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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


物語の子供

 執筆者にとって、自身が紡いだ物語は子供のようなものだろう。
 その物語を読み手が読み解釈することで新しい物語が紡がれる。
 だとすると読み手の物語は、書き手の物語の子供と言えるのかもしれない。
 読み手ひとりひとりの解釈が異なるはずなので、読み手の数だけ物語の子供がいることになる。
 『真里亞』がヤスに語った、子供や孫に囲まれた老後という夢は叶ったのだろう。

 物語にとって、読まれ語られることは本望なのだろう。
 本来は『真里亞』にとってだけの物語で、他の誰にも知られずに忘却の深遠に消えるはずだった。
 それが今や、だからね。

 物語は読まれなければ意味がない。
 だからこそメッセージボトルは流された。
 読んでもらい、新しく紡いでもらい、語り継いでもらうために。
 それは追悼であり、復活であり、新生だ。
 物語の生とはそういうものなのかもしれない。

 故にこそ、3つ目の物語が語られない限り終わらないのだろう。


 この“物語”を子供として扱い、その“物語の子供”を孫として見る。
 それが『真里亞』が見出した絆なのだろう。
 そして物語の読み手とも、その絆を介して繋がっているのかもしれない。

 これしか絆の作り方、繋がり方を知らないから、そしてそういう価値観だからこそ、このやり方を選んだのだろう。
 そうすると、何も考えないというのは、拒絶されたように感じるのかもしれない。
 考えぬ豚と表現していたけど、それにはコミュニケーションを拒絶された怒りや悲しみ、諦観などが含まれているのかも。

 『真里亞』は完全に人間不信の気がある。
 人間と触れ合った経験がなく、自分を受け入れてもらった経験もない。
 人を信じる根拠など一つも得ていない。

 この状態でよく一歩を踏み出せる勇気を持てたなと。
 それも自分の胸の内を全て曝け出すようなことを。
 人間不信の人間は、誰かの助けがなければ一歩を踏み出すことができないだろうに。
 そう、ありえないほどの勇気なんだよ。

 その勇気を持てたのは「ヤスの物語」のお陰。
 その物語に慰められ、励まされ、一歩を踏み出す勇気をもらった。
 『真里亞』にとって「ヤスの物語」はどれほどかけがえのない存在だったのか。
 その存在が失われるのをどれほど恐怖したのか。
 想像もつかない。

 それを思えば、答えを明かせという要求は、どれほど軽率で心無いことか。
 「泣いた赤鬼」に当て嵌めると、赤鬼に対して仲良くなった証として青鬼を殺せと要求したようなもの。

 人に、心なんてないんだよ。
 愛なんて存在するのか。
 人間不信になるのも無理はない。

 だからこそゲームは開催されたのだろう。
 心と愛の存在を証明するために。
 だがこれは、読み手が自分の心と愛を証明するものではない。
 互いの心と愛を証明するためのものだ。

 心は心でなくては受け止められない。
 それを受け止めて生まれるのが、物語の子供なわけで。
 私はどれくらい受け止められたのだろうか。


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  1. 2019/08/24(土) 19:27:36|
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『白金のエンピレオ』歌詞考察

 ポメグラジオで『白金のエンピレオ』のフルを聞いた。
 後半の歌詞も色々と意味深なのが多い。
 “明日を生きる希望の牢獄”とか“魔女の消えたこの部屋に満たされる未来などない”とか“愛すべき魔女のため神を棄てて人に還る”とか、再読したから何となく理解できるフレーズばかりで嬉しい限り。

 そんな中、“黄金の言霊を砕き愛を知る者たちを嘲笑い虚妄に還す”とあり、「あ、本気なんだ」って。
 確かに、999人の読者を切り捨てる奇書と言っていたけど、本当に切り捨てる気なのか。
 まぁ、ヤスが犯人ってのは、皆がそう思うならそうなんだろうな、的に安寧としている人が大半だろうから、一度引っ繰り返してみて、どれだけ生き残るか試したくはなるけど。
 ヤスへの愛は本物かどうか。
 愛や真実ってのは誰にも否定できないものだから、しっかりと握りしてて離さないようにして欲しい。
 うみねこは愛や夢が破れそれを取り戻す物語で、そしてそれは執筆者の過去をなぞるものでもある。
 まぁ、貴重な経験になるんじゃないかな。

 というか、あれだ、EP7の時の私と同じような体験になるんじゃないか。
 想定していたのと違う犯人が現れて、滔々と過去を語り出したりして。
 あれはきついよ。
 誰も助けてくれないし。
 自分で自分を助けるしかない。
 自分で垂らした蜘蛛の糸を、自分で掴み取るかのような地獄。
 自説を掴んで地獄へバンジージャンプ的な、こう、絶望と希望の狭間を潜り抜けるようなスリル。
 それをぜひとも皆にも味わって欲しい。

 まぁ、これは私の予測に過ぎないわけだが、覚悟はしといた方がいいと思う。




 さて、じゃあ歌詞の考察をやっていこう。


 一番の歌詞に“最後の夢が消えるまで”とある。
 夢はヤスのいる虚偽の世界。
 その最後のだから、戦人=十八のいる未来の世界のことかな。
 続いて“傷をなぞり旅は続く”
 これは思考の旅。つまりゲーム。

 二番の歌詞は“最後の夢が終わらない”
 それが終わらないということは、ゲームが終わらないということ。
 続いて“明日を生きる希望の牢獄”
 これは二人で共に明日を生きるという希望。
 そしてその希望により繋がれた牢獄。
 要するに、ゲームのこと。

 まぁ、我らの告白まで出したのに、3つ目の物語はスルーされたし、そりゃ終わらんなと。

 ヤスの物語が綺麗に決まり過ぎたというのもあるだろう。
 その外側に何かあっても、内側にいれば安心できるから出たくないというのもあるだろう。
 それ以外を一から構築するのは面倒臭いというのもあるだろう。
 でも、我らの告白に書かれているように、そこからは一人でやっていくしかない。
 皆がそうだからという安心を断ち切って、一人で全てをやるしかない。
 その果てに見えてくるのが3つ目の物語なのだから。

 
 “神を睨み貴方は抗う、幸せの魔法を紡ぐため”
 幸せの魔法は、二人で黄金郷に辿り着く奇跡だろう。
 神はフェザリーヌ。
 なら貴方は、プレイヤーか『真里亞』か。


 “愛も夢も世界に勝てず”の“世界”は現実のこと。
 “夢”はヤスのいる虚偽の世界のこと。
 “愛”はヤスへの愛。
 つまり、ベアト殺人事件でヤスが死んだこと。
 二人で共にいる未来がなくなった。
 だから“魔女の消えたこの部屋に満たされる未来などない”となる。


 “白も黒も是非もなし”
 一番の歌詞に“嘘とまやかしを黒く染めよ”とあり、ウィルの刀のことも考慮すれば、白と黒は真実と虚構のことを指すのだろう。
 それが是非もなし。
 つまり、真実と虚構に上下はなし、対等であるということ。
 よって、黄金の真実も不要。
 あれは本当の真実と同等であるという保証なので、もうそんな保証も必要ないということなのではないか。


 最後は“全てを忘れて至るカケラさえ今はいらない、愛すべき魔女のため神を棄てて人に還る”
 フェザリーヌが神になったのは、夢も現実も自分の世界だと思えなくなったから。
 つまり、人であることを忘れたから。
 しかし、八城が生き残ったのは、死んだヤスの願いである、人として生きて欲しいのいう願いのため。
 全てを終わらせれば、一人の人間として生きれるはず。
 そして二人で一人なのだから、それが二人で生きる未来になる、かなと思うのだがどうだろう。


 これまでの話は人間になるための一歩だったけど、今回の話は人間になってからの第一歩って感じなのかも。





 ピースのゲームを妄想してみた。

 ベアトのゲームは、ヤスが犯人だと主張するためのもの。
 だがピースのゲームは、『真里亞』が犯人だと主張するためのものだろう。
 それを前提に考えるとするとだ。
 ベアトにはできないゲームになる可能性がある。

 ベアトはヤスを主張するために、ヤスが犯人だと推理してもえるように碑文の儀式を観測させる必要がある。
 これはヤスが幻想の存在なので、観測されなければ存在できないからである。
 つまり、事件の起承転結の起を起こさなければならないのだ。

 それに対して『真里亞』は、観測されずとも存在している現実の存在。
 つまり、事件の起を起こさなくてもいいわけだ。
 そこで思ったんだが、最短のシナリオとして、最初の晩に全員殺害する、があるのではないかと。
 トリック? 動機? そんなのどうでも良い。
 犯人は誰か? それだけを問える。
 それもヤスを否定して。

 で、一人一人名前を上げて犯人であることを否定し、死亡していることを確定すれば、島にいる善人に犯行は不可能となり、いるはずのない存在が犯人であることが浮かび上がる。
 ヤスのいる世界にとって、『真里亞』はいるはずのないニンゲン。
 つまり、魔女であろうが、人間であろうが、ファンタジーの存在なのだ。

 この構図は良いね。
 私からすれば、ヤスは存在しないニンゲンつまりファンタジーで、それと戦ってきた。
 逆からすれば、私の主張はファンタジーで、存在しないニンゲンが突如登場したかのように見える。
 クローズドサークルのはずなのに、一体どうして? みたいな。
 度肝を抜くこと請け合いだろう。

 これを入り口として、これまでのゲームにその犯人が登場していたのかを振り返る形で、これまでのゲームを紐解いていく。
 そんな感じなのはどうだろうか。


 こういうの妄想しているだけでも楽しいなぁ。

  1. 2019/08/17(土) 20:31:50|
  2. うみねこ咲へ向けて
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再読を終えて

 今回の再読でわかった世界の階層についてのまとめ。

 現実世界に主がいて、その主の心の中のゲーム盤に駒が置かれている。
 これが基本。
 最初は主である真里亞が、駒であるヤスの物語を紡いでいた。
 ゲーム盤であるニンゲン世界は、現実世界を基にヤスのいる世界として解釈されて上書きされたものとなっている。

 そのうち、ヤスが上層のプレイヤーを知覚したことで、プレイヤーである魔女ベアトリーチェに昇格。
 ニンゲン世界の上に魔女世界ができ、そこで魔女として真里亞と共にニンゲンたちの物語を紡ぐことになった。
 このヤスと共にいる真里亞は、主である真里亞の駒であり分身であり魔女。
 主である真里亞は、その人間たちの物語を紡いでいる魔女たちの物語を紡いでいる。
 要は、主とその巫女の関係。

 つまり、下層のニンゲン世界(平行世界)にいるのが、ニンゲンヤスとニンゲン真里亞。
 中層の魔女世界にいるのが、魔女ヤスと魔女真里亞。
 上層の現実世界にいるのが、主である人間の真里亞。

 やがて戦人に心を推理してもらうための物語を真里亞とベアトが紡ぐようになる。
 推理されるのは、ヤスの心か、真里亞の心か、という葛藤が生じるが、戦人が来ずそれが解消されないまま運命の日を迎える。
 ルーレットで選ばれたのは、ヤスを犠牲にして真里亞が生き延びるというもの。

 生き延びた真里亞は八城を名乗るようになる。
 目的は三つ。
 ヤスの願い通り、一人の人間として立派に生きること。
 自身の願いである、ヤスと寄り添いたい、蘇らせたいというもの。
 その異なる目的が八城の心を引き裂き、二つの人格に分かれた。
 正確に言えば、ヤスを蘇らせるために偽書を執筆する真里亞と、その真里亞の物語を紡ぐ八城という形。
 つまり、さらに上層を作った。


 それらから猫箱の物語の階層を説明する。
 
 ますは最下層である、無限に繰り返す二日間のニンゲン世界。
 下地は真里亞の世界で、その上に塗られているのがヤスの世界で、さらにその上に塗られているのが魔法説の世界。

 続いてニンゲン世界の上層にあるのが、魔女ベアトの世界。
 下層のニンゲン世界は、ベアトにとって領地。
 そのニンゲン世界の物語を、ベアトは無限に紡いでいる。
 物語を紡いでいる目的は、ヤスか真里亞の心を推理してもらい、その心を認めてもらうため。
 この物語は、最終的には恋の決闘を行い、ヤスが勝って戦人と結ばれて終わる。
 それがEP6。
 が、これは物語なので、さらに上層に執筆者がいることは確定している。
 八城やらフェザリーヌやら縁寿やらが出てきて、それは示唆されている。

 次からはベアトの猫箱の外、領地の外。
 魔女の世界のさらに上層から、魔女ベアトの物語を紡いでいるのが真里亞。
 目的は、贖罪。
 読者にヤスの真実を推理させて、その真実によって、自分がベアトを殺したという真実を塗り潰すために、メッセージボトル及び偽書を書いている。
 それが果たされたのがEP7のベアトの葬儀。
 しかし、それを覆すようにお茶会裏お茶会があるように、それで終わらせない意思があることを暗示している。

 さらにその上層で、その真里亞の物語を紡ぐのが八城とベルン。
 主とその巫女が、上層が作られていくままに昇格していった姿。
 贖罪する真里亞をゲーム盤の駒として置くことで、真里亞は現実の肉体という檻より解放される。
 つまり、未来から過去へ、猫箱の外から中へ、魂をヤスの所へと辿り着くという物語を紡げるわけだ。
 それがEP8の入水。
 二人の魂は永遠に寄り添い合うというエンド。
 そして現実である八城を描いたのが裏お茶会となるのだが、実際にはベルンによってヤスの世界が修飾されている。
 つまり、最初の、ヤスが真里亞の世界をヤスの世界に解釈して物語を紡いでいたように、ベルンが八城の世界をヤスの世界に解釈して物語を紡いでいる。
 そういう形に収まっていることが描かれている。
 これは、真里亞とヤスが黄金郷に辿り着き、世界を満たしたことで、八城の世界が安定を取り戻したということなのか。
 とりあえず、過去の未練を晴らし、心に刺さっていた棘を抜くことができたことだけは確かだろう。


 うん、私は八城とベルンが仲良くしていてほっとする。
 一周して元の鞘に戻ったというか。
 何も変わらないという意味じゃなくて、0.0が1.0になったみたいな一周してきた感じ。

 さて、まあなんだ。
 上層の存在が下層の物語を紡いでいるという形をとっているので、執筆者の目的を探ることによって、その全貌を明らかにすることができるのだろう。
 そして私は、恋の決闘から見える三つの目的から解釈したわけだ。
 即ち、ヤスを殺して真里亞が生き残る物語。
 真里亞が死してヤスを生き返らせる物語。
 真里亞とヤスが永遠に一緒にいるための物語。
 それらから想像したのだ。

 上層などの執筆者関連は、読み手の想像に任されているから、色々と遊べる部分だと思う。
 無論、ヤス側の物語でも執筆者関連は色々と想像できると思うが、なんて言うか横に広がる的な感じで。
 こちら側の物語は、こう縦というか上というか、その方向に色々想像できるのが面白い部分なんじゃないかと。





 今回の再読で、フー・ハウ・ホワイの3つの中で、ホワイダニットが何よりも重視されているのがわかった。
 なんと言っても、物語全体を使って心が表現されているわけで。
 ミステリーに詳しいわけじゃないので何とも言えないが、ホワイダニットにこれだけ分量を掛けた作品てないんじゃないかな。

 ミステリーの舞台となったのが、執筆者の心の中のゲーム盤という点からして、心を表現するのに適している。
 そのゲーム盤にて、駒たちによる殺人劇が繰り広げられた。
 殺人劇は殺人劇として、事件の謎と解くミステリーとなっている。
 しかし同時に、なぜそんな劇を演じる必要があったのか、その劇を通して何を伝えたいのか、劇の役者たちや演出家の真意を解くミステリーともなっている。

 劇であることで、役柄と役者を切り離して、別々に考えることが可能になる。
 その劇の舞台が心の中のゲーム盤で、役者たちは駒や家具たちである。
 つまり、主であり創造主である者の心を表現する劇となっているのだ。
 
 文学で紀貫之が男である自分の身に起こった出来事を、女である自分に仮託して日記を書いた。
 だから、自分のことを、別の人物に仮託して描くというのは古典。
 と言っても、我は我にして我等なりなので、最終鬼畜全部我なんだけれども。

