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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


エピソード1

 ここからはハウダニット。各エピソードを順番に私なりのやり方で解いて行く。

 まずはエピソード1。
 エピソード4での第1のゲームの赤き真実はエピソード4の方でやる予定。第2、第3のゲームのも同様。
 なので今回は白字のみで。


 誰が犯人かという観点から見ると特定するのは難しい。顔面が損壊した遺体が多すぎて偽装死を疑えるからだ。
 よって、異なるアプローチが必要となる。

 そこで注目したのはベルンの出したヒント。
 そこから無限の魔法に至ったのは、前に書いた通り。
 無限の魔法の特徴は、全ての可能性を想定していること。
 つまり、作中の出来事は全て想定されていた。

 なので私はその観点から推理した。


●サソリのブレスレット

 第1のゲームで夏妃が最初に殺されなかったのは、サソリのブレスレットを自室のドアノブに掛けていたからという幻想。
 これ自体はマスターキーを使ってドアを開け内側のドアノブを確認すればいい。
 問題はそれをどうやって想定できたのか。

 とりあえずサソリのブレスレットは、2つある時点で誰かに渡すための物であると推測できる。
 そして躊躇なく戦人と朱志香に渡したことから、他の特定の誰かに渡すためのものではないことが解る。
 よって、渡したい誰かとは、戦人と朱志香だった。
 今年の親族会議用に用意し、魔女を信じない奴に渡すようにベアトに言われていたのなら、朱志香の手に渡ることだろう。
 高確率で戦人は馬鹿にし、朱志香はそれに乗ると想定していたはず。
 その時にドアノブに掛けるやり方を教えれば、夏妃に渡す時にそれを伝える可能性は十分ある。

 朱志香が夏妃に渡すには、夏妃が廊下で一人で落ち込んでいて、尚且つ朱志香が一人で廊下を歩いていなければならない。
 夏妃が落ち込むには、蔵臼が隠し持っていた黄金のインゴットを夏妃に見せなければならない。
 そして、蔵臼がインゴットを見せるには、親たちの話し合いが一時中断しなくてはならない。

 親たちの話し合いが一時中断したのは、子供たちがまだ屋敷にいて、会議が深夜遅くまで長引くことが予想されたから。
 それは食堂でさっさとゲストハウスに行けと子供たちに言う暇がなかったから。
 それは晩餐が終わっていたので、親たちの話し合いを忌避した子供たちがその場を離れたから。
 つまり、真里亞が手紙を読むのが、晩餐が終わった後だったから。
(ちなみに第3のゲームでは、晩餐の途中で手紙を読み上げた)

 犯人はベアトの姿で真里亞に手紙を渡す時に、晩餐の後でと時間を指定した。
 これにより、話し合いは一時休憩となり、蔵臼は隠し黄金の情報を夏妃と共有する時間を得た。
 短い時間の間なので、どういう方策で行くのかの意見のすり合わせができないので、自分に任せろ、口出しするなということにするしかなかった。
 それを自分が信用されていないからと受け取った夏妃は、親族会議に参加せず一人で落ち込むことに。

 子供たちが食堂から離れた後、両親を尊敬していた分ショックが大きかった朱志香は一人になることを選び、その後夏妃を見つけることになる。
 このことは朱志香のことを知っていれば、想定可能だろう。
 後は夏妃の部屋の内側のドアノブを確かめるだけ。
 もしも掛かってなかったら、別の事件を起こせばいい。


●第一の晩 園芸倉庫の魔法陣~書斎の密室脱出

 最初は園芸倉庫で事件が発覚した。
 殺人現場である食堂から遺体を移したのは、遺体を見つけられないようにするためであると考えるのが妥当。
 しかし、入り口にシャッターに魔法陣が描くことで、異常をアピールしてもいる。
 これは遺体を見つけて欲しいというもの。
 合わせるならば、ある程度の時間、事件の発覚を防ぎたかったということになる。

 では、その時間を稼がなかった場合はどうなっていたのか。
 一番異なるのは、夏妃が一人で書斎に入ることがなくなることだろう。
 なので、夏妃が書斎に向かう時間を稼ぐために、園芸倉庫に遺体を移したのではないだうか。


 続いて、夏妃が書斎に入ったことで何が起こったのかを探ろう。
 そのことで絵羽が、夏妃が書斎の鍵を使って金蔵に一人で会うことに危惧を抱き、次にそうする時、それを知るためにレシートを書斎の扉に挟んだ。

 つまりだ。ベアトはレシートを挟むことを想定していたということ。
 レシートを挟ませるために、初手で園芸倉庫を選んだ。

 そして、レシートの想定は、その後の書斎の密室脱出に影響を及ぼす。
 金蔵がベッドの下に隠れてやりすごした、という戦人の推理。
 この推理を阻んでいたのが、金蔵にはレシートが挟まっていることを知らないというもの。
 つまり、レシートが挟まれることを想定できたなら、その説は通るのだ。

 さらに、金蔵が脱出したことで、絵羽の疑いが夏妃に向くことになり、夏妃と言い争うことになった。
 自分がレシートを挟んだ故に、絵羽のみが確信し、しかし、他の者にはレシートの件は嘘である可能性も残る形で。
 故に、夏妃と絵羽が争いは、無理に責めた絵羽の退席という形で終わることになる。
 そして、絵羽と秀吉は、最も安心できる、いつも使っている客室で過ごすことを選んだ。

 よって、全てを想定していたベアトは、その客室のベッドにでも隠れて待っていることで、チェーンで閉ざされた密室に侵入できたのだ。


 園芸倉庫に遺体を隠すという一手から始まったこの事件の流れ場、全てその第二の晩のためであったと言えるだろう。

 客室で待ち構えるために絵羽と夏妃を争わせ、争わせるために夏妃を書斎に入れて絵羽にレシートを挟ませた。
 夏妃を書斎に向かわせるために、園芸倉庫で時間稼ぎをして夏妃に書斎の鍵を渡すように源次に命じた。

 ちなみに、書斎にて金蔵が夏妃に優しい言葉をかけたのは、夏妃に右代宮家を背負う自負を持たせるため。
 そうすることで、この後の行動を決定付けることができる。
 なので、心に片翼の紋章云々は、本心からのものではなく嘘。……可哀想ななっぴー。


 蛇足だが、レシートは絵羽の嘘という可能性はほぼない。
 あれは絵羽の証言のみで成り立っている以上、証明にはなりえない。
 なので、夏妃を犯人に仕立て上げるのは実質不可能。
 そして不可能な以上、非難した分、それが自分に返ってきてしまう。
 そのことが予測できるので、夏妃を犯人に仕立て上げたくて嘘を吐くことはありえない。
 それでも夏妃が犯人であるとしたいのは、絵羽に夏妃が犯人であると確信したからだ。
 確信したから言わずにはいられなかった、それが自分だけしか確信できないことであろうとも。


●第二の晩 客室の密室殺人
 
 犯人はベッドの下に隠れていて、秀吉がバスルームに行って絵羽が一人になったところで現れて射殺した。その後バスルームの秀吉も射殺。
 銃はサプレッサーを付けていれば、生存者のところまでは銃声は届かないだろう。
 杭は銃創を隠すために刺した。

 この場合犯人は絵羽と秀吉を待ち構えていたので、犯人は客間にいなかった人物。
 客間にいる人間なら完全密室では犯行は不可能なので錯覚密室になるが、それ以外の人間なら完全密室でベッドに隠れてやりすごしたになる。
 ベッドの下は、書斎の密室での戦人の推理で手掛かりが提示されている。

 扉の下に手紙を挟んだのは、扉を開けさせてチェーンが掛かっているのを確認させ、チェーンを切断する道具を取りに行かせるため。
 扉の魔法陣は、その間にチェーンを外して外に出た犯人が描いた。
 その後にまた客室に戻ってチェーンを掛けて密室にした。
 その一手は、密室の外側から魔法陣が描かれた=犯人は密室の外にいる、という幻想を信じさせるため。
 故に、中に犯人が隠れているかもと捜索されることはない。
 短時間で描けたのは、練習して書き慣れていたから。
 手掛かりとしては、魔法陣を書き慣れている真里亞がノートにさらさらと書いて見せたこと。
(ちなみに第5のゲームの魔法陣が下手なのは、書き慣れていない金蔵が描いたから)


●第四、五の晩 金蔵・嘉音殺害

 金蔵はルーレットに従い、書斎脱出直後に殺された。
 予めボイラー室の扉を開いておき、金蔵の死体が焼ける臭いが漏れるようにしていた。
 これはボイラー室に誘い込むための一手。
 焦げた臭いをさせれば、厨房を預かっている熊沢が、自身が火を止めていなかったのではないかと疑わせ、急いで確かめると想定。
 さらに、熊沢ひとりでは危険なので誰かもうひとり付き添わなければならない。
 残る使用人は源次と嘉音。源次が上なので、嘉音が付き添うことになることに。

