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うみねこのなく頃に 考察 境界より視やる

PCゲーム「うみねこのなく頃に」の個人的な考察ブログ。「キコニアのなく頃に」についてもガッツリやっている。


魔女のゲーム 6~8ゲーム目

 第6のゲーム。
 人間側のプレイヤー、ヱリカ。
 魔女側のプレイヤー、戦人。
 観客席のプレイヤー、読者。

 はい、ヱリカは並び立つ2つの真実に到達。
 2つの穴を同時に攻めるために、2つの真実を用意せよ。
 まずはヱリカの推理を継承し、完成させてとりあえず1つ。
 “紗音嘉音同一説”で紗音犯人でいっちょあがり。
 後は読者がもう1つを丸々推理して頂戴。

 できたなら、2つをぶつけて戦わせて、勝者を選べば終わり。
 以上。


 第7のゲーム。
 過去話を展開、動機を1つを提示「死亡確認」、終わりと思いきや掌返し。
 真実が2つなら、犯人も2人で、動機も2つ。
 ついでに、表裏を合わせて、出題者の動機も加えよう。
「先生~! 何で答えを2つも作ったんですか~?」


 第8のゲーム。
先生「答えが1つになるように作りました」
生徒「先生~、もうひとつ答えを作ってみました」

 誰にどのように否定されようと信じることができるまでになれば楽勝々々。





 ベアトのゲームは、読者を一なる真実に至らせ、どんなに否定されてもそれを信じぬくことができるようにまでにすること。
 そこから遡れば、ゲームの構造は自然とまとまるはず。


 否定したくても否定できないもの。
 それが真実。
 だがそれは今現在までの話で、これからの未来においての保証はない。
 だから、これから先の未来においても、否定してくる者たちから真実を守り通すという絶対の意志が必要とされる。

 魔女から与えられたり、魔女が保証したりしたものでは駄目。
 そんな安易な意志では無理。
 魔女が明日にでも右と言ったら右を向き、明後日にでも左と言ったら左を向くようでは。
 誰かの意見に左右されるようでは、駄目。
 未来を託すことなど到底できない。

 なら、未来においても守り通せる力を示すべきだ。
 決戦。
 相手は格下では駄目だ。
 否定しきることができないものが、否定できるものに勝つのは当然であり、それでは意志を示すことにはならない。
 だから相手は、同じ、否定しきることができないものであるべきだ。

 決して負かすことができない相手と戦う。
 決して決着しない戦いを、戦って、戦って、戦い続け。
 その戦いの勝敗は、自身が審判となって下すしかない。
 どちらが優勢だったのか。
 一度、二度、三度、四度……。
 何度も戦わせれば、徐々に優勢に見えてくる方がわかる。
 勝ったと証明できない、にもかかわらず、勝ったと判断できる。
 それが信じる力。
 終わらない戦いを終わらせるのが、絶対にまで至った信じる力。
 唯一の真実であると証明できないのに、そうだと知っておきながら、これこそが唯一の真実であると信じられる。
 そこまでに至れば、もはや何が相手だろうと戦い抜けることだろう。
 
 その決戦を行うためには、否定できない真実が2つ必要となる。
 アンチミステリー、並び立つ真実。2つの解答。
 “全てを貫く青き真実”、それが2つ。

 そして、それらを用意するには、2本の“全てを貫く青き真実”で貫かれるための、謎、がいる。
 謎、魔法説、ファンタジー。

 1つの謎に2つの真実。
 合わせて3つの物語。
 それぞれを担当する3人のプレイヤー。
 いずれ一なる真実に至るだろう、読者を観客席に置き。
 残りの2人が人間側の対戦席と魔女側の対戦席に座り、戦いを開始する。

 魔女側のプレイヤーは、穴が最低2つ開いた謎を並べ、全ての穴を貫く青の杭を育てる。
 人間側のプレイヤーは、傍観している観劇者の参戦を待つために無能を演じる。

 大きな山のような壁を作り、必ずそこに開いた2つの穴を抜けなければならないようにして、2本のレールを明確化。
 その2本のレールは、2つの箱。
 片方の否定が証明されれば、もう片方の正解が証明される対偶の関係。
 それを証明するのは、魔女か、人間か。
 どちらの箱も開けて証明せずに、推理が可能か不可能か。


 そんなゲームを始めよう。


 そんな感じか。
 こう見るとEP3がいかに重要かがわかる。
 EP3の難易度互角は、戦人の人間説とベアトの魔法説が互角という意味ではなく、南條殺害の赤字ラッシュを抜ける2つのトリック、即ち並び立つ2つの真実が互角ということなのだろう。
 「あなたにとっても魔女にとっても互角です。」の“あなた”とは読者で、2つの真実の内のどちらを選び取るのかで勝率は5割。