 まぁ、ミステリーの舞台としては、かなり斬新だったんじゃないかと。
 メタなミステリーはそこそこ良くあるし、劇仕立てのミステリーもなくはないと思う。
 でもこの規模でやった例はないだろうし、それでも物語の表裏が合わせられているというのが凄まじい。
 そして何よりも、その全力を尽くさなくては書けないだろうこっちの物語を、誰も読まない可能性があったにもかかわらず、全力で書けたというのが何とも、空前絶後のミステリーという感じ。
 ミステリーって手垢塗れのジャンルで、新雪を踏みしめる感触を味わえるとは思わなかった。
 実際、まだ誰もここまで推理してないはずだと思うし。
 これは物凄い貴重な体験をさせてもらったな。
 やって良かった再読。


 後、この物語は母と子の話でもあるので、母親たちがかなり目立っていたのは、そのためだったんだなと納得。


  1. 2019/08/10(土) 20:29:15|
  2. うみねこ咲へ向けて
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続・EP8を再読

 黒猫の爪痕。

「もう1つ問題がある。……黄金郷の扉は、外より2人で押さねば閉じられない。」
「外より2人…? どういうことだ…?」
“そこまで言いかけて、戦人は察する。”
“これは、一なる三人の魔女たちの取り決めに違いない…。”

 2人は、19人目の真里亞とヤス、あるいは八城と縁寿か。


「………ミステリーってのはな、騎士道なんだよ。自らの掲げた高潔なルールで挑む、その姿勢を誇るもんなんだよ…。……勝てば卑怯でいいのか、どんなに気高く戦っても負ければ意味はないのか。……勝ち負けじゃねぇだろ…、それでも戦う気高さを誇るもんだろ…。」

 19人目とヤスの物語は、自らをルールで縛り、故に袋小路に閉じ込められたが、それを堂々とゲームのルールに則り抜け出して来た。
 高潔な物語だ。
 そしてミステリーとして全力で挑んでいる。
 ホワイダニットなんて、物語全部を用いていると言っていいほど。
 勝ち負けなんてもはや関係ない。
 この素晴らしさを讃えるところだろう。


「ゲームマスターがいて、駒が揃ってさえいれば。いつかゲーム盤など、また広げられる。ゲームなど、人が二人揃えさえすれば、何だって出来るのだからな。」

 ヤスのプレイヤーがプレイヤーとして復帰したしな。





 八城十八。

「私が書いた原稿より、あなた方のシナリオの方が面白い。ですから、この原稿は御社にお預けするに相応しくありません。……元より、下らなき原稿。無知蒙昧なる読者が、如何にそれを棚に上げて、自身が推理の限りを尽くしたかのような気分になるよう誘導するだけの駄文。」
「それを皮肉と気付き、人の子が自らの愚かさに苦笑する。そんな作品に書いたつもりが、まさか推理小説の扱いを受けるとは。我ながら文才のなさに呆れ果てるというものです。」

 これはベルンのゲームのことだろう。
 真実を探ると、真実を紡ぐの違い。
 ただ一つの解を見つけるだけなら、あれはクイズ。
 主張を戦わせて初めてゲームとなるのだから。


「物語はインクで記す。それが私の不変のルールである。」
「……インクで書いて、同じものをキーボードで打ち直すなんて。……馬鹿な二度手間だわ。」
「ならば、なぜ人の子は、心の中で物語を描き、それをわざわざキーボードで打ち直すというのか。……人の子の二度手間も馬鹿馬鹿しい。」
「なら、あんたは三度手間ってわけだわ。」

 八城の心の中に世界はあり、それを書き記したものを読み手が読む。
 そして、その物語を通して、書き手の心の世界を探るのだ。


「……うまく描けぬ。……人を楽しませる原稿とは、面倒臭いものだな。……何しろ普段、人に読ませるために文字など、書かぬのでな。」

 普段は自分と自分たちのために物語を描いているものな。
 ヤスの物語とかが典型。


“ベルンカステルは小馬鹿にした笑いを浮かべながら、ソファーの上で丸まっている。”
“普段、八城が執筆に没頭している時には、話し掛けることはおろか、気配を感じさせることさえない。”
“しかし、彼女が原稿に飽きたらしいことを察すると、大きな伸びをしながら話し掛けるのだ。”

 二人の日常を見るだけで万感な思いだわ。


「……我に朗読を捧げたる巫女に約束した物語だ。」
「あぁ……。まだ書いてたの。」
「何を書けば、あれは満足するのか。……私にはもうわからぬのだ。」
「……まぁたアウアウが投げ出したわ。……あんたはいつだって、勝手に物語を約束して、最後まで書ききれなくなって投げ出すのね。」

 ヤスの物語もそうだったからな。
 約束して、なのにベアトを殺し、それに蓋をし、その続きをベルンに投げ出した。


「私は老いた。………老いて最初に理解したのは、“知る”ことより“知らぬ”ことの方が貴重であるということだ。」

 戦人に挑むことを決めた前後は若かった。


「私は、退屈から逃れるために、星の数ほどのゲームを、物語を、ハラワタを引き摺り出しては喰らってきた。……しかしいつも、退屈が癒されるのはほんの一瞬で、その儚さゆえに、私は個々の物語を軽んじてきた。」
「……そうね。猫を食らえば、お楽しみは一晩でおしまいだわ。でも生かしておけば、やがては悪態をついたり、皮肉を言ったりするようになるかもしれない。」

 ヤスの物語も、連作だから続いたわけで、一つ一つはどんどん殺してったからなぁ。
 でも、ヤスの物語のように永い時を共にすれば、やがては勝手に動き喋り出す。
 つまり、ベルンのように。


「私は1つの物語を、もっともっと深く長く、楽しむことが出来たかもしれない。……退屈から逃れるために、星の数ほどの物語を食い尽くしてきた私は、そもそも初めから、物語を喰らってなどいなかったのだ。……ただ、殺していただけ。……結局は、それが私をも殺すのだ。」

 19人目とヤスの二人の物語が生き延びるためにやったことは。
 まずペアとなるヤスの物語を殺して猫箱に蓋をして、ペアであるヤスの物語を蘇らせるために猫箱の中で他の自分たちの物語を喰らい、己の身にしていった。
 そして最後に、ペアである自身の物語を喰わせて、ベアであるヤスの物語を蘇らせた。
 始めと終わりが重なる、まるで己の尻尾を飲み込む蛇のような物語。
 うまくいけば、犠牲となる19人目の物語を読み手が生き延びさせてくれるが、失敗すれば己の物語が殺される。


「………ベアトのゲームだって、ハラワタを引き摺り出そうとしたじゃない。」
「答え合わせを希望しただけだ。物語の紡ぎ手であるベアトリーチェには、敬意を表する形としたつもりだがな。」
「………そうね。……わかんないヤツにはわかんない、うまい朗読だったと思うわ。」

 うん、あれはわかってないと使用人のヤスが主体の物語にしか見えない。


「縁寿が、真実を知ることと知らぬことと、どちらが良い物語となるのか、……正直なところ、もう私にはわからない。だから、そなたに再び軽蔑されることを覚悟の上で、……私はこの物語の続きを描くことを、止めようと思う。」
「……止めてどうすんの。」
「私は書かぬ。記すだけだ。……右代宮縁寿が自ら紡ぐ物語をな。」
「また、……そういうことをするのね。」

 かつて、自分で書かず、ベルンに物語を紡がせた。
 その時のように、縁寿に自らに物語を紡がせる。
 再び軽蔑される覚悟というのが、今なら良くわかるなぁ。


「くっすくすくす! ないでしょうね! 1986年に何があったってなくたって! 1998年に生きる縁寿さんには何の変化もない! それが知ることの無意味さです。ですが、1つだけ変えられることがあります。」
「それは何だ。」
「どう生きるかです!!」

 真実を知って、夢や希望を断たれるか。
 それとも、それでもなお夢や希望を捨てないのか。
 選択肢は、知るかどうかだけではない。
 その後の選択が寧ろ本番だろう。


「……知らなきゃ生きてることに出来るの? あんたたちが言う猫箱というのは、死体を隠せば生きていることにしてもいいという、甘えた妄想だけがたった一つのトリック! でもね、隠したって、死んでいることは変わらないのよ…!!」
「遠いお空の国で、いつまでも見守っているなんて、そんなおとぎ話みたいなので私の傷が塞げると、本気で思っているの?! 私は真実の魔女、エンジェ・ベアトリーチェ!! 起こらぬ奇跡を待って亡霊のように生きる日々から、私は真実に至った高潔なる殉教者として生を終えるの…!!」

 ヤスの死を隠して生きていることにして物語を紡いできた。
 しかし、死んでいることには違いがない。
 でも、死に方は選べる。
 さらには、後日譚も紡ぐことは可能。
 そして、奇跡は待つものではなく、起こすもの。
 つまり、三択。
 いままで同様、死んだように生きるか。
 あるいは、死ぬために生きるか。
 それとも、死んでも生きるか。


「えぇ。世の中のあらゆる真実に、意味などありません。意味を生み出すのは、結局のところ、人間ひとりひとりの心の中。……一なる真実でさえ、人が異なれば、生まれる意味が異なる! ないんですよ、真実に意味なんて! それでも私が真実に拘る理由はただ一つ!」

 一なる真実を、異なる見方をさせるために、ゲームを行ったと言っても過言ではない。
 真実なんて見方しだいでどうとでも変わる。
 なら重要なのは、どう見るか。

 自分で自分がする見方を決める。
 ルールを課す。
 ゲームをし、それを続ける。
 自分の定めた真実と共に生きる。
 そして、その真実を誰が否定しようとも決して譲らない。
 それが魔女の生き方。


「青き真実!! これがお前の密室の答えだッ!! チェーンの長さ!! お前の密室のチェーンは長く、外部からも開閉が可能であるッ!!!」
“何て馬鹿馬鹿しい答え。”
“しかし、チェーンの絶対なる施錠が、そのまま密室の絶対の保証となると石頭な思い込みがあったなら、これは密室になってしまうのだ。”

 実に馬鹿馬鹿しい。
 EP1当時、そう思ったものだが、EP8を再読して、こっちの方が面白いと思った。

 守破離という考え方がある。
 初心者はともかく教えられた型をひたすら守る。
 それが身に付いたら自分に合ったやり方を探り、型を破る。
 最後に、自分のやり方を見つけ、型から離れる。
 みたいな感じだったか。

 うみねこは、ベルンのゲームは、これに当て嵌めるとわかりやすい。
 ルールを守り、言われた通りのことをして、言われた通りの解を出す。
 これは『守』。
 それに対して、チェーンが長いや天井がないは、『破』。
 『守』もせずいきなり破るのは確かに馬鹿馬鹿しいが、きちんと『守』をした上での『破』はどんどんやるべき。
 卵の殻も破れない真実なんてつまらない。
 それだったら、卵を破ろうとする試みの方が断然面白い。
 そして、自分なりの真実の見方である『離』に至れば一人前の魔女。


「……真実を暴くとは、殺すことと心得るもの也。」
「人は、なぜ殺さずには、生きられないのデス。……遠大なる歴史の中で、あれだけの大勢が奇跡を願いながら、……結局は奇跡の余地を自ら食い尽くし、自らの足場さえ食い破って、奈落へ落ちてユク……。」

 真実を暴くとは、それ以外を淘汰するということ。
 夢や希望すらも。
 人は、夢や希望があって初めて生きられる。
 昨日と同じ今日。今日と同じ明日があるというのなら。
 夢で明日を上塗りして、それを実現しよう。
 あるいは、今日を塗り潰せば、明日が変わるかもしれない。
 だったら、昨日を上書きすれば、今日すらも変えられる。
 より良く生きるために。
 望む未来を掴むために。
 魔女は必要なのだろう。


「人間は、………知るために生きるように定められた、悲しい生き物だからです。」
「…………………。」
「……知ることが、自分の生きる夢や希望を自ら食い尽くすことを意味するなら。………人間は、死ぬために生まれてきたってことになる。……私たちは、生きろと教えられます。しかし、生きて成すことのほぼ全てが、結局は自分を殺している…。」

 真実が己の可能性を殺すなら、夢や希望で真実を上書きすればいい。
 真実を捨てるのではない。
 真実に堪え、夢や希望を諦めず、強い意思をもって未来を生きる。
 それが人なのだろう。


「人は、知ることは出来ても、“知らぬ”ことは出来ない生き物、也……。」
「故に、全知の神は、それが出来ぬニンゲンに代わりて、知るべきことと、知らぬべきことを分け隔てているもの也。」
「…………過ぎた好奇心は、夢も希望も、………殺す。」

 好奇心は猫をも殺す。
 可愛い可愛い猫を生かすために、神は知るべきことと知らぬべきことを分かつ。


「なら、………私たちは生きなければ。」
「……………………。」
「人間の愚かさが、自ら夢や希望を捨て去ることならば。……私は、それを最後の一秒まで信じることを選びたい。」
「…………いい根性だ。」
「私は、幾百万の世界のベアトリーチェたちの、唯一の希望が具現化した存在。……だから私はこんな時でも、みんなの希望でなければいけないんです。だから私はまだこのゲームを、諦めません。」
「……諦めないトハ?」
「最後の一秒まで、奇跡を信じて待つということです。」
「最後の一秒まで、足掻いて足掻き抜こうってわけか。」
「そうですっ。私たちの時だって、あの恐ろしい猫の群れの中で死を覚悟したではありませんか…! でもラムダデルタさんが助けてくれました…! もし、奇跡を信じずに諦めていたら、私たちは助けられる前に、虚無に消えていたに違いない。」
「私が助けたってより、ベルンがあんたたちを殺し損ねたって感じね。あるいは、あの子の気紛れかもしれない。奇跡の魔女の、奇跡的な気紛れってわけね。くすくすくす……。」

 ベルンもラムダもフェザリーヌも。
 全会一致の気紛れ。

 奇跡を待って足掻く者たちに、誰が手を差し伸べるのか。
 読み手でしょ。
 というのが「なく頃に」シリーズのお約束。


「……縁寿ちゃんは、夢も希望もなくしたから、自らの命を軽んじてしまった。………彼女に、どうやったら夢や希望を与えられるんですか。……どうやったら、生きることに意味を見出させることが出来るんですか。」

 それがこの縁寿と戦人のゲームだろう。
 如何にして幻想である戦人を猫箱の外に連れ出せるのか。
 それが縁寿に与えられる夢なのではないか。


「縁寿ちゃんのゲームは、……絶対にこれで終わりません。……必ず、戦人くんの気持ちが通じます。……彼女に、より良い未来を生きて欲しいという気持ちが伝わり、……彼女が自らそれを選択する。………必ず、絶対、そういう物語になります。」

 戦人と共に歩む道。
 それは人の生き方ではなく、魔女の生き方だけれど。
 それが自ら選んだ幸せならばいいのではないかと、私は思う。





 真実の書。

「そうです。神々の物語に記されることがなくとも。……私たちが記す自らの物語の主人公は、常に自分なんです。………それを自覚できるか出来ないかが、魔女とニンゲンを分ける最初の分かれ道。」

 自分の物語を自覚的に紡ぐ。
 自分の物語を好きに解釈して上塗りし、夢を実現するためにあらゆる努力を惜しまず、自分の物語を最後まで諦めない。
 自分の物語を面白くするためには、なんでもする。
 それが魔女。

 果ては、自分の人生を俯瞰したり、異なる分岐する未来を見通してみたり、自分の物語を執筆する者を知覚したり、自分の物語を読む観劇者にアピールしたる、自分の運命を嘲笑ってみたり。
 観劇したり、演出したり、脚本を作ったり、演劇したり。


「じゃあ、あんたにはそれだけの価値が?」
「私ですか?! ははは、あっはっはっはっはっはっははははははは……。」
“気持ちの悪い声で、ヱリカはけたけたと笑う。”
“でもそれが、彼女なりの答えを意味していることに縁寿は気付いている。”
“人は、望んで魔女になりはしない。”
“生きることが出来るなら、人は誰だって、ニンゲンとしての生を全うしたいのだ。”
“……それが、何かの事情で躓くから、……魔女として生きる道が、開かれる。”

 救いのない真実に生きているから、異なる解釈を必要とする。
 他人とは異なる、自分だけの真実と共に生きるのが魔女。
 その真実が死ねば、魔女も死ぬ。
 だから魔女は、その真実を守るために強くならなくてはならない。