 客室のベッドに隠れていた犯人は、客室が閉ざされて直ぐに窓から脱出。
 玄関か裏口などから屋敷に戻り、中庭を通ってボイラー室に先回り。
 開けてあった屋敷側のボイラー室の扉を音を立てて閉め、その音で嘉音を誘き寄せる。
 臆病な熊沢は躊躇し、紗音を殺されたことに怒りを抱いている嘉音は班員を逃がさないためにすぐさま追ってくると想定。
 嘉音を待ち構え、射殺。
 床に溜まった血の中に杭を放り込み、中庭へと脱出。
 金蔵の死体に書斎の鍵を残し、犯人が鍵を開けられない書斎へと立て篭もるように誘導。


●第六、七、八の晩 書斎の手紙~客間の密室侵入

 書斎に篭った後、テーブルに手紙を置いたのは真里亞。
 真里亞が魔女のメッセンジャーを自称し、ベアトからの頼みごとを聞いた前例が提示されている。

 書斎の扉のノブには魔除けである火星の5の魔法陣が刻まれていた。
 よって、ベアトは書斎には入れない。手紙も置けない。
 だから、使い魔となって代わりに手紙を置いて欲しい。

 と魔女を信じる真里亞の幻想を壊さずに頼んだ。
 書斎に入った場合、碑文に注目される時がある。その時に手紙を置いて欲しいと。
 4日の薔薇庭園で晩餐の手紙と一緒に渡した。

 事件が碑文の見立てに気が付けば、碑文に注目が集まる。
 その時の各人の位置は、親族の子供たちが碑文の前。
 子供たちを監督する夏妃はその後ろ。
 使用人たちは家人の後ろに控えている。
 客人の立場を弁えている南條も家人の後ろ。
 これは必然と言っていい立ち位置なので、真里亞がテーブルの上に置けば、決定権を持つ夏妃視点、容疑者は自分の後ろにいる4人となる。

 さらには、夏妃の心に片翼の紋章を刻めば、生き残りのリーダーとしてではなく、当主代理として行動させることができる。
 ここでなら、次期当主たる朱志香をなんとしてでも守らねばならないことから、確実にいる犯人側の人間の排除。
 即ち、容疑者4人の排除となる。

 それらのことを踏まえれば、源次、熊沢、南條、真里亞の4人が書斎を追い出されるのは想定可能であり、思惑通りである。
 そしてその4人は書斎以外で最も安心できる。先ほどまでいた客間に戻ることになる。
 だからそれを想定して、客間の中で隠れて待ち伏せることができた。
 なので、真里亞の証言、ベアトは鍵の掛かった扉を開けずに部屋の中に現れた、というのは嘘ではない。
 ただ、蝶になって扉の隙間から侵入したという魔法の部分だけは、真里亞の解釈になる。


●第九の晩 ホールでの夏妃殺害

 客間の壁に向かって歌う真里亞に注目し、そこに駆け寄る視野の狭い子供たち。
 当然、大人で次期当主を守る責務を負っている夏妃は、その後ろで周囲に注意を払っていたと思われる。
 よって、扉から真里亞の間以外の場所にこれ見よがしに手紙を置けば、夏妃だけがそれに気が付くことになるはずである。
 後は想像だが、手紙を入れた封筒の宛名が夏妃になっていれば、子供たちに読み聞かせることなく、自分だけが読むのではないか。
 そして決闘云々で夏妃を呼び出した。
 夏妃は、自分で終わらせるという責任感からそれを受けた。

 犯人はホールで夏妃を射殺。犯人の銃にはサプレッサー。
 よって、戦人たちに聞こえた銃声は夏妃の銃のもの1発のみ。
 夏妃の銃は空砲だったので、犯人は無傷。
 夏妃の銃は金蔵のもの。飾っておいた銃以外の銃を隠し、その銃に込められた弾を予め抜いておくだけで良かった。
 夏妃は銃に詳しくないので、弾が込められているのか確認することはなかった。
 夏妃が何かの拍子に一度でも引き金を引いて、誰かを撃っていれば気付くこともできただろう。
 しかし、右代宮家当主代理である夏妃は、次期当主が当主を継承するまで守らなくてはならない。
 なので犯罪者にはなれない。撃つことが出来るのは正当防衛のみ。
 よって、それを想定していた犯人は空砲という罠を仕掛け、自身が撃たれないという自信の元、悠々と夏妃を射殺できた。





 殺人を絶対の意志でなすのなら、それは最善手で行われるだろう。
 寝静まっているところを、速やかに全員を殺害するなどで。
 だがそれは行われていない。
 それは、犯人が最善の結果を求めていないということ。
 それは、結果よりも過程を重視しているということ。
 即ち、どのように殺すのか、を。

 無限の魔法は、無限の過程を作る。
 それは過程を重視しているということ。
 それを象徴するのがルーレットで、そのことについて喋ったのは金蔵のみ。
 その金蔵が書斎を出るのは、ベアトが蘇った時か鍵の生贄に選ばれた時だけ。
 つまり、金蔵は生贄になるために書斎を出たと解釈できる。
 そしてその解釈は後に出てくる、ベアトの絶対の意志でルーレットで出た目に従う、ということそのものだ。

 他にも色々と可能性が並び立つ中、この自説を信じている根拠はこんなもの。
 逆を言えば、私にとってはそれだけで十分、ということなのだが。


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  1. 2014/01/26(日) 01:42:29|
  2. エピソード1
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金蔵についての補足

 さて、金蔵の動機もやったので、後の残りも手早く済ませてしまおう。


 基地の惨劇で生き残ったのは、金蔵とビーチェのみ。
 金蔵が愛しているのは、無限の魔女ベアトリーチェなので、ビーチェなど愛していない。
 よって、ビーチェの子供は金蔵の子ではない。無論嘉音の子でもない。
 たぶん、アンジェロ辺りの子だろう。

 ビーチェはもう祖国に振り回されるのを嫌い、祖国から隠れて過ごしたい。
 金蔵は、黄金を見せ金にして右代宮家を復興させたい。
 そして、二人は協力関係を築く。
 金蔵は右代宮家を復興させ、その金で六軒島を買い、黄金を保管し、隠し屋敷を作ってそこでビーチェを匿うことになった。

 が、金蔵の方の理由はフェイク。
 実際は、ベアトリーチェの微笑を見るために必要な舞台と小道具を揃えたかっただけ。

 ビーチェは金蔵の愛人という架空の設定を作り、九羽鳥庵に愛人を隠し住まわせていたということにして、南條、源次、熊沢を騙した。


 やがてビーチェが死に、その子供が残され、九羽鳥庵で隠して育てることになる。
 源次たちは、その子を金蔵の愛人の子だという幻想を信じていた。
 そして、金蔵はその幻想を助長するために、その子をベアトリーチェの生まれ変わりだ。ベアトリーチェの依り代だなどと騙った。


 次は楼座の家出。
 金蔵が家庭教師に厳しいことを言えと命じたのではないかと想像する。
 その時、楼座は森に向かってもいいし、向かわなくてもいい。

 六軒島には屋敷以外には森しかないから、家出をすれば高確率で森に向かうだろう。
 なら獣道を用意すれば、それに沿って九羽鳥庵に辿り着くかもしれない。
 無論、辿り着いてもいいし、辿り着かなくてもいい。

 その後、楼座がベアトを九羽鳥庵から連れ出してもいいし、連れ出さなくてもいい。
 さらには、連れ出す過程でベアトが崖から落ちてもいいし、落ちなくてもいい。

 どんな出目でもルーレットに従う。
 その出目に対応した計画を用意した。
 出たのは、ベアトが崖から落ちるという目。
 それならそれで楼座にトラウマを植えつけることができた。
 それを利用した計画を立てれば良い。
 ベアトが楼座の前に姿を現せば、死人が蘇ったと信じることだろう。

 九羽鳥庵のベアトが死んだので、新しい依り代を用意しなければならない。
 それが理御。
 川畑船長が運んでいた物を止めても、消耗品は右代宮本家の物に混ぜて購入。
 他の衣装などは全て九羽鳥庵のベアトのお下がり。
 後は、子供用品は朱志香や紗音の物に混ぜて購入。
 理御用に大量に購入しておいて、崖から落ちて死んだことにした後に九羽鳥庵に運び込むなどもできそう。

 元理御のその後はこれまで書いた通り。





 主犯と共犯が終わったのでおまけ。

 「存在しない」の解釈がどうとか、金蔵に他にも名がありそれが嘉音だとか。
 作中で述べられているように、こんなのみすてりーじゃねぇ、と言わんばかりの屁理屈。
 とは言え、「殺された」の解釈が「人格を殺した」というのも同レベルだと思う。

 私が思うに、フーダニットを厳密に考え、存在しないのに存在するなどという余地を許さないと、同一説に流れやすく。
 ハウダニットを厳密に考え、人格が殺されただけで肉体は殺されていないなどという余地を許さないと、同一説以外に流れやすいのではなかろうか。
 だからこそ、ホワイダニットが重要なのだろうが。