 EP4の難易度はあなた次第、「あなたのこれまでの戦い方が、難易度を左右します。」もそういう意味合いなのだろう。
 並び立つ2つの真実の決闘を、したのかしなかったのか、どちらを選んだのか、そしてその決闘で選んだ真実が絶対に否定されないものにまでになっているのか。
 それによって難易度が変わるということなのだろう。

 そんなわけで、EP3で決闘を行うべきであった、またはその準備をしておかなければならなかった。
 まあ分水嶺と言っても過言ではないのかもしれない。

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  1. 2017/04/01(土) 21:56:20|
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魔女のゲーム 5ゲーム目

 第5のゲーム。
 人間側のプレイヤーは、ヱリカに変更。
 魔女側のGMは、ラムダに変更。
 戦人は傍観者の立場へ。
 これは、戦人が読者の立ち位置からゲームを観戦している、という構図。

 EP5で戦人の言動に違和感を感じた人は多かったはずだ。
 これまでは読者が戦人の立場に立って推理していたと思う。
 そうやって、戦人の隣に立ち共闘していたかのように感じていたから、いきなり対戦席から観客席に移った戦人の言動に違和感を感じてしまったのだろう。
 だが、読者には読者の立場、観劇者という立場こそが重要であるのだ。


 観客席で傍観者としていた戦人は、終盤になってゲームに介入した。
 それは、“ベアトのゲームを終わらせるのは、今人間席に座っている奴ではなく、自分でなければならない”から。
 そう、“ゲームを終わらせるのは、今まで対戦席に座っていた戦人ではなく、観客席に座っていた読者自身でなければならない”のだ。

 ゲームに介入した戦人は、異なる真実、異なる人間説を並べることで、猫箱たるゲームを維持した。
 並び立つ2つの真実があれば、猫箱足りうる。
 その内の1つが魔法説である必要はない。
 戦人は、ゲーム盤を、ブラウン管裁判を形成するのは、アンチミステリーである並び立つ2つの人間説による真実であることを明らかにしたのだ。
 そして、アンチミステリーが成立している間は人間側に負けはない。
 勝つためには、まずは負けないことが肝要。

 戦人が提示した真実は、犠牲者は発見時死亡していなかったというもの。
 いずれは“一致協力しての偽装殺人”に至るルートだ。
 ヱリカは“夏妃犯人説”。
 しかし、観劇者には夏妃が犯人でないことは明らかであり、このアンチミステリーは成立していないことは明白。
 そう、アンチミステリーを形成して猫箱を維持するには、読者の協力が必要なのだ。

 ヱリカの説は、夏妃が犯人でなくても金蔵が犯人で通る。
 私はヱリカの推理を継承し、“19人目‐金蔵ライン”を続行。
 準備しておいて良かった“金蔵生存”。


  1. 2017/03/25(土) 19:36:56|
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魔女のゲーム 4ゲーム目

 EP4は戦人とベアトの決戦。
 この戦いは2つの段階に分かれて行われた。

 即ち、第3の南條殺害の赤字ラッシュに開いた2つの穴をスタートとする、アンチミステリーの並列する2本のレール、その内の1本を塞ぐまでの第一段階。
 その後、塞がれたレールを切り替えて1本のレールに合流させてからの第二段階。

 読者の選択肢は、合流し残された道を駆け抜けるのか、あえて塞がれた道を掘り返すのか、の2つ。
 それだけを決めるゲームだったと言って良いだろう。


 あえてその選択に口を出すならば……。

 合流させたのは、100%魔女の手によるもの。
 唯一解に至る。
 それを成すのは、魔女の手によってではなく、人間による推理によってではないか。
 ブラウン管裁判を形成しているのは、魔女説と人間説の2つによってではなく、異なる2つの人間説によってではないか。
 絶対の意志があれば、いつか必ず勝てる。
 ならば、今は負けないのであれば十分ではないか。
 安易に魔女の手による勝利を掴んではいけない。

 選択は人間の手によって行われるべきである。
 選択できないのであれば、選択肢を残しておくのも手だろう。


 ちなみに、この戦いをアンチファンタジーで挑んだ戦人は無能。


  1. 2017/03/18(土) 19:58:33|
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魔女のゲーム 3ゲーム目

 まずは戦人から。

 本来の方針である“身内の誰も疑わない”が“19人目が犯人”として追求して行く、と明確になったのは良いが、惨劇が始まる前にバッサリと切られ、さらにエヴァを対戦相手としたことで、“19人目が犯人”を追求することはなかった。
 このゲームのメタ戦人は完全に無能。
 対戦相手はベアトであるにもかかわらず、エヴァと対戦している時点で処置なし。