“本当の兄であろうと、幻想の兄であろうと、……そして私が望む形であろうと、望まぬ形であろうと、私のためにゲーム盤を用意してくれた兄が、死ぬ。”
“いや、死んでいたことを受け容れるだけなのだから、死ぬとは違うだろうが、…………。”
“縁寿は思う。”
“その兄に引導を渡す役目は、自分が引き受けるべきではないだろうか。”
“これは、自らに課す最後の試練なのだ。”
“あのゲーム盤の上のみんなの姿こそが、……縁寿の甘えの具現化なのだ。”
“それを全て、自らの手で否定してこそ、………自分は本当の意味で、真実を受け容れることになるのではないだろうか。”
“いや、それは欺瞞。……自分の心にさえ正直ではない、惑いだ。”
“たとえ幻であっても、………あの、おかしなハロウィンパーティーが温かなものでなかったことには、ならない。”
“……お兄ちゃんは言ってた。”
“あのハロウィンパーティーは、確かに幻想かもしれない。”
“でも、それでも。あのパーティーを通じて、何かを私に伝えたいって………。”

 真実を受け容れるために、自分の中の幻想を殺す。
 それは八城が通った道。
 そして、後悔して取り戻そうと足掻いた。
 それは、幻であろうとも、何か大切なものを与えてもらったからだろう。
 真実に意味なんてない。
 そして、幻想は意味がなければ生み出されない。
 幻想は真実に上塗りされる意味そのものではないだろうか。


「私たちに降伏はない。……出来るのは、一分一秒でも持ち堪えて、奇跡が起こるのを待つことだけね。」
「……うりゅー。奇跡って、何?」
「縁寿が、何かの理由で気が変わって。……ここへ戻ってくる可能性が、何百万分の一の確率で、あるかもしれない。」
「……ふっ。そのような極小の確率の末ならば、それは確かに奇跡と呼べるであろうな。」
「私たちは、縁寿さんの帰りを待つために、ここにいるんです。」
「えぇ。……縁寿さんの帰る場所は、私たちのいるここだけなんです。だから私たちは、最後の一秒まで、ここを守って、彼女の帰りを待たなければならないんです。」

 黄金郷を受け継ぐ者を待つ。
 縁寿を待つ。
 読み手が孵した物語を待つ。
 そして、19人目の真里亞を待つ。


「………そしてあなたもどうか、私たちに力を。」

 ひぐらしでも聞いたフレーズ。
 プレイヤーの、読み手の意思が物語に影響を与える。
 プレイヤーの意思がなければ奇跡は起きない。
 互いに手を伸ばし合わねば掴めない。
 掴めるのは心だろうか。

 泣く頃にシリーズでは、傍観しかできなくとも、観測という行為には意味がある。
 うみねこでは、その観測行為により物語は紡がれ、ゲーム盤に影響を与えてきた。
 そう、書き手と読み手の交互の観測により、ゲームは進んできた。
 だから、これから生まれる物語は、書き手の心を受け取って、読み手一人一人の力で紡いでいく。


「力を貸してくれ!! 俺がお前に最高の物語を見せてやるッ!! そいつを最前列で見せてやるから!! だから力を貸してくれッ!!」

 あぁ、私も見たい。
 人が自らの力で奇跡を紡ぐ物語を。
 それを私の観測の力で解釈し、観劇しよう。


「勘違いしないでくれるゥ?! 私は観客よ、観客!! ベアトに招かれて、そのゲームを見物に来ただけの客人よ?!」
「その私が、何であんたたちのために、命まで賭けなきゃなんないわけぇ?! 縁寿が帰ってきたらハッピーエンド?! 馬鹿じゃない?! 怒り狂ったベルンとその軍勢が、一気に雪崩れ込んできて、ブチっと潰されて御仕舞じゃない?!」
「私がここにいる理由はたった一つよ! それは面白い物語が見られると、そこの理御に啖呵を切られたから!!」
「えぇ、そして、私はもうじき、最高に面白い物語が見られることを信じて疑わないわ…! それは排水の陣でベルンの軍勢と戦って、ひとりまたひとりと散っていく悲しい悲しい物語! 全員に散り際の見せ場がありそうだもんね?!」
「それを間近でもうじき観劇できるのよ?! あんたたちはもうじき、みんな死ぬのッ!! でも私は違う! 私は観客よ、客人よ!! あんたも一緒に死んでくれなんてッ」言われる筋合いはこれっぽっちもないンだからッ!!!」

「…………でもね。……私はあんたたちと違って、……“物語の登場人物”じゃないのよ。……死ねないのよ。……あんたたちが深夜に、クライマックスはこれからだーとか意気込んでるけど。私は明日、月曜でガッコーで、日直で朝は起床が早いワケよ…! 住んでる世界が違うのッ…!! だからさっ、……私をさ、……………………はーーー……………。」

 読み手もまた、自分が読む物語を紡ぐ者である。
 たしかに住む世界は違えども、その世界は、物語は、自身の心の中にあるのだ。
 自分と切り離すことなどできない。
 物語が死ぬ時、心の一部が死ぬのだ。
 だから、己の心の一角を、うみねこのプレイヤーとしての命を賭けて戦わなくてはならない。


「いいえ。私が保証します。日記には真実が記されています。」

 絵羽の日記披露パーティーでの八城の赤き真実。
 現実すらも、自身の物語として記すからこそ、可能な赤。


“その時、縁寿の中には、二人の自分が現れて、同時に自分の体を支配した。”
“一方は、……真実を知るために、自分がすでに代償を支払っていることを知る自分。”
“その自分は、一なる真実の書を前に、わずかの躊躇が心変わりを生み、この土壇場で、自らの手で真実を知ることを拒否するという暴挙に出る前に、その中身を読んでしまおうと鍵を握らせた。”
“もう一方の自分は、……兄や、家族、そして温かく自分を見守ってくれた親族たちへの裏切りの気持ちで、下唇を噛ませる。”
“しかし、震えながらも、ゆっくりと鍵を錠前に近付けていく右手に対しては、見守ることしか出来なかった。”

 縁寿の中の、異なる目的を持つ2人の縁寿。
 真実を見ようとする縁寿と、夢や希望を見ようとする縁寿。


“この日記の中が、私の辛く悲しかった12年の旅の終着点。”
“あの日々を、12年で飽き足らず、まだ続けたいというの…?”
“あのお兄ちゃんたちは、私の心が生み出した幻。……奇跡を未だ期待する、甘え。”
“その二つを天秤に掛ければ、私が選ぶべき道は、一つしかない。”

 ゲームの天秤。
 片方には真実。もう片方には夢。
 両方を持ってゲームから持ち帰る奇跡という、第三の選択肢がある。


「はははは、あっはっははははははははははッ!!! あぁ、わかったわ、あんたの言葉の意味ッ! うふふふふ、あっはははははははははははは!! そうよ、絵羽伯母さん、あんたが犯人よ、あんたが犯人!! それを認めない世界の方が、おかしいのよ壊れてるのよ…!! 正しいのは私ッ、私は赤き真実を、世界の全てをッ、否定する…!!」

「正しいのは私ッ!! 間違ってるのが世界!! 私が記してあげる!! 本当の赤き真実で、私が真実を記してあげるッ!! はっははははははは、あっははははははははははははッ!!」

「記してあげるッ、これが私の記す、真っ赤な真実ッ!! お前たちの世界の真実など、私は受け入れるものかあぁああああああああぁああぁあぁあッ!!!」

 真実を知って、夢を捨てる。
 夢を捨てないために、真実の世界の方を否定する。
 恋の決闘の葛藤。
 どちらもバッドエンド。
 ならばもはや選べる道は決まっているようなもの。


“それを、あのビルの屋上のような高さにあるベルンカステルのバルコニーから見下ろしたなら、……それは美しい、真っ赤な押し花に見えただろうか。”
“見えまい。何も。”
“世界を拒否してたった一人死んだ、孤独な少女の死など、……世界の誰も、気に留めないように。”

 同じように、たった一人で死んだ孤独な少女がいた。
 知っていれば、見えていれば、手を差し伸べずにはいられまい。
 世界の誰も気に留めないのならば、見えた私が手を伸ばすべきなのだ。


「……私は、あんたを生かそうとした。……でもあんたは、6歳より先の未来を、生きようとしなかった。………だからあんたは12年を掛けて、やっと、元の場所に戻ってきた。」

 19人目は、ベアトを殺したあの日あの場所へと戻ってきた。
 自らの尻尾を飲む物語は、自身を飲み込み消えるのだ。





 八城幾子。


「大飯喰らいが、良き料理人になれるわけでもない。推理小説を読み散らすことが、良き推理小説家であることを保証するわけでもない。そういうことです。だからこんなものは、道楽に過ぎません。」
「……誰にも見せない小説を書くことは、本当に楽しいですか?」
「かつては楽しかった。……かつては。」
「今は?」
「そなたに感想を得ることが楽しい。………とりあえず、一章を書き終えました。お茶を用意させるので、また読んで感想を聞かせてもらえませんか。」

 19人目の真里亞は、自分のために物語を紡いできた。
 そういう意味では、推理してもらうために作られた今の物語の方が例外と言えるのだろう。
 しかし、感想をもらうのは嬉しいだろうな。
 そのために、全てを賭けた全力の物語を作ったりもしたことがあるくらいだから。


“推理小説は、読むのも書くのもきっと同じ。”
“自分ひとりだけじゃ、つまらない。”
“誰かと一緒に、世界を共有して初めて、……何か大切なものが広がるのだ。”

 その誰かを探すための物語であり、その誰かを蘇らせるための物語だった。


「……十八のプロットがあればこそです。……この作品の前には、私がこれまで書き溜めた原稿など、ちり紙の価値さえない。……書きながらも、私が世界で一番最初の読者であることの興奮。……こんな経験は初めてです。」

 19人目の真里亞の物語の作り方もこんな感じなのだろうか。
 ヤスが物語を紡ぎ、それを真里亞が膨らませて記す。
 そんな感じじゃないかと思ったりするのだが。
 一人で作る物語が退屈なら、二人で作る物語であるはずなのだよな。


「……………………。……えぇ、そうね。あんたも悪いし、私も悪いわ。……でも、お互い罵り合うのも馬鹿馬鹿しい。……だって、私は未来の魔女。あなたは過去の魔女。……未来に生きる私は、その魔法で未来を築くべきなのよ。……私たちはともに何らかの責任を負うけれど。それを責める資格はどちらにもないわ。」

 未来を生きる。
 どんな魔法で。
 どんな物語で。
 それが問題だ。


「魔女は、二人でなければ宇宙を生み出せぬ。……未来のそなたは一人だが、……本当に、大丈夫か…?」
「えぇ、大丈夫。……私はもう、一人じゃないもの。……私は、生きるわ。……みんなと一緒に。そして、未来に生きる。マリアージュ・ソルシエールの魔法を伝えるために、生き抜くことを誓うわ。」
「真里亞お姉ちゃんの魔法は、私でさえ救ってくれたもの。………魔法を必要としている人たちは、もっと大勢いる。それを正しく伝え、ひとりでも多くの人々を救うことが、……マリアージュ・ソルシエールの最後の魔女の、私の使命なんだわ。」

 19人目とヤスのように二人でなければ宇宙は生み出せない。
 縁寿の二人目は戦人。
 縁寿として、魔法を伝える作家として生き。
 それと共に、“戦人が十八として生きる世界”を守り紡ぐ。
 とか思ってるのだが、どうなのだろう。


“ニンゲンは、“知る”ことは出来ても、“知らぬ”には戻れぬ、悲しい存在。”
“彼女はもう、知っていしまった。”
“それは残酷で、恐ろしくて、……希望という名の奇跡さえ許さない無慈悲なものだけれど。”
“……それでも彼女の握り締める手には、一粒だけカケラが残った。”
“家族の、愛。”
“それだけを思い出し、握り締めていれば、………きっと、縁寿は生きていける…。”
“あの日の、虚空へ踏み出す一歩を、踏み止まれる……。”
「それに、六軒島の猫箱は、まだ完全に開かれたわけじゃない。……お前が中身を覗いちまっただけの話だ。だからお前が、自ら蓋となれ。」
「そして今度はお前が、猫箱の中のみんなを守るんだ。俺や親父や霧江さん、いとこのみんなや叔父さんたち伯母さんたち。祖父さまや使用人のみんな。……幻想の住人のみんなをな。」
「……………うん。……今度は私が、……みんなを……、守らなきゃ………。」

 この縁寿は、19人目の真里亞に重なる。
 愛だけを手放さず、それだけをただ守る。
 確実に同じ道を歩んでいるんだよな。
 金蔵から魔法を継承したように、縁寿に魔法を継承させようとしているんだろうけど。


「どーしてかなんて知らないわ。でも、とにかくあんたは、図書の都に入れる鈴を、2つ持っている。よって、あんたたちの仲睦まじいやり取りを、これ以上見ている必要がなくなったわけ。」
“二人はそれぞれ鈴を握り締め、見つめ合う。
「最初っから。今回のゲームは、あんたたち二人のものだわ。……ただ、対決するプレイヤーには若干の変更があったみたいね。」
「……あんたたち二人が競い合うゲームじゃない。……猫箱を巡って、蓋を閉ざそうとする戦人と縁寿と、……それを開こうとするベルンとの戦いだわ。縁寿は、ベルン側から戦人側にチームを変更した。それだけの話。」

 現実で一なる真実の書の公開を止めた。
 問題は、ゲーム盤でそれを止めるのは誰か。
 要は、十八は、縁寿か、戦人か。
 それを競うものだったが、縁寿が戦人側に回った。
 つまり、十八が戦人だとする物語が紡がれる。





 大船団の包囲。

「これで、素晴らしき朗読への恩には充分であろう、人の子よ。……はて。……物語を紡いでいるのは誰なのか。……私がそなたに? それとも、そなたが私になのか。………ふっ、……ふっふっふっふっふ。」

 物語の紡ぎ手が二人いるなら、それは合作。
 それが19人目の真里亞が求めていたものなのかもしれない。


「生贄よ。……ベルンは猫だから、逃げる獲物は追うけれど、逃げない獲物は殺す。それも、ネチネチといたぶってね!」

 生贄の三択。
 縁寿は、縁寿として生きる真実の世界。
 戦人は、戦人が生還するという虚偽の世界。
 ラムダは、それらの世界を観測して推理するプレイヤー。

 選ぶまでもないだろう。
 2つの物語を生かすために、プレイヤーである自身を生贄に捧げる。
 望むのはハッピーエンド。
 自分の推理を認めさせるために、どちらかの物語を生贄に捧げることなどできはしない。
 つまりは自己満足。
 だがそれで良いのだ。
 それで私の心が満たされるのだから。


“雪崩れ込む圧倒的な数の山羊の軍勢は、津波のよう。”
“立ち尽くす黄金郷の住人たちは、砂浜に忘れられた砂の城だ。”
“波と砂の城では、戦いにさえならない。”
“立食パーティーのバイキングに殺到する、食欲旺盛で無慈悲な山羊たちの、……これは宴なのだ。”

 EP7の冒頭で、もう永遠に消えないとか言ってたぞ。
 まぁ、あれは結末で、これは過程。
 さらに言えば、あれは八城の世界のことであり、これはそれを受け継ぐ縁寿の世界なのだけど。





 縁寿の選択。

“ラムダデルタとベルンカステルが激しい戦いを繰り広げる度に、二人の間に宇宙が生まれるのだ。”
“ビッグバンが起こり、宇宙創生が起こり、……いくつもの銀河が生み出されては消え、生み出されては消え。”
“そしてビッグクランチを起こし、宇宙が終焉したかと思うと、間髪を入れずにビッグバンが起こり、再び宇宙が生まれるのだ。”
“それはまるで、神々の遊びだ。”
“二人の魔女は、宇宙を生み出しては壊しを繰り返して、まるで創造主同士が、自分の宇宙の正しさを証明しようと戦っているように見える。”

 互いが主張する世界を生み出し破壊する、魔女たちのゲームの本質。


「ちょっぴり、負けてあげちゃおっかなぁって気分になったの。……でもやめたわ。あんたと一つの宇宙になっちゃったら。ベルンは二度と、私に愛を囁いてくれないもの。」
「………そうね。……私、釣った魚に餌はあげない性質だもの。」
「知ってるわ。だからベルンは美しく輝くのよ。……思わせぶりな仕草を見せるのに、決して誰にも媚びることはない、気高い猫の女王のように。」