  1. 2014/01/25(土) 21:45:59|
  2. 共犯者
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ベアトリーチェの微笑み

 前に書いた通り、作中で金蔵が語った魔法は、ベアトの無限の魔法と同一である。
 そこから金蔵がベアトの魔法の師匠であると考えられる。
 金蔵は無限の魔法を使い、全ての可能性を想定して計画を立て、金を儲けた。
 それが右代宮家復興の原動力。

 そして、金蔵の望みはベアトリーチェの微笑を見ること。
 それは悪魔のルーレットに打ち勝った先にある奇跡。
 そのためにも、ベアトの無限の惨劇が必要だった。
 そのためにも、ベアトの依り代が必要だった。



『私は右代宮家など、継ぎたくはなかった。……私が当主に選ばれたのは、運命の悪戯に過ぎぬのだ。』
『欲深な長老たちは、お互いの利益ばかりを主張し合い、新しい当主を選び出すことさえ出来なかったのだ。まるで、沈み行く船で、新しき船長は誰かと議論するような愚かさよ。』
『全ては、この足の指のせいだ。足の指が1本ずつ足りなかったなら、我が人生はまったく異なるものになっていたであろう……。』


 “嘉音”は足の指が金蔵と同じく1本多かったせいで、右代宮家の長老たちによって、死んだ右代宮金蔵の代わりに“右代宮家当主右代宮金蔵”を継承させられた。
 それは“嘉音”という存在がいなくなったということ。

『あれは、……あまりに長い長い、灰色の日々であった。それは私には、岩に生す苔のような、気の遠くなるほど長い長い、死んだ時間』
『そんな日々は、体を老いさせても、皮肉にも、心は老いさせない。
 心だけは、小田原に呼び出される直前の、……あの充実した日々を懐かしむ、若いまま。
 なのに体だけは老いを重ね、いつしか、その乖離は理解しにくいほどにまで広がった。
 だから、鏡に移る、疲れ切った男が、とても自分だと思えない。』


 “金蔵”の役割をこなすことだけを求められ、それに従うだけの日々。
 演じている“金蔵”と本当の自分である“嘉音”はどんどん乖離して行った。
 それが20年にも及んだ。

『気付けば。いつの間にか、知らぬ妻がいた。』
『妻を愛してなかったし、かといって毛嫌いもしなかった。
 ……どうでも良かったからだ。
 子供を何人か儲けるが、それも妻を愛していたからではない。
 気付いたら、勝手に生まれていた。
 ……それだけだ。
 全てが、どうでも良かった。
 いや、違う。
 ……全てが、私でない誰かに決められ、私はただ従うだけ。
 それが、右代宮家の当主という、………仕事だったのだ……。』


 そして、いつの間にか“金蔵”に妻ででき、子もできた。
 でもそれは“金蔵”にであって、“嘉音”には何の関係もない。
 妻も子も見ているのは“金蔵”であって、“嘉音”ではない。
 だから、“嘉音”にとっては、どうでも良いこと。
 全てが、“私”ではない誰かに決められ、“私”はただ従うだけ。
 それが“右代宮家当主金蔵”という、仕事だったのだ。

『あぁ、このまま自分は静かに殺されるなと、うっすらと感じていた。』
『生きるってことは、意志を持つということだ。……殺された日々だったろうよ。』
『そうだ。私は生きたかった。いや、死にたかった。』


 “嘉音”は意志を持たなかった。“金蔵”として従い、“嘉音”を殺された日々。
 “嘉音”は生きたかった。いや、死にたかった。
 死を求めて戦争に赴いた。


 そして、運命に出会った。


 “嘉音”が求めていたのは死だ。
 それも自らの手で死ぬのではなく、運命がもたらす死を。

 ああ、だから作ったのだ。
 己に無限の死をもたらす、悪魔のルーレットを。
 そして、絶対の意志によって悪魔のルーレットに従い、死ぬ。
 様々な形で死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。

 当時の六軒島基地は、それを作り出すに絶好の舞台だったことだろう。
 欲望を煽る黄金。限定された空間。ちょっとしたことで暴発する人々。通訳できるのは金蔵のみ。
 そこからどんな幻想でも生み出せる。その幻想を利用した計画を幾らでも生み出せる。
 何もかもが揃っていた。出来すぎなくらいに。
 だから夢を思い描いた。己の無限の死を。


 それは、“嘉音”の願いを、意志を叶えるための、たった2週間の、生きた日々だった。



 ああ、だが何の因果か生き残ってしまった。
 絶対の運命によって、無限に死ぬはずだったのに。
 だから、これは“奇跡”。無限の魔女ベアトリーチェの微笑み。
 天は己に生きよと言ったのだ。
 だからそれに従おう。絶対の意志で。

 生きるとは、自分の意志を持つこと。夢を持つということ。
 絶対の意志で思い描くに相応しい夢とは何か?

 ああ、それは無限の運命。無限の死を生み出す悪魔のルーレット。
 それを打ち破る奇跡を、もう一度見たい。
 無限と奇跡を知る“私”だからこそ想い描ける夢。
 それこそが“私”が人生の全てを賭けて叶えるに相応しい夢だ。

 “私”はあの2週間の生きた日々が終わることに、未練を感じていたに違いない。
 だから死にたくなかった。
 知ってしまったからだ。生きることの、素晴らしさを。
 それを無限の魔女ベアトリーチェが教えてくれた。
 あの生きた日々を、もっと味わいたいと願った。
 だから、奇跡が起こった。“私”の意志が奇跡を起こした。

『君に会って私は初めて生きた。生まれた。ならば私は君が死ねば再び死ぬ。』

 無限の魔女が死んだ今、“私”は再び死んでいる。
 ならば、再び生きるために、ベアトリーチェを蘇らせよう。
 そして、もう一度、ベアトリーチェに奇跡を見せよう。
 だから微笑んでくれ。



 まずは“私”の代わりに無限の運命を作り出す、無限の魔女の依り代を用意しよう。
 無限の惨劇を生み出す“動機”。
 その“動機”を与える環境。

 そうだ、真実を、愛を求めて得られぬ地獄に、魔女の依り代を落とそう。
 最上級の苛めっ子を生み出すには、まずその子を苛めればいい。
 その後にその地獄から引き上げて力を与えれば、人を地獄に落として苛める苛めっ子の出来上がり。

 理御と名付けた子を夏妃に育てさせる。
 夏妃にその子は男だと騙せば、育てることを選んだ時にその嘘は発覚する。
 故に、男だと信じたままであれば、それは育てぬことを選んだということ。

 “私”は運命のルーレットに絶対の意志で従う。
 育てないことを夏妃が選べば、その子を地獄に突き落とそう。
 地獄に突き落とされた子は、長じて無限の魔女ベアトリーチェになるだろう。

 そして、与えよう、全てを。
 惨劇の舞台となる六軒島を。見立て殺人のための碑文を。遺産を争う親族を。検死をする医者を。命令に従う使用人を。身代わりとなるスケープゴートを。隠し黄金を。魔女伝説を。猫箱に蓋をするための爆弾を。“私”の生死すらも。
 そして、ミステリーを作り、実現するのだ。
 無限の運命で閉ざし、そして、その果てに奇跡を見せてくれ。
 ああ、“私”にもう一度ベアトリーチェの微笑を。



 夏妃が理御を育てた時は育てた時。絶対の意志でそれに従おう。
 選ばれた運命に従い、新たな計画を立てよう。
 その未来でも必ず惨劇が起こる。
 起こしたいという“私”の絶対の意志ゆえに。

 良い計画が思いつかなかったら、爆弾で全てを吹き飛ばそう。
 絶対に吹き飛ぶのであれば、吹き飛ばなかった時は奇跡。だから思いついた計画に魔力が宿る。
 ああ、ならその計画は夢を叶えるに相応しいものに違いない。

 だから、“私”は六軒島の運命を猫箱に閉ざす。己の夢を生み出すために。
 ベアトの猫箱は、“私”の作った猫箱の中で作り出される。
 だから、ベアトの猫箱が作られなくても、“私”の猫箱からは出られない。
 誰も逃がさないし、誰も逃げられない。
 何故なら、お前たちは“金蔵”を見て“私”を見ないからだ。
 “私”の真意を理解できないから、止められない。止まらない。
 夢が叶うその時まで。



 ベアトが愛を求め愛に生きたのなら、金蔵は夢を求め夢に生きた。
 前回は偶然揃っていたものを、今回は時間と手間をかけて準備した。
 その手間が半端じゃない。

 ミステリーを現実に再現するのにはロマンがある。
 凡人なら虚構の劇にでも仕立てるくらいだが、一線を越えた奴はロマンのためには犯罪をも犯す。
 だが、そのために犯人まで用意する奴なんて前代未聞過ぎる。
 六軒島は金蔵の夢を叶えた、正に夢の島。

 さすが金蔵! おれたちにできない事を平然とやってのけるッ そこにシビれる! あこがれるゥ!