 下位戦人はそれなり。
 内部犯なら“内部から施錠するしかない密室”を作るはずがない、と引っ掛かりを覚え、チェス盤を引っ繰り返えそうとした。
 第2のゲームにおいても、使用人は自身を疑わせる“マスターキーを使用しなければ不可能な密室”は作るはずがない、チェス盤を引っ繰り返せば、そう疑わせたいという犯人の思惑にまで辿り着いている。
 そういう犯人の思惑に対する戦人の嗅覚は信用できる。
 ただ、肝心のトリックが解けないのが残念なところ。


 次はベアトの手筋。

 “使用人犯人説を疑わせたい”手筋。
 事前に人数制限で“19人目”を抑えた上で始め。
 最初の一手は、使用人皆殺し。
 これで“これまでのゲームの犯人だったはずの使用人”では殺人を犯せないという主張。
 その後にエヴァを登場させて、これまでとは違う犯人の犯行だと主張しフォロー。
 そしてそれは、これまでのゲームの犯人が使用人であると暗に肯定する手でもある。
 そうすることで例外事項を設けて“第3のゲームは絵羽が犯人”を許容し、“使用人犯人説”を損ねずに拡張されることを目指している。
 最後に南條殺害の赤字ラッシュが立ち塞がるが、ほぼ万全の態勢が整っているので、必ず突破されるだろう。
 

 “19人目を犯人に仕立て上げたい”の手筋。
 九羽鳥庵のベアトという駒を出してインパクトを与え、直後に九羽鳥庵のベアトの死亡を確定、人数制限で“19人目”の否定。
 が、九羽鳥庵のベアトによって、“19人目”がいたという前提、“19人目”が隠れて存在できる環境が提示されたのは大きい。
 そして、人数制限によって“人数”というテーマを大きく打ち出し、金蔵の事前の自然死を露骨に匂わせ、最後の南條殺害の赤字ラッシュでの名ありの登場人物の死亡確定、と。
 事件の前に死亡した金蔵を抜かせば“19人目”が人数制限を抜けることができる、と丁寧に誘導している。


 このゲームでベアトは、南條殺害の赤字ラッシュという大きな壁を用意し、ご丁寧にも2ヶ所穴を開けて、そこを通るように仕向けている。
 2通りの抜け道。
 表と裏。
 この明確な構造までゲームを構築することが目的。

 後のゲームで片方を塞げば、もう片方のレールに切り替えさせることができる仕掛けだ。
 あまりにも容易く大量の読者を自動的に片側に案内できる。
 それも、もう後戻りできないであろう道を。

 だから次のゲームの準備を確りとしなければならない。
 塞がれたら貫くという意志を強固としなければならない。

 私が行く道は“19人目‐金蔵ライン”。
 “19人目”と金蔵の2つの駒で全てを貫かなければならない。
 だが、第3のゲームで南條殺害の赤字ラッシュを抜けるには、金蔵の死が不可欠。
 飛車と角の2枚で戦っていたところを、その内の1枚を落とせといわれたようなものだ。
 この後に“金蔵生存”が不可欠のトリックが出たら、正しく致命傷だ。
 そうならないためにも、“金蔵死亡”は第3のゲームのみの例外とし、“金蔵生存”を絶対保持。
 他のゲーム盤で“金蔵死亡”の手を打たれても反撃可能な状態で次のゲームに挑む。
 

  1. 2017/03/11(土) 20:40:15|
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魔女のゲーム 2ゲーム目

 戦人の代わりに、方針を受け継ぎ完成させた“19人目‐金蔵ライン”。
 その主な密室トリックは、“密室の中のベッドに隠れる”である。

 ではEP2を始めよう。

 戦人の方針はEP1と変わらず、身内を疑わない、というもの。
 これは露骨なまでに、無能と描写されるほどに強調されている。
 それに合わせる様に、EP1では手紙だけだった“19人目”のアピールが、“19人目の客人”となって強調された。

 にもかかわらず、事件が始まって以降、“19人目の客人”の影は薄くなる。
 ベアトが“19人目の客人”を出したのは、EP1から引き続き“18人の中にいる犯人から疑いを逸らすため”であろう。
 なのに一切その役に立っていない。
 それどころかベアトは、“マスターキーを使用しなければ不可能な密室”という駒を使い、“使用人犯人説”を打ち立てた。
(これで“金蔵を抜かした18人の中に犯人”は“使用人犯人説”に進化)

 “19人目”の存在を肯定し、その後に“19人目”の直接の犯行を否定する。
 これは“19人目‐金蔵ライン”に対する攻撃である。
 攻撃はトリックにも及び、第2のゲームの密室内を捜索することで、ベッドに隠れるトリックを否定。
 間接的に第1のゲームのベッドに隠れるトリックを否定した。

 否定されたと感じは読者は、金蔵の密室脱出で夏妃に再び疑惑の目を向け、客室の密室も外からのトリックを疑い使用人に疑惑の目を向けることになるだろう。
 そして“使用人犯人説”に舵を切ることになる。