 互いの世界を並列させることで、永遠にゲームは遊べる。
 愛し合うことができる。
 自分と同じ意見を言うニンゲンって、駒と何が違うのか。
 異なる意見を言い合える。
 だからこそ、互いを対戦相手だと認めることができる。
 永遠に交わらぬ平行線。鏡の向こう側。コインの表と裏。
 永遠に手に入らぬからこそ、美しく輝く夢。


「来いッ、ヱリカぁあああぁああああああ!! 貴様に我が最後の決闘の名誉ッ、くれてやる!!」

“黄金郷の最後は、地獄の業火と、乱れ飛ぶ黄金の破片で、灼熱の赤と無常の黄金に彩られていた。”

 ベアトを殺すのは19人目の真里亞、即ちヱリカ。
 赤き真実と黄金の真実がぶつかり合い、黄金郷は崩壊した。


「黄金郷は終わるだろう。妾も果てるだろう。だがッ、我らが確かにここにあった事実は、誰にも消せぬ!! 縁寿は至った! 未来の魔女は、使命と希望を持ち、もうじき旅立つだろう!! すでに我らは成し遂げている…!!」

 受け継がれる物語。
 受け継がれる世界。
 受け継がれる魔法。
 継承者さえ確保さえできればこっちのもの。


“誰も生きて、残れない。そして、救えない。”
“それが、滅ぶということなのだ。”
“虚無の海に落ち行く仲間たちは、最後に頭上を見上げ、願う。”
“黄金郷が確かにここにあったことを、黄金郷の主が、刻んで残してくれることを願っている。”

「此処こそは我らが黄金郷!! 無限と黄金の魔女ベアトリーチェ、此処にあり!! 我らは散れど、それは敗北にあらず!! そなたが生き証人となれッ。その胸に、妾の切っ先にて我らの証ッ、刻み付けてくれようぞ!!」

 黄金郷の主は、19人目の真里亞。
 その胸に、黄金郷の皆がいた証を刻み付ける。


“フェザリーヌ・アウグストゥス・アウローラ。……伝説の大魔女。”
“魔女の域を極めすぎて、造物主の域にまで達し、………至ってはならぬ境地に触れ、死の病に没したと伝えられていた。”
“しかし、彼女は生前に飼い猫を魔女にしていた。”
“その魔女は、主を退屈という死の底より束の間だけ蘇らせることの出来るカケラを求め、永遠にカケラの海を彷徨うという。”
“……そして、猫は主を蘇らせた。”
“至ってはならぬ境地に触れた神域の魔女を、蘇らせた……。”
“魔女たちがニンゲンをゲーム盤の駒と嘲笑って、上層世界から見下ろせるように。”
“彼女もまた、魔女たちの領域さえも、ゲーム盤の駒と嘲笑って、さらに上層の世界から見下ろせる。”“……どれだけ上層の世界に至れるかが、魔女の強さだとしたら。”
“彼女は、至ってはならぬ最上層に触れながら、生きて帰ってきた、……神の国より生還した魔女なのだ……。”

 魔女は、自身の世界に所々魔女の闇を生み出し、そこに異なる運命を垣間見る。
 だがフェザリーヌは、並行世界を垣間見るだけでは飽き足らず、その虚偽の世界を現実に生み出そうとした。
 自分の生きる真実の世界を生贄に捧げて。
 世界を生み出すために、自身が踏みしめる足場を崩さねばならぬ、造物主の業。
 それはつまり、自身の死を意味する。
 そして、残された猫は、カケラを集めて主を蘇らせる物語を紡ぎ出した。

 真実の世界側から見ると、主が猫を蘇らせるために物語を紡いでいるように見え。
 虚偽の世界側から見ると、猫が主を蘇らせるために物語を紡いでいるように見える。
 だから要は、両方から支え合っているのだ。
 その二本の柱の上に、神の世界はある。

 魔女のゲーム盤は、誰かによって解釈された世界。
 魔女は、世界を好きに解釈する存在。
 その魔女たちを観測し、ゲーム盤に並べるのが、神。
 世界の観測者である魔女たちを戦わせて、生み出す世界を決める、これは神のゲーム。


「………さて、ここから、このような最期に至るまでの激しい戦いを執筆せねばならぬのだが。……今の私は卿も見ての通り、少々酔いが回っている。……その部分は、今度改めて時間を設けて、じっくりと執筆することにする。」

 結末を定めてから、それに至る過程を紡ぐ。
 それが過程を修飾する魔法の作り方。


“確かに、ベルンカステルの姿を捉えようとすることは、水に映る月に嫉妬して、石をぶつけるように無意味だろう。”
“いくら石をぶつけたって、水面の月を砕くことは出来ない。”
“しかし、戦人は打つ。打つ。何度も何度も。二度と水面に月を許さぬつもりで。”
“激しい石礫が水面を割る。水面の月を砕き、水面そのものを叩き割り、……底さえも剥き出しにして、……全てを穿つ。”
“絶対の意思が、奇跡を穿つ。”

 水面に映る月は、ベアトの比喩。
 数多のベアトの集合体がベルン。
 水面に一石を投じたとしても、水面に映った向こう側の世界に干渉はできないかもしれない。
 だから無意味だと諦めるのは簡単。
 諦めずに信じて投じ続ける。
 そうすれば、それは日課となる。
 やがては、石を投じることが対話となる。
 意味なんて勝手に生まれる。
 意味なんて好きに生み出せる。
 だから決して無意味ではない。
 幻と共に生きるとはそういうことなのだろう。

 後、水面に一石を投じるというのは、読者が物語に干渉する様にも通じる。
 逆に、物語が読者に干渉する様にも。
 幾千幾万の言葉を投げかけても、読者の心には届かないかもしれない。
 しかし、いつか心を届けることができるかもしれない。
 そう信じて、長い長い物語を描いてきたのだろう。
 さて、私はその心を受け取れたのだろうか。


“……一度はみんなの死を受け容れながらも、……一なる真実の書でそれを見たはずなのに、それでも、…………ほんのちょっぴりくらいは、…………奇跡を信じても………いいんじゃないかな、……って…………。”

 戦人が生きている余地は辛うじてあるからな。


「だから、……何だ。………未来に生きるお前に、過去の俺たちが、何の意味がある。………縁寿。お前は何の魔女だ。」
「………え。」
「俺たちの生死なんか、お前にはまったく関係がないだろ。」
「そ、そんなことない…。生きてて欲しい…!」
「違う!! 生き死にを、お前は越えられるだろ!!」
“縁寿は何を言われているのか、わからない。”
“だから絶句して、兄が何を伝えようとしているのか、必死に考える。”

 幻想は過去の中に見るのではなく、未来の中に見るべき。
 真実の世界が、虚偽の世界とは関係なく存在できるように。
 虚偽の世界もまた、真実の世界とは関係なく存在できる。
 戦人なんて、新しく生み出せばいい。
 まずは戦人が未来に生きていると決め付け、それからそれに至る過程をじっくりと作り出してから修飾すればいい。


「世界中全てが死んだって言ったって…。………私だけが世界でたった一人信じるのよ…。……お兄ちゃんは生きてる。そしていつか、……きっと私のところへ帰ってきてくれる。」
「そうだ。……お前がその希望を失わない限り、……潰える奇跡なんてない!」

 重要なのは、自分が何を信じるのか。
 何を信じ、どんな物語を紡いでいくのか。


「みんなは永遠に私と共にあるわ。誰が赤き真実にて何度殺そうとも。……私はそれを拒否する。私の元に何度でもみんなは蘇る。………私は反魂の魔女エンジェ!! 私の世界は、お前の赤き真実では傷一つ付けられない!!!」

 赤き真実で構成された世界と、黄金の真実で構成された世界は、まさしく別物、平行世界である。
 よって、赤き真実で死んでいようと、黄金の真実で生きていることにできる。


“縁寿の、………いや、縁寿と、その一族たち、仲間たちから一斉に、黄金の軌跡を描く放射線が広がる。”
“それはベルンカステルの大蛇たちを描いていたものと同じもの。”
“しかし宿す輝きは黄金。”
“そしてそれはうねり、巨大な一つとなり、両翼を得た鷲の姿となる。”
“もう、片翼じゃない。”
“黄金の鷲が、縁寿の絶対的意思によって、未来へ羽ばたく翼を得る。”

 現実と夢。
 世界を越える両翼が揃った鷲。
 現実で一手進めれば、それに追随する形で夢が形成される。
 夢で一手進めれば、それに合わせる形で現実を作り上げる。
 互いの未来のために互いを必要とし合う関係。
 互いのために生き、未来を切り開く。
 それは誰にも否定できない真実。


“ベルンカステルは黄金の鷲には抗わない。抗えない。”

 ベルンには黄金の真実を否定することだけはできないだろうさ。


「こ、……こんな……。こんな99.9999999があるの…?! あ、赤き真実さえ、……通じないなんてッ!! 何なのよ、黄金の真実って!! 赤き真実に打ち勝てる黄金の真実って、一体何なのよ……!!!」
「信じる心よ。……それは“私たち”の総意。……私たちが認めて共有した真実の前に、お前の赤き真実など、何も貫けたりはしない。」

 縁寿の世界を構成する全員の総意。
 全私が泣いた、みないなのと同じような感じ。
 自分の真実、自分の世界を揺るがせるのは、自分だけ。
 故に、全自分が揺るがない限り、世界を揺るがせるものなどいない。
 自分ひとりでは駄目なら、心の中にいる皆にささえてもらえばいい。
 つまり、世界対世界で拮抗を作り出す感じか。

 ゲーム盤に置かれた駒たちは、自分が生み出して自分の心の中に置いたもの。
 駒たちはプレイヤーたる自分にしか守れない。
 そして、プレイヤーとしての自分を生かすのは駒たちしかいない。
 ゲームを続ける限り、プレイヤーは生き続ける。
 永遠に終わらぬゲーム。
 一生を掛けて臨むにたるゲーム。


「……安心なさい。私の真実に傷一つ許さないように、あんたたちの真実にだって、私は傷一つつけないわ。」

 世界同士を拮抗させ、平行世界を築くのがゲームの目的。


「我が巫女は打ち破られた。そして、その命を奪わなかったことに感謝する。………見ての通り、あれは私を退屈させぬための可愛い飼い猫。あれが死んでしまっては、私も退屈するのでな。」

 迂遠な言い方。
 私には、何よりも大切だって言っているに聞こえる。





 魔法ルート。

「右代宮縁寿はさっき、ここから落ちて死んだわ。……ここにいる私は、魔女のエンジェ。……生きるわ。魔女として。」

 魔女として生きる。
 それは人としての幸せを捨てるということ。
 魔法で紡ぐ物語の方を優先するということ。
 自身の心はその物語に込められているから。
 物語を通じての心の交流。
 それで心を満たす。
 それが魔女の幸せなのだろう。


“二人は縁寿が姿を消した扉の左右に立つ。”
「縁寿。……あなたの未来に幸あれ。」
「俺たちは、必ず一緒になれるからな。」

 自身を依り代として幻想を降ろす。
 それは一緒にいるということ。

 永遠の平行線。
 一度も交わることはないけれど。
 離れていくことは永遠にない。


「…………私も縁寿も、同じ真実の魔女でした。……なのに、私と彼女の、何が違ったのでしょう。」
「………………何だろうな。」
「私は、真実に堪える魔女でした。…でも、その真実に背を向けました。……しかし彼女は、真実を知った上で、なおも彼女の真実を信じる魔女でした。………もし、彼女の方が、真実の魔女に相応しいなら。………私は、何の魔女だったのか、わかりません。」



「妾は行けぬ。……妾は黄金郷の主よ。ここを出ては行けぬ。」
「残って何になる。」
「行って何になる。」
「生きよう。」
「………生きれぬ。妾はもう、数え切れぬほどの世界で、数え切れぬほどの罪を犯した。妾が殺した命の数が、罪の数が、多過ぎる。」
「俺たちの世界では、何の罪も犯しちゃいないさ。」
「いいや、………そんなことはないぞ。」

 この戦人とベアトは、19人目の真里亞とヤスが重ね合わされている。
 ヤスという幻想は、六軒島の中でしか生きられない。
 それを19人目の真里亞はどうにかして生きさせようとした。
 ヤスが犯した罪は、虚偽の世界でのもの。
 よって、真実の世界でのことではない。
 唯一真実の世界で犯した罪は、自身の存在によって19人目を殺してしまうことだろう。


“戦人は、すぐに海へ飛び込みました。”
“だから、戦人は間に合いました。”
“まだ魔女の姿を見ることが、間に合いました。”
“魔女は戦人を見上げ、薄っすらと笑っていました。”
“言葉は、聞こえません。”
“でも、はっきりと聞こえました。”
“言ったろ、戦人。”
“妾は極悪な魔女だから、罪など償わぬと。”
“生きてなど、償わぬと。”
“戦人は必死に、言葉を返しました。”
“でも言葉は全て、泡となって吐き出されるだけでした。”
“漆黒の闇へ沈み行く彼女を、戦人は懸命に追いました。”
“そして、…………その手が、…………届きました…………。”
“愚かな戦人よ……。”
“せっかく島を生きて出られたのに……、そなたはそれを投げ出すのか……。”
“………俺はお前を、離さない。”
“気持ちは嬉しいぞ。”
“だが、……妾は幻想の住人、そしてそなたはニンゲン。”
“帰るべき世界が違うのだ。”
“妾は幻想へ帰る。”
“そしてそなたも自分の世界へ帰るがいい。”
“どんどん、周りは真っ暗になっていきます。”
“息苦しくなり、頭やッ実がいたくなります。”
“戦人の指が、……少しずつ、解けていきます。”
“そしてとうとう。”
“二人の指は、……離れました。”
“その途端、……戦人は上の、光の世界へ。”
“そして魔女は下の、闇の世界へ、……より強い力で引き裂かれていきます。”
“魔女は、戦人の体が眩しい海面へ向かって浮かんでいくのを見て、安堵しました。”
“さよなら。戦人。”
“……そして、ありがとう。”
“戦人の体が光の世界へ、点となって消えたのを見留め、……魔女はゆっくりと目を閉じます。”

 ヤスは19人目の真里亞に人として生きて欲しかった。
 だから自ら死を選んだ。
 現実の存在は現実に。
 幻想の存在は幻想に。
 それがあるべき姿なのだと。

 EP7のベアト殺しを、ヤス視点で見るとこんな感じなのだろう。

 だが19人目は12年を経て、もう一度猫箱の中に飛び込んだ。
 そして恋の決闘。
 しかしこのヤスは死を選んでいる。
 よって、そのペアである19人目の真里亞の物語は光の世界へ。


“そして奈落の世界へ落ち行くことに、永遠の孤独の世界に、全てを委ねました。”
“その時、………彼女は、感じました。”
“そんなはずはないのです。”
“だって、戦人はもう、遥か彼方で点になっているのに。”
“でも、それは戦人でした。”
“魔女を追ってきた、戦人でした……。”
“逃がすかよ。お前は俺だけの、黄金の魔女だ。”
“………馬鹿戦人……、……馬鹿戦人…………。”
“お前が望む奈落になら、俺も一緒に落ちよう。”
“そこが虚無の世界ならば、お前と一緒に消えよう。”
“だが、消える最後の瞬間まで。”
“………お前は俺のものだ………。”
“二人は互いをきつく抱き締めました。”
“……もう、運命は二人を引き裂こうとはしませんでした。”

 それでも飛び込んだ19人目の真里亞は、新しいヤスの物語を蘇らせ、それを光の世界へとやり、自身は闇の世界へと沈むことを選んだ。
 恋の決闘は、100:0にするというもの。
 片方を光の世界へ、もう片方を闇の世界へ引き裂く。
 それを二組行った。
 そして100:0と0:100を、100:100と0:0に振り分けた。

 光の世界へは、現実の19人目の真里亞と、蘇らせた新しいヤスの物語が。
 闇の世界へは、古いヤスの物語と、新しいヤスの物語のために死んだ19人目の真里亞の物語が。
 地獄の席をリザーブしたと言っていたが、それは古いヤスの物語の隣という意味なのだろう。
 まさしくこれは、死んだ方のヤスから見たEP7。
 19人目の真里亞が煉獄を潜り抜け、地獄で待つヤスの許に辿り着く物語。