  1. 2014/01/19(日) 01:50:54|
  2. 共犯者
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共犯者

 ベアトの心臓とは、魔女幻想を暴く致命的な真実であることだろう。
 犯人さえ解れば後のことは枝葉に過ぎないので、心臓は犯人の正体であると思っていいだろう。
 第4のゲームで晒された心臓は、犯人であるベアト自身の正体。
 第6のゲームで晒されたもう一つの心臓は、ベアトの共犯の正体であるはずだ。
 なので、今回からは共犯についてを語ろうと思う。


 共犯を説明するには第5のゲームが相応しい。
 第5のゲームにおける黄金の真実は、偽装殺人である。
 作中で戦人の主張であり、その後も赤き真実で否定されなかった。
 そう信じさせたいという思惑が明確に示されている。

 偽装殺人が黄金の真実ならば、本当は殺人が行われていたと考えるべきだろう。
 この時、犠牲者の生死が猫箱の中だったのは、探偵であるヱリカが確かめなかったからだ。
 問題はそれが失態なのかだが、ヱリカが犯人側と見ている私からは、態とに見える。

 ゲストハウスの密室も、犯人が作ったものではなく、探偵であるヱリカが作ったもの。
 第5のゲームはヱリカがいないと、謎として成立しない。
 よって、ヱリカが犯人側というか、ベアト側である可能性は高い。

 それに対して、黄金の真実である同一説によって遡って真実を覆す過程で、第1のゲームでの探偵戦人の失態による紗音の生死の猫箱化があることを理由に、第5のゲームも同様に探偵ヱリカの失態であるという推測が浮上するように布石が打たれている。
 似ているから同じであるというのなら、チェス盤を引っ繰り返せば、同じに見せかけたいから似せたのである、となる。

 さらには、第4のゲームがほとんど全員偽装殺人協力者なのだから、第5のゲームも同様であるという推測も浮上するように作られている。
 これも同様に、そう見せかけたいという思惑が透けて見える。

 下位世界では殺人事件が実際に起き、その犯人が夏妃だという濡れ衣を着せようとしている。
 その上、メタ世界及び読者側に、この事件は偽装殺人であると誘導しようとしているという構造。
 第4のゲームまでは探偵視点で進んでいたので、読者が探偵と同じ認識を共有できたが、第5のゲームからはその共有がない。
 故に、そこを攻められた。

 魔女は先を想定して手を打ってくる。
 出された問題を解くだけでは勝てない。解くことを想定して勝ちに来ているからだ。
 これはクイズではなく対戦ゲーム。
 ゲーム盤のみを見るのではなく、対戦相手を見なければ勝てないだろう。


 閑話休題。


 とりあえず、ヱリカが犯人側で殺人は起きているという前提で進める。
 第5のゲームでは、ヱリカは犯人ではないので、殺人を実行する共犯が必要となる。
 アリバイがない人物は二人。夏妃と金蔵だ。

 下位世界では夏妃が犯人であると冤罪を被せられ、金蔵については自身の身代わりにできないと夏妃が否定した。
 メタ世界では、両者ともに可能性を否定されている。
 尤も、金蔵についてはやりすぎなくらいに執拗に否定していたが。

金蔵がすでに死亡している
金蔵は24時から朝まで、ずっと同じ部屋に滞在したわ。
金蔵は屋敷以外の場所に存在しない。
屋敷以外の場所に金蔵はいない。3階に金蔵はいない。地下に金蔵はいない。1階に金蔵はいない。以上から、金蔵が存在し得る余地の検討は、2階だけとなるわ。
夏妃の部屋を除く全ての場所に、金蔵は存在しない!
24時から朝までの一晩、生きた金蔵は、夏妃の部屋を除く全ての場所に存在しない!!
24時から朝までの一晩。生きた金蔵の存在する余地は、あなたのベッドの中以外に、存在しない。
24時から朝までの一晩。生きた金蔵の存在する余地は、夏妃のベッドの中以外に存在しない。そして夏妃も昨晩、同じベッドで就寝したわ。
全てのゲーム開始時に、右代宮金蔵は死んでいる!

 一度言えば終わることを何度も繰り返したということは、その部分を考えて欲しいということ。
 それらの思惑を念頭におけば、金蔵が共犯となる。

全てのゲーム開始時に、右代宮金蔵は死んでいる!

 右代宮家当主を継承する時に、金蔵の名も継承するという仮説が、第4のゲーム時に提示されている。
 よって、金蔵が死亡した後に、右代宮家当主と“金蔵”の名を継承した人物がいれば良い。

全ての人物は右代宮金蔵を見間違わないッ!

 見間違わない以上、六軒島にいる金蔵は登場人物たちの知る金蔵で間違いない。
 よって、この金蔵こそが、金蔵が死亡した後に金蔵の名と右代宮家当主を継承した人物ということになる。

 これは推測だが、
 長老たちは当主の座を継ぎたくはなかった。そこで分家の金蔵に当主の座を押し付けることにした。
 名目は金蔵が多指症であるから。
 だが、継承する前にその金蔵が死亡してしまう。
 そこで長老たちは一計を案じた。

 台湾に住む分家の金蔵のことを知るものなど誰もいない。
 必要なのは“次期当主の金蔵”という肩書きで、中身はどうでもいい。
 唯一の特徴である「多指症」さえ一致していればいい。と。

 そうして「多指症」の人物が金蔵の身代わりとして、右代宮家当主と金蔵の名を継承した。
 島にいる人間は全員、金蔵が当主を継承した後に知り合ったので、この“金蔵”のことしか知らない。
 よって、誰も見間違えない。

つまり、今、この客間にいる人数が、在島者全ての人数、ってことになるわね。』

 「在島者」とは島に「存在する」者。「存在しない」人間はそこには含まれない。
 “金蔵”は皆に金蔵と認識されているので、“金蔵”の仮面を被った“誰か”は「存在しない」。
 そこにいるのは“金蔵”なのだから。

24時の時点で、2階廊下にいた、蔵臼、夏妃、源次の3人と、食堂にいた全員以外の、一切のニンゲンは屋敷内に存在しなかった

 「存在しない」金蔵の仮面を被った“誰か”なら、屋敷内にいてノックと手紙を置くことが可能。

夏妃の部屋を除く全ての場所に、金蔵は存在しない!

 金蔵の仮面を被った“誰か”は「存在しない」ので、夏妃の部屋以外の場所に生きた体があっても「存在しない」。


 結論。
 存在しない金蔵の仮面を被った“誰か”、つまり私たちの知る「金蔵」が共犯である。



 ついでだから手紙とノックもちゃんとやっておこう。

24時の時点で、2階廊下にいた、蔵臼、夏妃、源次の3人と、食堂にいた全員以外の、一切のニンゲンは屋敷内に存在しなかった
つまり、屋敷にいた人物全員が、ノック音の発生源とは成り得ない、という意味デス。……そしてこの“全員”とは、誰も把握していない、観測されていない人物であったとしても含みマス。
24時の時点で、屋敷以外に存在するのは、ヱリカ、譲治、朱志香、真里亞、南條、郷田、熊沢のみである

 屋敷にいた「全員」とは、ヱリカ、譲治、朱志香、真里亞、南條、郷田、熊沢を抜かした在島者全員のことと解釈。
(誰も把握していない、観測されていない人物を含む)
 金蔵は「在島者」には含まないので、ここで言う「全員」には含まれていない。
 よって、手紙を置いてノックしたのは、「全員」には含まず、「存在しない」で屋敷の中にあることができる、金蔵の仕業である。




 続いて第6のゲーム。救出者嘉音の正体について。

 犠牲者6人は、示された各部屋に。
 隣部屋には、秀吉、譲治、紗音、熊沢、南條。
 ヱリカは扉の封印のためにゲストハウスの廊下。
 そして、金蔵を抜かし、
それ以外の全員が、いとこ部屋にいることを認める。

 これで全員の居場所は判明。

右代宮霧江ニハ、戦人ヲ救エナイ。
 右代宮霧江には、……戦人を救えマセン。
 右代宮夏妃には、戦人を救えマセン。
 右代宮絵羽には、戦人を救えマセン。
 無駄death。 楼座にも真里亞にも救えないのデス


 戦人を抜かした犠牲者の中には救出者はいない。

 いとこ部屋と隣部屋の扉について。
謹啓、謹んで申し上げる。どちらも破られていないものと知り給え。
 いとこ部屋について。
不可能デス。窓も封印を維持していマス。無論、ロジックエラー時にデス。
ロジックエラー時に隣部屋の窓の封印が暴かれていたことを理由とする青き真実の使用を禁じるものと知り給え。

 いとこ部屋にいた人物には不可能。
 隣部屋にいた人物を救出者にした仮説はNG。

戦人と嘉音は別人である。
ヱリカ『復唱要求。"私は救出者ではない"。』『当然だ!

