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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


魔女のゲーム 1ゲーム目

 魔女のゲームの進め方からその構造を把握したい。
 魔女の手筋を大雑把に見ていこうと思う。
 直後のゲームで出されたヒントは、直前のゲームで考えると魔女のやっていることが分かりやすい。

 とりあえず、戦人を出汁にしてやっていこうか。


 一人の人間という箱には、犯人である可能性と犯人ではない可能性の2つが入っている。
 よって推理するとき、その人物が犯人であると仮定して思考する方法論と、犯人ではないと仮定して思考する方法論が考えられる。

 怪しければまずは疑う。
 それが普通だ。
 しかし、その人物の犯行が否定できない時、あえて犯人ではない可能性を考えることを怠る傾向が出てしまうだろう。
 それがエスカレートすれば、全員が共犯者とまで疑うことが可能緒だろう。

 逆に怪しい人物をまずは信じてみる。
 これは犯人がどこかにいる以上、いつかは破綻する方法論だ。
 しかし、犯人でない可能性があるのなら、いくら疑わしかろうが犯人だと決め付けることはできない。
 こちらの方が健全な思考であると言える。

 要するに、疑わしい人物をあえて弁護するというのは必要なことであるのだと私は思う。
 そしてそれをしている戦人は概ね正しいのだ。
 私の推理は、戦人の推理を出発点としてその延長線上にある。
 だから、うみねこ本編における戦人がした推理……は色々間違っているが、方針は概ね間違っていなかったと思う。
 まぁ、これは私の推理が正しかったらの話ではあるが。


 出題者は読者に謎を解いて欲しいと願ってメッセージボトルを流した。
 そうである以上、その作中の登場人物である戦人は無能でなくてはならない。
 読者はベアトと戦人の論戦を観て推理する。
 戦人が解いてしまえば、読者が推理する必要がなくなってしまうのだ。
 そもそもメッセージボトルは、戦人が、六軒島の人々が解けないから用意されたもの。
 なのでそれを前提とした作中では戦人が解けないのは当然のことである。





 さて、それではEP1から順に、ベアトと戦人の対戦を観てよう。

 EP1で戦人が一番考えていたことは、19人目がいるのかいないのか、だ。
 これは真里亞がベアトリーチェから渡されたと言って手紙を取り出したから。
 だからこそ、それほどにクローズアップされたのである。

 その手紙を後の殺人劇のことも合わせてミステリーのテンプレ的に考えれば、“18人の中にいる犯人が、疑いを逸らすために19人目をでっち上げた”で良いだろう。
 それを裏付けるように、殺人劇のほぼ全てが“犯人は19人目”で通るように構成されている。
 ただし、ただひとつ例外を除いて。

 その例外は、金蔵の密室脱出である。
 19人目には不可能な犯行。
 且つ、疑惑は夏妃に向けられ、それを否定するならは次は絵羽が疑われる状況。
 この状況は、“19人目を犯人に仕立て上げる”という、“犯人である18人の内の誰か”の思惑に反している。
 犯人が打つはずのない手なのである。

 犯人である執筆者は、絵羽がレシートを挟んだことで密室となったことを描写した。
 よって、執筆者には絵羽がレシートを挟むであろうことを想定して殺人劇を構築していることになる。
 即ち、犯人は絵羽がレシートを挟むことで密室になることを知っていたのだ。

 犯人が本当に“19人目を犯人に仕立て上げたい”のであれば。
 “絵羽が挟んだレシートを取り除いて19人目にも犯行が可能である”ということにしなければならない。
 そうしなければ、いずれ“19人目犯人説”が否定され、疑惑の目が18人の中に向かうことになる。

 18人に疑惑の目が向くと注目されるのは、“顔を損壊された死体”だ。
 この“顔を損壊された死体”もミステリーのテンプレである。
 テンプレ的に考えれば、“死体の身元を誤認させて、“死んでいる”という絶対のアリバイを犯人が手に入れた”になる。
 そして、それをした犯人を隠すために他の死体の顔も損壊した。

 逆に言えば、“死体の身元を誤認させて、“死んでいる”という絶対のアリバイを犯人が手に入れた”と推理されることを前提に殺人劇を構築している、ということになる。
 これもまた“19人目を犯人に仕立て上げたい”という思惑に反する。


 詳しく説明しよう。

 “死んでいるから、犯人である可能性はない”という主張は、裏を返せば“生きているから、犯人である可能性がある”という主張になる。
 疑惑は生きている者、“18人の中の生存者”か“19人目”に向けられることになる。
 そしてスケープゴートにするなら、いるかいないか分からない“19人目”よりも、確実にいる“生存者”こそがより相応しい。
 であるにもかかわらず、“生存者”には絶対のアリバイが存在するのだ。

 第1のゲームにおける犯人人間説の三区分、“死者”“生存者”“19人目”の内、“生存者”が潰れ残ったのは“死者”と“19人目”。
 “19人目”に誘導するには、“死者”の可能性を否定しなければならない。
 それをより完璧に行うのであれば、EP2の第一の晩で言われるように、顔の綺麗な身元がはっきりした死体を用意するべきであった。
 犯人は死んだふりでもして、検死役に嘘の証言を言わせれば良いのだ。
 そうすれば、残る“19人目”に疑惑を集中させることができた。

 よって、“顔が損壊された身元不明の死体”は“死者”を疑わせるための駒なのである。


 “顔を損壊した死体”は、“18人の中で死んだことになっている者が犯人”という考えに至らせるために犯人が打った手。
 そして犯人はそれと同時に、“19人目を犯人に仕立て上げたい”という相反する手も打っている。
 この矛盾する2つの打ち筋、それがEP1のベアトの手筋である。


 それに対してEP1の戦人は、身内に対する安易な疑惑に乗らずに、それに反論する形の手筋。
 安易に身内を疑わないのは、消極的な“19人目犯人説”の肯定。
 それが表れたのが金蔵密室脱出の夏妃の擁護である。

 フーダニットを解くにあたって一人の人物に注目する際、その人物を信じるのか疑うのかの2つの方法が講じられる。
 疑う場合、疑いがそのまま通れば、それ以外の可能性、間違っていた場合のことを想定することを怠る危険がある。
 信じる場合、疑いに対する反論の武器を予め用意しておくのに等しい。
 論戦するなら、武器を用意してこくことにこしたことはないだろう。

 夏妃を信じ、絵羽を信じるなら、密室脱出を行ったのは金蔵自身となる。
 そしてそれを通すには、レシートのことを知っていなければできない。
 戦人はこれをクリアできなかった。

 しかし、ベアトの手筋を見れば解るが、犯人はレシートが挟まれることを想定している。
 よって、犯人がそこのこと金蔵に教えれば、金蔵による密室脱出は可能となる。
(作中の登場人物である戦人に、“作者によって描写が執筆された”という手掛かりを得ることは不可能であるのであるのだが……)

 金蔵による密室脱出を押し通すことができれば、“19人目‐金蔵ライン”の強力な武器となり、次のゲームで“金蔵を抜かした18人の中に犯人”が推された時に十分反論していくことができる。
(逆に、“金蔵を抜かした18人の中に犯人”の武器を用意すれば、次のゲームで“19人目‐金蔵ライン”で攻撃された場合の反撃に使えるだろう。両方揃えれば理想的だ。)

 これで次のゲームに移る準備が整った。


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  1. 2017/02/25(土) 22:23:41|
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プロフィール

フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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