“二人は一つとなって、……奈落へと沈んでいきました……。”
“そして、何も見えない真っ暗な世界で、……ぽっと、輝きました。”
“それは温かな、黄金の輝き。”
“それは、黄金の薔薇でした。”
“それがふわりと、………純白の無垢な砂の敷き詰められた世界に、辿り着きます。”
“そこには、白い砂に半分埋まった、……小さな箱が。”
“それは、静かな海の底で安らかに眠る、ベアトリーチェの猫箱。”
“その上に、ふわりと、……黄金の薔薇は舞い降りるのでした………。”
“それは、深い深い海の底のお話。”
“真っ暗な真っ暗な暗闇の中に。”
“……ほのかに輝く、黄金の薔薇が眠っているという、とてもささやかな物語。”

 これが神が綴る黄金の真実。
 忘却の深遠の底、猫箱の中で眠るヤスへの手向け。
 ヤスの物語の最期を飾るエピローグ。
 共に奈落に落ちて消えるルート。





 お茶会。

“細やかな、そして尊厳ある者にしか読めぬ情報密度の極めて高い言語が、ぎっしりと書き込まれている。”
“その言語の一文字は、ニンゲンの世界での書籍数冊に匹敵する情報量を持つ。”
“それによって、ぎっしりと書き上げられた原稿用紙が、これほどに積み上げられているのだから。”
“……彼女はきっと、何か一つの世界を、書き切ったに違いなかった。”

 魔女的数字の盛り方ではあるが、一文に何重もの意味を持たせているのは確か。
 こっちの頭がおかしくなりそうな程に。
 大雑把に言って、3つの物語があり。
 使われなかったミスリードを膨らませた物語、まあ種のままで終わった物語も合わせればどれほどになるのか。
 そして今回の再読で読んだ絡み合う物語を終わりまで。
 まさしく一つの世界を書き切ったと言える。


「どこまでを描けば、果たして物語を書き切ったと言えるのか。……私の、物書きとしての長年の悩みだ。……ニンゲンの冒険は物語としてとても面白い。しかし、どこまでが冒険で、どこからがそうではないのかが、私をしても、未だによくわからぬのだ。」
「……すでに没した私の旧友は、ニンゲンの人生は、初めから終わりまでが全て冒険であり、筆を置くところなど存在しないと言ったが。……私はそうは思わぬ。筆の置き所というものがあると思う。物語は、適当なところまでを記し、その後の余韻や感想は、観劇者に委ねるべきだと思う。」

 すでに没した旧友とは、ヤスのことを指すのだろう。
 人生は冒険は、ゲームの度に生き残ってきたこと。
 まさしくヤスの人生とは、冒険で構成されていると言えるだろう。
 そして、物語として生み出された以上、その物語の結末まで描かれることを望む。

 幼き日の遊び、ニンゲンになることを望み切磋琢磨する日々、独り立ちするために争い、愛し合い一章を共にすることを誓い、愛する者に生きていて欲しいと死を選び、愛する者を殺したことを後悔し蘇らせようと半生を捧げ、愛する者の面影を重ねて謝罪して大往生、忘却の深遠に落ちる愛する者の許へ辿り着く。
 ヤスの物語における、ヤスと19人目の真里亞の結末までの物語。
 望み通り、きちんと終わりまでを描いた。

 でも生きている19人目の真里亞の物語はまだ終わらない。
 いや、19人目の真里亞はヤスと共に死んだのかもしれない。
 だからこれは、かつて19人目の真里亞だった人間が新しく生きるための物語なのだろう。
 あるいは、19人目の真里亞が天国へと旅立つという物語。
 つまり蛇足。


「……つまり、物語は適当なところで猫箱にしまうべきなのだ。……猫箱を巡っての長き物語なのだから、その終焉も最後までを記さず、猫箱にしまってしまうのが良いのではあるまいか…?」
“フェザリーヌは、自分以外に誰もいない書斎で、……誰にともなく、そう語る。”
“もちろん、誰かが相槌を打つわけもない。”
“しかしフェザリーヌには、それが聞こえたらしい。ウンウンと頷くと、にんまり笑う。”
「わかっている。もう少しだけを書き足し、そこで筆を置こう。……それで、そなたとはお別れだ。」
“フェザリーヌが、少し暗くせよと指を掲げてくるくる回す。”
“すると、書斎の明かりが、ゆっくりと消えていく……。”
「ほんの少しだけ休ませてはくれぬか。……その間は、我が猫、……もとい、我が巫女にお相手をさせよう……。」

 フェザリーヌが休み、その間、ベルンが相手をする。
 これは、この後、ベルンの朗読によって虚偽の世界が紡がれるということだろう。
 つまりゲーム。
 それを引っ繰り返して真実の世界を紡ぎ、それによって二つの世界を拮抗させるという。

 だとすると、姿が見えない話し相手は、読み手のプレイヤーということになる。
 それも真相に至っている。
 真相とは、二つの真実が永遠に一緒にいることを誓うというもの。
 プレイヤーは、その仲立ち、あるいは立会人。
 さらに魔法を選んだなら、それを祝福することを選んだということ。
 つまり、猫箱にしまうことに同意したというのも同然。

 そして、入水エンドは、死んだヤスとそれを追いかけた19人目の真里亞の物語のエンド。
 まだ生きている方の二人の物語のエンドが残っている。
 それは、これからも生きていくというものになる。
 つまり、謎はこれからも生きていく。
 その余韻を読者に残して。


「じゃあいい? そのごま塩の中身をざらっと出して、お箸で、ごまと塩に分けなさい。」
「はい、我が主!! 私の華麗なるお箸さばきを、どうかご覧くださいっ!!」
「えぇ、がんばってね。……終わったら、ちゃんと袋に戻しておくのよ。」
「………あんた、またそーゆーことしてイジメてんの?」
「遊んでるのよ。失礼ね。」

 19人目の物語とヤスの物語に振り分け、その後ひとつに戻す。
 イジメのようで、これは遊び。





 裏お茶会。

“私たちは恐らく、何度もすれ違ったのだろう。”
“その内の一度でも結実して、出会えていたなら。”
“……私の人生は、まったく違うものになっていただろう。”
“でも、それが運命なのだ。”
“神様は、私たち兄妹が再会するには、数十年の時間が必要だと判断されたのだ。”

 まさしく物語を記す神がそう判断したのだろう。


「辛く、恐ろしい日々でした。………自分が、知らぬ人間に頭の中を侵食されていくかのような…。………今日、明かりを消して眠ったら、自分という私は、もう二度と目覚めず、明日の朝からは、私の体を乗っ取った違う男が生活を始めるのではないか。……そんな恐怖が、数え切れぬほどの夜に、私を苛み続けました…。」
「………彼も何度かは、それが自分の正しい記憶であると受け容れようと努力したのです。……自分は右代宮戦人であると、何度も念じ続けました。」
「ですが、駄目だった。……私は私、…八城十八なんです。……頭の中に、どれほど右代宮戦人の記憶が溢れようとも。……それは私には、他人の記憶なんです。………私は、右代宮戦人を受け容れることは、出来なかったんです………。」
“……「右代宮戦人」はそう言い、……目頭を真っ赤にしながら俯いた。”

 これは新しい人生を始めた八城と、ヤスと共にいることを誓った真里亞が混在しているということだろう。
 同一人物といえど、八城は未来に生き、真里亞は過去に生きている。
 もはや別人なのである。


「それでも。………私は、いつか。あなたに会わなければならないと思っていました。……正直なところ、私は昨夜、一睡も出来ませんでした。………あなたに会うことが、恐ろしかった……。」
「………………………。」
「あなたと会うことで、私は死ぬのではないか。……そう、怯えたのです。……しかし、私は今、ここにいて、あなたとこうして普通に会話をしています。」
「……だから、後悔しているのです。………もっと、早く、…………私はあなたに、……会っておけば……。……あなたも、……私の中の右代宮戦人も、………こんなにも長い年月、苦しまなくて済んだだろうと思うと、……それが、……申し訳なくて………………ッ……ッ……。」
“かつて「右代宮戦人」だった彼は、そう言いながら、嗚咽を漏らした。”

 この縁寿に当て嵌まるのは、真相に至ったプレイヤーが孵した「物語」かな。
 その「物語」は、必ず19人目の真里亞が生きていると信じていた。
 ベアトのゲームは本来、ヤスと19人目の真里亞がニンゲンになるために行なわれるはずだった。
 それはつまり、真里亞として生きるためのゲームだったということ。
 ならばそれは、真里亞が蘇り、今の八城が消えることを意味するのではないかと恐怖した。
 しかしそれは杞憂だった。

 まあそりゃそうだ。
 過去が肯定されたからって、今が嘘になるわけもなし。
 ただ、過去に決着をつけただけ。
 過去の思い出は苦しいものばかりではなく、楽しいものもいっぱいあった。
 だから過去は振り返らず、未来を見据えて行こう。
 ……というのは、もう物語の中に書かれているな。


 縁寿が招待した孤児院は、言ったプレイヤーが共に生み出した黄金郷。
 つまりこちらは、19人目の真里亞の未練が、ヤスの待つ黄金郷へ迎え入れられるという、共に天国ルート。

 要は、読み手が至っていなければ、奇跡は起こらず、共に地獄エンド。
 読み手が至っていれば、奇跡は起こり、共に天国エンド。
 という差ができるということ。
 プレイヤーの責任は重大だ。

 まぁ、私のゲームでは、真里亞とヤスの物語はハッピーエンドを迎えたわけだけれども。
 その物語はまだまだ続く。
 八城とベルンの物語もまだまだ続き、この後も色々な物語を生み出していくんだろうなぁ。








 そんなわけで、プレイヤーの観測により物語は紡がれる。
 それは時には、消え行く物語を救うことがあるかもしれない。
 そうでなくとも、プレイヤーの数だけ物語は生まれた。
 つまり、19人目の真里亞とヤスは子だくさんということ。
 もう誰にも知られることも顧みられることもない物語ではなくなった。
 多くの子や孫に囲まれて老後を過ごす。
 譲治と紗音の将来の夢の話が何を意味していたのか、ようやくわかった。
 それが叶ったというわけだ。
 良き哉、良き哉。







 手品ルート。

“過去の物語なんて、どのようなものが紡がれたって、描かれたって、……未来の私の物語には、何の影響もない。”
“私は振り返らず、未来だけを見て生きることを誓った。”
“その誓ったことに意味があるなら、あれは断じて白昼夢じゃない。”
“それに私は、あの寄り道の長い旅の中で、たくさんのものを持ち帰っている。”



「未練よ。………古い殻を、私は脱ぎ捨てたの。」
「懐かしき六軒島を前に、心機一転ってわけですかい。」
「……違うわ。右代宮縁寿っていう、ニンゲンをやめたってことよ。」

 魔法ルートは、人間の縁寿ではなく魔女のエンジェとして生きるルート。
 つまり、魔女として、人間の縁寿の物語を紡ぐということ。

 それに対して手品ルートは、縁寿という存在を捨て、別の人間として生まれ変わるルート。



「私、新しい人生を、これから踏み出そうと思うの。」
「すでに踏み出してますぜ。」
「そうね。……右代宮家の面倒臭いのを全て売り払って、どこかに寄付でもしたら、綺麗サッパリ清々するわ。それで私は、右代宮縁寿という殻を、全部脱ぎ去れる。」

 この縁寿はプレイヤーが孵した物語なので、“右代宮家の面倒臭いの”というのは黄金郷の黄金のことで、それを捨て去る選択をしたルートになるのだろう。


「あなたという猫箱の中に、買収されて裏切ったあなたと、裏切ってないあなたの2人が共存しているわ。……その片方の、裏切ったあなたを殺す方法は?」
「よ、よせ…!! 撃つな……!!」
「猫箱ごと、あなたを撃ち殺せばいいんだわ。」

 真実は2つあるから猫箱の中にしまっておこうというのが魔法ルート。
 手品ルートは、黄金の真実などどうでもいいから、本当の真実を殺すために、猫箱ごと殺すという選択。

 要は。
 真実が一つならあえて二つにして、猫箱の中の猫を生かして、これからも物語を紡いでいこう。
 どうあろうとも真実は一つなのだから、猫箱ごと猫を殺し、物語を殺して終わらせる。
 の二択。
 後者は物語を殺す選択。
 だから、物語である自身を殺し、新しい物語となることを選んだ。
 そしてその道は、どんどん物語を殺していく道。
 逆に言うと前者は、物語を生かしこれからも楽しむという選択と言えるだろう。


“彼女は、……生き残る。”
“彼女を殺そうとする、巧妙に編み上げられた陰謀の渦から、……きっと生き残ったのだ。”
“……縁寿は舳先へ戻ると、その強い風に正面から向かい合い、さらにその先の未来を凝視する。”
“主を失った船は、無限の水平線へ向けて、真っ直ぐに真っ直ぐに、どこまでも進む。”
“その先に、彼女が本当に辿り着きたいと願う真実があると、祈りながら。”

 猫箱にしまうということは、黄金の真実を生かすということ。
 それは見方によっては、本当の真実を殺すということになる。
 つまり、プレイヤーの紡いだ本当の真実に至った物語が殺されると危惧し、その陰謀から生き残こらなければならないと思ったわけだ。
 黄金の真実によって殺されるバッドエンドを迎える前に、真実に至ったとしてグッドエンドを迎えて自身の物語を終わらせたいのだ。
 縁寿という物語も猫箱によって生かされている。
 だから、縁寿という物語を殺すために、猫箱ごと殺した。
 そして、縁寿という物語は終わり、新しい物語が始まる。
 ……そんな感じ?


  1. 2019/08/03(土) 22:02:37|
  2. うみねこ咲へ向けて
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EP8の序盤を再読

 咲の画像を見ると、新キャラ、ウィッチ・オブ・ザ・ピースは、カケラではなく駒の魔女らしい。
 それだけでも察するが、ゲームで問うのは私はだぁれ? のみらしいので、まあ確定だな。
 駒とは言え、ご本人が直接現れるのか。
 我らの告白の次の物語で、ラストノートという題から、3つ目の物語についてが主題であるのはわかってはいたが、実に直截的だ。

 さて、EP8の再読をしよう。



 礼拝堂の縁寿と戦人。

「すぐに思い出すさ。…そして、縁寿にとっては12年ぶりの再会でも。……俺たちにとっては、しばらくぶりでしかないんだ。……みんな歓迎する。12年の、遠い未来からようやく帰ってきた縁寿を、みんな歓迎してくれる。」

 これは、黄金郷に迎え入れられる19人目の真里亞に重なる。
 12年を経ての帰郷。





 六軒島へ。

「おぉ、そして戦人か。……よく戻ってきたな、右代宮家に。……寂しかったぞ、この6年間…。」

「良いのだ……、良いのだ、戦人よ……。言いたいこともあろう、聞きたいこともあろう。……だが今はそれはなしだ。」

「よく、………右代宮家に戻ってきてくれたな……。……私は、……嬉しいぞ……。」

 どう解釈すべきだろうね。
 この金蔵を、この世界の主と見ると、それは19人目のこと。
 この戦人は、ヤスを認めて黄金郷に迎え入れたメタ戦人となるのかな。
 つまり、ゲームを開催した主と、そのために使われた駒の関係。
 戦人は何を知らされずに魔女のゲームに強制参加させられていたわけで、言いたいことは色々あるだろう。
 基本、主の頭の中の住人だから、その外には出られないし。
 出られるのは誰かに共有された時だけで、しかもそれはその誰かの頭の中に生まれる別人でしかないのだけど。

 あるいは、この戦人はヤスに重ね合わせているのかもしれない。
 蘇らせたヤスは、12年ぶりなのだから。


「……都会はうるさい。私の家族だけしかいない、静かな島が一番だ。私はここを気に入っている。」
「……私はもう、老いた。家族だけに囲まれて、静かに暮らしたい。……そして私は幸せ者だ。それを実現できる、この島があるのだから。」

 老いた、というのを八城の「老いた」という台詞と重ね合わせれば、これは八城の台詞と解釈可能。
 家族=自分の世界だけあればいいみないな心境なのかな。
 いや、あるいは、八城の中の右代宮真里亞が、なのかもしれないが。