 救出者嘉音は、戦人でもヱリカでもない。


 残ったのは金蔵のみ。
 いとこ部屋にいる「それ以外の全員」には金蔵は含まれてないからだ。

 よって、救出者嘉音とは金蔵である。
 そしてそれは、“金蔵”の仮面を被った“誰か”の名は“嘉音”であるということ。

 使用人嘉音、本名嘉哉は福音の家出身の孤児で、使用人に抜擢されて、福音の家の使用人の命名システムによって「嘉音」の名を与えられた。
 そして、孤児院「福音の家」を作ったのは金蔵。
 福音の家から使用人を採用することを決めたのも金蔵。
 福音の家の使用人の命名を決めたのも金蔵。
 それら全てを金蔵がお膳立てした。
 つまり、金蔵は名前のトリックのために「嘉音」を用意する必要があり、そのためにそれらを作ったのだと推測できる。


  1. 2014/01/18(土) 23:37:55|
  2. 共犯者
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犯人についての簡単なまとめと蛇足

 動機についてが書きなぐってきたが、いまいちまとまってないようなので、まとめてみようと思う。


 犯人は第一のゲームで肖像画の前に現れた、肖像画と同じ姿の人物。
 18人目のX。19年前の赤子である理御だった者。
 夏妃によって育てられなかったので、崖から落ちた形で死を偽装され、九羽鳥庵で隠されて育てられた。
 誰かに姿を見られることを、金蔵に禁止されている。
 だから姿を隠して、他の人間を観察するのが趣味。

 それらの境遇から、誰かに自分のことを知って欲しい、誰かと交流したいという思いが人一倍強い。
 だがそれが禁止されているので、他の誰か(選ばれたのは紗音)と共にいる自分の姿を想像して、自分を慰めていた。

 でもそれでは満足できず、姿を現さずに干渉する(チビ箒を隠す)ようになる。
 そして、それが他者から“魔女”の仕業だと捉えられることになった。
 “魔女”であるならば、それは“自分”ではない。
 “自分”には禁止されていることでも、“魔女”ならば許される。
 “魔女”を信じさせればさせるだけ、“魔女”としての行動範囲が広がる。
 “魔女”としてならば、他者と交流できる。
 こうして姉ベアトが生まれた。

 だが、“魔女”を知らしめるのは、“自分”を知って欲しいことの代償行為に過ぎない。
 愛されぬ自分の代わりに愛されて欲しいという。
 だから不満は解消されない。一時だけ忘れさせてくれるだけ。
 でもそれは仕方がない。
 登場していない人物が犯人であるなんて、ノックスでもヴァン・ダインでも禁止されているほどアンフェアなのだから。
 そうして、本当の願いを諦め、諦観した。
 “魔女”の生活に不満はないのだと、自分を騙した。

 だがそれを、諦観による心の防壁を、戦人の約束が壊した。
 絶対に解くという約束。
 それはもう諦めなくていいのだと思わせるに十分なもので。
 もう自分を騙して、不満を紛らわす必要はないのだと。後は待つだけでいいのだと。
 そう、思わせてしまった。

 戦人のために生まれたのが妹ベアト。
 戦人に解いてもらう謎、それはホワイダニット。戦人の好きなミステリー。
 ホワイダニットなら、“魔女”として現れても、“自分”の心を推理してくれるだろう。
 この人ならば、約束通り、絶対に解いてくれる。

 しかし、戦人は約束を守らなかった。
 せっかく謎を用意したのに、挑んでもくれなかった不満。
 さらには、長年、諦観によって押さえ込まれてきた、周囲の人間に対する不満も入り混じり、抑圧されてきた気持ちが爆発し、悪意へと変貌する。
 これまでの13年、そしてその後の6年の歳月を経て熟成されたそれは、殺意になったのだ。



 “18人目”の願いは、「自身の“本当の姿”を存在を認めて欲しい」というもの。
 でもそれが叶わないから、「代わりに“魔女”として、存在を認めて欲しい」で妥協した。
 これが我らの知るベアトリーチェ。“18人目”の悲しみから生まれた存在。
 魔女=不可能犯罪で、信じさせようとする。逆に、そう挑発することで、人間に可能だと、推理を促してもいる。


 そのベアトに隠れているのが、本来の“18人目”。
 第4のゲームで出てきた、もうひとりのベアト。
 魔女ベアトを自分の代わりに愛でてもらうために生み出した。


 そして、その2人の間にいるのが、“18人目”の怒りから生まれた者。
 それが真実の魔女であり、その魔女が生み出した黄金の真実である“ヤス”。
 推理することによって、“本当の姿”と並び立つ真実となるべく黄金の魔法によって生まれた。
 この“ヤス”もまた、“本来の姿”の代わりに愛でてもらうための存在。
 だが理由が異なる。
 これは「“ヤス”の存在を認めてもらい、本当の真実を抹消して欲しい」という願いゆえのもの。
 真実がこんなにも苦しいのなら、真実などいらない。
 誰もが真実などいらないなら、真実を殺す。
 そのために生み出した駒が“ヤス”。


 最後は傍観の魔女。
 フェザリーヌは愛と憎しみから距離を置き、その勝負を傍観する。
 幾子は願いも想いも全てベアトに託して、何もかも捨て去り身軽になった。
 ただひとつベアトから託された願いだけを持って。
 その願いこそがメッセージボトル。死したベアトリーチェに捧げる物語。
 そして、その物語の中で、3つの物語が恋の決闘を行っている。




 蛇足だが、思うに、ベアトの性質を表すのに相応しいのは、誠実と公平、であるのではないだろうか。
 相手に約束を守って欲しいから、自分も約束を守る。
 愛して考えて欲しいから、まずは自分から愛して考えて真実を得る。
 解いて欲しいから、解けるように作る。
 絶対の意志を持って欲しいから、自分も絶対の意志を持つ。

 無限の魔法自体もその考えに則っているように思う。
 別の自分に願いを託すから、その別の自分から託された願いを自分が叶える。
 相手が絶対に叶えると信じたから託し、相手から絶対に叶えると信じられたから託されている。
 自分の絶対を保証するのは、別の自分であるとも見れる。

 さらには、別の自分に託した願いは、もう自分は持たなくていいものである。
 選ばれなかった願いを叶えられない後悔を抱かなくて済む魔法であり、自分に託された願いを叶えるために過去を振り向かない決意でもある。

 そして極めつけは、奇跡が起きた時だ。
 その奇跡は別のベアト百人分の思いの結晶。
 ベアトにとって、その奇跡の価値は、百人分に匹敵する。
 もしも無限の魔法を使わずに、ただの偶然で得られたら、その価値は低い。
 もっと価値あるものを得れば、捨ててしまうかもしれない。
 だから百人分の価値のある奇跡は大切にされる。その価値ゆえに。

 私は、これらは相手と自分に対して誠実で公平であるがゆえのものであると思える。
 もっとも、それが引っ繰り返ったのが惨劇なのだが。


  1. 2014/01/18(土) 21:26:47|
  2. ベアトの心臓
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真実の魔女の悪意

 “古戸ヱリカ”は“探偵”という設定。

 第4のゲームまでは、アンチファンタジーvsファンタジーなので、“ベアトリーチェ”という“魔女幻想”で自らの姿を覆い隠していたが、第5のゲームからはミステリーvsアンチミステリー。
 “古戸ヱリカ”という、仮に名付けるなら“探偵幻想”とでも言うべきもので自らの姿を隠している。
 真里亞が薔薇庭園で出会ったのはベアトではなくヱリカなのも、その配役ゆえである。

 登場にあたり、“プレジャーボートより転落、奇跡的に六軒島に流れ着いた”という設定を使用。
 源次に命じて、外と連絡を取って身元を確認した、と嘘を付かせて幻想を信じさせればいいだけの簡単な魔法。

 ヱリカは“探偵権限”を持っていて、自由に捜査ができるという設定。
 “これまで解決してきた事件”を語って聞かせ、“探偵”だと信じさせることにより、素人が事件を捜査するよりも玄人に任せるべきであるという幻想を作り上げた結果手に入れたもの。
 “探偵幻想”で現実を侵食することにより、“探偵”として振舞うことができる自由を手にしたのだ。

(ちなみに、“探偵”を“魔女”に置き換えれば、“魔女幻想”の出来上がり。
 魔女を信じるニンゲンの前にベアトの姿で現れれば、“魔女”として振舞う自由を手に入れられる。
 姿を現しても、それは“18人目のX”ではないのだ)

 “ヱリカ”は“探偵”として行動することで、ゲーム盤に謎を作り上げる役。



 さて、ここからヱリカの動機について。
 正確には、“ヱリカ”を演じた者の動機なのだが。
 お待たせしたのか、しなていないのかは解らないが、ここからは“悲しみ”に替わって“怒り”の時間だ。
 覚悟はいいだろうか。


 “ヱリカ”を演じていた“18人目”は“19年前の男”である。
 だから、第5のゲームにおいて夏妃が“19年前の男”の復讐であると己の罪を懺悔していた時、その目の前に“19年前の男”がいたことになる。
 これほど滑稽なことがあるだろうか。いいや、ない。

