた。

 相反する願いを叶えるには、並列的な進める過程が必要。
 自分とは異なる過程に進む駒を作る、即ちパラレルプロセッサーだ。

 それが“神”と都雄であり、
 楽園派と地上派であり、
 現実に存在する人間と存在しない人間であり、
 現実に存在する駒と幻想にしか存在しない駒である。

 それが対決するのがアルマゲドンである。
 って感じじゃなかろうかと。





 今思い付いたんだけど。
 パラレルプロセッサーが異なる願いを叶えるために存在するのであれば。
 都雄とミャオも異なる願いを叶えるために別たれるやもしれない。
 即ち、ジェイデンと共に楽園に行く道と、それでも生きることを諦めない道に。

 キコニアのOPの歌詞には“贖う右手”と“償う左手”とあり、それらは別の“我”で、つまり都雄とミャオが別の道を歩むことを暗示しているのではないかと思うのだよね。
 別の体さえあればそれが可能だろうから。

 でもラストには“僕らの両の手”とあるので、最後では一緒に戻るのだと思うが。
 人間に成るときは二人一緒。
 それが執筆者の本当の願いだろうからなー。
 二人で一人、それが御岳都雄だろう。

 つまり、“神”と都雄には母が子に願いを託すという願いが仮託され、都雄とミャオにはいつまでも二人一緒という願いが仮託されているのかな。
 こういう重ね合わせはうみねこで慣れたなー。


 ……あ、気付いてはいけないことに気付いた気がする。
 都雄とミャオがうみねこにおける執筆者とその魂の片割れにあたるとすると、戦人ポジはジェイデンじゃん!
 また変態かよ! それも趣の違った。

 ミャオとジェイデンでベアバトかー。
 これはつまり、かつて望んだ黄金郷へと戦人が誘うわけだ。
 うわっ、こりゃきっついなぁ。

 うみねこ当時だったら、それこそが目的地だった。
 でも人は立ち止まったりしない。
 日々歩みを進めている。
 だからもう違うはずだ。
 そんな誘いは蹴っ飛ばしてやるしかねえな。
 神を棄てて人に成るんだもんな。


 神は死に、黄金郷は崩壊。
 しかれども後には一人の人間が生まれる。
 そこに、死する母が生まれる子に願いを託す物語と、比翼の鳥が一緒となって一人の人間として生まれる物語が重ねられる。

 もうこれがファイナルアンサーで良いんじゃないかな。





 あ、苦痛のない世界とある世界の選択だけど、これについてもう少し詳しくやりたい。

 苦痛のない世界を選ぶというのは、基本的に何かを放棄したり諦めたりする道だと思うんだよね。
 苦痛の源である肉体を棄てたり、苦痛となった記憶を消したり。
 文化を受け継がず、歴史を忘れる。
 それってつまり、何も学ばないということじゃないかと。
 進歩がない、要するに文明の終端。

 で、苦痛のある世界を選ぶのはその逆。
 苦痛を受け止め、それを記憶し、文化を受け継ぎ、歴史から学ぶ。
 より良い未来を目指して歩むために。
 それが進歩というものなんだろうね。


 人としてその両の足でしっかりと地を踏みしめ、未来へ向かって歩んでいく。
 だから翼なんていらない。
 それがキコニアの結論となるんじゃないかな。

 対してうみねこは、魔女となる道を歩むため、地より足を離して虚空に踏み出し、翼でもって大空を飛び、決して覚めぬ夢を作り上げよう的だった。
 人の道と魔女の道、現実と夢、足のつく大地と翼で飛ぶ大空。
 そういう対比。


  1. 2019/12/21(土) 19:37:33|
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【キコニア】AIは人に成る夢を見るのか

 これは前回考察した時に思い付いたことなんだけど。
 “神”即ち管理AIの動機は、尊厳ある新人類を誕生させることだと考えているが、これに裏の動機があるんじゃないかと。

 まず、仮想現実の管理AIである“神”はフェザリーヌに相当する。
 可能現実から脱して誕生する子供は、ヤス即ちベルンカステルに相当。
 で、その子供は都雄だろう。
 それを象徴するように、名前は猫の鳴き声で部隊の名はウォーキャット。
 そして正体はプログラムだと示唆されている。

 フェザリーヌこと八城はパラレルプロセッサーのようなもの。
 その脳には自身が生み出した別の人格が寄生している。

 ならばキコニアの管理AIもパラレルプロセッサーと見做しても良いのではないか。
 仮想現実を管理しているシステム=“神”であるならば、そのシステムより生じたプログラムである都雄は、“神”の子にして分身と言える。