 6歳の縁寿。

“いとこたちは、波打ち際を散歩しながら、色々と遊んだ。”
“波で研磨された、宝石のようなガラス石を探したり。それぞれの近況を語り合ったり、茶化したり。”
“砂に文字を書いてみたり。返す波を追ってみたり、寄せる波から逃げてみたり。”
“いとこだけの、楽しい時間が過ぎていった。”

 波打ち際に書くのは、夢。
 夢を消す波を追ったり逃げたりは、ゲームのこと。
 ガラス石は、カケラのこと。
 波で研磨は、世間で揉まれること。
 波で研磨された宝石のようなガラス石は、幾たびものゲームを潜り抜けてきた真実のこと。
 じゃないだろうか。
 つまり、カケラを集める遊びという比喩。


「このガラス石、早くママに見せてあげるの! 真里亞が優勝したってママに教えるの!」
「いっひっひ。俺が見つけたヤツを譲ったんだけどなー。」
「うー! 真里亞がもらったから、真里亞のものなの! だから真里亞が優勝なの! うーうーうー!!」

 戦人が集めたカケラを真里亞に譲ったことで、真里亞が優勝した。
 魔女のゲームの結果の比喩。


“金蔵の右代宮家復興を巡る剛腕の物語は、彼を厳格で恐ろしい人物であると修飾するには、充分なものだった。”
“それに、金蔵は投資家でもある。彼をより神秘的に見せる数々の伝説や武勇伝は、そのビジネスに有利に働いただろう。”
“……金蔵も、自分の存在感をより高めるため、望んで彼らの期待する人物像を演じたところも、あったかもしれない。”
“だから、世間が右代宮金蔵を語る時、それは厳格で短期で怒りっぽく。そうして気紛れで豪胆で理解し難い奇人であるかのように語られた…。”
「でもそれは、……祖父さまの外の顔だ。右代宮家で、親戚一同、水入らずで過ごす時の顔じゃない。」

 私は外の顔は金蔵(偽)で、内が嘉音(真)だと思っているが。
 まぁ、それは置いといて。
 世間が作り出した勝手なイメージを鵜呑みにするな、ということ。
 世間が決めたものが真実であるなら、自分の頭で考える必要なんてない。
 自分の信じる真実なんて、自分で決めればいい。
 それを全て自己の責任とできるなら。
 そう、自分のルールに従いながら、自分で勝手に、真実を生み出してしまえばいい。
 それこそが自分自身が生み出した、自分ための、自分だけのゲーム。


「だって、これはお兄ちゃんのゲーム、いえ、ゲーム盤じゃない!」
「…………………。」
「ベアトだのベルンだの! 何人もの魔女が、私の運命を嘲笑い、そのゲームで屈服させようとしてきたわ。でも、私は真実を求めている! 魔女たちのまやかしなんか通用しない! ……なるほどね、魔女たちめ。最後の刺客に、お兄ちゃんを送り込んできたってわけだわ。」
「……そうだな。……これは、俺のゲームだ。だから確かに、これは俺の物語であり、俺が紡いでいる。だからこそ、もしもお前が島に来ることが出来たならという、IFを混ぜることが出来る。」

 つまり、縁寿もまた自分のゲームをすればいいのだ。
 物語は自分で紡ぎ、生み出す。
 真実なんて探したって見つからない。
 誰も絶対の保証なんて与えられない。
 だから、自分が信じる真実は、自分で生み出していくしかない。
 自分で、自分の真実を紡ぎ出すゲーム。
 それを皆、自覚の有無にかかわらず、やっているのだ。
 魔女のゲームは、そのレクチャーだったと言ってもいい。







 黄金の返還。

「そなたも元気そうで何よりだ。余命幾ばくとは片腹痛いわ。」
「そなたに元気をわけてもらってるだけだ。書斎に戻れば、枯れ果てた年寄りが窓辺で呆けているだけよ。」
「そなたの死ぬ死ぬ詐欺にはもううんざりしている! もう諦め、百まで元気に生きると誓ってしまえぃ。」
「俺も、祖父さまには6年ぶりにあったけど、全然変わってねぇんで、驚いたもんな。」
「わはははは、戦人め。この6年で世辞まで学んだか! 残念だが、それは節穴というものよ。しっかりかっきり老いぼれておるわ。」
「金蔵が百歳になってピンピンしているのに、千円賭けるぞ。」
「あぁ、俺も。百歳になっても祖父さまは今と変わらないさ。」
「わっははっはっは! これ以上褒めても何も出ぬというのに!」


「ん? そりゃそうだな。何しろ10tもの黄金を、ぽんっと祖父さまに貸し出したんだからな。」
「そうだ。必ず返すと約束し、もう数十年も借りている。その恩は、もはや返しきれないほどだ。」



「無論だとも。三代にわたりベアトリーチェさんたちが気前よく貸してくれなかったら。右代宮家はとうに滅んでいましたとも。辣腕のお父さんとて、軍資金がなければ何も出来なかったのですから。」
「もはや、カネがカネを呼び、黄金の軍資金は静かに眠るのみだ。………蔵臼。私が何を話そうとしているか、わかるか。」
“その言葉の意味するところを、蔵臼は呼び出された時から、予感していた。”
“借りたものはいつか返す。その日が訪れたのだ。”

“かつて、鷲のように雄大に空を支配した右代宮家は、関東大震災をきっかけに滅びかけた。”
“鷲は片翼をもがれて地に這い、死にかけたのだ。”
“それを、黄金の魔女が黄金の奇跡によって救った。”
“黄金の魔女に守られながら、鷲は長い時間を経て傷を癒し。”
“ようやく、魔女のもとから巣立つ日が来た、ということなのだ……。”
「そなたの祖母より借り受けた黄金を全て。そなたに返還する。………蔵臼、異論はないな? 元より、あの黄金は右代宮家のものではないのだ。」

 傷付いた片翼の鷲とは、19人目のこと。
 借りた黄金とは、黄金の魔法のこと。
 19人目は黄金の魔法の力を借りて物語を紡ぎ、自身の謎を共に出し、その結果、ひとりの人間として認められた。
 つまり、自立できたのだ。

 そして、自立したからには、一人で歩いて行かねばならない。
 絡まり合った物語は、解けてそれぞれの物語を紡いでいく。


「主人は仮にも次期当主。お父様が一代にて当家を復興させたように。主人も一代で当家を反映させるでしょう。そしてそれは、主人と私で成し遂げることです。」
「うむぅ。よくぞ言った。その意気であるぞ。」
「……10tの黄金に未練はないというか。やれやれ、大したものよ。黄金の魔法が効かぬ相手には、魔女も形無しであるな。」

 次期当主夫妻は、19人目の子である19人目の物語と、それを共に生み出している読み手のことだろう。
 つまり、後は読み手がその物語を引き継ぎ紡いでいくのだ。


「そなたに黄金を返還する。だが、黄金の魔女ベアトリーチェが、右代宮家にとって最大の恩人であることは未来永劫変わらぬぞ。」
“黄金の魔女より貸し与えられた黄金を返還する。単純にして明快な話だった。”
“しかし、当の黄金の魔女は、少しだけ寂しげな表情を浮かべる。”

 ヤスのお陰で、19人目の真里亞の今がある。
 それは消えることのない永遠の絆だ。
 しかし、人がいつか死ぬように、物語にも終わりがある。
 19人目の物語には、19人目の物語の終わりが。
 ヤスの物語には、ヤスの物語の終わりが。
 それぞれにある。
 だから絡み合った物語を解き、ヤスの物語に終わりを。
 それが物語の書き手としての責務なのだろう。
 だからヤスという人生を書き切るのだ。


「妾の魔法で、右代宮家は蘇り、そして六軒島は生まれた。……その右代宮家が、もう妾の黄金の力には頼らぬという。妾の魔法から、巣立つということだ。」
「そうだな。……そういうことになるな。」
「妾は六軒島を、魔女の島と、妾の島と呼んできた。」
「そうだったな。」
「その六軒島が、妾に黄金を、魔法を返すという。………六軒島が、魔法から目覚める日が、来たということだ。」
「………………………。……そうだな。」

 六軒島という“世界”。
 その世界は満たされ、今巣立ち、羽ばたこうとしている。
 ヤスの虚偽の世界は、19人目の世界という卵を温める巣であったのだ。
 あるいは、その2つの物語が共に過ごす揺籃の世界だった。
 2つの物語は今目覚め、それぞれの世界に羽ばたいていく。

 魔法より目覚め、真実の姿を取り戻す。
 それは12時の鐘を聞いたシンデレラのように。
 19人目がヤスとなっていた時間は終わり。
 19人目に魔法を掛けたヤスこそ、真の魔女だったのだろう。


「最後のゲームと、わかってはいたさ。……しかし、こういう形ではあっても、それを切り出されると、………意外と堪えるものよ。」
「お前って、結構サッパリしてそうに見えて、未練タラタラなタイプなのな。」
「残忍で執拗なタイプは、大抵は寂しがり屋で未練がましいものよ。」
「そうだな。お前はそういうヤツだもんな。」
「…………妾と、そなたのためのゲームだった。」
「楽しかったぜ。お前が6年の間に、練りに練った、愉快なゲームだった…。」
「かつて妾はそれを、互いを苛む永遠の拷問と称したっけな。」
「……永遠が、永遠であると信じられる内が一番幸せなのさ。物事には、全て終わりがある。そしてそれを自覚しなければならない。」
「目を背けずに、な。」
「昇らぬ日はないように、沈まぬ日もねぇってことさ。」

 そう、何事にも終わりはある。
 永遠と信じた二人の物語にも。
 魔法は解かれ、黄金は返却され、玩具は玩具箱に仕舞われる。
 そして、真実は猫箱の中に。
 猫箱は無限を内包する。
 その中で、二人の真実は永遠となるのだ。


「……お館様は、人生を終えるという最後の仕事の準備を、お始めになったということでございます。」
「自分が死んだ後のことなんて、人は普通、考えないぜ…。……はー。やっぱ祖父さまはスケールがひとつ違うぜ。」
「今日は、右代宮家が黄金の魔女の庇護から飛び立つ、新しい飛翔の日なのでございます。」

「むしろ、大きな責任に奮い立たれるでよう。……留弗夫さまは島を出られ、大成し見事な成功を収められました。しかしそれは、お館様の財産によって支えられたものです。」
「……それが、唐突に遺産をドンと出され、これからはお前の力だけで頑張るのだぞとなるわけか。………へへ、かえってプレッシャーがあるかもなぁ。」
「ご兄弟の皆様は、お館様というあまりに偉大すぎる父親に、もう何十年も苦しんできました。……偉大すぎる親は、ただ存在するだけで、子には重石になるものなのです。」
「それが今夜。……本当の意味で、一人前になって巣立つってわけだ。」

 書き手が物語を書き終えた後の準備をしているということ。
 読み手が生み出した物語の飛翔の時。
 読み手を得て、一人前の物語となるのだ。


「銃を与えられ、復讐の仕方を習った少年兵は、それを生きる目的とします。いや、少し違う。それを、銃を撃つ理由にします。………しかし、復讐ってのは、終わりがない。いつしか、銃を撃つのに、理由がなくなってくるんです。」
「……どういう意味?」
「復讐のために、銃を撃っていた。それがやがて、理由もなく、銃を撃つようになるんです。」
「復讐を忘れてしまうということ?」
「出来もしない復讐に、やがて疲れ果て、その目的を忘れてしまうんです。そして、手元には銃しかない。やがてメシを食うために、銃を撃つようになる。」
「……復讐のために銃を取った少年兵は、やがて野盗か何かに成り果てるってこと?」
「何しろ、学校にも通わず、職も学ばせてもらわなかった連中です。」
“習ったのは、銃の撃ち方だけ。そして褒められたのは、相手を殺した時だけ。”
「やがて、自分の生きる目的は、復讐のためでなく、その手段のためだけに成り果てていく。……気の毒なことです。」

 生きるために物語を紡いできた。
 それが、物語を紡ぐために生きることになった。
 生み出した真実のためなら、自分の真実を殺すことも躊躇わない。
 なんて本末転倒。





 ハロウィンパーティ。

「戦人がデカく張る時は、役なしのことが多いと思ってたんだがなぁ…!」
「そう思わせるために、ここまで負けてきたんだぜぇ? 最後に勝つ為に負けを布石する男、右代宮戦人! いっひっひ!」

 EP4~7まで負けたふりをして、最後に勝つ布石をしていた。
 でもまあ、それを明かしてしまうと、ヤスの物語が台無し。
 書き手の目的は、生まれた物語たちが羽ばたいていくこと。
 そして、読み手の目的もある意味、自分が生み出した物語を羽ばたかせたいのだ。
 そこからすると、真相を明かすというのは、無粋の極みというもの。
 ということだろう。


「うー!! 真里亞知ってる! ハロウィンパーティー!」
「……ハロウィンパーティー?」
「きっひひひひひ! 真里亞だけ知ってて、縁寿は知らない。きっひひひひひ。」

 知っている者と、知らない者に分かれているよ、という示唆。


「やれやれ。セレモニーとは、金蔵も形式にこだわる男よ。」
「例の、黄金の返還式云々ってことなんだろ。右代宮家にとっては、一つの大きな節目なんだ。付き合ってやれよ。」
「ちと寂しい気持ちもあるがな。」
「右代宮家顧問錬金術師であることは、これからも変わらないさ。」

 この物語が終わっても、ヤスは19人目の真里亞と共に、色々な物語を紡いでいくのだろう。


「黄金の魔女ベアトリーチェは、名を受け継ぐことで、千年を永らえる魔女である。よって、彼女の子々孫々に至るまで、その全てがベアトリーチェであり、その全てが当家の顧問錬金術師なのである。」
「右代宮家子孫一同は、ベアトリーチェの恩義を永遠に讃え、子々孫々に永遠にそれを伝えるのだ。………ベアトリーチェは、未来永劫、右代宮家の恩人であり、尊い絆で結ばれた家族なのである。」
「………ご承認いただける方々は、拍手をもって承認をお願い致します。」
「ありがとう、諸君。………ベアトリーチェよ。そなたは右代宮家の一員だ。それは血より尊き絆によるものだ。」

 EP3で示された、黄金郷に黄金の魔女を迎える儀式。
 ヤスがいなければ、19人目の真里亞の物語はあんなにも豊かなものにはならなかったことだろう。
 まさしく恩人であり、尊い絆で結ばれた家族なのである。


「私はお前たちを厳しくも、常に見守ってきた。しかし今をもって、お前たちの父はそれをやめるのだ。………私は雲上から見守るかの如く、お前たちが飛翔するのを眺めているだろう。もはや、何の口出しもせぬ。……そなたたちの生きたいように生きるが良い。」

“……親族兄弟たちは、遺産を巡って、ギスギスといがみ合って来たのだ。”
“しかし今宵。……遺産は綺麗に分配され、彼ら全員の金策は解決された。”
“そうなればもう、兄弟同士、何もいがみ合う理由はないのだ。”
“むしろ、手を取り合い、ますますに互いを繁栄させていくべきなのだ。”

 4兄弟は、4つの物語。
 3つの物語、魔法説、ヤス、19人目。
 それから、それらが絡まる一なる執筆者の物語。
 これまでは、どの物語が認められるかで争ってきた。
 だが、それぞれが独立して読み手に認められてことで、争う必要がなくなった。
 それぞころか、それぞれの物語が絡み合うことで、物語は深みを増し、味わい深くなる。


“六軒島という、魔女の魔法で編まれた巣から、右代宮家の鷲たちが今宵、それぞれに旅立っていくのだ。……力強く、己の力で。
“金蔵は思う。”
“初めからこうしていればよかったのだ。”
“……遺産問題を、自らがもっと早くに解決していたなら、子供たちはいがみ合う必要はなかったのだ。”
“それを、不機嫌を装うことで、彼らに全て任せきりにし、兄弟たちの関係を冷めたものにしてしまった。”
“そう。全ては自分の責任だったのだ。”
“今や、絡まった縄は解かれた。”
“それはまるで、金蔵の体を締め付ける、目に見えぬ縄のようでもあった。”
“それが今や解かれ、彼は久しく開放感を覚えるのだった…。”

 絡み合った物語を紡ぐ執筆者の葛藤。
 そして、それよりの解放。


“兄弟4人は前に歩み出て、新しい当主、蔵臼をみんなで支え、ますますの繁栄を金蔵の前で誓い合う。”
“彼らの顔は、不思議な若々しさに溢れていた。”
“当然だ。彼ら4人が、こんなにも自然な気持ちで結束したことなんて、………子供の頃以来なのだから。
“子供の頃の瑞々しい気持ちに戻り、彼ら兄弟は再び、結束するのだ。”