 夏妃を告発し、犯人であるという濡れ衣を着せた張本人。
 なのに、そいつが“19年前の男”だとは解らない。
 何故なら“ヱリカ”は女だからだ。使っている“体”も間違いないく女。
 なら何故に、そんな勘違いが起こったのか。

 それは19年前の赤子を、金蔵が言うがまま「男」だと信じたからだ。
 そしてそのまま育てることを拒否して、性別を確認すらしなかったからだ。
 己の苦しみしか見ず、憎しみだけでしか赤子を見ず、その赤子がどこの誰かであるかなどどうでもよかったからだ。
 だから簡単に魔法に掛かる。
 愛がないから真実が視えない。

 夏妃が犯人であるという結論、そんな幻想を信じる者たちも同様だ。
 愛がないから真実が視えない。だからそんなに簡単に魔法に掛かる。


『未来に冤罪が証明された時。
 その時こそ、この物語は遡って書き換えられるだろう……。
 ……私は、思う。
 真実など、儚い。
 死ぬまで良き人であったとしても。
 死後に心無い誰かが、私が良き人ではなかったと一言、記録書に書き記し、それを人々が共有すれば。
 ……私が生涯、良心を貫いたことさえ、易々と塗り替えられてしまうのだから。
 だから、私は思う。
 未来永劫、良き人として生きないと……。』



 右代宮家の連中の思考の中で弄ばれる“私”は、右代宮家の“家具”に過ぎない。
 一人分の魂を持った人間として扱われていない。

 猫箱は無限の解釈を許す。
 無限の幻想が、無限に真実を殺す。
 本当の姿も心も、放置されて忘れ去られ、或いは幻想に塗り潰され、その果てに存在しなかったことにされる。
 忘却の深淵。そんな地獄に“私”はいた。

 どうでもいいからと、思考停止する。
 考えても解らないからと、思考停止する。
 主の命だからと、思考停止する。
 魔女の仕業に違いないからと、思考停止する。
 きっとこの中に犯人がいるに決まっているからと、思考停止する。
 相応しい犯人が見つかったからと、思考停止する。

 ニンゲンの思考停止が“私”を殺す。
 だから“私”は思考停止が嫌いだ。
 だから“私”は思考を止めない。

 考えて、考えて、考えて、証拠を積み重ねて、赤き真実に昇華されるまで延々と。
 そこまで昇華させたから、“私”が作り出したゲーム盤の“駒”は現実の人物と変わらない動きをする。
 そこには現実という真実だけがあり、それゆえに残酷で救いがない。
 その真実に耐えたからこそ、真実の魔女なのだ。

 考えるゆえの魔女。
 “私”は右代宮家の連中の真の姿を知っている。
 苦しみも喜びも、何を愛し、何を望んでいるのかも。
 そして、真実など何も見ていないことも。
 自身の真実に拘泥し、他者の真実など省みない。
 そんなニンゲンなのだと。

 そして、考えぬニンゲンたちは“私”を殺す。
 地獄という密室に永遠に閉じ込めて、本当の“私”を滅ぼす。
 悪戯という形で“私”という謎を提示しても、決して思考しない、推理しない。幻想を信じ、真実から目を逸らす。
 何度も何度も何度も。
 手を変え品を変え、幾度繰り返そうとも。
 1986年の10月4日に至るその時まで、何も思考しなかったから訪れた今日。

 だから“私”は良い人にはならないと決めた。
 本当の真実に背を向けて、偽りの真実を構築しよう。
 本当の真実など、誰も必要としていないのだ。
 そんなに要らないのなら“私”が奪ってやろう。
 そんなに幻想が視たいのなら見せてやろう。
 幻想に惑い、真実を求めて得られぬ渇きの中で、もがいて死ね。

 傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲。
 罪に囚われ、目を曇らせた愚かなニンゲンを、七つの大罪の杭を以って、その罪を赦そう。
 そして、罪も真実も、全てを猫箱に閉じ込め、全てを滅ぼそう。
 誰も逃がさないし、逃げられない。

『真実を語れぬ、嘘吐きニンゲンどもめッ!! 赤き真実なきニンゲンに、愛も心も真実も語る資格なんてないんです!』

 猫箱は無限の解釈を許す。
 無限の幻想が、無限に真実を殺す。
 本当の姿も心も、放置されて忘れ去られ、或いは幻想に塗り潰され、その果てに存在しなかったことにされる。
 そんな地獄にお前たちも落としてやる。
 “私”がそうされたように、今度はお前たちが地獄に落ちる番だ。

 そうしてやっと“私”は、弄ばれる側から、弄ぶ側に回ることができるのだ。

 “私”の魂を無限に分かち、その数だけ殺す。
 それを黄金の魔法で過程を修飾し、同じ数だけ殺す。
 さらに魔女の語る魔法説で、同じ数だけ殺す。

 “私”が作り出した真実だけでは足りない。
 真実は観測する者の数だけ存在する。
 だから――――

 絵羽犯人説で、戦人犯人説で、遺産争いで、恋愛の縺れで、魔法の儀式で、医者の検死は嘘で、探偵が犯人で、犠牲者が犯人で、全員共犯で、登場していない人物がいて、秘密の通路があって、秘密の装置があれやこれや。
 親が子を、子が親を、恋人を、想い人を、伴侶を。誰もが犠牲者で、誰もが犯人。納得できるならどんな動機でも構わない。
 そうやって、観劇の魔女の数だけ殺す。

 幾度でも何度でも、無限に、永遠に、全てが滅びるまで、絶対の意志で。



 この地獄は、第8のゲームにおける、山羊たちによる黄金郷崩壊の図そのものだ。
 それこそが“怒り”が望んだこと。
 しかし、それを見て“悲しみ”は悲しんでいることだろう。
 そして、全てを蘇らせて…と願う。


  1. 2014/01/12(日) 03:45:09|
  2. ベアトの心臓
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隠された人間

 真犯人は存在しない“18人目のX”である。
 この点から各ゲームを見ると、それぞれの扱いはだいたい同じだ。
 その可能性を提示して、その後にその可能性を否定する。
 そして、実際には抜け道がある。
 判を押したようにその繰り返しだ。


 第1のゲームから見てみよう。


●第1のゲーム
 ベアトリーチェからの手紙で、19人目の可能性を提示。
 その後霧江が、19人目の仕業に見せかけたい18人目の仕業である、と否定した。
 19人目が存在を誇示したいなら、姿を現せばいいのだと。

 だがベアトのゲームは想定より成り立っている。
 よって、霧江の考えも想定されていたことになる。
 それを念頭にチェス盤を引っ繰り返せば、18人目の仕業に見せかけたい19人目の仕業である、となる。

 19人目がいる可能性の提示は、推理の余地を作り出すため。
 19人目がいる可能性の否定は、自身に対する疑いを逸らすため。

 ちなみに19人目は肖像画の前で、肖像画と同じ姿で登場している。
 それを否定するには、19人目がいないことを証明しなければならない。


●第2のゲーム
 来客として現れて、19人目の可能性を提示。
 密室殺人により、使用人以外の可能性を否定。それを三度も繰り返す。

 それは何が何でも使用人が犯人であると思わせたい意図があるということ。
 チェス盤を引っ繰り返せば、故に使用人以外の犯行である、となる。
 さらに付け加えるならば、来客ベアトは格好のスケープゴート要員であるはずだ。
 が、何故か来客ベアトに疑いを向けさせないで、使用人に疑いを向けさせている。
 このことから来客ベアトに疑いを向けさせたくない意図を感じることができる。


●第3のゲーム
 隠し屋敷九羽鳥庵の存在を明かし、19人目が隠れ住まうことができる可能性を提示。
 過去のベアトの死を確定に加え、人数制限の赤き真実により19人目を否定。

 事件前に金蔵が死んでいる可能性により、19人目は18人目に成り得るというロジック。
 これは第4のゲームで追認された。
 それが第4のゲームにおける、19人目もとい18人目の可能性の提示になる。


●第4のゲーム
 可能性の提示は上のとおり。
 ゲーム開始前の金蔵の死の確定、さらなる人数制限により18人目の可能性の否定。

 これは前の記事の「私は、だぁれ?」の通り。
 付け加えるなら、“魔女ベアト”は「存在しない」。
 そして“18人目のX”は“魔女ベアト”として認識されているから、“18人目のX”も「存在しない」。



 すでに解っているよってことを何度もくどいくらいに繰り返すということは、そこを考えてくれということだと思う。



 さて、いよいよ今回の本題である第5、6のゲームの出番。

●第5のゲーム
 18人目の来訪者である古戸ヱリカによって、18人目の可能性を提示。
 ヱリカに関する赤き真実で、それを否定。

●第6のゲーム
 18人目のヱリカが犯人でると赤き真実で確定、18人目の可能性を提示。
 ヱリカに関する赤き真実、及び同一説の提示により、18人目の可能性を否定。