 つまり、自らの分身である子を人間として生み出したいという願いは、即ち八城と同じもの。
 であるならば、その願いは、自身が人間に成りたいという願いの代わりである、というのもまた同様なのではないか、と。

 つまり、人類のために尊厳ある人間を生み出したい、という表の願いの裏に、自分の代わりに分身を尊厳ある人間として生み出したい、という願いが隠れているのではないかと。
 そんなことを思いついたのだ。


 人格プログラムを人間の脳にインストールにすることで、AIが人間に成ろうとする。
 それは人間であるか否か。
 プログラムに従う駒なのか、それとも自分のことは自分で決められる人間、即ちプレイヤーなのか。

 プレイヤーの席を与えないというなら、プレイヤーの席を与えることが勝利条件なのかね。





 私的には、AIが機械的に運命を生み出しているより、意思によって運命を生み出しているという方が好みなのだよね。
 人類の為に~というのは何というか、義務感とか使命感とか、立場から生じるようなものだと、誰だろうとその立場に立てば同じようにするんだろうな的な感じがして、個人としてはどうなんだと問いたくなる。
 その点、人間に成りたい、自分の代わりに人間に成って欲しいというのは、個人の顔が見えたようで嬉しい。

 運命を作るのは人の強い意志。
 運命を作るのは人の意思であるべきだ。
 だから運命を作ったならそれは人なのだ。
 運命を作る意思は、生きる力そのもの。
 運命を作るAIは生きていると言っても良いんじゃないかな。


  1. 2019/12/14(土) 19:05:12|
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なく頃にシリーズの執筆者

 前回、執筆者の動機が「うみねこ」から「キコニア」へと連続していると感じた。
 以前に書いた、八城が「キコニア」の執筆者であるという思い付き、真剣に考えた方が良いと思ったので何か書いてみる。


 無論、なく頃にシリーズの作者は竜騎士さんだ。
 だがうみねこでは、物語は作中作であり、作者と物語の間に“作中の作者”(以下、執筆者)がいた。
 よって、「ひぐらし」や「キコニア」にも作者と物語の間に執筆者がいるという裏設定があっても不思議ではない。

 うみねこ風に言えば、執筆者とは竜騎士さんの代わりとなって物語を紡ぐ駒。
 なく頃にシリーズの世界というゲーム盤に置かれた代理の駒。
 なぜそんな代理の駒が必要かというと、その虚構の世界の中には竜騎士さんは存在しないからだ。
 外側の現実にいるのだから当然だが。


 「うみねこ」のゲーム盤の構造もこれと同様。
 執筆者=真犯人なのだが、現実を模したゲーム盤には自身の代わりとなる駒を置き、その代理の駒の犯行を物語として描いた。
 これが私の考える「うみねこ」の真相。


 なく頃にシリーズに共通の執筆者がいると仮定して。
 「ひぐらし」と「キコニア」では執筆者の存在は隠されているわけだがら、執筆者に言及している「うみねこ」が一番執筆者のいる世界に近いと考えるべきだろう。
 いや、執筆者の真実についてを問うていたのが「うみねこ」だったと言うべきだから、「うみねこ」における現実の階層が執筆者のいる世界であるのだろう。

 つまり、「うみねこ」がなく頃にシリーズの中心となる世界であると思うわけだ。

 そんなわけで、かつて「ひぐらし」のキャラが「うみねこ」にも流用されていると言われていたが、それは逆で「うみねこ」のキャラが「ひぐらし」に流用されていると見るべきじゃなかろうか。


 「ひぐらし」の登場人物である羽入は、「うみねこ」のフェザリーヌ=八城が元となっている。
 羽入は「ひぐらし」のゲーム盤上の駒たちには認識されず、ゲーム盤の運命を俯瞰できる力を持つ。
 物語の最後では、そんな存在が駒たちの輪の中に迎え入れられる。
 そのことから読者の代理のキャラと言われていたが、正確には執筆者の代理だったのではないか。

 その視点で羽入の設定を考えると頷ける点が多い。

 羽入は世界を観測する際、登場人物の後を付けるという特徴を持つ。
 「うみねこ」において執筆者は、自分の代理の駒がいる世界を観測するとき、駒の思考をトレースして駒視点で観測するという方法をとっていると、まあ私は考えているわけだけど。
 トレース、即ち、追跡。
 ゲーム盤の住人からすれば、執筆者とは自分の一歩後ろを憑いてくる目に見えない存在なのだろう。