 物語の生まれた当初は、それぞれの物語を豊かにするために、協力して紡ぎ合って来た。
 その関係がやがて壊れかけ、そして今、修復されたのだ。


“ベアトは魔法と称して、色々な手品を見せてくれた。”
“真里亞はそれを魔法だと主張し、縁寿はそれを手品だと主張し、ますますに盛り上がった。”
“幼い二人があまりに盛り上がるので、大人たちも、自分が知る手品を披露しては、二人を大いに驚かせた。”
“やがて、互いが互いに、こんな手品知ってる? と見せ合うようになり、ハロウィンに相応しいマジックパーティーになった。”
“手品に限らず、クイズやなぞなぞ、様々な遊びが、彼らの子供時代の思い出を刺激する。”
“給仕をしている使用人たちも、その輪に引き摺り込まれ、ホールは今や、大賑わいだった。”
“幼い縁寿にとって、どの手品もクイズもなぞなぞも、知らないものばかり。”
“彼女の知的好奇心が刺激されて、わくわくが止まらなかった。”
“その上、美味しい食事にジュースが、よりどりみどりなのだからまるで夢の中だ。”
“縁寿はふわふわと、まるで雲の上を歩いているような気持だった……。”

 19人目が幼い頃にしていた遊びがこんな感じだったのだろう。


「……………ふむ。ならば我等も、この千秋楽祝いを楽しませてもらうとしよう。これほどの長きゲームにて皆、それぞれの役を見事、演じきってきたのだから。」

 駒たちは皆、見事に役を演じきったよな。
 今回の再読でホント驚いたもの。


“これで本当にいいのかと念を押されると、ちょっとだけ不安にある。”
“でも、そういう時は初心を貫徹した方がいい。”

 他人に言われて意見を翻して、それで間違っていたら、その他人のせいにするんじゃないのか。
 だったら、自分の意見を貫き、その結果玉砕した方が清々しいというもの。
 意見を翻すなら、全て自分の決断ですべきなのだろうな。


「ケチ臭いことを言うでない。2つのアーモンドが現れ、女王と姫が選び出されただけの話ではないか。」
「そういうことだ。2人が当りということで良いではないか。」

 出てきた真実は2つ。


「いいのよ、縁寿ちゃんの付き人になれたもの。さぁ、お姫様。あなたが叶えて欲しい願いはなぁに…? 考えてちょうだいな。」

 2つの真実は、主と駒。
 当主と顧問錬金術師。
 そんな関係。
 駒は主の願いを叶えるために生み出された。


「さ、……さっきまでの楽しいが、ずっと続いて欲しいのっ」
“少しニュアンスが変わってしまった気がする。それでも、それが私の偽らざる願いだった。”
「さっきまでのって。……あぁ、手品とかクイズとか?」
「うんっ。」
「じゃあこうしましょう。みんな聞いて。お姫様の命令よ。ついさっきまでみんなが盛り上がっていたように。手品やクイズなどで、縁寿ちゃんを楽しませてあげてちょうだい。」

“みんなが私を囲み、微笑みながら、どんな問題を出そうか思案している。”
“私と遊ぶために、私のことだけを考えてくれる。”
“それを独り占めできるだけで、お姫様になれた喜びははちきれんばかりだった。”

 駒たちに謎を朗読させる幼い主。
 これがやがて八城になる。





 クイズ大会(前半)
 金蔵のクイズ。

「ふっ……。忘れても良い。ただ一時、私に向けて微笑んでくれただけで、私には何よりもの冥土の土産になるのだ。これが、無償の愛の境地である。」

 金蔵が執筆者なら、子である兄弟たちは執筆者の生み出したそれぞれの物語。
 その兄弟の伴侶は、それらの物語を読んだ読者。
 なら孫は、その読者が読んだ物語から解釈した新しい物語。
 要は、読者の真実。

 孫は祖父の笑顔を思い出すことは難しい。
 基本、後世になればなるほど、真実は掛け離れていく。
 執筆者の思いを知るということは、それほどに難しい。
 特にうみねこでは。
 つまり、執筆者はそれには覚悟をしていたわけである。
 それよりも子々孫々、物語を生み出し、執筆者の生み出した世界を繁栄させてくれるのが嬉しいのだろう。
 どのような形で結実したのであろうとも、それは執筆者へ向けられた愛なのだろうから。





 秀吉と絵羽のクイズ。

「私は、何て罪を……。………悲しいのは私もあの子もまったく同じだった…! なのに私は自分の方が悲しいと決め付けて、……あの子の気持ちをまったく受け止めなくて……。………私は母失格なんだわ…。あの子の母になって、………あげられなかった………。」

 物語の系譜として読み解いてみる。
 絵羽は二番目の物語。
 縁寿は三番目の物語の子供にあたる物語。
 蔵臼、一番目の物語が当主を引き継いだのだから、これが真相である19人目とヤスの二人の物語。
 唯一生き残った二番目の物語は、ヤスの物語。
 なら死んだ三番めの物語は、19人目の物語。
 その子供の物語は、ベアトなるプレイヤーが生み出した物語。

 ゲームがヤスの物語の勝利に終わり、19人目の物語は日の目を見ずに死に、それを推理したプレイヤーも表向きは死んだことになった。
 残されたのは、ヤスの物語と、19人目の物語の子供の物語。
 そのヤスの物語が、19人目の子供の物語を育てようという話。


“絵羽は縁寿の新しい親として、最後の唯一の肉親として愛情を注ごうと努力したのだ。自身の悲しみを懸命に堪えて。”
“しかし縁寿はそれを受け容れなかった。唯一生還した絵羽を、自分の親を奪ったと罵ったのだ。”
“……6歳の幼子の傷心を理解し、絵羽はそれでも耐えた。歯を食いしばって、報われぬ愛情を縁寿に注いだのだ。”
“しかし、………絵羽だって、深く深く傷付いていた。”

 19人目の子供の物語にとって、ヤスの物語は、親である19人目の物語を殺し、そのプレイヤーも殺した存在。
 不倶戴天の敵。

 私も19人目だけを推理していた頃、その動機は復讐が主であると見ていた。
 でもヤスって19人目が生み出したわけで、それって愛なわけで。
 そうすると、見る目も変わっていくわけで。

 つまり、19人目の子供の物語は、ヤスの物語をどう解釈し接していくべきなのかという課題があるわけだ。
 そして、ヤスの物語も親であり、それを認めることで、19人目の子供の物語は、19人目とヤスの子供の物語となる。
 即ち、当主である19人目とヤスの二人の物語。
 それを受け継ぐ物語となるということだろう。


「あなたは縁寿に、譲治君に注いだのと同じ愛情を、与えようとしてくれたわ。」

 ヤスの物語の子である物語を育てるように、19人目の物語の子である物語にも同じだけの愛情を注ぎ育てようとしていた。


「…………良かったな、絵羽……。……お前のがんばりは、……ちゃんと、……認められとんのやで……。」

 そうだな。
 ヤスの物語もまた、私の紡ぐ物語の親と言える。
 ありがとう。





 郷田と熊沢のクイズ。

“残酷な運命は、……縁寿という雛に、ひとりぼっちの未来を強いる。”
“卵は温めなければ、孵らない。彼女という卵は、誰にも温められず、孵ることもなく…。”
「縁寿さまは冷え切った卵のまま、孤独な未来を迎える他ないのでしょうか…。」

 卵は宇宙の喩え。
 二人で生み出すもの。
 書き手が生みだした物語を、読み手が孵す。
 その読み手が現れない限り、物語は孵らない。
 だが軸足を物語に移せば、物語は読み手の世界の中で卵から自ら孵ろうとしていると見做すこともできる。
 読み手の心の世界を冒険し、幾多の試練を潜り抜け、立派に成長するものなのかもしれない。


「……卵の殻は、いつだって内側から破られるもの。……冷え切った殻は、とてもとても硬いでしょうが、それでも破れぬものではありません。」
「縁寿さまに、その強さがあるでようか。」
「それを、得ることが出来るか否か。それがこの最後のゲームと聞いています。」
「私たちはもっと、メッセージを送るべきではないでしょうか。……せめて温められぬ卵なら、殻が割りやすいよう、少しでも外から叩くとか。」
「自らの殻を割る力もない雛を、無理に卵の外へ出せば、寒風に耐えることは出来ないでしょうね。縁寿 さまは、その力とたくましさを、自ら得なければならないのです。」

 物語が殻を破る。
 誰の力も借りずに。
 でなければ、たくましい物語にはならない。
 真実のたくましさとは、それを信じる力による。
 自力で謎を解くからこそ、達成感を得られ、それを掴む力を得られるのだ。


「……ですから、その力とたくましさを、私たちは何とか得ることは出来ないんでしょうか。」
「言葉とは、与えられるものでなく、受け止めるものです。……私たちが何を与えようとも、縁寿さまが受け止めなければ、何の意味もない。」
「…………そうですね。私たちが何を伝えても、縁寿さまが耳を貸さなければ、意味がない。」
「ほほほほ……。見守るしかないんですよ、私たちには。馬を水場に連れて行くことは出来ても、飲ませることは出来ないのですから。」
「縁寿さまが、より良い未来を自ら選択してくれることを、……祈るしかありませんな。」

 言葉は、受け取り方しだい。
 一つの言葉に、二重三重の意味を持たせているなら尚のこと。
 何を喰らい、どう咀嚼し、自らの糧とするのか。
 選ぶのは物語自身。
 だから、同じ言葉を受け取っても、別の物語に成長することもありえるのだ。


「縁寿さまが、諦めと悲しみを紛らわせるためだけの怒りに身を任せず。……本当に縁寿さまが求めておられる、たったひとつの願いに純粋であってさえくれれば。彼女は絶対に、自分の一番の願いを叶えることが出来るでしょう。」
「皮肉なものです。……その一番の願いを、自ら一番最初に、否定されているのですから。」

 19人目の物語の子である物語にとって、一番の願いは真相に至ること。
 その最初にしたのは、魔女を否定すること。
 黄金の魔女であるヤスの物語を否定することで、19人目の物語の子である物語は生まれた。
 だが真相に至るためには、ヤスの物語を認めなくてはならない。
 その上で、一つ上のステージに辿り着かなくてはならない。


「笑う門に福来る。泣きっ面に蜂。信ずる者は救われる。……人の思いが、その強さが、自分の未来を自ら生み出すのです。」
「せめて、その言葉だけでも掛けてあげたいものですが……。」
「戦人さまも厳しい。……そのような言葉さえも許さず、縁寿さまが自分の力だけで気付いてくれることを願っている。」
「………私たちには、見守ることしか出来ないのですね。」
「だから、せめて祈りましょう。彼女が、最も望む未来を、その手に掴めるように。」

 うん、最も望む未来を掴めたと思う。





 蔵臼と夏妃のクイズ。

「私が、あなたを拒絶してしまったから、……あなたはいくつもの世界で、辛い目に…。……それは全て、私の責任です…。」

 母である19人目と、娘であるヤスとして読み解く。
 19人目がヤスを殺して島を出てしまったから、その真実を塗り替えるために、ヤスは猫箱の中でいくつもの世界で酷い目にあった。
 それは、19人目の責任である。


「……だからといって、……あなたを崖より突き落としても良いという理由にはなりません。」
「そうであるな。それは、そなたが生涯、背負うべき十字架であろう。」
「……はい。その覚悟です…。」
「ならば、そなたを苛む役は、その十字架だ。妾ではない。」
「私を、……恨まないというのですか…。」
「そう、しょげた顔をするなって。……いやいや、むしろだなぁ。お前がそのしょげた顔をする限り、妾はそなたを咎めようとは思わぬ。そなたがその十字架を背負い続ける限り。妾はそなたを恨もうとは思わぬ。」
「この私を、……恨まないというのですか……。」
「ホントは恨んでたぜェ? チョオ恨んでたっ。お前の抱き枕を吊るしてサンドバッグにするくらい恨んださァ!」
「でも、お前を見ている内に、その気もなくなった。……お前は悔やみ、後悔している。そしてその気持ちをきっと、お前は生涯忘れない。」
「忘れるものですか……。……私は、人殺しなのですから……。」
「重い十字架、背負っちまったなァ。今じゃあんたに同情してる。ホントだぜ? だって、全部、金蔵が悪いんじゃないか。」

「もはや、恨みはない。それでも、そなたの十字架は軽くならぬか。」
「はい。……あなたにどうすれば償えるか、未だにわからないのですから。」
「んじゃ、こうしよう。両腕を広げよ。」
「え、……え? こ、……こうですか……?」
“おずおずと夏妃が両手を広げると、そこへベアトが飛び込み、夏妃をぎゅっと、抱き締める。”
「……あ、あの、……こ、これは………。」
「二度と言わねぇから、一度くらい言わせろよ。……妾はよ、自分の母親に会ったことさえねぇんだからよ。」
“ベアトは夏妃を抱きしめながら、小さな声で言う。”
“もう二度と、絶対に口にしないその言葉を、夏妃に言う…。”
「妾のことで悔やんでくれてありがとよ。……でもよ、妾はもう恨んでねぇからな? それだけは信じてくれよ。………カアサン。」
「……べ、………ベアトリーチェ……………。」

 良かったなぁ。母と呼んでもらえて。
 うんうん。
 万感の思いだ。





 クイズ大会(後半)。
 紗音と嘉音のクイズ。

「………これで、長かったゲームも、おしまいなんだね…。」
「清々するよ。……ようやく僕たちは、誰の玩具にもならなくて済む。……静かに忘れ去られて、埃に埋もれて消え去りたいね。」

 執筆者が生み出した物語たち。
 読む者がいなければ、忘れられて埃に埋もれて消え去るのみ。


「違うよ。私たちは、埃に埋もれて消えるんじゃない。」
「…………………。」
「閉じられる猫箱の世界で、誰にも知られることのない、私たちの未来を続けていくんだよ。」
「………そうだね。……ごめん。それは僕たちにも知ることの出来ない世界だから、……忘れてたよ。」
「私たちは、猫箱の世界で、どんな未来を紡がれるんだろうね。」
「それがわからないから、猫箱って言うんじゃないか。」
「…………そうだね。」

 読み手がそれぞれの物語の未来を紡ぐ。
 その物語は、元の物語とは別物だけど同一の物語。


「私が譲治さまとの婚約を破棄して、島を出て行っていなくなる未来だって、ありえるんだよ。その世界では、嘉音くんはもう、私のことなんか何も気兼ねしなくていい。……お嬢様と、青春を謳歌することが出来るんだよ。」

 これはヤスの真実が消え、19人目の真実のみが残る世界。


「……姉さんが譲治さまとの婚約を諦められるなら、そういう世界もあるかもね。」

 最後の魔法と手品の選択を考えれば、19人目とヤスの真実が共にある世界と、ヤスが消えて19人目だけが残る世界の対立のことかな。


「だから。……私が譲治さまと結ばれる世界と。あなたがお嬢様と結ばれる世界が、同時に存在できるのが、猫箱の中じゃない。」
「…………どんな矛盾した夢も、全てが同時に存在できる世界。」
「それが、私たちという駒がしまわれる世界なの。……だから、寂しくなんかないし、悲しくもない。……今ここにいる私は、譲治さまに指輪をもらうところまでしか、観測できないけれど。」
“猫箱の中の、私には観測できない世界にいる私は、その後の、幸せな未来をきっと紡いでいるんだよ…。”
“猫箱は、どんな駒も玩具も夢もしまえる、不思議な箱なの。”
“それは、私たちを閉じ込める檻なんかじゃない。”
“むしろ、猫箱の中こそが、全てから解放される、無限の世界なんだよ……。”
「全てから解放され、全てが同時に叶う世界。……でも、その世界の僕は、今ここにいる僕じゃない。……それが何だか、悔しくて。」

 そう読む読者がいれば、その物語が猫箱の中で紡がれる。
 たとえその読者がいなくとも、その可能性は残すことができる。
 そしていつか誰かが読んでくれるかもしれない。
 だけどそれは、その読者が紡ぐ物語であり、厳密には執筆者の紡いだ物語ではない。
 だからそれは自分のことではないし、自分が知ることはできない。
 しかし、夢を見ることはできる。
 猫箱の中にはたくさんの夢をしまえるのだ。