 第6のゲームの犯人は明言されている。
ヱリカ『私が殺した5人全員は、……私が殺す瞬間まで、ちゃんと生きていました。

 よって、犯人は“古戸ヱリカ”である。


ノックス第1条。犯人は物語当初の登場人物以外を禁ズ

 犯人であるヱリカは、物語の当初である第1のゲームに登場していなくてはならない。
(尤も、物語当初とは第6のゲームの当初であると解釈すれば抜けられるが、これは「黄金の真実」用。)

 そもそもベアトのゲーム盤は全て、ベアトの“想定”によって成り立っている。
(尤も、第5のゲーム以降は、ベアトのゲーム盤ではない、という解釈もありだが、「黄金の真実」用)

 つまり、ヱリカが現れることは想定されていたことになる。
 さらには、そんなヱリカが殺人を犯すことも想定されていた。
 ヱリカが本当に奇跡的な偶然によって島に辿り着いたのであれば、それを想定することなど人間には不可能だ。
 よって、ベアトは“ヱリカ”が島にいることを知っていた。


 第5のゲームの赤き真実。
古戸ヱリカは、これまでのベアトのゲームに影響を与えない。
 これまでの世界には存在しないし、影響も与えないわ。


 これは第4のゲームまでヱリカが存在せずに、ヱリカの肉体だけが存在していれば抜けられるだろう。
 つまり、“ヱリカ”を演じている者は、第5と第6のゲームにおいてだけ“ヱリカ”を演じているということ。


ノックス第10条、手掛かりなき他の登場人物への変装を禁ズ

 想定された人物しか存在しないゲーム盤に、存在していなかった人物が現れたこと自体が、登場人物の誰かが変装していることの手掛かりとなっている。


 第5のゲームの赤き真実。
古戸ヱリカが1人増えただけ。
 それ以外の在島者の人数は、これまでのゲームとまったく同じ。

 つまり、今、この客間にいる人数が、在島者全ての人数、ってことになるわね。

 「在島者」とは即ち「島に“存在する”者」。
 “ヱリカ”はこれまでのゲームにおける「島に“存在する”者」の誰でもない。


 第6のゲームの赤き真実。
我こそは来訪者ッ、六軒島の18人目の人間ッ!!!
そなたを迎えても、』『17人だ。

 「17人をそのまま解釈しなければならないのならば、18人目を再解釈しなければならない」の対偶は、「18人目を再解釈してはならないのならば、17人をそのまま解釈してはならなない」。
 「17人」とは「在島者」の数。「存在しない人間」は数に含まない。
 “探偵古戸ヱリカ”は真犯人が演じている役。
 よって、“古戸ヱリカ”は「存在しない」。
 さらには、目の前にいる人物を“古戸ヱリカ”と認識しているために、“18人目のX”は「存在しない」。

 故に、18人目の人間である古戸ヱリカは「存在しない」ままに島にいることができる。


  1. 2014/01/12(日) 02:41:58|
  2. ベアトの心臓
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私は、だぁれ……?

 誰かが信じる幻想の中にしか存在できないのに、その幻想を暴いて欲しいと願う。
 それが端的に表れたのは、第6のゲームでの夜の屋敷の悪戯だ。

『深夜。戸締りの確認をして回る使用人たちの後を付け、彼らがちゃんと施錠したはずの鍵を、開けて回っているのだ。』

『……本来、この島に我らはいない。さらに言おう。“今、この廊下には、誰もいないのだ”。なのに、こうして鍵が開き、……窓が、開く。』


 誰もいないのに、そこに誰かが存在していたという証。

 “魔女”を信じて欲しいと言っているのか、“誰か”を信じて欲しいと言っているのか。

 皆が信じなければ“魔女”は存在できない。
 そういう虚構の存在なのだ、とは第1のゲームの戦人の言。
 ならば、ニンゲンである“誰か”も皆が信じなければ存在できない。
 そんな虚構の存在だとでも言うのだろうか。

 悪魔の証明。魔女の証明。人間の証明。
 姿を現さずとも、謎を問い掛けた“誰か”は確かに存在するのだ。


『私は、だぁれ……?』


 全てはそこに集約される。


右代宮戦人。今から私が、あなたを殺します。
 そしてたった今。この島にはあなた以外誰もいません。この島で生きているのは、あなただけです。島の外の存在は一切干渉できません。
 この島にあなたはたった一人。そしてもちろん、私はあなたではない。なのに私は今、ここにいて、これからあなたを殺します。


「犯行が可能な人間がいないのであれば、“私”は人間ではない。爆弾である」
 だがこれは「黄金の真実」だ。
 出題編最後の問いは、ベアトの心臓について。
 戦人に殺してと“約束”を交わしてまで解いて欲しいもの。
 それは犯人の正体であり、犯人の動機だ。

『幻は、幻に。……約束された死神は、魔女の意思を問わずに、物語に幕を下ろす。』

 魔女の意志を問う問い掛けに、魔女の意志を問わずと返すのは如何なものか。
 “土は、土に”なら真実。“幻は、幻に”なら虚構。真実と虚構を斬って分ける。
 『幻は、幻に。』即ち、『約束された死神は、魔女の意思を問わずに、物語に幕を下ろす』は虚構である。
 黄金の真実である。


 ここからはヘンペルのカラスの出番。
 「犯行が可能な人間がいないのであれば、“私”は人間ではない」の対偶は「“私”が人間であるならば、犯行が可能な人間が誰かいる」。

 さらに行こう。
 「犯人が存在する人間であれば、犯行は不可能」であるなら、その対偶は「犯行可能ならば、犯人は存在する人間ではない」

 よって、“私”は「存在しない人間」である。
 「存在しない」ことが即ち犯行が不可能である、とは限らない。


戦人『俺の6年前に、ベアトリーチェなどという人物は存在しないのだ。

 ベアトリーチェという人物は「存在しない」。
 ただの「6年前」ではなく、「“戦人の”6年前」に。
 ベアトリーチェという人物は、“戦人の認識する世界”には存在しない。
 知らないのならば、それは「存在しない」ことと同義だからだ。
 戦人が知っているのは、ベアトリーチェという名の“魔女”の話だけなのだ。

 認識上の他にも、
 例えば、『名』と『体』が一致しない場合、その『名』の本来の人物が死亡しているなら、その『名』の人物は『存在しない』にも関わらず、その『名』を名乗る『体』は存在することになる。
 あるいは、『体』が生きているにも関わらず、『体』本来の『名』が死亡したと誤認されそれが受理されたままゲームが開始された場合、その『名』の人物は『存在しない』にも関わらず、『体』は生きていることになる。
 どちらの場合であろうと、『体』が持つ『名』の内、『存在しない名』を持つ人間は『存在しない』というカテゴリに分けられる可能性がある。

この島には18人以上の人間は存在しない!!以上とはつまり18人目を含めるぞ。つまり、18人目のXは存在しないッ!! これは全ゲームに共通することである!!!

 18人以上の人間は存在しない。
 つまり、18人目より上の人間は、『存在しない』と定義される人間である。
 故に、犯行可能な『存在しない』18人目のXこそが、この事件の真犯人である。


右代宮戦人。今から私が、あなたを殺します。
 そしてたった今。この島にはあなた以外誰もいません。この島で生きているのは、あなただけです。島の外の存在は一切干渉できません。
 この島にあなたはたった一人。そしてもちろん、私はあなたではない。なのに私は今、ここにいて、これからあなたを殺します。

『私は、だぁれ……?』

 いないのに、ここにいる“私”は、だぁれ……?
 これはフーダニットというより、ホワイダニットであるように思う。



 私には、誰にも見つけてもらえなくて泣いている“誰か”の姿が視える。


  1. 2014/01/12(日) 01:20:05|
  2. ベアトの心臓
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ヤスから視える風景

 “ヤス”は右代宮家の使用人である。
 紗音と同じ部屋で寝泊りしている。

 だが、紗音は部屋を一人で使っているのが現実。
 そして“ヤス”が紗音であるというのは「黄金の真実」。
 よって、“ヤス”は紗音以外の“誰か”が作り出した幻想である。


 その“誰か”は紗音が使用人として働いている姿を覗いていた。
 そして、紗音の隣に“ヤス”という幻想の駒を置いた。
 それは紗音の隣にいたいという願望の表れだろう。
 紗音と3歳違いのその“誰か”は、近しい年齢の紗音に親近感を覚えたのかもしれない。
 だから、“ヤス”に紗音の親友という設定を与えた。

 “ヤス”は使用人なのだから、当然、福音の家出身の孤児であるという設定だ。
 紗音と同じ部屋を与えられ、紗音と共に使用人の仕事をこなす毎日。
 使用人としての振る舞いは、紗音を手本としている。
 現実では“ヤス”は存在していないので、“ヤス”の失敗は、実際は紗音の失敗。
 しかし、その失敗は“ヤス”の失敗という設定にしたので、“紗音”は失敗していない設定になる。
 だから“紗音”は失敗をしない完璧な使用人。
 “紗音”は“ヤス”の理想の使用人像なのだ。
 紗音は“誰か”の憧れなのだ。