 だがしかし、否定は間接的にであり直接ではない。
 第2のゲームの密室で“ベッドに隠れた犯人”を否定したということは、裏を返せば、第1のゲームの密室では“ベッドに隠れた犯人”が通るということになる。
 つまり“当たっているから否定したいのだろう”という肯定要素でもあるのだ。

 “否定したいのは当たっているから”と強気で“19人目‐金蔵ライン”を推し進めたい。
 2ゲーム目も同様に“19人目‐金蔵ライン”で貫き通し、全てのゲームを貫ける武器に育てたいところ。
 “マスターキーを使用しなければ不可能な密室”は“マスターキーを手に入れれば使用人でなくとも犯行可能”。
 嘉音のマスターキーと貴賓室の鍵を交換すれば、源次が庇ってくれる。
 これで“19人目”にも犯行が可能になる。

 戦人は身内を疑わない方針を続け、途中で脱落。
 ヒントが十分に揃っていたメタ戦人は、実に無能であった。
 これも読者に推理させるための犠牲なのだ。
 下位戦人は第二の晩の嘉音の疑いの反論は良かったが、そこから“19人目”に繋げることができなかった。
 そうするには、源次の証言を疑わなければならず、使用人への疑いに反論を試みた戦人には心情的にできないことだったかもしれない。
 決定的なのは、金蔵に絶対的な忠誠を捧げる源次が、金蔵と同等の扱いをベアトにもするということを、下位戦人には知る機会がなかったことだろう。


 他方、ベアトの方針もEP1から引き続き、“第1のゲームの死者と金蔵を抜かした18人の中に犯人がいる”と“19人目を犯人に仕立て上げたい”の2つ。

 “19人目を犯人に仕立て上げたい”では、真っ先“19人目の来客”という強烈な駒を出した。
 が、それだけ。
 惨劇が始まって次の第二の晩に、思惑に反する“マスターキーを使用しなければ不可能な密室”という駒が打ち出されて、有名無実と化した。
 最初にバーンと存在感をかまし、その後自然にフェードアウトという感じで手を進めたわけである。

 一方、“第1のゲームの死者と金蔵を抜かした18人の中に犯人がいる”は、“顔の綺麗な死体”から始まった。
 “顔を損壊した死体”では死んだふりを疑われたから、そう疑われないように今度は“顔の綺麗な死体”にした、という説明。
 これは、「だから第1のゲームの“死者”も本人が死んでいるのだ」という弱めの主張であると同時に、第1のゲームの“死者”の中に犯人がいることを暗に匂わせた主張でもある。
 そんなさりげない一手からの、“マスターキーを使用しなければ不可能な密室”で注目を集めて離さない強烈な一手。

 このほぼ完璧な盤面において、“19人目の来客”は実に不要。
 そこがピンポイントで隙になってしまっている。

 これら2つの手筋は、軽重の差はあれどまだ継続中。
 その差によって、出題者の意図も見え始めたと言ったところ。





 このゲームは魔女が否定できれば魔女の勝ち。
 人間側はその否定に反論できれば負けはない。

 赤き真実が登場したことで、堂々と虚偽の記述が可能となり、一つの箱の中に異なる真実が並び立つようになった。
 後のEP3でワルギリアが語ったように、ゲームはブラウン管裁判の様相を呈している。
 これは例えるなら、18人の中に犯人がいる可能性があるのであれば、18人の中に犯人がいない可能性も同時に存在しているかもしれないということ。
 よって、18人の中に犯人がいる可能性を検討したいのであれば、まずは19人目の可能性を考えなくてはならない。
(逆パターンも同様のプロセスが必要)

 赤き真実を使えない人間は、推理することでそれに代えるしかない。
 人間側が勝つには、魔女の否定を潜り抜けるだけでは足りず、他の人間説を完全に否定できなければ勝ったことにはできない。
 他の人間説の完全否定の証明だけが、唯一解であることの証明に代えられるからだ。

 それができないのであれば、複数解のアンチミステリーであることを認めなければならないだろう。
 自説を推すなら、その裏の説も考慮する。
 勝てないのなら、今は、負けないことを選ぶべきなのだから。

 んー、その点、“19人目‐金蔵ライン”推しは楽である。
 その裏の“使用人犯人説”をベアトが重点的に推してくれるのだから。


  1. 2017/03/04(土) 21:12:57|
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プロフィール

フラット・ホームズ

Author:フラット・ホームズ
「うみねこのなく頃に」の某公式サイトで推理を投稿していた。
その時使っていた名前は察してください。
スタイルは、アンチミステリーをチェス盤で引っ繰り返す、というもの。
キコニアでは、世界を箱庭に見立て、そこにどんな駒を置いたのか、それらを動かして最終的にどういう形に持って行くのか、的な感じのを主にやっている。

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