「決闘。」
「…………………いいの?」
「私たちは、もっと早くに決着をつけるべきだった。なのに、こうしてゲームが終わる最後の瞬間まで、それを先送りにしてる。」
「……いいよ。……どうせ終わるゲームさ。最後の最後くらい。………僕らは自分たちの決着を、しっかりとこの手でつけるべきなんだ。」
「そうすれば、猫箱にしまう前に、私たちは未来を見ることが出来るもんね。」

 これは最後の手品と魔法の選択のこと。





 楼座と真里亞のクイズ。

「うりゅー。意地悪な問題で虐めすぎだよ……。」
「だって、縁寿といっぱい遊びたかったんだもん。簡単な問題だったら、すぐ解かれちゃうよ?」
「真里亞は縁寿のこと、大好きだもんね。」
「嫌いだよ? さくたろのこと、ぬいぐるみだって馬鹿にしたもん。」
“真里亞はそう言って口を尖らせるが、その表情は決して言う通りではなかった。”

 ベアトのゲームのこと。
 難しい謎にしたのは、いっぱい遊ぶため。
 遊んでくれたプレイヤーたちが大好きだから。


「正しい結末に辿り着けないとしても。……せめて今夜を君が楽しんでくれることを。心より祈っているよ……。」
“楽しんでね、縁寿。”
“さようなら。”
“君との日々は、長かったような、短かったような。”
“それでも私には、永遠の思い出だよ………。”

 正しい結末は、執筆者本人の物語にまで至ることだろう。
 プレイヤーと魔女のゲームで遊んだ日々。
 それが永遠の思い出であると。

 私にとっても、忘れられない永遠の思い出だな。
 こんなにも考えて物語を読んだことなどない。





 留弗夫と霧江のクイズ。

「いい、縁寿。人生には、これからもたくさんの問題が訪れるわ。……今は絵羽伯母さんが助けてくれるから、頼ってもいい。でもね、人生の問題のほとんどは、あなた一人で解かなくちゃならないの。その時に、それまで助けてくれた人の助言や恩を、必ず思い出すようにしてね。」

 縁寿を、読み手が孵した物語と解釈すれば。
 その物語が生きていく上で現れる問題。
 例えば、その後のベルンのゲームとか。
 それを一人でクリアしていなかくてはならない。
 その時に、それまで助けてくれた人の助言や恩を、思い出すように。
 つまり、書き手の物語たちのことだな。
 書き手と読み手の二人で生み出した物語なわけだし。
 後は参考にさせて頂いた他のプレイヤーの皆さんにも。





 譲治と朱志香のクイズ。

 これについては、前にやったしいいよな。
 自分の手の中にある真実。
 それに外の人たちが干渉してくるが、それを決めるのは自分であり、それを守るのも自分である。
 この後の山羊たちの侵攻は、その他者の干渉にも重ね合わされているだろう。





 お開き。

「縁寿ちゃん。お元気で。……幸せは見つけるものでなく、作るものです。思い出も、実は同じなんですよ。」

「縁寿……。忘れるんじゃないぜ。自分も、幸せも、運命も、作るのは自分なんだ。自分だけが決められる。それは誰かに与えられるものでも、そして誰かに隠されて探すものでもない。……それを、忘れるんじゃないぜ。」
「きっと、伝わったと信じます。」
「……だといいけど。」
「僕とお嬢様の物語は、絶対に縁寿さまにそれを伝えています。」

 つまり、自らにとっての真実も物語も、読み手自身が作り、決めるもの。
 あと、嘉音と朱志香の物語とは、19人目とヤスの物語のこと。
 うん、実に伝わった。


「……幼さゆえに、やさしき思い出を記憶に留められなかったそなたを、誰も責めはせぬ。しかしそれでも、思い出してやれ。……忘れることが罪ではない。……思い出さぬことが、罪なのだ。」

 物語は、思い出さなくなったら死ぬ。
 思い出す限り、何らかの形で生きるのだ。


「……悲しい運命により、二人が傷つけ合う未来があったことを、俺たちは知ってる。……それは縁寿にとっても悲しいことだし、……絵羽伯母さんにとっても悲しいことだった。………お前に心を開けと頼むのも酷な話だった。そして、絵羽伯母さんに、それでもなお縁寿のために自分の悲しみに堪えて欲しいと頼むのも酷な話だった。」
「……そなたも、絵羽も。どちらも悪くない。」
「だからといって、……お前に何かを許せと、俺たちには頼めた義理もない。……だからせめて、許せとは言わない。………ただ、わかってやってくれ。時間が掛かってもいい、どれだけ未来でもいい。……絵羽伯母さんのことを、わかってやってくれ。そしてたまには俺たちのことを、………思い出してくれ。」

「………伯母さんを許してくれなくてもいい。……でも、伯母さんは、あなたを憎んでなんかいないの。……せめてそれだけは、わかってね……。」

 19人目の真実とヤスの真実。
 それは一見否定し合っているように見える。
 しかし、そんなことはないのだ。
 恋の決闘がなければ、仲良しなのである。
 だから、19人目の子である物語のことも憎んでいない。
 むしろ、執筆者の真実に至らせようと協力してくれている。





 人間と魔女の宴。

「ベルンが連れてきて駒にしたのよ。……用済みにされて潰されかけたところを、私が預かったの。後味が悪いのは嫌だって、アウアウに言われてね。」

 あの時のウィルと理御は、奇跡を目指す19人目とヤスに重ね合わされている。
 フェザリーヌがそれを潰すことはできないだろう。


「開けて…! 開けてー!!」
“私は窓をばんばんと叩くのだが、それは誰の耳にも届かない。”
“……よほど窓が厚いのか、中が賑やかなのか。……あるいは、こちらが闇夜だから、私の姿も闇に溶け込んでしまっていて見えないのか。”
“とにかく、いくら叩いても、誰も気付いてくれる様子はなかった。”
“ここまで来ると、寂しいという気持ちより、どうして私に気付いてくれないのか、どうして私だけをひとりぼっちにして、あんな部屋に閉じ込めていたのかと、怒りの感情の方が強くなってくる。”

“猫が窓を叩くことに諦めたと悟ると、猫は再び鈴を鳴らして先導をする。”

 縁寿は皆がいる世界へ行きたい19人目に、猫はそれを先導するヤスに重ね合わされている。


「そういうこった。ルールの外での働き方を覚えて、ようやく一人前なんだぜ? ルールに縛られてる内は、まだまだ半人前だな。」

 ルールがこうだから、こうじゃなければならない。
 ルールがこうならば、こうしたっていいんじゃないか。
 白と黒に分ける時、絶対に白の中に留まろうとすか、グレーゾーンに踏み出すかだな。
 この違いだろう。
 なんだろうとグレーゾーンで潜り抜ければいい、というのではない。
 何を潜り抜けさせなければならないのか、だ。

 これは、ベルンのゲームのヒントかな。
 それだけじゃなく、ベアトのゲーム全体になのだろうけど。


“戦人とベアトの物語が終わり、全てが猫箱にしまわれる前に。”
“ベルンカステルは初めて観客席から舞台に上がった。”
“舞台の上の明るさを嫌い、舞台袖に隠れていた魔女が、……舞台中央へ歩み出る勇気を見せたのだ。”

「………嬉しいわ。やっと私たちは戦えるのね。」
「いずれ、お前とは戦うことになると予感していた。」
「いつから?」
「………………………。……わからない。ひょっとしたら、お前の名を知るよりも、もっと前からかもしれない。」
“戦人は、思い出せぬ無意識の世界のどこかで、彼女に語りかけられたことがあったのを、おぼろげに覚えている。”
“当時、それは、ベアトとの戦いを助言するもののように聞こえた。”
“しかし、今にして思うと違う。”
“……眩しい日向に出ることの出来ぬ、臆病な猫の、舞台袖からの参戦だったのかもしれない。”
“だから、いつかやがて、ゲーム盤の上で何かの形で対峙する日が来ることを、おぼろげに予感していた……。

 言うなればベルンは、ベアトと戦人のゲームの一層上でのゲームのプレイヤー。
 それが一層下に降りてきてゲームを行う。
 あるいは、プレイヤーの方が一層昇ってか。
 とは言え、やるゲームの規模はベアトと戦人のゲームと同じ。
 どちらにせよ、読み手であるプレイヤーと、書き手側のプレイヤーの直接対決。

 我々プレイヤーはゲームの対戦席に座る“誰か”を想定してきた。
 その“誰か”はつまり執筆者なわけだけど、ベルンはその執筆者の一角。
 隠れていたと言えば、ずっと隠れていた。


「……朗読の巫女は、自分の口を通して、物語を脚色することも歪めることも出来る。……たとえ私のゲームに小細工がなくとも、朗読の術で、いくらでもそれをすることが出来る。」
「そうであるな。……それもまた、ゲームマスターの権利の一つだ。」
「あんたたちとしたい決闘は、シンプルでありたいの。……だから、朗読者はいらない。あなたたちが自らの目と耳で、物語を読みなさい。」

 つまり、今回の朗読者は読み手自身である。
 と言えるかもしれない。
 つまり、読み手が自分の真実を紡ぎ、物語として朗読できるのかが問われている。





 ベルンの出題。


“……これは、私とあなたの、本当のゲーム。”
“紙と筆記用具を用意することをお奨めするわ。”
“私と、本当に戦う気があるのならね。”
“もしどうしても行き詰まるなら、戦人とベアトの推理に耳を傾けるのもいいかもね。”
“それが、あなたがどうしても困った時の、“ヒント”。”
“でも、私はあなたと一騎打ちが楽しみたいの。”
“あなたも、私との一騎打ちを楽しんでくれるなら。”
“ヒントなんて頼らずに、あなたの力だけで私に打ち勝ってみて。”
“さぁ、……楽しみましょう?”
“あなたのためだけに、生み出した私のゲームを……。”

 相手は戦人とベアトではないことがわかる。
 つまり、“あなた”とは読み手であるプレイヤーのこと。
 その“あなた”のためだけに生み出したゲーム。
 EP7の最後を鑑みれば、奇跡を起こす資格があるかどうかを問われるものだろう。

 これまでのゲームでは、互いの真実を主張し合うものだった。
 それを繰り返して、互いの真実を、物語を成長させていくものだった。
 しかし今回のゲームは、ただひとつの解だけだという。
 それはつまり、“誰かが隠した真実を探す”ということではないか。
 それは“半人前”の仕事だ。
 真実とは“作り出すもの”。
 それができてやっと“一人前”の魔女だろうさ。

 ゲームマスターが自身の主張を信じさせようとした時、朗々と主張するより、それを隠して相手に見つけさせた方が信じさせやすい。
 だってその“主張”は、ゲームマスターのものではなく、相手プレイヤーの“主張”になるのだから。
 それはつまり、その“真実”は押し付けられたものということ。
 それをただ受け取って、そのまま退場するとか、子供のおつかいか。

 ここまで物語を再読してきたら、このゲームで求められているのは、もはや明白だろう。
 二人で物語を紡ぎ合うことだ。
 自分の紡いできた物語を生き延びさせ、真実を並び立たせるのだ。
 それがこのゲームの主旨なのだから。

 私は19人目と金蔵を犯人とした物語を作るために、紫発言で誰も嘘を吐いていない事件を再構築し、行間の出来事を想像した。
 なぜ食堂に犠牲者が集まっていたのか、そこに蔵臼夫妻がいないのはどうしてか。
 鍵を壊す指示を出したのは誰か。
 ガムテープの封印の指示を出したのは誰か。
 紗音と嘉音がゲストハウスから出た理由は。
 南條が玄関に向かった理由は。
 そんな感じで、朗読するのは読み手自身だ。





 遅れてきた来訪者。

“同じ世界にいるように見えて、………私と彼らは異なる世界にいるのだ。”
“例えるならテレビ。いや、亡霊…?”
“私にはありありと見えているが、……彼らにとって私は、いないのだ。”
“……だから、ほら。”
“私がお兄ちゃんたちの目の前に立っても、……彼らの目に、私は映っていない。”

 並行世界の向こう側を見た時、そんな感じなのだろう。
 そちらの世界では、自分はいないもの、即ち亡霊である。
 19人目にとっての、ヤスのいる虚偽の世界。
 ヤスにとっての、19人目がいる真実の世界。
 見えてしまうがゆえに、疎外感が募る。


『………留弗夫、霧江、戦人が犯人……。……留弗夫と霧江が死んだフリで戦人が嘘の検死……。そして、親の片方が第二の晩までの殺人を実行して夏妃の部屋のベッドの下に隠れる。……紗音は戦人が殺し、その後のゲストハウスでの殺人を幇助。……ゲストハウスでの殺人の実行犯は、親のもう片方……。これが、……真相………。』
「反論。……留弗夫一家犯人説以外でも、ロジックの構築が可能です。」

 そう、縁寿がベルンのゲームの解に対抗するなら、別のロジックを構築すればいい。
 でなければゲームにもならない。


「……留弗夫一家犯人説しか思いつかない、石ころ頭どもはどうぞお引き取りをッ! あるいは、私を論破できるおつもりでいる皆さんは、どうか歓迎を! 無論、私も歓迎して差し上げます!!」

 留弗夫一家で納得した読者は、もうゲームから退場した。
 退場していないのは、異なるロジックを構築した人か、異なるロジックが構築できないことを検証している人だけ。
 その人たちのとっては、これはまだゲームなのだ。


「…………真実は、いつだって残酷よ。時にそれは、自分の希望を刈り取りさえする。………多くの場合、ニンゲンは真実を得ることに対する対価に気付いていない。……私はあなたに、その覚悟があるのかどうか、問い掛けただけ。」
“私は、矛盾した2つの願いのどちらかを、選ばなければならない。”
“真実を得て、……家族が帰ってくるかもしれないという、都合の良い希望を捨て去るか。”
“それとも真実を諦め、……実際には永遠に帰って来ない家族の帰りを待ち、…………兄に与えてもらった、子供騙しの幻想で、凍える自分を騙し続けるのか。”

 第三の選択肢は、両方とも諦めずに叶えること。
 真実を知ったことで刈り取られた希望は、自分の手で蘇らせるのだ。
 不屈の精神で、絶対の意思で。


「……主に説明をさせようというのか?」
「たまには、その程度の舞台参加もしなさいよ。ボケ防止にいいわよ。」
「やれやれ……。縁寿の朗読の時に、久々の舞台を堪能したので、もう数百年は充分だと思っていたのだがな。」

 黒幕で、ある意味真主人公なのに、舞台に上がらな過ぎ。


「……仲良しこよしで煙に巻いて、……私を真実から遠ざけようとしている。………お兄ちゃんは、卑怯だわ…。」
「確かに、そなたから見れば卑怯とも呼べよう。しかし、思い出すが良い。そなたはこのゲームのプレイヤーであり、戦人がゲームマスターだというなら、……それは何を意味するというのか。」
「かつて戦人はプレイヤーで、ベアトはゲームマスターだったわ。そして二人はそれぞれの真実のために戦ったわ。………そして今度は?」
「……私がプレイヤーで、……ゲームマスターはお兄ちゃんだわ。」

 ゲームマスターの主張を、鵜呑みにする。
 ゲームマスターの主張を、認めない。
 これは初歩の選択肢。
 ゲームマスターの主張を、並び立つ真実だと認める。
 一挙両得の欲張りセットが強欲で良いんじゃないかな。


“そしてようやく、……このゲームにおいて、自分が何を為すべきなのかを理解する。”
“私はずっと受け身だった。”
“お兄ちゃんが真実を教えてくれるに違いないから、それを信じればいいなんて、……甘えてた…。”

 真実とは与えられるものではなく、能動的に生み出すもの。


「あるいは、すでにそなたには一度、目にする機会が与えられているのかも知れぬ。……詐欺師が一番最初に見せる契約書に、極小の字にて、すでに悪辣なる罠が記してあるかのように。」
「……戦人がゲームマスターとして、ミステリーの作法とやらに則るなら。………“手掛かりは必ず提示され”、“戦人が負ける選択肢も、必ず提示されている”。」

 EP1で事件の最後に真犯人は姿を現わし、メッセージボトルに名前も記した。
 ゲームとしてはフェア。


  1. 2019/07/27(土) 21:58:14|
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フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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