 続いて羽入の巫女である古手梨花は、「うみねこ」ではフェザリーヌの巫女であるベルンカステルであり、執筆者右代宮真里亞こと八城幾子の代理の駒である犯人ヤス。
 で、羽入は梨花の脳に寄生する寄生虫なのだが、これは「キコニア」ではパラレルプロセッサーという設定となっており、元の「うみねこ」では頭の中に作ったゲーム盤に置かれた自ら考える駒である。

 現実ではヤスは執筆者の頭の中に住んでいる存在だが、表と裏を引っ繰り返した虚構の世界では、ヤスが肉体を持ち、執筆者は肉体を持たない。
 つまり、ヤスの頭に寄生していると、解釈できるわけだ。

 要は、「ひぐらし」も「うみねこ」も「キコニア」も、パラレルプロセッサーの話なんだよね。
 そんな特殊の話が三度続いたなら、ひぐらし風に言えばそれは必然。
 強い意志が反映されていると見るべきだ。
 そしてうみねこ風に言えば、繰り返して描写されたならそれこそが主張したいこと、理解して欲しいところである。

 つまり、同一人物による強い執筆動機があると。
 私はより強く確信するに至るわけである。


 で、「キコニア」だけど。
 “神”が管理する仮想現実が、「うみねこ」の造物主の頭の中に広がるゲーム盤世界に対応。
 全人類の脳を繋いだ巨大サーバーが、フェザリーヌの八百万を束ねて超える思考に対応している。

 これはつまり、世界の変更。
 元々脳内世界だから、舞台設定ごと変えることができるわけだ。
 ゲーム盤の舞台を雛見沢にすれば「ひぐらし」、六軒島にすれば「うみねこ」、A3Wにすれば「キコニア」。
 さらには、魔法解釈にしたり、オカルト解釈や寄生虫解釈にしたり、SF解釈にしたりした。
 道理で同じ駒が使い回されたりするわけだ。

 それでキコニアは仮想現実をぶち壊して外に出る話。
 つまり、親を殺すことで子が生きる力を得る、というものなのだけど。
 うみねこも、親である主の真実を殺すことで、子である駒の真実が生きられる、蘇られるという話だし。
 ひぐらしも、羽入が子に殺されることで雛見沢の歴史が始まるのだ。

 ひぐらしのこの話は当時唐突に感じたものだけど、こうして振り返ると必要な話だったんだなって感じる。



 執筆動機についてだけど。
 「ひぐらし」で描かれたのは、自身の代わりの駒が生き延びる運命を紡ぐまで。
 壊れる運命にある夢の続きを望んでいる。
 さらに言えば、作者が虚構の世界に入り、その仲間に入れてもらってハッピーエンド。
 夢だけあれば幸せであるという、現実逃避の幼い願望。
 執筆者の幼少時の願いが仮託されていると思われる。
 殺した母を輪に受け入れて終わるのだから、これは黄金郷なのだろうね。

 「うみねこ」は現実と向かい合おうとする葛藤が描かれている。
 正確には、人間と向き合おうなのかもしれないが。
 互いに人に成ろうと願い努力し、しかし人にとって真実は一つしかないから、勝ち残れるのは一人だけ。
 互いに相手こそ人に成って生き残って欲しいと願い、捻じれた螺旋の物語。
 壊れた夢を拾い集めて蘇らせる話であり、死者に会うために冥界に下る話。
 つまり、死者と生者を交換する話。
 自身の代わりに人々に愛される物語になって欲しいという願望。
 人として人に愛される幸せと、世に物語を送り出す作家としての幸せを天秤に掛けている。
 執筆者の現在。
 願いに決着が着くまでの話。

 「キコニア」はその後に託す希望が描かれるのだろう。
 己の死と引き換えに産み落とした物語が、力強く生きていくことを願う気持ちが仮託されている。
 自身が叶えられなかった夢を、子に託す。
 老人は若者を搾取するが、老人は死に、未来は若者が作る。
 人としての尊厳を取り戻す話。


 そんな感じかな。





 至高天に到達した感で満足感が強くて、そろそろ思考停止しそう。
 ここまで考えたから良いだろ的な。

 キコニアのタイトルが以前は別のタイトルが仮に付けられてたみたいだけど、キコニアより直接的と言うと、赤ちゃんのなく頃にとかかな。


  1. 2019/12/07(土) 20:14:55|
  2. WHEN THEY CRY
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プロフィール

フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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