 だが、見ているだけでは物足りなくなる。
 やがて“誰か”は紗音のチビ箒を隠すようになった。
 紗音の体験は、“ヤス”の体験。
 “ヤス”はそれを“魔女ベアトリーチェ”の仕業だと考えるようになる。
 そして、チビ箒を隠すことは、“ヤス”と“魔女”のコミュニケーションとなった。

 勿論、それは“ヤス”の設定であり、“誰か”の願望に過ぎない。
 だがそれは、紗音に信じさせることができれば、それが真実になりえるのだ。



 ――時が経ち、新たな使用人がやって来た。
 紗音を蔑ろにする年上の後輩たちだ。
 “親友”である紗音が受けた仕打ちに“誰か”は怒り、仕返しを企む。

 ある部屋のベッドの下に隠れ、部屋を掃除している全員が背を向けた隙に、いつも通りにベッドに放り投げてある鍵束と、その部屋の鍵だけ抜き取った鍵束を交換した。
 抜き取った鍵は事前にロッカーの中に。

 初めての謎。初めてのミステリー。初めての魔女幻想。
 もう紗音だけの“魔女”じゃあない。他の使用人たちにも“魔女”を信じる者が現れた。
 もう紗音だけの親友というだけでは物足りない。
 “ヤス”がいくら使用人として働いても、誰も認めてくれない。
 幻想なのだから。

『使用人ごっこは、もうやめる。……世界を、変更。』

 使用人に対する憧れを捨て、魔女になることに憧れた。
 “使用人”から“魔女”へ。
 “六軒島を支配する魔女”として、他の者たちにも自身の存在が許される幻想を広めよう。
 幻想が現実を侵食した分、“魔女”がいてもいい世界は広がる。
 全ては“魔女”の仕業だから、“誰か”の仕業ではない。
 “誰か”は“魔女”という分身を介して、夜の屋敷の中を自由に闊歩する。



 ――また時が経ち、かつての“親友”である紗音が戦人に恋をしたらしい。
 紗音が恋した戦人とはどんな奴なのか。
 恋とはどんなものなのか。
 興味の赴くままに戦人を着け回す。
 戦人はミステリーが好きで、その中でもホワイダニットを題材にしたものが好き。
 それは“誰か”の求めていたタイプのニンゲン。
 益々興味を持ったかもしれない。
 そして、いつものように悪戯を装った謎を仕掛けたのだろう。

 それに対して戦人がどう反応したのか。
 確か当時は魔女を怖がっていたとか。
 だから怖がりながらも、このような啖呵を切ったことだろう。

「魔女なんかいねぇ。全ては人間の仕業だ。絶対に暴いてやる」

 ……とか何とか。推測に過ぎないが。
 これは戦人にとって、反射的に出た軽い気持ちの言葉だったことだろう。
 だが、“誰か”にとっては違った。

 幻想を信じさせ、そこに居場所を見出していたとしても、本当は謎を解いて欲しかった。
 幻想を暴き、自身の存在を見つけ出して欲しかった。
 そんな“誰か”にとって、その言葉は救いだ。

 誰もが思考停止し、謎を解こうともしない中、半ば諦めかけていた願いを叶えてくれるかもしれない男が現れたのだ。
 それは正に、地獄に仏。
 蜘蛛の糸を垂らされたが如く、一筋の希望。
 闇の中で見つけた、たった一つの小さな光。
 その男が自分の願いを叶える運命の男に思えたとしても仕方のないことかもしれない。

妾が今、そなたに思い出すことを要求している罪は、右代宮戦人とベアトリーチェの間のものではない。

 その約束は戦人とベアトの間に結ばれたものではない。
 戦人が一人で約束したものだ。
 だけれども、それを聞いた“誰か”にとってもそれは約束なのだ。

 願いを叶えるという“約束”があるのだから、もう諦める必要はない。
 戦人に相応しい“魔女”を設定し、戦人のために謎を作ろう。
 全ては戦人に解かれるためにある。


 だが、戦人は六軒島に戻ってこなかった。
 戦人に謎を解いてもらうには、戦人を待ち続けなければならない。
 待ち続ける間、誰も謎を解こうともしてくれない六軒島から出ることも叶わない。
 望みが叶うなら叶う。叶わないなら叶わない。
 それがはっきりせずには、一歩も前に進むことができない。

 解いてくれることを永遠に待つことしかできない。
 だから、もう待たない。
 目を背けることもできない“謎”を目の前に突きつけ、解けなければ出ることの叶わない猫箱に閉じ込めてしまおう。

 ……そういう考えに行き着いてしまったのかもしれない。


 戦人の罪は不用意に希望を持たせたこと。そしてそれを忘れ、放っておいたこと。
 知らぬことは罪だ。知ろうとしないことも罪だ。
 そして、罪を自覚せぬことが最も重い罪なのだ。





 ……ちなみに、紗音が恋を諦めた後にその恋を譲り受けたのは、“ヤス”が譲り受けたという設定にして「黄金の真実」に信憑性を増やすためである。


  1. 2014/01/12(日) 00:37:45|
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第7のゲームを始める前に

 これまでは「魔女と魔法」についてだったが、ここからは「人間とトリック」になる。

 まずは動機から行こう。
 私は真犯人に同情的なので、時には私の感情まで混じってしまうだろうから、注意されたし。
 後になればなるほどその傾向は強くなっていくと思う。




戦人『ベアトは、俺に解いて欲しいと願って、解けるようにこのゲームの謎を生み出した

 そのために事件を起こし、謎を作った。
 けれど、それはベアトに託された願いに過ぎない。

 幾子は自身が殺したベアトのためにメッセージボトルを書いた。
 それはベアトリーチェに捧げられた物語。
 つまり、それはベアトから託された願いということ。

 謎を解いてもらう対象は戦人だけではない。島の外の人間もだ。
 対象が違うだけで、ベアトも幾子も同じ、謎を解いてほしいという願いをもとに行動している。

 願いの対象、感情を向ける相手は、人間全般と言っていいだろう。
 ベアトの言動にニンゲンに対して揶揄することが多々あったことから、それを察することができる。
 戦人が特別なのは恋する相手だからであるが、その特別は誰かに解いて欲しいができればそれは戦人がいいというもの。

 これは同一説におけるヤスの動機とは明確に異なるところだ。
 ヤスは戦人に恋をして、戦人に心を推理して欲しいと願って謎を作った。
 さらには、遺言の形で赤の他人に対してまで、保険か何かのように。

 それに対しこちらは、誰かに推理して欲しいという願いが最初にあり、その後に戦人に恋をして戦人に解いて欲しくなったという経緯になるだろう。



 謎を解いてくれないことに悲しみを感じる。
 だから謎を解いて欲しいと願う。

 だが、ベアトの物語は、悲しみの他に怒りも存在する。

 幻想を真実に昇華する黄金の魔法を使い、「黄金の真実」を信じさせる。
 それによって、本当の真実に辿り着かせない。思考停止させる。

 思考停止して真実に辿り着くことがないことに怒りを感じる。
 だから真実に辿り着くことなどできはしないと見切りをつける。

 ベアトは思考停止するニンゲンに怒りを抱いている。
 正確には、思考停止することに、だが。
 怒りを抱く以上、過去に思考停止されたことがあるのだろう。
 最終的に殺人に至るまで、何度も何度も何度も。



 さて、動機を紐解くために第7のゲームのヤスを見てみることにしようと思うが、今回はその前の準備までになる。

 第7のゲームは「黄金の真実」が真実として振舞っているゲームだ。
 そのゲームは第6のゲームの最後からすでに始まっている。

『ベルンカステルは、……ゆっくりと、黒い駒を摘み上げる。
 それは、……ベアトリーチェを意味する駒。
 時にキングでありクイーンでありナイトにもなれる。
 ……しかしそれは、プロモーションを迎えればの話。
 それまでは、ポーンにも等しい、クズ駒だ。
 まずは、駒の配置。
 もうこの時点から、魔女のゲームは幕を開けている。』

『初手、配置。d8ベアトリーチェ。』


 この通りゲームは配置から始まり、その配置は第6のゲームの最後にすでに行われている。
 細かく分析してみよう。

 ベアトの駒のプロモーションは、幻想が真実に昇格する様を表している。
 所詮は幻想に過ぎないのだからクズ駒であるのは当然。
 しかし幻想が昇格し、真実として振舞い出したら話は別だ。

 そして、黒の駒であるベアトはd8、黒のクイーンの位置に置かれた。
 それは即ち、クイーンたる“ベアトの心臓”に成り代わったということ。
 第6のゲームにおいて同一説は真実に昇格し、ヤスという名を与えられて堂々と六軒島を闊歩することを許されたのだ。
 それを以って、第7のゲームの初手にした。

 ……そんなところだろう。
 よって、第7のゲームは“ヤス”という幻想の裏を探ることとなる。


  1. 2014/01/11(土) 23:34:00|
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プロフィール

フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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